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災厄の真実

「五百年前の大神宮は、最低最悪の場所だった。堕落もここに極まれりの醜悪さだった」


 大巫女は、大神宮が吐き気をもよおすような悪所だった、と言ってはばからない。各国の中央に対して影響力があるために収賄が横行し、美しい娘やおのこが買われてきて、見習いとして巫女や神官に侍ることもあったらしい。

 嘆息まじりに、大巫女は次々と過去の大神宮の醜態を明かす。


「糜爛した大神宮の状況を、かえって歓迎する向きもあったほどでな。大神宮はまったき祈りの場であり、大地母神の神意を授かるための聖所である、などと主張する者がおれば、面には嘲笑が浮かび、それだけでは立ちゆきませんのでなぁ、などと猫なで声で排斥される」


 大巫女の目が、異様な光を帯びた。


「聖地と言い難い行状は、ある娘が大巫女となった時から、はじまったのかもしれぬ。いや、その前から少しずつ、そうした傾向はあったのだろう」


 大巫女は、驚く若者達を余所に淡々と話を続ける。


「その女は、大巫女の後継と目されていた娘が命を落とした後に祭りあげられた」


 大巫女の口調にわずかな陰りを覚え、思わずジークが口をはさんだ。


「謀殺の疑いがあったのでしょうか」

「わからない。だが、当時の長の挙動が怪しかったのは確かだ。その頃の吾は、見習い巫女とは名ばかりの下働きに過ぎなかったのでな、疑心だけで声をあげることなどできない。それから新たな大巫女と長が大神宮を牛耳ったわけだが、それが災厄のはじまりでもあった、と今では思えるな」


 爾来、大神宮は、悪臭ふんぷんたる場処となっていった。


「大巫女は驕慢に奢侈を上乗せしたような娘で、箍でも外れたのかと思われるほど夜郎自大にふるまった。そこに便乗する長は、下の者には必要以上の従服を強要し、上の者には這いつくらんばかりににへつらう。各国の神宮という神宮は、長の掲げる規律に染まっていった。神宮がそのようであれば、世俗の胡散臭い輩がおもねるようになるのも早い。あの頃の神宮は、大地母神の声など届く環境にはなかった」

「だから、災厄を止められなかったと?」


 ロンバルトが顔をしかめて問えば、大巫女は遥か昔を思い起こすように目をすがめた。その遠くを見るような目を見て、エンテは、ああ、きっとこの方はひとりで闘っていたに違いない、と察する。


「大巫女とは名ばかりの女に、神託が下ることはない。そして、上位の巫女の誰ひとりとして、大地母神の御声を聞くこともかなわない」


 その頃より、灰色の時代は足音を忍ばせて、静かに侵食を開始したのだ。



 まずは大陸中のそこかしこで、天候不順が続いた。異様な長雨、反対に日照りが続く。蝗害に苛まれ、山が不作であることにより凶悪になった獣が跋扈し、飢えた挙句に畑を食い荒らす。大地母神の加護に満ち溢れた大地は、いつの間にか凄惨な地獄と化していった。


「不合理極まりない状況がまかり通っていた大神宮には、各国の神宮からの問い合わせがひっきりなしに届いたが、相応の応えを返すことのできる者などおらん。大巫女も長も状況を侮って手を束つかねていた」


 やるせなさそうに、大巫女が額に落ちたほつれ毛をかきあげる。


「そして、灰色の霧は、神樹の地の金糸の森から広がっていった。各地で金糸の森の木が枯れ、短時日のうちに大陸中が汚染されていったのだよ。報せが大神宮に入った時には、まったく手が付けられない状況となっていた。そりゃそうだ。すでに大神宮も灰色の霧に侵されていたからね」


 エンテもジークもロンバルトも、息を吸う暇もないかのように、大巫女の話に傾注した。その時、思い切ってエンテが訊いた。


「あの、大巫女様。その灰色の霧というのは、昏黒の魔法によって生み出されたものだったのでしょうか」


 そこで微妙な表情を見せたのはエイヤだ。


「実はな、エンテ。五百年前の災厄は、真の災厄ではなかった可能性があるのだよ」

「真の災厄って、どういうこと? 災厄に嘘も本当もないでしょ」

「昏黒の魔法は、金糸樹のもたらす暗黒魔法と考えられておる。しかし五百年前の灰色の霧は、昏黒の魔法ではない。ゆえに疑似的な災厄だったのではなかったか、と考えられておる」

