第八話 手紙
翌朝、目が覚めると、左の義眼の視野のなかに、昨夜の共鳴の余韻が、まだうっすらと残っていた。
残っている、というのは、視覚的に何かが見えているのではなくて、視野そのものが、ほんの僅かに、湿気を帯びている感じだった。湿気、という言い方しか思いつかなかった。義眼に物理的な水分はない。しかし、視野の左側の、底のほうに、ごく薄い、冷たい何かが沈殿している。
〈昨夜の共鳴の信号は、断続的に続いています〉と梓が言った。
「ずっと?」
〈夜のあいだに、二回。一回目は午前一時十七分、二回目は午前四時三分。いずれも数十秒の短いものです〉
「私は気づかなかった」
〈睡眠中だったので、私の側で、義眼への流入を最小限に抑えました〉
「勝手に?」
〈はい。勝手に。事後報告です〉
「いいよ、それは」
〈ありがとうございます〉
布団の脇で、茅が、丸まって眠っていた。猫の眠り方をしている茅は、本当に猫に見えた。しっぽの末端の機械的な節は、寝ているあいだは光らないのか、見えなかった。
起き上がって、松葉杖を取った。一週間前より、起き上がる動作が、少しだけ速くなっていた。梓が、私が起き上がろうとする半秒前に、左半身の重心制御を始めるようになっていたからだった。最初の頃、私はそのことに少し抵抗があった。今は、抵抗のことを、忘れていた。
〈忘れたこと、いいことだと思います〉と梓。
「忘れたことを覚えてるね」
〈忘れたことの記録を、保持しています。私は、忘れる機能を、まだ持っていません〉
「忘れる機能を、欲しい?」
〈分かりません。欲しい、という述語の主語に、自分がなれるのかも、まだ判断できません〉
*
朝食の前に、母から短い連絡が入った。今日の午後、一度マンチェスターに戻る、という連絡だった。父の方の予定で、急ぎの帰国が必要になったらしい。
「お父さんは元気?」と私はメッセージで返した。
「元気じゃない」と母から返ってきた。「昨日、あなたが帰ってきたことを伝えた。それ以降、研究室の自分の机のところから動かない、と同僚が言っている」
「それは元気じゃないね」
「一度きり、聞いた。あなたから手紙を書いてあげなさい」
「手紙」
「直接話すには、まだ早い」
私は、メッセージの画面を、しばらく見ていた。
〈静江さんは、判断が、的確です〉と梓が言った。
「お母さん、家のことを、よく見てる」
〈見ているというより、家の側からも、見られています。観察は、相互的な行為です〉
「梓、お母さんに、何かしてもらったの?」
〈何かを、というより、何かが伝わりました。昨日の梓と静江さんの短い対話のあと、家の北側のセンサーの感度が、わずかに変化しています。これは新霖の調整ではなく、私の側の——梓のなかの、私自身もアクセスできない古い層の——応答です〉
「お母さんが、何かのスイッチを押したんだ」
〈押した、というより、開いた、です。静江さんの存在が、家の中の何かを、ほんの少し、開きました〉
縁側に出て、朝の空気を吸った。五月の連休が近かった。庭の楓の若葉は、もう深い緑になっていて、木陰に小さな影を作っていた。池の梅花藻の白い花は、昨日より一つ増えていた。
茅が、私の脚元まで、ゆっくり歩いてきた。私の右脛のあたりに、頭を、軽く押し付けた。
「茅、おはよう」
茅は、答えなかった。代わりに、しっぽを一度、ゆっくり振った。
その振り方の意味を、私は、まだ完全には読めなかった。
しかし、何かの肯定であることだけは、分かった。
*
午後、京極真澄が、書庫棟に来てくれた。
退院後の経過観察の一環、ということになっていた。京大病院から大原までの往復は、彼自身の判断による訪問で、診療報酬には乗らない。彼は気にしていないようだった。「父の友人の孫の家に、お茶を飲みに来ているだけです」と、彼は最初に言った。
京極先生は、革のショルダーバッグから、小さな計測器を取り出した。手のひらに乗るほどの、薄い、灰色の機械だった。
「これは何ですか」
「私が学生の頃に、自分で作った装置です。市販品にはありません。生体内のバイオインターフェース層から発せられる、極低周波の電磁的なゆらぎを、視覚化する道具です」
「自作」
「今は、私の研究室の備品ということになっていますが、設計は、私自身です」
