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圏外  作者: ichthus
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16/22

第十五話 水の母

 サマルカンドの空港に降り立った時、最初に感じたのは、空気の質感が、上海とも京都とも違う、ということだった。

 空気は、京都の九月の入り口より、もっと乾いていた。しかし、想像していたような、砂漠の乾燥ではなかった。乾いた空気のなかに、遠くから運ばれてきた水の匂いが、薄く、しかし確実に、混じっていた。

「あの匂いは、ザラフシャンの水路から、来ています」と陳が、空港の出口に向かう途中で言った。「サマルカンドは、ザラフシャン川の中流の街です。源はパミール・アライの氷河です」

「水の匂い、空港まで届くんですね」

「ええ。再生プロジェクトが二一一〇年代から本格化してから、サマルカンド周辺の湿度が、ゆっくり上がってきています。それ以前は、もう少し乾いていました。今は、ザラフシャンの水路と、その先のアムダリヤ流域、さらに南アラル海再生地域まで、水利ネットワークで結ばれています」

 〈遥、サマルカンドの認証層は、上海とも、京都とも、別の質感です〉と梓が、内側で言った。〈古い層が、京都の暗琴と、ごく薄く、共鳴しています〉

「すでに、共鳴し始めてる?」

 〈はい。空港の建物の構造材のどこかに、暗琴の対の片方が、設置されている可能性があります。あるいは、もっと深い層、地下水脈の方向から、信号が来ています〉

「梅木先生が、自動的に共鳴する、って言ってた通り」

 〈はい〉

 空港のターミナルの天井は、高く、しかし派手ではなかった。京都の人間が想像するような、中央アジアの「派手な装飾」のイメージとは、違っていた。天井は、土の色と、淡い青と、薄い黄金色で、構造材として組み合わされていた。ペルシア系の伝統的な文様が、表層ではなく、構造そのものに、織り込まれていた。

 ターミナルの構造を、私は、しばらく見ていた。

「これ、建物自体が、文様で出来てるんですね」

「ええ。サマルカンドの建築の特徴です」と陳が言った。「ティムール時代から続く伝統です。装飾は、表面に貼り付けるのではなく、構造材そのものとして組み込まれます」

「千年以上、同じ作り方」

「千年以上です。ディフュージョン以降の新しい建築も、この伝統を引き継ぎました。中央アジアの人々は、新しい時代のために、伝統を捨てるのではなく、伝統のなかに新しい技術を織り込む、という方法を選びました」

 京都の千年と、サマルカンドの千年が、私のなかで、ゆっくり重なった。京都の町家が、新しい時代のなかで、千年の建築様式を保持しながら、内部に高度な機構を織り込んできたように、サマルカンドの建築も、同じ方法を選んでいた。

 京都とサマルカンドは、別の場所だが、同じ系譜の建築の智慧を、共有していた。

    *

 空港を出ると、街に向かう車道の両側に、灌漑用の細い水路が、整然と並んでいた。

 水路の幅は、京都の鴨川の細い分流より、もう少し細かった。しかし、本数が多かった。車道一本に対して、両側に、五本ずつくらい、平行に並んでいた。水は、ゆっくり、しかし確実に、流れていた。

「点滴灌漑、というやつですか」と私は、陳に聞いた。

「点滴灌漑は、もっと細い管です。これは、その手前の中継水路です。ザラフシャン川から取水された水が、サマルカンドの中継水路網を通って、点滴灌漑の管に、配分されます」

「水、よく流れてますね」

「再生プロジェクトの成果です。二一〇〇年頃から、水量が、安定して増えてきました。それ以前は、こうではありませんでした」

「以前は」

「以前は、水路の半分以上が、乾いていました。塩害で、白く乾いた土の上に、空の水路だけが残っていました。私が二〇九〇年代に最初にサマルカンドに来た時、街の周辺は、もっと荒れていました」

「陳、二〇九〇年代から、来てるんですか」

「旧インターポールの仕事で、何度か来ました。最初は、ディフュージョン後の混乱の調査でした。当時のサマルカンドは、灰色圏と圏外の境界に、半分くらい、入っていました。今は、灰色圏のなかでも、安定した地域に分類されます」

