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奴隷騎士/エポックの卵  作者: 黒船頼光
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玄房、連行される

 


 なぜか、不死身になっていた。


「長い間この国で騎士として働いてきたが、こんな場所で〝天人〟に出会えるとは思わなったな」


 白髪の男は銀の兜を小脇に抱えて、ほうほうと顎を摩りながら玄房を見下ろしていた。

 男の名前はユリウス。妙な響きだ。それに、彼らは兵士ではなく、騎士と呼ばれているらしい。彼ら、と言うのは、今も玄房を囲って、剣を突き立てている彼らのことだ。


 ふと、ユリウスの背後から顔を出す少女が気になった。

 白金の長髪を垂らし、橙色の瞳は興味津々といった感じだ。長く鋭利な耳だけが特徴的な少女で、白い袴のような服に身を包んでいる。

 少女は玄房と目が合うや、さっとユリウスの背後に消えた。


「なんだ?」


 あの後、玄房は戦が終わるまで拘束された後、近場の森の中に流れる川で、血と汚れを落とされ、あらためて木に括り付けられた。裸で腐葉土の上に座らされていた。時折、虫がもぞもぞと脚に登ってきたり、尻の割れ目に入り込もうとしてきたりと、なんとも不快な思いをさせられたが、なんとか耐えている。


 川の水面を見た時、自分の姿に驚いた。髪だけでなく全身の毛が赤くなってるし、目も黄色くなっている。顔立ちは同じだが、自分に似た別人と心だけ入れ替わったような気分だった。


「俺はこれからどうなるんだ?」


 ユリウスは腰に手を当てて首を傾げた。


「さあな。不死の〝天人〟は騎士団だけで処理できるとは思えない。一度、教会法廷で協議して、そこでオマエの処遇は決まるだろうさ」


 教会法廷だの騎士団だの、聞き覚えの無い名前ばかりだが、それは置いといて。


「さっきから何で俺のことを〝天人〟と呼ぶんだ?」


 その問いに、エマが胡乱げに目を細めながら答えた。


「貴方が神々から呪いを受けた人間だからよ。でないと、その燃える体の説明がつかないもの」

「なんだ、その神々とは? そんなよく分からんモノから呪われた憶えなんて無いぞ」


 玄房の言葉に全員が口を噤んで顔を顰めた。もちろん玄房自身もだ。

 ふと、カルロは玄房の足の裏に目をやった。


「その文字は?」


 どうやら、足の裏に刻まれた番号が気になるようだった。


「これは奴隷に割り振られた、まあ、監獄内での名前みたいなもんだ。俺の番号は一〇八番。本当の名前より、こっちの番号で呼ばれ慣れちまうぐらいには、長い付き合いさ」

「そうか。一〇八番……キミも大変だな」

「昔の話だ。今は違う、はずなんだが」


 儘ならないものだ。


「流石に番号で呼ぶわけにはいかんな。本当の名は?」


 そうユリウスは溜息交じりに腕を組んだ。


「──貴々船玄房(きぎふねのはるのぶ)。玄房が名前だ」


 その名前を聞いた途端、全員が顔を見合わせた。「おいおい」「まさか、そんな」などと不穏なざわつきが起こる。


 口は災いの元と言うが、会話のすべてが該当するのは、理不尽というものだろう。その生き辛さに、玄房は辟易と肩を落とした。


 それから、ユリウスは一頻り難しい顔をしていたが、なにやらカルロと内緒話を始め、すぐに玄房を木の幹から解放した。とはいえ、両手は背中で拘束されたままとなっている。


「これより〝王都〟までオマエを連行する。オレの荷物の中に長旅用の足具と衣類があるから、とりあえずそれに着替えてもらう」


「それは構わねぇが。いいのか、こんな縛り方で? 一応、俺は不死身みたいだから、抜け出そうと思えば、色々と方法はあると思うが?」


 その私的にユリウスは軽い口調で「問題ない」と言った。何を根拠にと思ったが、ユリウスは一切の淀みなく、こう続けた。


「この森を一人で練り歩くのも中々に楽しいものだが、運が悪いと獣の食糧になったり、男でも孕ませる怪物の餌食になる。色んな経験を積みたいと言うのなら……逃がすのも一興か?」

