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奴隷騎士/エポックの卵  作者: 黒船頼光
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エポックと銀厄呪

 

 とうの昔に日は落ちてしまい、王都は寝床に入ったところだ。あれから直ぐに牢屋へ戻され、ロマンは予想だにしなかった〝力〟のことばかりを考えていた。


 縦横無尽に頭を捻ってみるも、そもそも欠片ほどの教養しか持ち得ない身では、発想の一つも出やしなかった。


 そうして時間を浪費していると、ついにシルバの準備が整ったらしく、リップが監視役の騎士らを連れて現れた。監視役の中にユリウスはおらず、名前も知らぬ騎士三人のみ。全員が口元を布で覆い、白い手袋を嵌めていた。


「首で鉄を溶かしたあ? 本当に?」


 リップは口をすぼめて訝しむ。今頃、お偉いさん方も同じ表情だろう。


「生き返ってる最中のことだったから、よく憶えてないんだよな。気づいた時には、足元でドロドロの鉄が地面を焦がしてたし」

「眉唾だねぇ。そんな事が出来るのは魔術師ぐらいだよ」


「魔術師?」とロマンは聞き覚えの無い単語を繰り返した。

「触れずに物を浮かしたり、炎を飛ばしたりする人のこと。まあ、物語の中でしか登場しない空想上のものだよ。奇妙な文字で綴られた本を片手に、自然を操るんだ」


 天人がいるのだ。魔術師の一人や二人いそうなものだけれど。


「魔術師を探すより、神様を探す方が現実的かなぁ」

「神様って奴は、そんな身近な存在なのか?」

「自然の化身だから、そこら中にいるとも言えるね。神様本人も一度だけお祭りで見たことあるけど、普通の人と見た目は変わらないの」


 リップ曰く、世界の島々や大陸に神々は存在し、それぞれが陸地の守護神として在るらしい。このルラックルで言えば、天秤の神ギエイアに守護されており、神々を崇める宗教『トゥメル教』のギエイアを特に神聖視する『天秤派』により、ルラックルは管理されている。


「守護は言い過ぎか。秩序そのものであるギエイア様が世俗に興味あったら、今頃エポックやコレールの件は片付いてる筈だし」


 不遜な発言だった。神が不敬な輩を呪うというのなら、彼女もまた呪われるべきだろうが、その姿に一切の陰りは無い。


 それでこそ自然の化身なのかもしれない。無情で理不尽。それでいて常に存在し続ける神秘そのもの。それが呪う理由も人智の範疇に無く、神のみぞ知る。

 まもなく、シルバが白衣をはためかせ、フラスコ片手に現れた。


「まずは感染してもらう。感染が確認でき次第、新薬を試すぞ」


 ロマンは受け取ったフラスコの中身を見つめ、目を細めた。少量の赤い液体がフラスコ内部でたゆたっている。どこからどう見ても、血だ。しかも感染者の。


「飲め」と急かすシルバを無視して、他の者らに目配せするも、全員が虫のはらわたを目にした時のような酷い表情をしており、自分だけが可笑しいのではないのだと、奇妙な安心を覚えた。


 こんな気色の悪い一体感があっただろうか。


「本当に飲まないとダメなのか? こう、ちょっと舐めるだけでよかったりしない?」


 どうにか逃れようとするロマンであったが、シルバは確実性に欠けるのを理由に頭を振った。ここで足踏みしていては、自分の求める自由から遠ざかるばかりだと己に言い聞かせ、フラスコのコルクを抜いて呷った。


 さらりとした液体を口に注ぎ、味わう間もなく嚥下する。生臭い鉄の臭いが食道から鼻腔をくすぐり、なんとも言えない不快感で嗚咽した。


 それから目立った異常は起きず、延々と不愉快な後味に歯をむき出す。

 シルバは満足そうに膝を叩いた。


「症状が出るのは、殆どが二十四時間後。今日のところはここまでだ。経過観察はあたしとリップで交代しながら診ることになる」


 そう言い残し、シルバは騎士ともども牢屋を去った。残ったのは、口内に残った血を唾と一緒に吐くロマンと、その様子に苦笑するリップだけとなる。


「流石に気の毒ね。見方によっては爪を剥ぐような拷問以上に残酷だわ」


 リップは水差しを差し出し、ロマンは反射的に受け取って丹念に口を濯いだ。しかし、水を口に含んだところで、奴隷時代の生存本能が目覚め、結局は飲み込んでしまう。


「いやいやいやいや」と奇天烈な行動にリップは狼狽えた。


 自分でも可笑しいとは思う。貧乏性の身体が恨めしい。

 それから昨晩と同じ料理を平らげ、不愉快な感触が口から消して、どしりとベッドに尻を着いて横になった。異物を飲み込んだ事実に胃がむかむかする気もするけれど、今更吐き出そうとも思えない。