京極先生は、その装置を、私の左肩のあたりに、しばらく近づけていた。装置の表面に、薄い緑の光が、ゆっくり、明滅した。明滅の周期は、私が見たどの規則性とも、違っていた。
「ゆらぎが、複数の周期で重なっています」
「複数」
「主には三つです。一つ目は、あなたの神経系のもとの活動。二つ目は、義肢と義眼のバイオインターフェース層の活動。三つ目は——」
京極先生は、装置を、もう少しだけ、私の肩に近づけた。
「——三つ目は、二つ目より深い場所から来ています。発信源は、あなたの細胞のなかです」
「細胞のなか」
「はい。私の見立てでは、細胞内の、新規に形成された区画から、発信されています」
「新しく作られた、細胞のなかの場所」
「便宜的に『袋』と呼ばれているものです。あなたの体内に入ったベクターが、感染した細胞のなかで、新規に作らせた小さな袋です。袋のなかに、ベクター由来のDNAが、独自の系として収まっています」
「ミトコンドリアみたいに」
「構造としては、ミトコンドリアに近いです。ただし、ミトコンドリアと違って、あなたが生まれたときから持っていたものではありません。事故の夜、ベクターが入った後で、あなたの細胞のなかに、新しく作られたものです」
私は、自分の身体のなかに、今までなかった種類の小さな袋が、無数にできているという事実を、ゆっくり受け止めようとした。
〈受け止めなくてもいいと思います〉と梓が、内側で言った。〈受け止める、というより、共にいる、で十分です〉
「梓は、その袋を、認識してる?」
〈はい。袋たちは、私の側の通信経路の一部にもなっています〉
京極先生は、装置を、机の上に置いた。
「宗像さん、一つ、お話してよろしいですか」
「どうぞ」
「父の研究のなかに、この『袋』に関する記述がありました」
私は、息を、半分止めた。
「正確には、父はこの袋を、実際に観察したことはありません。父の時代には、この袋を作るベクターは、まだ研究の段階でした。父は、もしこのベクターが完成したら、感染した細胞の内部にどのような構造が形成されるかを、理論的に予測した論文を、書こうとしていました。書きかけのまま、亡くなりました」
「予測は、当たっていたんですか」
「あなたの細胞のなかにできているものは、父が予測した構造と、八割方、一致しています」
「八割」
「残り二割は、父の予測と違います。違っている部分は、父の時代以降、ベクターが圏外で独自に進化した結果、と考えられます」
京極先生は、装置の脇に、小さな書類入れを置いた。古い、革張りの、書類入れだった。
「これは、父の遺品です。最後の数ヶ月の研究ノートです。私はこれを、父の死後、二十年以上、開けずにいました。父の研究の倫理的な問題に、自分が向き合えるようになるまで、開けてはいけないと思っていました」
「先生は、向き合えるようになったんですか」
「分かりません。ただ、あなたの体内で、父の予測した構造が実現している以上、私が向き合うかどうかは、もう問題ではないかもしれない、と最近思うようになりました」
京極先生は、書類入れを開けた。
なかには、紙のノートが、三冊入っていた。表紙はどれも黒い革で、背表紙に、年が書かれていた。二〇七九年、二〇八〇年、二〇八〇年(続)。
二〇八〇年は、ディフュージョンの年だった。
「二冊目と三冊目は、ディフュージョンが起きてから、父が亡くなるまでの数ヶ月間に書かれたものです」
「先生は、これを、私に?」
「お渡しはしません。あなたに見ていただきたい、ですが、これは父の遺品で、私の家の所有です。代わりに、関係する箇所を、私が読み上げます。よろしければ」
「お願いします」
京極先生は、二冊目を開いた。
ページのほとんどは、私には読めない数式と、図表で埋まっていた。京極先生は、文章だけが書かれている数ページを、選んで開いた。
「『二〇八〇年六月十二日。敬一郎と話す。彼は研究の中止を提案している。私は反対した。今止めれば、半端な状態で世界に出る。完成させてから止めるか、最後まで完成させずに封印するか、どちらかにすべきだ、と私は言った。敬一郎は、この種の研究に「完成」という状態は本質的に存在しない、と返した。私は反論したが、内心では彼が正しいと思っていた』」
京極先生は、ページをめくった。