「どうか俺を連行してください」


 玄房は食い気味で土に額を埋めて平服した。


 玄房の返事を聞いて、ユリウスたちは帰投の準備を始めた。その間、玄房は身動きが取れないため、ただ空を見上げていた。


 薄い青色の空に、白い雲が解れながら流れていく。肌を切り裂くような冷気が手足から熱を奪うお陰か、快活に輝く太陽の熱をより強く感じられた。


 ◆


 下山はそれなりに困難な道のりだった。


 そもそも男一人を縄に繋いだまま、剣山の如き山を下りながら、奇怪な動物の牙を搔い潜り、時には応戦し、幾人かの騎士がこの山で命を落とした。


 山を下りると、麓で馬車と共に待機していた騎士と合流。その後は馬車での優雅な旅となった。


 道中、玄房は初めて耳にすることばかりを聞かされた。


 ルラックル大陸を治めるルラックル王国。

 そのルラックル王国を守るロゼ騎士団と、大陸北部に居座るコレール国。

 そして、『霊失病』と神々について。


 その話をしてくれたのは、ガルロ・カルロという男だった。


 他の騎士よりも明るい白髪で、倒木に腰かけて栗鼠を愛でてそうな顔をしていた。ユリウス直々に玄房の見張り役を任されている。

 カルロは言った。


「発火を伴う復活という超常を見るに、太陽神アコトル様の呪い……だと思う」


 眉唾だと、落ちぶれた僧侶の世迷言だと、そう思いたかったのに、今いる世界が「お前こそ異常で余分なんだ」と現実を突きつけられるばかりだった。


「天人とやらは、そんなに珍しいのか?」

「どの町にも数人はいるかな。そんなに珍しいものじゃないよ」

「キミの場合は不死と輪名、それに現れ方とかが異常過ぎるんだ」


 天人の中には〝名誉天人〟なんて呼ばれる者がいる。何かしら人々のためとなる功績を上げた者が、国から名誉天人の称号を与えられ、一般市民以上の地位を約束される。ルラックルの王都にも、一人だけ名誉天人を迎えていた。


「俺も下に地上があるとは思わなかったな」

「キミの勘違いじゃないの? 『奈落』の下には、何も無い。これは世界の常識だ」

「そうなのか?」

「そうなんだ」


 話はそれっきりで終わり、以降は騎士たちの間で他愛無い会話が続き、それを盗み聞きしていても、単語と単語の繋がりを理解しようとするだけで、頭の血が沸騰しそうになった。


 不意に、御者が荷台を叩いた。


「そろそろ見えてくるぞ」と弾んだ声に、全員がパっと顔を上げた。

「なんだ、何があるんだ?」


 一人だけ除け者だった玄房の問いに、カルロが眩しいぐらい良い表情で答えた。


「騎士団の故郷さ」


 屋根など付いていない開放的な馬車なのもあって、周囲を見渡しやすい。今は他の丘に比べたら、いくらか背の高い丘を上っている最中である。


 さて、立ち上がって、くるりと回ってみても……どこまでいっても緩やかな丘と、丘に覆いかぶさった草木しか見当たらない。遥か遠くに山脈の陰があり、青空には細切れの雲があるとはいえ、流石に都が空にあるなんてことは無いだろう。

 いや、そもそも大地は奈落の上で浮いているのだから、無いとは限らないか。


「阿呆。向こうだ」


 ユリウスが顎で指した方角は、馬車が進んでいる方角を指していた。

 小ぶりな丘を登り切ったとき、玄房は〝それ〟を目にして息を呑んだ。


「あれが僕たちの『王都』。真っ白な雫を想わせる絶景と、白と橙で彩られた清廉な街並みが、この都の売りなんだ」


 その都は長い下り坂の先、巨大な湖の中央にある滴る雫の形をした陸の上にあった。東西に架かった橋の上には人々が行き交い、黒い波が蠢いているようにも見えるし、湖上には多くの舟が浮いていて、その上にも人が肩を寄せ合って仕事に勤しんでいる。


 そして、雫の中心には空を突き刺さんばかりに高く鋭利な城があり、雫は橙と白の建築物で埋め尽くされている。昼の陽ざしの下で瑞々しく活気づいているのが、遠目からでも感じられた。


 豪華絢爛。風光明媚。そう称さずにはいられない。

 不落の湖上都市は白い剣を頂上の太陽に突き上げ、悠然と湖に鎮座していた。


「座ってろ。一応、オマエは罪人という名目で連行するんだ」


 天人と公表して街中を歩くと面倒になるからだ。それは玄房にとっても避けたいところだった。

 玄房は命令を無視して、立ったまま下り坂全体に目を這わせた。

 王都が盆地にあるというのもあって、下り坂は急こう配で、躓いて転ぼうものなら、そのまま転がって湖に落ちてしまいそうだ。


 真っすぐと伸びる坂道の両脇には、段々の田んぼが広がっており、人影もちらほら見えた。奇妙なのは、丘を上る川の存在だ。何本もの細い川が丘を昇り、田んぼを切り裂くように湖へと伸びていた。