「エポックは体内に入れたら最後だから、王都で感染拡大したときも、感染した騎士が帰って早々に風俗街へ行っちゃったから、都全体に広がった訳だしね。くしゃみする時はこっち向かないでよ」


 リップは大仰に空気を払った。その反応を鼻で笑い、そっと瞼を下ろした途端、重い眠気に襲われた。それもそのはず、重労働で鍛えられていたとはいえ、今まで使ってこなかった部位を酷使したのだ。今になって、全身の悲鳴が鮮明に聞こえてきた。


 鈍重な身体を転がして壁を向き、軽く身を丸める。

 すると、さながら沼に沈むような眠気が全身を包み、ロマンの意識を暗く閉ざした。




 次の目覚めたとき、妙な鬱屈感を覚えた。臓物の全てを鳩尾辺りに押し固めたような窮屈さに襲われ、両手でへそを裂いて中身を解したい欲求に駆られているのに、四肢を動かすのも億劫になるほどの倦怠感も覚えている。


 それらの異常を些事と断じる〝喪失感〟が、悪寒となって全身を侵していた。

 にじむ視界の端から白い陰が見える。


 ユリウスだ。


 布で顔半分を覆っており、布の上に覗く眉頭は吊り上がっている。


「顔が赤い。あとは苦しそうだ」

「下手か。もっと詳細に説明しろロマンチスト」


 これはシルバの声か?

 ユリウスは小娘に叱責されて首を傾げた。


「別に他と症状は同じに見えるぞ。顔が赤くて、息苦しそうだな」

「さっきと一緒じゃねぇか! 天人の感染が初めてで、もしもを危惧したあんたが自分から診ると言ったんだろ! しっかりしてくれ!」


 めためたに叱られている。しかし、それを慰めてやれるほどの余裕は無い。

 とうとう、シルバは痺れを切らして、ユリウスを押しのけた。今度は黒い陰が視界に入った。弾けるように消えていった白い陰から、なんとも物悲しい雰囲気が漂っている。


 それを一顧だにせず、シルバは診察に入った。


「熱と脱水症状は出ているな。斑点はまだ出てきてはいないが、ところどころが赤くなってる。進行が早い……おい、ロマン! 今まで大きな病に罹ったことはあるか?」

「……なん、で……」


 ひどく掠れた声が出て、驚きに目を見開き、その際にぼろぼろと涙が零れる。


「風邪をひいたことは? なんでもいい。身体に異常が出たことはあるか?」


 ロマンは混濁する意識の中、混雑する過去の情景を漁ったが、めぼしい出来事は何も出てこなかった。思い出した事と言えば、頼範さんの顔だった。優しく朗らかで、こういう人が父親なのかもしれない。そう思っていたのに、再開して早々──。


 そこで、ロマンの世界が明滅した。


 シルバの真剣な顔が弾けたかと思えば、頼範の笑顔がちらつき、次にユリウスの不機嫌そうな顔が現れた。絶え間なく目の前の人物が入れ替わり、ロマンの身の内から沸き上がったナニカが、鉄塊のように重い腕を動かした。


「おれ、は……お、れ、は……」


 ゆったりと持ち上がった手が右に左に揺れ、シルバの白衣へ伸びる。

 その手を取ろうとする彼女の手が、払い退けられ、ごつごつとした岩に包まれた。


「しっかりしろ。功績を上げて、世間に自分には価値があると証明するんだろ? そんな男が弱音なんて吐かねぇよな?」


 ごつごつと分厚い手がロマンの手の甲を包んで、そのままベッドに押し付けられる。


「うる、せぇよ。クソ野郎」

「そんだけ言えりゃあ上等だ」


 ユリウスは挑戦的な笑みを湛えた。

 それが、その日見た最後の光景だった。


 ◆


 少し古い夢を見た。


 錆だらけの記憶は灰の山に埋もれ、その記憶を掘り出す度に、両手が真っ黒に汚れ、拭っても拭っても皺の隙間にこびりついて取れなくなる。


 気持ち悪くて、腹立たしくて、涙が零れ落ちそうになる。

 それが堪らなく嫌だから、蓋をするのだ。

 もう二度と、掘り起こさなくて済むように。


 ◆


 王都はルラックル大陸東部に位置し、人口六万人を誇る一大商業都市である。王国に長年にらみ合ってきたコレールへの侵略戦争を決心させたのは、なにもエポック蔓延の報復のためだけではない。