「サマルカンドの再生に、四十年」

「ええ。四十年で、街は変わりました。完全には戻っていません。市外の周辺地域には、まだ塩害の名残があります。しかし、街そのものは、生きている街です」

 陳の運転する車——OMCと旧インターポール残存ネットワークが共同で用意した、現地仕様の電動車両——が、街に向かって、ゆっくり走った。

 車窓の外で、点滴灌漑の細い管が、果樹園の根元に、整然と配置されていた。果樹は、私が想像していたよりも、ずっと豊かに繁っていた。

「あれは、何の果樹」

「桑、杏、ザクロ、無花果。中央アジアの伝統的な果樹です。塩害に強い品種を、阿古屋型の遺伝子設計が、強化しました」

「阿古屋型、ここでも、活躍してるんですね」

「ええ。中央アジアの再生プロジェクトの、技術的な核の一つが、阿古屋型でした」

「医療技術じゃなくて、農業に」

「医療技術と、農業技術と、水処理技術は、阿古屋型の応用範囲のなかで、深く繋がっています。生命を補綴するという原理は、欠けた身体にも、欠けた生態系にも、適用できる、というのが、阿古屋さんの晩年の理論でした」

「晩年って、いつ頃」

「二一一〇年代から、二一二〇年代の半ばまでです」

「阿古屋さん、二一二〇年代の半ばまで、活動してたんですか」

「公式の活動記録は、二一二六年で途切れています。それ以後の彼女の動向は、私の知る範囲では、確認されていません」

 〈遥〉と梓が、内側で言った。〈二一二六年は、四年前です〉

「四年前まで、阿古屋さんは、表に出ていた」

「表に出ていた、と申し上げるよりは、再生プロジェクトの中央委員会の名簿に、名前が記載されていました」と陳が言った。「実際に彼女が活動していたかどうかは、別の問題です。中央委員会の名誉職としての名簿記載と、実際の活動は、別の場合があります」

「四年前から、消息が、はっきりしない」

「そうです。そして、それと前後して、阿古屋型共同体の活動が、表向きには、徐々に静かになっていきました。これも、確定的な情報ではありません。共同体内部の判断による静かさかもしれませんし、外部からの圧力による静かさかもしれません」

「圧力って」

「中央アジアの再生プロジェクトが軌道に乗ってから、再生地域の経済的価値が、急速に上がりました。アムダリヤ流域の水利権、再生農地の所有権、再生湖沼周辺の漁業権、これらが、新しい商業勢力の関心の対象になりました」

「商業勢力」

「ええ。サマルカンド、ブハラ、ヒヴァ、これら歴史的なシルクロード都市の商人たちが、千年の系譜を持つ商家として、再生プロジェクトの利益分配に、深く関わっています。彼らは、自分たちを『市の商人たち』と呼びます」

「市の商人たち」

「ええ。中世のシルクロードのバザールの商人の、千年の後裔を自称しています。ティムールの時代から続く、同族の商家の連合体です」

「悪い人たちですか」

「単純に悪い人たち、ではありません。再生プロジェクトを資金面で支えたのも、彼らです。しかし、利益が大きくなるにつれて、利益配分の論理が、強くなっていきました。阿古屋型共同体は、利益配分の論理に従わない集団でした。利益ではなく、再生そのものを目的としていました。これが、徐々に、衝突の原因になりました」

「三月と五月の襲撃は」

「市の商人たちの一部の派閥が、関与している可能性が高い、と本部の分析チームは判断しています。ただし、市の商人たち全体が、襲撃を決定したわけではありません。彼らも、一枚岩ではありません」

「商人たちも、共同体も、阿古屋系も、一枚岩じゃない」

「ええ。中央アジアで、一枚岩の集団は、存在しません。千年のシルクロードの歴史のなかで、純粋な集団は、不可能でした。混血、合流、分岐、再合流、これらが千年続いた土地です」