「なんで川が上に流れてるんだ?」

「そういうものなの。誰も答えはしらないわ」とエマが答えた。


「流れが強いから、農夫が落ちて溺死する事故も偶にあるわ。私たちも川に近づく時は鎧を脱がざるを得ないほどよ」

「そいつは怖いなぁ」


 玄房は川をジッと見つめる。下から上に、上から下に、湖へと伸びる横幅のある大きな川を見る。

 もう許さんと名も知らぬ騎士が「いい加減にしろ。座れ」と玄房の足首を掴もうとした。


 ──そのとき、玄房は反射的に飛んでいた。


「あっ」


 そんな声を漏らしたのは、玄房自身だった。

 後先など考えていなかった。ただ、ここで足首を掴まれ、引き倒されてしまえば、もう自由になる機会は巡って来ない。そんな根拠ない予知に身体が反応してしまった。


 誰もが、あんぐりと口をあけ、宙を舞う玄房を見ていた。

 その中で、ユリウスと目が合う。


 ユリウスだけは動じることなく、子供の陳腐な人形劇を見るような目で玄房を追っていた。水の中で黒い墨が弾けるような感情が、胸いっぱいに広がった。

 その感情の答えを導き出す暇なんて有る訳もなく、玄房は着地に失敗して坂道を横に転がって田んぼに落下する。


「逃げたぞ! 追え、追えぇ!」


 当然の如く、騎士たちは愚行を犯す阿呆を捕えるべく、馬車を止め、鉄剣を抜いて玄房を追った。玄房の方はといえば、馬車が止まるまでの間隙に脱出して、あぜの上を駆けていた。


 目測で七十尺ほど──この世界で言うところの約二十メートルほど。騎士の鎧は鉄製である以上、その重さは玄房にとって唯一の勝機を生む。弓矢が飛んでくるのも忘れてはいけないが、ここで挑む価値はある。たとえ無謀で愚かだったとしても。


 また玄房は飛んだ。今度は泥くさい田んぼではなく、岩をも転がす大川へと飛び込んだ。


 飛ぶ込む最中、玄房は一度だけ背後を見ていた。どれだけの追手が来ているのか、どんな術で捕らえるつもりなのか、それが気になったのだ。

 田んぼに嵌まらぬように一列に並ぶ騎士ら。

 いまだに馬車で愉快そうに観賞するユリウス。


 まもなく、巨人の平手打ちのような衝撃に吞み込まれた。 


 川で泳ぐ際、身体が浮き難いことを留意しておく必要がある。加えて、川は深い場所に落ちていくほど、水の冷たさは想像を絶する。足先で触れた時、死体の女に足首を掴まれたと錯覚するほどに。


 流れの速い川において、もう一つだけ注意すべき点がある。


 っ!


 玄房は濁流の中で、より強く、より鋭利なものに衝突した。

 水中で悲鳴など上げられない。それでも苦悶の声を上げ、余計に空気を泡として吐き出した。目まぐるしく回る視界の中に、赤い靄が溶けている。

 血だ。腰の辺りを斜めに切り裂かれたのだ。


 なんだ、何をされた!