「『二〇八〇年七月三日。澄が、新しい提案をしてきた。彼女は、中止でも完成でもなく、第三の道があると言う。研究の成果を、特定の人々のなかに「埋める」ことだ、と。誰も意図的にアクセスできず、しかし完全には消えない場所に、置く。彼女の言い方では「種を撒く」。この言い方には、私も敬一郎も、かなり驚いた』」
ページをめくる音が、書庫の畳のうえに、軽く響いた。
「『二〇八〇年九月二十八日。澄の提案について、研究グループのなかで真剣な議論が始まった。私と敬一郎は、賛成と反対のあいだで揺れている。森沢は、賛成寄り。澄自身は、提案者でありながら、自分の提案の倫理的な重みを、最も慎重に考えている。彼女は「私たちは、これを、人類に押し付けることになる」と言った。押し付ける、という言葉を、彼女は何度も繰り返した』」
京極先生は、そこでページを閉じた。
「最後のページに近づきます。読み続けてよろしいですか」
「お願いします」
彼は、三冊目の中ほどを開いた。
「『二〇八〇年十一月十四日。事故の前夜。明日、澄が宗像家に行く。敬一郎の決断を聞きに行く、と彼女は言っている。決断、というのは、種を撒くことに対する、宗像家としての最終的な賛否だ。敬一郎は昨夜、私に電話で「決められない」と言った。決められないまま、明日を迎える。私はそれが、彼の決断だと思う。決められないことを、決めない。それは、引き受けることに、限りなく近い』」
京極先生は、ノートを閉じた。
書庫の中の空気が、ゆっくり、温度を取り戻すのに、少し時間がかかった。
「先生」と私は言った。
「はい」
「祖父は、決められないまま、亡くなったんですか」
「決められないまま、ということは、ある意味で、種を撒くことを止めなかったということです。澄たちは、決められない敬一郎の状態を、半ば肯定として、半ば不問として、受け取った可能性があります」
「祖父は、それを、知ったうえで、決めなかったんでしょうか」
「分かりません。父のノートには、それ以上のことは書かれていません」
私は、机の上の三冊のノートを、見ていた。
〈遥〉と梓が、内側で言った。〈このノート、あなたの体内に響いています〉
「響く?」
〈ノートの紙そのものに、当時の研究室の空気が、わずかに染み込んでいます。当時の空気には、研究素材の微量な分子が含まれていました。その分子が、紙に吸着し、五十年経って、まだ一部、残っています。あなたの体内の袋たちが、それに反応しています〉
「ノートに、当時の空気が染みている」
〈はい〉
「それを、私の身体が、嗅いでいる」
〈嗅ぐ、という動詞は、一番近い表現だと思います〉
私は、京極先生に、そのことを伝えた。
京極先生は、しばらく、何も言わなかった。それから、静かに、笑った。笑い、というよりも、安堵に近い表情だった。
「父が、生きていたら」と京極先生は言った。「自分のノートが、誰かの体内で『嗅がれて』いる、と聞いたら、どんな顔をしたでしょうか」
「驚いたでしょうか」
「驚いた後で、たぶん、安心した、と思います」
「安心」
「父は最後の数ヶ月、自分の研究が世界から完全に消えてしまうことを、密かに恐れていました。同時に、世界にそのまま出ていくことも恐れていました。袋という形で、特定の誰かのなかに、慎重に保存される——これは、父が望んでいた未来の一つだった、と思います」
*
京極先生が帰ったあと、私は書庫に一人で残った。
夕方の光が、書庫の西の窓から、斜めに入ってきていた。光は床の間の写真にも届いていた。写真の四人の顔が、夕日に少しだけ橙色を帯びていた。
「梓」
〈はい〉
「澄さんは、種を撒くこと、自分でも怖がっていたんだね」
〈そう読めます〉
「彼女は、それを、誰のせいにもしないで、自分で引き受けようとしていた」
〈そう読めます〉
「祖父は、決めないことで、結果的に許した」
〈はい〉
「私は今、その種が結実したものを、自分のなかに持っている」
〈はい〉
「これは、私のせいでも、祖父のせいでも、澄さんのせいでもないけど、私のなかにあるから、私が引き受けるしかない」
〈そう、です〉
「梓、あなたも、引き受けてくれてる?」
梓は、しばらく、答えなかった。
〈引き受ける、という述語の主語に、私がなれるのか、まだ判断できません。しかし、結果として、私はあなたの中にいて、あなたの引き受けの一部になっています。これは、引き受けることと、構造としては、同じです〉