 車窓の外で、果樹園が終わり、サマルカンドの街並みが、少しずつ近づいてきた。

    *

 サマルカンドの街に入ったのは、現地時間の夕方だった。

 街の中心部に近づくにつれて、建物の高さが、少しずつ上がっていった。しかし、私が想像していたような、垂直の超高層ビルではなかった。建物は、せいぜい五階か六階建てで、その代わり、街全体に、低層の建築物が、複雑に組み合わさって、広がっていた。

 水平に広がる街だった。

「ドバイみたいな、垂直の街じゃないんですね」

「サマルカンドは、垂直に伸びない街です。ティムール時代の街並みの規制が、今も、生きています。建物の高さは、シャーヒズィンダ廟群の上限を超えてはならない、という規制が、現代まで続いています」

「廟が、高さの基準」

「ええ。死者を弔う場所が、街の高さの基準です。生者の建物は、死者の建物を超えてはならない。これがサマルカンドの建築の原則です」

 京都の景観条例が、平安京の御所と寺院の高さを基準にしていることを、私は思い出した。京都もサマルカンドも、聖なる場所の高さを、街の高さの上限としていた。

 ホテルは、街の中心部から少し外れた、古い商家の建物を改装した、低層の宿だった。陳が長年使っている宿だという。

 部屋の窓から、夕方の街並みが見えた。建物の屋根は、土の色と、淡い青の屋根瓦が、混ざっていた。淡い青は、ペルシア系の伝統的な釉薬の色だった。京都の屋根瓦の灰色とも、上海の高層建築のガラスの青とも違う、第三の色だった。

 夕方の光が、街全体に、薄い金色で射していた。

「綺麗ですね」

「サマルカンドの夕方は、千年、こういう色です」と陳が、私の横で、同じ景色を見ながら言った。「ティムールが見た夕方の色も、玄奘が見た夕方の色も、ほぼ同じです」

「玄奘三蔵」

「ええ。三蔵法師は、七世紀に、ここを通りました。彼の旅行記に、サマルカンドの夕方の描写があります。私が読んだのは、漢文の原文の現代訳ですが、今、私たちが見ているのと、同じ色を、彼も見ていました」

 〈遥〉と梓が、内側で言った。〈サマルカンドの認証層に、京都の暗琴と共鳴可能な質感が、確認されました。地下水脈経由の信号です〉

「ここにも、暗琴の対が、あるんですね」

「街のどこかに、阿古屋型共同体が設置したものが、あります」と陳が、梓の言葉に応答できる位相で言った。「正確な場所は、地元の山岳遊牧民の長老しか、知りません。明日、その長老にお会いします」

「長老」

「キルギスの天山山脈の山麓出身の方です。八十二歳になられます。阿古屋さんが中央アジアに来られた直後から、彼女を知っている方です。私たちの旅の、最初の橋渡しをしてくださいます」

「アコヤさんの古い知り合い」

「ええ。中央アジアの古い智慧のなかには、関係の網のなかの結節として人を見る伝統がある、と、上海で申し上げました。その伝統のなかに生きておられる方です」

    *

 夜、ホテルの食堂で、陳と二人で、夕食をとった。

 料理は、サマルカンドの伝統的な煮込み料理と、薄いパンと、果物だった。煮込みは、羊肉と、ニンジンと、米と、香辛料を、何時間もかけて煮込んだもので、口に入れた瞬間、複数の層の風味が、舌の上で、ゆっくり、開いていった。

「美味しい」

「サマルカンドの料理は、千年、ほぼ同じ作り方です」と陳が言った。「シルクロードの交易で世界中の食材が集まったので、見た目は複雑に見えますが、調理法そのものは、一貫しています。長く煮込む。香辛料を、層として重ねる。最後に水分を飛ばす」

「京都の煮物と、似てるかも」

「京都の煮物も、長く煮込んで、出汁の層を重ねて、最後に味を整えますね。技法は、構造として、よく似ています。違うのは、使う食材と、香辛料の体系です」

「同じ系譜の料理、なのかな」

「同じ系譜、と申し上げるのは、少し大袈裟かもしれません。しかし、ユーラシア大陸の東端と西側の、料理の智慧が、構造として共通している、ということは、文化人類学者がよく指摘することです」