 その答えは、眼前に現れる。

 灰色のぼこぼこと小さな窪みのある塊──正体は、川底に転がる巨大な岩だった。


 また、強烈な衝撃が玄房を襲った。しかも、今度は頭部を打ちつけてしまい、呆気なく意識を手放してしまう。水中において、一度でも意識を失えばお終いだ。

 玄房は意識喪失したまま、あえなく溺死した。仮に、ここで死にきれていたら、この後に陥るサイアクを回避できただろうに。


 復活、溺死、復活。


 湖に入る頃には、鼻と口と目から、血か鼻水か涙か水か泥か蛙の卵か、もはや何が何だか分からないが、みっともない顔になっているのは確かだ。


 そうして、三度の溺死と復活の後、ようやく玄房は体勢を整えて湖から上がった。

 砂浜の上で盛大に手足を投げ出し、呼吸を整える。


「湖水浴は楽しめたか?」


 若々しい壮年の男の顔が、そこにあった。


「うわあああっ!」


 咄嗟に拳が出てしまった。だが、相手は歴戦の騎士。飛び出た拳を手首から掴み、さながら網を引き揚げる漁師のように放り投げた。


 一閃。


 玄房の視界が左右に分断される。

 二つに分かれた肉塊が砂浜に転がり、宙を舞っている段階で発火していた身体は、みるみる繋がり始め、再生していた。


「──ああ、くそったれ! ズバズバ両断しやがって、俺は魚じゃねぇんだぞ!」


 いよいよ、その額に青筋を立てて憤った。わざわざ剣を抜いて殺す必要など無いだろうに、この男は玩具を振り回す子供のように扱ってくる。


「お前が魚だったら食には困らんのにな」


 冷たい剣先で顎が持ち上がる。


「今更、それが脅しにはならねぇだろ」


 ぞうっと走る怖気を噛み殺して笑ってみせた。

 ユリウスは呆れて肩を竦めた。


「手足を切って焼いてしまえば、殺さずに済む。一旦、心は壊れるかもしれんがな」


 玄房は唖然として「面倒だな。大道芸の見世物か?」と、あくまでも軽口で返した。

 その返答にユリウスはきょとんと口をすぼめたかと思えば、ケタケタと笑った。酷く不快に感じたが、下手に動いて痛い思いはしたくない。ほんの数秒で笑いの波が去ったらしく、玄房の方に剣身を置いて、こう切り出した。


「環境で人は変わるもんだ。聖職者が子どもを売るようになったり、奴隷商人が聖職者になったりな」

「何が言いたい?」

「オレたちは疫病を持ってきたコレール人を倒し、大陸から追い出すために戦っているのは話したろ。もちろん、病気を治療するため医者を集めて、いろんな治療法を試していたりもする」


 彼の目的が段々と分かってきた。しかし、


「俺は薬草の煎じ方すら知らないんだが」


 単純作業の肉体労働ばかりの人生を歩んできた。怪我や病気になった奴隷は治療されず、早々に処分されるのが常だ。

 玄房の不安にユリウスはあっけらかんと言う。


「身体を売ればいいのさ」

「最低かよ。なんとか守りぬいた純潔を、ここで散らせってのか」


 流石に玄房も顔をひきつらせ、ユリウスはすぐに「阿保」と呆れる。


「いいや、分かってるよ」


 つまり、()()()()()()()()()()になれってことだ


「どうしても、新しい治療法には死亡の危険が伴う」

「そこで、不死身の俺か。鬼畜な」

「自由になれる可能性を提案してやってるんだ。善意だよ善意」


 そこで、玄房は半身を起こした。白と橙、二色の都が穏やかな湖面に映し出され、真昼の太陽できらきらと光っている。疫病に侵されているようには見えなかった。かりに病魔が都全体に巣食い、そこに住む人々のために身体を差し出したとして、どんな利点がある?


「必ずしも天人は迫害される訳じゃない。それなりの功績を上げれば、相応の地位を与えられたりもする。お前の場合は不死ってのと、輪名がちょっと問題ってだけだ」


 そう言ったユリウスは腕を組んで頭を傾げていた。確か、王都で正式に受け入れている天人が一人いるとカルロが言っていた。


「〝名誉天人〟か。安直だよな」「分かり易さは、受け入れ易さに比例するものだ」「拒まれ易さも同様にな」「ああ言えば、こう言う」


 ふと視界の端で陰が動き、見れば銀色の人影がこちらへ向かって手を振っていた。


「どうする? このまま逃げてみるか?」


 ここでユリウスを(勝てる気はしないが)殴り倒して、さっさと走り出せば可能性はある。その後は、この辺りの地理を把握できる地図と、馬などの足が必要になるだろう。もっとも、これらを手に入れる術すら皆目見当つかないのが、今の自分の現状だ。


 たとえ手に入れたとて、土地勘のある騎士や怪物とやらから逃げ切れる自信は無い。運良く追手を撒き、怪物を避けられたとして、それからどうする。まともな仕事を見つけるにも、金銭の使い方から食事の所作まで気を配り、常に気を張っておく必要がある。


 あの暗い監獄でも情報は命綱だった。看守の性格を知らなければ機嫌も取れないし、囚人の逆鱗に触れてツルハシで刺し殺されるかもしれない。担当する通路の状態を把握しておかないと、崩落する可能性がある場所を避けることもできない。


 情報が無いと、限られた自由が細く、小さく、狭いものになるのだ。


 なら、ここで素直に提案を呑んでみるのも有りではないか?


 確かに、疫病なんて正体不明の病にかかるのは気が引ける。ただ、自分は不死身であり、死ねば全ての不調は回復される。これは自分にしかできない特権である。そう考えれば、これは悪い取引ではない。




「いいさ。やってやろうじゃねぇか」


 玄房は砂を叩き落としながら立ち上がった。

 湖面の煌めきに目を細め、あらためてエマに向き直る。


「その提案に乗ってやる」


 ユリウスは相好を崩して、手を差し出した。数秒、玄房は意図が分からず、その手の意図を察して、手を握り返した。


「よろしい……精々足掻けよ。期待してるぞ」






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