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大巫女

 磨き抜かれたテーブルの上には、香茶が用意されている。皆で口をつけ、気持ちを整えた。いずれにしろ、ここに来る前にエイヤが言ったように、時間がない。金糸樹が朽ち果てれば、この世は混沌に見舞われることになる。すでにその先駆けとなるような事態が発生しているではないか。



 ロンバルトが、こつこつと拳でテーブルの天板を小突く。


「呑気にかまえている猶予はないと思うのだが」

「まずは、我の話に耳を傾けてはいただけませんか。対処法を誤れば、灰色の時代の再来となりますゆえ。いや、それ以上の厄災に見舞われることとなりましょう」


 凪いだ声で、長がロンバルトをなだめた。ただ、不安からくるものか、その目には昏い色がたゆたっている。


「五百年前と同じような災厄が?」


 ジークの問いに、長が静かに答えた。


「五百年前以上の災厄、でございます」

「五百年前以上とは、どういうことでしょうか」


 吐息を漏らしたのは誰だったのか。

 大巫女が、ゆるりとその場にいる者達を見渡した。


「先ほども云うたとおり、吾は五百年前の森の聖巫女である」

「はい?」

「吾が五百年前、金糸樹を持ち帰った当人であると云うておる」


 鋭い口調で言い返したのはロンバルトだ。


「どうして五百年前の人間が、この場に生存していられるというのです、大巫女様? 私達が若輩とはいえ、侮らないでいただきたいものですが」

「侮ってなどおらぬよ。現にそなたらは巨人を食い止めた。そこな喚ばれた者の協力があってこそではあるが、皆の尽力によるものと承知しておる」


 そこで、ようやくエイヤが口を開いた。


「大巫女の言うことは本当だよ。この女はの、五百年間の眠りから目覚めて、大巫女の座についた。ちなみに眠っていたこのばあさんを見つけたのは、あたしだよ」

「おばあちゃんが!?」

「言ったことがなかったかね。昔、あたしは大神宮の巫女だった」

「おばあちゃん、大神宮で暮らしていたの?」


 エンテが呆気にとられて、思わず聞き返した。初めて聞いた話だからだ。エイヤはうなずき、過去へ思いを馳せるように視線を遠くへ向けた。


「巫女というのは、大巫女候補として大陸中から集められる。あたしは、テミス領はカンバーの生まれだ。カンバーと言うのは皆も知ってのとおり、特別に魔法に長けた家系でね。もちろん器の大きさから体内に保持できる魔力量も他者とは桁違いに多い。そのあたりが大神殿に引き抜かれた理由だろうが、とにかく弱冠12の子どもだ。暴れたりないし、遊びたりない、と、まあ、ふてくされた、実に生意気な娘っ子だったよ。それもまぁ、昔のことだがね」

「そなたがクソ生意気なガキだというのは、今も変わらん」


 大巫女が、それこそ不本意だと言わんばかりに文句を垂れた。そんな御託を、エイヤは無視をして続ける。


「同時に好奇心旺盛でね。当時は、なかなか入ることのできない大神宮が珍しかったものだから、巫女としての勤めは適当にこなして、大神宮内を探索して回ったものさ」

「勤めなどしておらんかったろうに。どちらかと言えば、魔法具の研究に地道を上げるだけだったと記憶しておるよ」

「まったく! いちいち茶々を入れて、話の腰を折るな。いつまでたっても娘気分の抜けないばあさんじゃ。時間がない、と言うておろうに」


 むぅ、と唇をとがらせる大巫女の表情は、確かにいたずらっ気のある子どものように見える。そこで、ようやく大巫女も口を閉じた。はぁ、とため息をついたのは、現実逃避するように天井を見あげた大神宮の長だ。彼は、ほんとうに龍なのだろうか。どちらかと言えば、手のかかる養い子をなだめ続ける乳母のように思えてくる。



 エイヤは、始終口を挟んでくる大巫女に閉口しながら、とつとつと昔語りを続けた。


「あたしが地下でその室を見つけたのは、そんな探訪の最中だったよ。そこは魔法で封印を施されていて、もちろん、そのままでは押しても引いても開かない。大神宮の神官達も巫女達もその室のことは知ってはいるが、これまで誰も開けられなかったらしい。だからこそ、妙に燃えちまってね。しばらく研究してみたんだよ」