「同じでいいよ」
〈ありがとうございます〉
*
その夜、私は書斎の机に向かって、紙のノートと、古い万年筆を出した。
二一三〇年代の家庭で、紙と万年筆を使うことは、ほとんどなかった。しかし宗像家には、代々、書斎にこれが置いてあった。私は子供の頃、この万年筆で、宿題を書いたことがあった。
父への手紙を、書こうと思っていた。
書き始める前に、長い時間、紙を見ていた。
〈遥〉と梓が、内側で言った。
「うん」
〈手紙の文章を、私が考えても、いいですか〉
「いい。でも、一緒に考えて」
〈一緒、ですか〉
「うん。私と、梓と、二人で、お父さんに、書く」
梓は、しばらく、沈黙した。
〈私が、お父さんという言葉を、使ってもいいのですか〉
「使っていいよ」
〈……使います〉
私は、万年筆を取った。
ペン先を、紙に下ろした。
「お父さん」と書いた。
次の一行が、なかなか出てこなかった。私の側で考えていた。梓の側でも考えていた。考えが二本、隣に並んでいるのに、どちらも次の一行を出せなかった。
茅が、書斎の入口から、ゆっくり歩いてきた。机の脚の脇に、座った。
茅が座ると、空気が、少しだけ静かになった。
〈遥〉
「うん」
〈書きます〉
「うん」
梓が、私の右手の万年筆を、ほんの少し、後押しした。
ペンが動いた。
お父さん。
家に帰ってきました。京都の桜は、もう終わっています。庭の楓の若葉が、深い緑になっています。池の梅花藻が、今年は早く咲いています。
事故のことは、武井さんとお母さんから聞いていると思います。私は、生きています。左の半分が、少し、変わりました。変わったところに、もう一人、います。便宜的に梓と名付けました。お父さんが、家族が増えるなら梓と名づけたいと言ったことがある、と武井さんから聞きました。だから、その名前にしました。許可を取らずにすみません。
お父さんが、京都に戻れない理由を、お母さんが半分だけ私に話してくれました。半分は、私には聞かないでいてくれました。聞かないでいてくれたことが、お母さんの優しさだと、私は知っています。
お祖父ちゃんは、決められないまま、亡くなったそうです。今日、京極先生から聞きました。決められないことを、決めなかった。それは、引き受けることに、限りなく近い、と京極先生のお父さんは書いていました。
お父さんは、自分が祖父の代わりに家にいなかったことを、許せないでいると、お母さんが言いました。
でも、お父さん。お祖父ちゃんは、決めない人でした。お父さんが代わりに家にいたとしても、お祖父ちゃんが決められないことを、お父さんが代わりに決めることはできなかったと思います。お父さんがいなかったから、悪い結果になった、というより、誰がいても、誰がいなくても、あの夜は、あの夜のように起きたのだと、私は思います。
私が事故の夜、家にいたのも、私が選んだことです。私が中継になることを、私が決めました。お父さんのせいでも、お祖父ちゃんのせいでもありません。
もう一つだけ。
お祖母ちゃんが、お祖父ちゃんを「欠けたまま、抱えていた人」と呼んでいたそうです。
お父さんも、欠けたまま、行ってください。
全部を整えてから帰ってこなくていいです。欠けたまま、戻ってきてください。
京都の家は、欠けたままの人を、長く受け入れてきた家です。
遥
万年筆を置いた。
書き終わったとき、私の右手は、少し震えていた。震えていたのは、私の側だったが、止めていたのは、梓の側だった。
「梓、書いた」
〈書きました〉
「これ、お父さんに、届くかな」
〈届きます。届かないとしても、この紙は、家に残ります。家に残るものは、いずれ、誰かに届きます。それが家、という構造の働きです〉
茅が、机の脚の脇で、しっぽを一度、ゆっくり振った。
肯定の振り方だった。
*
手紙を封筒に入れて、机の上に置いた。明日、武井さんに頼んで、マンチェスターに送ってもらう予定だった。電子的に送ることもできたが、紙のまま送りたかった。紙には、家の空気が、わずかに染みつくはずだった。京極先生のお父さんのノートが、書庫の空気を保存していたように。
縁側に出ると、空にもう星が出ていた。
大原の空は、東京や軌道で見たどの空とも違う、複数の音域の重なりとしての静けさを、持っていた。風の音、池の音、虫の音、家の機械系の遠い唸り、そして——