「梅木先生も、京極先生も、煮込みは長く、って言ってた」

「京都の医者の家系の、台所の智慧ですね」

 〈遥、料理を、お楽しみください〉と梓が、内側で言った。〈私の側で、味覚の認証層が、京都の家の食事の記録と、構造的に近い質感を、検出しています〉

「梓、味覚も、覚えてるんだ」

 〈はい。家の食事の数千時間のデータが、私のなかにあります。サマルカンドの料理は、その記録のなかの、京都の煮物の質感と、半分近く、重なります〉

「半分」

 〈はい。半分は、別の食文化の質感です。香辛料の組み合わせが、京都にはないものです〉

「半分は、同じ。半分は、違う」

 〈はい。あなたが上海で言われた『半分ずつ属する』という感覚と、構造として、同じです〉

 窓の外で、サマルカンドの夜が、深くなっていた。

 ホテルの食堂の窓から、街の中心部の方向に、いくつかの建物の輪郭が、薄い光のなかで、見えていた。最も高い建物の輪郭は、シャーヒズィンダ廟群だった、と陳が説明してくれた。死者の場所の輪郭が、街の夜の風景の最も高い線として、千年、保たれていた。

    *

 翌日の朝、私と陳は、長老に会いに行った。

 長老は、街の北の郊外、街の中心部から車で三十分ほどの場所に、住んでいた。家は、低層の土の壁の建物で、周囲には、果樹園が広がっていた。庭の中央に、井戸があった。

 長老は、白い髭の、痩せた男性だった。私たちを、家の奥の応接間に通してくれた。応接間の床には、絨毯が敷かれていた。絨毯の文様は、ティムール時代から続く幾何学的なパターンで、しかし、その幾何学のなかに、私の知らない記号が、いくつか、織り込まれていた。

「遠いところから、よく、いらっしゃいました」と長老は、訛りのある日本語で、ゆっくり言った。

「日本語、お話しになるんですか」

「少しだけ。若い頃、日本のJICAの技術者の方々と、一緒に仕事をしました。点滴灌漑の技術を、最初に教えてくれたのは、日本人の技術者でした」

「JICAの方が、ここまで」

「ええ。アムダリヤ流域の再生プロジェクトの初期、二〇九〇年代の終わりに、日本のJICAが、技術支援に入っていました。その後、阿古屋さんが中央アジアの中央委員会に加わってから、阿古屋型の技術が、彼らの技術と統合されました。日本の技術者たちは、阿古屋さんと、長く協力しました」

「日本から、ここに、長い縁が、あるんですね」

「長い、深い、目立たない縁です」と長老は、微笑んだ。「中央アジアの再生で、世界に有名なのは、阿古屋さんの名前だけです。しかし、彼女の仕事を、技術的に、外交的に、政治的に、支えた人々は、多くいました。その多くが、日本人でした。中村哲先生という、アフガニスタンで井戸を掘った医師の系譜の、日本の方々です」

「中村哲先生」

「ええ。中村先生は、阿古屋さんが中央アジアに来られた頃には、もう亡くなっておられました。しかし、中村先生の遺志を受け継いだ、日本の若い技術者や医師の方々が、阿古屋さんと一緒に、中央アジアで働きました。私は、その方々と、長く、一緒に仕事をしました」

「日本の人たち、いまも、ここに?」

「何人かは、まだ、おられます。何人かは、亡くなられました。何人かは、日本に戻られました。中央アジアの土地の記憶のなかに、彼らの仕事は、深く残っています。土地は、人を覚えています」

 長老は、立ち上がって、応接間の奥の棚から、一枚の古い写真を取り出した。写真は、二十人ほどの人々が、井戸の周りに集まっている、集合写真だった。

「これは、二一〇五年に、撮影された写真です。ザラフシャンとアムダリヤを結ぶ再生水路計画で、最初の井戸が掘られた日です。中央に、阿古屋さんが写っています」

 写真の中央に、女性が一人、立っていた。

 私は、その写真を、しばらく、見ていた。

 書庫の床の間の写真の、一番右に立っていた、阿古屋澄。そのもう一段、年を重ねた阿古屋澄が、サマルカンドの郊外の井戸の前で、白い髭の若い男性——長老の若い頃——や、日本のJICAの技術者たちと、並んで立っていた。