 そもそもの原因に言及する前に、この世界の常識をひっくり返した出来事については無そう。

 遥か昔、人類は凪のように穏やかな時代に生きていた。それは現代において黄金時代と呼ばれ、変わらぬ事が当たり前の時代であった。


 その時代を終わらせたのが『銀厄呪』と呼ばれる生命全てが抱える呪いだった。


 それは、今から三百年ほど前に始まったとされる。もともと人類の寿命は平均千年もあった。今の成人くらいの肉体に成るには、二百年の月日が必要だったのだ。その上、受胎率も極めて低く。子供が生まれるだけで盛大な祭りが執り行われるほどだった。


 悠久とも言える時間の進みは、ある頃から加速していく。さながら、坂を転がる鉄の球のように、そこにある命を容赦なく踏みつぶしながら。


 ある村で一人の老人が老衰で亡くなって、村で騒ぎとなった。

 その時の老人の年齢が、まだ四百を迎えたばかりだったからである。現代の人類であれば、まだ四十という若さで死んだことになる。しかし、その見た目は枯れた倒木のように皺くちゃであった。


 しかも、あまりにも早過ぎる老死は世界各地で確認され、年々人類の平均寿命は短くなっていった。単純に十倍の早さで老化していったのだ。

 その災いは当然の如く国家を崩壊させ、瞬く間に勢力図がひっくり返った。


 しかし、謎の寿命短縮に比例して、各地の出生率が跳ね上がっていた。十世帯の村で一人でもいれば上々だったのに、一世帯に三人も生まれた世帯もあれば、十人も子どもがいる世帯も現れ始めたのだ。


 それと同時に、自然界の廻りも加速しており、その速さは人類の適応を置いてけぼりにするほど、目まぐるしく変化していた。


 いつしか、ゆるやかな沢のように穏やかな時代を『黄金時代』、火花のような瞬きの間に移り変わる激動の時代を『銀夜時代』と呼ぶようになった。



 閑話休題、件のコレールという国が確認されたのは、銀夜時代に入ってからである。


 黄金時代において、アヴニール山脈の先にある北部の台地は、天秤の神ギエイアが住まう神域とされ、ルラックル人はアヴニール山脈南部で遊牧民として暮らしていた。


 ルラックル人も銀厄呪を経て、変革を余儀なくされ、湖の島を中心に人々が集まり、年々大きくなって、ついには国となった。正確には、希代の彫刻家ボルンがメルキュール城を白い岩山から削り出し、その弟子たちが城を讃えるように町を築いたのだ。


 それはさておき、漸く銀厄呪の変化に適応し始めていた頃、一人の冒険を夢見る若者がアヴニール山脈の先に興味を持った。


 その若者は同じ好奇心を抱いた者たちを集め、教会の叱責を無視して都を出た。大なり小なり問題はあったが、あろうことか数人の犠牲を出しただけで、ついには山脈を超えてしまう。

 そこで待ち受けていたモノを、一行はサイアクな形で都に持ち帰ってしまった。


 最初に声を上げた若者の頭が、無残にも工芸品に加工されていた。


 ある帰還者が言った。


「アヴニールの先に、悍ましい怪物がいる」


 血濡れの工芸品を抱え、こう続けた。


「奴らはギエイア様を知らなかった」


 それが、コレールとの最初の接触であった。

 ギエイア様の聖域に根付いた人の形をしたナニカ。


 これは本来、許され続けていい事ではない。


 そうして、教会──特に天秤派の信徒はコレールの打倒を悲願とするに至る。

 それ故の戦争、トゥメル教の権威を確固たるものにするための聖戦。

 侵略とは名ばかりの正当なる裁きである。

 コレールを打倒することで天秤派の悲願を果たし、ギエイア様の神性をより確かなものとするための戦い。


 これ以上、ルラックル人の大地を異教徒の血で汚す訳にはいかない。



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