 封印にはすべての色が重ねられており、火、つまり赤の魔法を使って解けば、次には土、黄の魔法が待ちかまえていた。最後の封を解いたかと思ったら、また最初に戻る。すべての色が堂々巡りをして、永久に開かない。開封のためには、七つの色の解除を一挙に行う必要があった。

 エイヤは地道に説得を続け、当時の大巫女と長の許可を得た。すべての色の結晶石をそろえ、大神宮に住まうそれぞれの色の魔力の気を持つ神官や巫女に魔力を注いでもらえたのだ。

 そうして、封印解除の魔法具を作り、とうとう地下室の扉を開けることに成功したのである。


「で、中に入ってみたら、簡素な寝台に眠る、あたしと同じくらいの歳の娘と、傍らで、まんじりともせずに侍る男がいたのだよ。それが、目の前にいる大巫女と長だったのさ」


 ひと息に語ったエイヤは、息を整えるように、しばらく口を閉じた。

 それから、先を急ぐように、ふたたび語りはじめる。


「その後、大神宮は大騒ぎさ。ちゃんちゃらおかしいが、地下の封印された室に眠り姫がいた、とか言い出す始末さね。まぁ、魔物の変化したものではないかと疑う者もいたが、なにしろ場所は大地母神の加護に満ち満ちた大神宮だ。おぞましいものではなかろう、ということになった。しかも、だ、その娘っ子は、その室を出たとたんに目覚めおってな。自分は五百年前の森の聖乙女である、とのたまわったのさ。ふざけた話だろう?」


 同意をうながすように、エイヤは若者らを見渡した。同意するとかどうとかいう話などではない。どちらかと言えば、豪胆なエイヤに呆れていたところだ。誰も何も言わないので、鼻から息を吹きだしたエイヤはふたたび語りだした。


「だがね、揺るがぬ証拠があった。それが、こいつだ」


 エイヤの指さした先には、大神宮の長がいる。


「さっき、言ったろう? こいつは龍だ。龍は、この世でもっとも力のある幻獣だ。だからこそ、五百年前の森の聖乙女は、危うく命を落とすところだったのを、深い眠りへと誘うことによって免れた。それこそ、龍の力によるものだった。そうじゃろ、ジャイロ」


 ジャイロと呼ばれた大神宮の長は、す、と目を細め、軽くうつむいた。


「その名を明かしてよいのは、大巫女とエイヤのみなのですが。まぁ、いいでしょう」


 ジャイロと呼ばれた龍、もとい長は、いかにも億劫そうにエイヤの話の後を引き受けた。


「五百年前、ギダは、森の聖乙女としての任を果たし、その結果、死の縁に追いやられることとなりました。ゆえに私は、龍の秘術を行使したのです。そして、私はこんこんと眠るギダを見守り続けました。しかし外部との接触を避けるために施した封印を、若干十三歳の小娘に破られるとは思ってはおりませんでしたが」


 ふふん、とエイヤが鼻先で笑う。


「カンバーを甘く見るなよ」

「おかげで、思ったよりもギダが回復していたことがわかりましたので、良しとしましょう。とにかく私は、契約を交わした人間を守ろうとしただけなのです」

「確かに、そのとおりじゃの。大巫女、いや、ギダ。そのあたりはジャイロに感謝すべきだろうて」


 それまで黙って聞いていたエンテが、意を決したように顔をあげた。大巫女を、はっしと見据えると、ごくりと唾を呑む。


「あのっ、大巫女様。ひとつ、お聞きしたいことがあるんですけど」

「なんだ」

「わたし、テミス領の領主様から、一千年前の森の聖乙女は、大地母神の神託を受けて人を召喚したと聞きました。それが、五百年前は、少なくとも同じ世界の幻獣である龍だったというのは、どうしてでしょう。それから今回、それぞれの森の聖乙女候補は幻獣を喚んだのに、金糸樹の下へ辿り着くことができなかったと聞きました。なぜでしょうか」

「本来、召喚されるべきは人なのだ。しかも、吾らとは違う世のな。じゃが、五百年前は切羽詰まった状況だった」

「どうして……」

「まあ、お聞き」


 そこで大巫女は表情をやわらげ、五百年前に生じた事態について語った。



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