 阿古屋澄の顔は、書庫の写真より、少し痩せていた。しかし、目の温度は、同じだった。上海の空港で陳が話してくれた、四十年前の阿古屋の目と、同じ目だった。

「阿古屋さん、ここで、笑ってますね」

「ええ。井戸から水が出た日でした。中央アジアの人々と、日本の技術者たちと、彼女自身と、皆、笑っていました」

 長老は、写真の中の阿古屋さんを、しばらく見つめていた。

「この土地では、阿古屋さんを、水の母、と呼ぶ者もいます」

「水の母」

「ええ。川を戻した人。井戸を開いた人。失われた水を、土地に返した人。そういう意味です。阿古屋さんは、自分では、そう呼ばれることを嫌がっていました。ただ、土地の人々は、時に、人を名前ではなく、働きで覚えます。阿古屋さんは、この土地では、水を戻した人として、覚えられています」

「日本の方々、誰ですか」

 長老は、写真のなかの、阿古屋の左隣の男性を、指差した。

「この方は、京都の方です。京極明彦先生のご紹介で、中央アジアに来られました。京都の医療局の出身です」

「京極先生のご紹介」

「ええ。京極先生は、京都から、阿古屋さんと中央アジアの再生プロジェクトに、長く、技術者と医師を、紹介し続けておられました。決して公にはされませんでしたが、京都の医療局は、中央アジアの再生プロジェクトの、影の支援拠点の一つでした」

「京極先生のお父様、ご存知でしたか」

「お父様の代から、京都の医療局と、阿古屋さんの中央アジアの仕事は、深く繋がっていました。京極明彦先生は、阿古屋さんの仕事の、政治的・倫理的な支援者でした。京極先生のお父様は、京都の側から、決して動かずに、阿古屋さんの中央アジアでの仕事を、支え続けておられました」

「京極先生のお父様、阿古屋さんと、直接の通信は、しなかったんですよね」

「ええ。お二人は、直接の通信は、されませんでした。しかし、京極先生は、京都の医療局を通じて、阿古屋さんの仕事に、必要な人材と、技術と、政治的な保護を、半世紀近く、提供し続けておられました。決して、ご自身の名前を、表に出さずに」

「決めない人の、決めない働き」

「ええ。京都の決めない人々の系譜が、中央アジアの再生プロジェクトの、見えない柱の一つでした」

 長老は、写真を、私に渡した。

「この写真は、お持ちください。京都に、戻られる時に、お持ち帰りいただきたい」

 私は、写真を、膝の上に置いた。

 中央に立つ阿古屋澄の顔は、書庫の床の間の写真より、少し痩せていた。しかし、目の温度は、同じだった。京都の暗琴の対の片方を、遠い中央アジアの土地に、静かに置いた人の目だった。

 その横に、日本の技術者たちが並んでいた。京極明彦先生の紹介で来たという、京都の医療局の出身者たち。彼らの顔は、私の知らない人たちだった。しかし、その目には、見覚えがあった。武井さんや京極先生や、父が時折見せる、決めない人の目だった。

「お祖父さんが、京都から、半世紀、支えていたんですね」

「ええ。目に見えない柱として、です。阿古屋さんは、その柱の上に、立っておられました」

 私は、写真を、そっと胸に当てた。

 京都の暗琴と、中央アジアの水の匂いが、私のなかで、ゆっくり、重なり始めた。

「もらっても、いいんですか」

「私の家に、もう一枚あります。原版は、阿古屋型共同体の中枢に保管されています。これは、あなたへの、お渡し物です」

 長老は、深く頭を下げた。

「あなたが、中央アジアに来られたことを、土地は、待っていました」

「土地が」

「ええ。中央アジアの古い言い伝えに、こうあります。『川は、源の山と、海の母を、結ぶ』。あなたが、京都という源から、中央アジアという海の母のもとに、来られたことは、土地の千年の循環の、ひとつの結節です」