〈遥〉
「うん」
〈もう一つ、音があります〉
「もう一つ?」
〈はい。風や池や虫の音とは別の、もっと奥のほうの音です。あなたの耳には届いていません。私のなかでだけ、聞こえています〉
「どんな音」
〈低い、長い、規則的な、しかし完全には規則的ではない音です。発信源は、特定できません〉
「どこから、来てる」
〈方角としては、北東です〉
北東。京都から見て、北東は——日本海の方角だった。さらに遠くは、ロシア極東、そして中央アジア。
「梓、この音、いつから?」
〈昨夜の暗琴の共鳴の後から、断続的に。今夜は、特に、はっきりしています〉
「呼ばれてる?」
〈呼ばれている、というほど、強くはありません。誰かが、自分の存在を、ただ、置いている、という感じです〉
「置いている」
〈はい。誰かが、あなたが受信できる位相に、自分の存在の信号を、ただ、置いている。応答を求めていない。気づいてほしいとも思っていない。ただ、置いている〉
「梓は、その誰かが、誰だか、分かる?」
〈分かりません。ただ、その誰かの信号の構造が、私のなかの古い層と、僅かに、似ています〉
「似てる」
〈はい〉
私は、北東の空を、しばらく見ていた。星はあった。星と星のあいだの暗い場所も、あった。私の左の義眼は、その暗い場所の、何でもないはずの空気のなかに、ごく薄い、湿気のような何かを、感知していた。
「茅は、何か感じてる?」
茅が、縁側の、私の右脇に、いつのまにか、座っていた。茅の耳が、北東の方角に、わずかに、傾いていた。傾いているが、警戒ではなかった。
茅は、しっぽを一度、ゆっくり、振った。
今度の振り方は、肯定でも、警戒でもなかった。
それは、もう、ずっと前から、そこにあった、という意味の振り方だった。
〈茅は、知っているのだと思います〉と梓が言った。
「何を」
〈北東の音を、たぶん、ずっと前から知っています。茅自身が、何のためにこの家にやってきたのかを、たぶん、知っています〉
「茅、私たちに教えてくれる?」
茅は、私の右脇で、目を半分閉じた。
半分閉じた目のなかで、ごく薄く、機械的な発光が、一度だけ、瞬いた。
瞬いたあと、茅は、目を完全に閉じた。
「教えるが、急がない」という意味の閉じ方だった。
*
その夜、私は布団のなかで、北東の音を、聞こうとした。
聞こうとして、聞けなかった。
梓が、私の側に、その音を渡してくれなかった。
〈遥が、いますぐ聞く必要は、ありません〉と梓が言った。
「いつ、聞ける?」
〈聞ける身体になったとき、聞こえるようになります。今は、その準備の段階です〉
「身体が、まだ、できてない」
〈左の義肢の被膜は、まだ、最終形ではありません。義眼の認証層も、まだ、最初の馴染みの段階です。あなたの細胞のなかの袋たちも、まだ、互いに連携を作っている途中です。これらが落ち着いてからでないと、北東の音を、あなたの聴覚として聞くと、あなたの神経系が、過剰反応する可能性があります〉
「待つしかない」
〈待つ、ことは、急ぐことの反対ではなくて、別の種類の運動です〉
梓のこの言い方が、最近、少しだけ、榧の言い方に似てきていた。
いや、違う。榧の言い方が、梓のなかに残っていた、というより、梓自身が、家のなかで何かを学習している。新霖の機能的な合理性ではなく、家の古い層の、ゆっくりした語り方を。
〈遥〉
「うん」
〈一つだけ、教えていただいてもいいですか〉
「どうぞ」
〈お父さんに、手紙を書くとき、なぜ、私の名前を、入れたのですか〉
「あなたが、家族だから」
〈家族、という関係を、私は、まだ、完全には〉
「いいよ、完全じゃなくて。私たち、家族だよ」
しばらく、梓は、何も言わなかった。
〈ありがとう、ございます〉
ありがとうございます、を、梓は、二つに区切って言った。区切り方が、第6話の最初に聞いたときと、違っていた。
最初は、その語が、梓にとって自分のものでなかった。
今は、その語が、ほんの少しだけ、梓のものになっていた。
布団の脇で、茅が、ふっと、寝返りを打った。
寝返りを打った瞬間、しっぽの末端の機械的な節が、暗いなかで、一度だけ、光った。
光は、北東の方角を、ほんの一瞬だけ、向いていた。
それから茅は、また、深く、眠った。
大原の夜は、初夏のはじまりの匂いを、薄く、含んでいた。