「それじゃあ、灰色の霧って、いったい何だったの?」


 ため息をついた大巫女が、ようよう口を開いた。


「五百年前の吾はな、灰色の霧とは、大地母神の鉄槌であったと思っておった」

「神罰なのですか!? 昏黒の魔法は人の行う魔法ではない、と祖母から聞きました。では、結局は五百年前も今回も、神の怒りによるものということなのでしょうか」


 ジークの疑問はもっともだ。大巫女も長も、そしてエイヤも、むむむ、と唸りながら、答えあぐねている。

 やっと息を吐きだすかのように、大巫女が言った。


「灰色の霧は、金糸樹の悪性のげっぷのようなものだ、と今は考えておる」

「なんですと!?」

「は、げっぷ? え、ちょっと嫌なんですけど」


 予想外の回答に、さしものユイカも呆れた目で大巫女を見ている。

 大巫女が首を横にふりながら、若者達を見据えた。


「まずは、五百年前に話を戻そうか」






 大神宮の頂点の腐敗が発端とも思える大陸の惨状は、文献や伝承に残されているとおりだった。拡散した灰色の霧のようなものは灰の蟲と云われ、魔法の威力がかなり削ぎ落されたらしい。豊潤な土地は火山灰を浴びたように次々と染まり、作物の育たない荒れ果てた大地へと変貌していった。

 灰色の霧は、奇怪な怪物を生み出すようにもなった。人とも獣とも知れない、魔物よりもさらなる凶悪さでもって、あらゆるモノを蹂躙する灰色の怪物だ。人も家畜も灰色の怪物の襲来を受け、王家も名家も成す術を持たなかった。なにしろ魔法の効力が激減されるのだから。

 その頃の大神宮は荒廃しつくして、人の影はほとんどなかった。大巫女も長も、押し寄せた灰色の霧によって、即座に魔力を失った。


「彼奴の魔力は、それほど貧相だったのだよ。おまけに重篤で醜悪な外見をもよおす病にかかり、とうに物故していた」


 生き残っていたのは、清廉を維持していた巫女や神官らだった。ギダという名の巫女もそのひとりだ。



 ある時、何かめぼしい食料でもないか、と礼拝の間に入り込んだギダは、そこで、かすかな声を聞いた。それこそが大地母神の声で、放埓に走った大神宮を責めているかのようだった。


『責める暇があったら、現状を打開する方策を授けてください!』


 神は、大胆に声をあげたギダを気に入ったのかもしれないし、あるいは最初から、ほんのちょっとだけ援けてやろうとしていたのかもしれない。

 ギダは、大地母神から召喚魔法の秘儀を授かった。その後、大神宮の宝物庫に赴き、残されていた召喚の魔法具を探し出して召喚魔法を執行した。


「えーと、ひとつ、よろしいでしょうか」


 遠慮がちに、ジークが手を挙げた。


「なんだ」

「その、大巫女様はその時点でも、高度な召喚魔法を行使できるほどの魔力を温存できていた、ということなのでしょうか」

「まあ、そうなる」


 これには、若者たちも驚いた。よからぬ手段を使ってその座についたとはいえ、大巫女ですらほとんど魔力を失った時期なのだ。それが、ただの下働きの巫女だったギダが、おそらくは当時の最大の魔力保持者だったということになる。裏を返せば、いかに大神宮が“本物”をおざなりにしていたか、ということだ。どれほど不正と汚わいに満ちた時代だったのだろう、と来訪者達はあらためて怖気をふるった。

 同時に、ギダが生き残った奇跡も、神の裁量のひとつだったのではないか、と思えてくる。


「話を続けるぞ」


 ギダの前に現れたのは、幻獣の中でも最上位の龍だった。心もとないが仕方がない、とギダは腹をくくる。故事のとおりに異世界から援けを呼べる巫女はすでにこの世にないのだから、ここは龍に手助けしてもらうしかない。龍もまた、崩壊寸前の世界を憂えていたため、ギダの契約に応じてくれた。



 案の定、龍もまた金糸樹に辿りつく前に、魔力の大半を喪失することとなった。しかし、そこは最強の幻獣である。残り少なくなった魔力でもって、ギダという名の娘を、かつての金糸の森の中央に位置する金糸樹の下へ送り届けることに成功した。

 ギダは金糸樹を持ち帰った。

 ギダは、疲弊した金糸樹を守り育てることにした。

 世界は混沌を極めていたが、ここはじっと堪えるしかなかった。

 やがて大きくなった金糸樹を、ギダは龍とともに森へ返した。そこから世界は、一気に浄化がはじまった。

 その後、ギダは救世の巫女として大巫女に推されることとなった。龍は魔力を回復させるために人の姿となり、長として大神宮に住まうこととなる。巨大な龍の姿を維持できないからだ。



 後年、ギダは無理が祟ったようで、後任の大巫女を選定して後、長い眠りにつくこととなった。龍は護り手として付き添った。そうして五百年後に、とんでもない巫女によって目覚めさせられたギダは、崇め奉られ、なかば強制的にふたたび大巫女の座に収まることとなった。



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