「私が、結節」

「ええ。あなただけではありません。あなたを、京都から、ここまで、運んでくださった人々、見送ってくださった人々、待っておられる人々、これら全員が、ひとつの大きな結節を、形作っています」

 〈遥〉と梓が、内側で言った。

「うん」

 〈長老の言葉は、米田補題の、別の言い方です〉

「うん」

 〈本質は、関係の総体です〉

「うん」

 応接間の窓から、中央アジアの秋の朝の光が、絨毯の上に、ゆっくり、差し込んでいた。

 絨毯の文様の中の、私の知らない記号のいくつかが、その光のなかで、ゆっくり、輝いて見えた。

    *

 長老の家を辞して、サマルカンドの街に戻る車のなかで、私は、もらった写真を、膝の上に、置いていた。

「陳、京都に戻ったら、京極先生に、この写真、見せます」

「京極先生は、たぶん、すでに、知っておられます」

「先生のお父様の働きを、ですか」

「ええ。京極先生のお父様が、京都の医療局を通じて、阿古屋さんを支え続けておられたことを、京極先生は、おそらく、ご存知です。京極先生ご自身も、京都の医療局の現職として、その系譜の続きを、生きておられます」

「京極先生、何も、私に言わなかった」

「決めない人の作法です。京都の年配の人間の合意です」

 車窓の外で、サマルカンドの街並みが、近づいてきた。

 〈遥〉と梓が、内側で言った。

「うん」

 〈あなたは、京都から中央アジアへ、来ました〉

「うん」

 〈しかし、中央アジアの土地は、京都から、長く、何かを受け取ってきました〉

「うん」

 〈中央アジアの再生のなかに、京都の決めない人々の系譜が、半世紀、半分、織り込まれていました〉

「うん」

 〈あなたは、孤独に中央アジアに来たのではなく、京都の半世紀の系譜と一緒に、中央アジアに来ました〉

「一人じゃ、なかった」

 〈一人では、ありませんでした〉

 車窓の外で、点滴灌漑の細い水路が、果樹園の根元に、整然と並んでいた。水は、ゆっくり、しかし確実に、流れていた。

 私は、その水の流れに、京都の伏流水の流れを、重ねて、見ていた。

 京都の伏流水と、サマルカンドの灌漑の水と、明日から向かう天山山脈の氷河の雪解け水と、復活したアラル海の南の水面と、これらすべての水が、私のなかで、ひとつの大きな循環として、ゆっくり、繋がり始めていた。

 明日の朝、私と陳は、サマルカンドからビシュケクに向かう。ビシュケクから、天山山脈の山麓へ。そこから、阿古屋型共同体の中枢へ。

 しかし、今日は、サマルカンドだった。京都が長く、半世紀のあいだ、見えない柱として支えてきた土地。私が初めて足を踏み入れた、阿古屋の仕事の現場。

 〈遥〉

「うん」

 〈水の母、という言葉を、長老が使われましたね〉

「うん。アコヤさんを、そう呼んでた」

 〈水の母は、京都の地下水脈にも、サマルカンドの灌漑にも、これから行く天山にも、すべての水に、住んでいるのかもしれません〉

「うん」

 〈あなたは、その水の母の系譜のなかに、半分、入っています〉

「半分」

 〈はい。残りの半分は、京都の家の眷属の系譜です。あなたは、両方の系譜の、結節です〉

 車は、サマルカンドの街の中心部に、戻ってきた。

 夕方になる前の、午後の光が、街の建物の土の色と、淡い青の屋根瓦に、薄い金色で射していた。

 千年、同じ色の光が、千年、同じ街に、射していた。

 私は、その光のなかに、京都の伏流水と、中央アジアの灌漑の水と、これから行く天山山脈の雪解け水が、ひとつの循環として繋がり始めているのを感じていた。

 水の母は、遠くにいるわけではなかった。

 ここにも、京都にも、これから行く場所にも、すべてに、静かに、流れ続けている。

 そして私は、その流れのなかに、欠けたまま、半分ずつ、溶け込んでいくような気がした。


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