大神宮
神樹の地の大神宮は、白亜の殿堂だ。おそらく魔法具で維持されているのだろうが、陽に照り映える白壁が目にまぶしい。
ただ、どことなく陰に籠っているように思えるのは、金糸の森の状態が良くないことを反映しているからなのだろうか。
そんな根拠のないことを考えてしまうのも、大神宮の威容に気持ちが負けてしまっているからなのかもしれない。エンテは気合を入れるように、ぱんっ、と両手で頬をたたいた。ユイカの目元が、おもしろいものを見たようにゆるんだ。
大神宮には、ロンバルトはもちろん、エンテもジークも来たことはない。初めて訪れた大神宮は、王都にある神宮とは、まったく雰囲気が違った。世俗にまみれたと言っても過言ではない王都の神宮とは、一線を画す感がある。じかに神意を感じとれるような趣がある。
「なんだか、すごいな」
「ジークよ、おまえはそんな感想しか言えんのか」
「おばあちゃんに、そう言われてもなぁ。気圧されるというか、圧倒されたと言えばいいのか。うまく言葉にできないんだけど」
「神の威が、そのまま宿ったかのような場所だな」
ぽつりとこぼしたユイカの言葉を、ジークは耳ざとく拾った。
「そうか。確かに、そうなのかもしれない。ただ人びとには居づらい場所というわけか」
「我々には、とうてい理解できない意味が込められているような雰囲気だな」
隣でロンバルトが漏らした言葉を聞いたエンテは、おそるおそる大神宮の全容を見渡した。実を言えばエンテには、それほどの脅威は感じられなかった。あえて表現すると、身の裡にある魔力が、建造物として顕現したかのような印象がある。
「さて、入ろうか」
エイヤに促され、エンテとユイカ、ロンバルトとジークは、思い切って足を運んだ。
テミスの領主館を出る際に、若者の通過儀礼のようなものだから、とジィド氏やアレクやローラに見送られた。何が、と問われれば、大神宮に足を踏み入れることが、と返ってきただろう。残った大人達は、黒い霧の進出をふせぐために防護壁の調整を続けねばならない。
巨大な門をくぐる。両脇の柱は、馴染みのある金糸の森の木か。いや、おそらく金糸樹そのものと思しき樹がかたどられている。ほのかに輝く様を表すためか、表面には金箔が貼られているようだ。門は、真白な建造物の中で、ひときわ異彩を放っている。
異彩と言えば、門のアーチ部分を覆っているのは何だろうか。
「おばあちゃん、あれは何? つるバラ……にしては丸く茂った感じだし」
「ほう、あれに気づいたのかい。あれは、ヤドリギだよ」
エンテの問いに答えると、エイヤはさっさと門を潜っていった。
「ヤドリギって、あの寄生植物の?」
それ以上のエイヤの言葉はなく、エンテは、その後を追う。
門の下を通る際、真剣に見上げるあまり、エンテは危うく柱にぶつかりそうになった。危なっかしく感じたためか、ロンバルトが彼女の手をつかみ誘導してくれた。後で気づいたエンテが真っ赤になったのも致し方ない。ロンバルトに、幼子のように手を握られたことに羞恥したのだ。それとは別の感情が生まれていたかどうかは、本人にもわかっていないようだが。
すでにエイヤらの来訪は周知されていたのだろう。正面扉もすんなりと通され、一行は迎えに出た神官によって大巫女の待つ応接の間へと案内された。本来ならば謁見の間に通されるところなのだろうが、大巫女はあらゆる儀礼やしきたりをすっ飛ばすつもりのようだ。
神宮騎士の護衛する扉が、おごそかに開けられた。
両壁には、それぞれ巫女と神官が、塗り固めたような表情で立ち並んでいる。部屋の中央には、磨き抜かれた大きなテーブルと、付属の椅子が用意されていた。大巫女はどっしりとした椅子に、ちんまりと座していた。
齢はエイヤと同じくらいだろうか。大巫女然とした雰囲気を醸しているが、市井にまみれやすい姿だ。ただしエイヤもだが、その姿にだまされてはいけない。皺に埋もれたような目から放たれる眼光からは、決して侮るべからず、という意が伝わってくる。
大巫女が、椅子から立ちあがった。歳のわりにはしっかりとした足取りで歩いてくると、エイヤの前でぴたりと止まった。
「遅い!」
「おまえさんが、回りくどい方法をとるから悪いんじゃ」
大巫女が顎をあげて言い放った文句に、エイヤはいかにも嫌そうに言い返す。同行した若者達は、ぎょっとした。
「お、おばあちゃん、大巫女様にそんな口をきいたりしちゃ、駄目じゃない」
「かまわん。今回の託宣に関しての、このばあさんのやり方は、どうにも歯がゆい。というか、間抜けにもほどがあろう」
「何を言うか。吾われはな、この世界のことは、この世界の者が解決すべきと考えたまで」
「それでは前回と変わらんではないか。まあ前回は、おぬしが力不足だったがゆえに混乱が長引いたのだろう?」
「むう、そのようなことはない」
「最初から、おかしいとは思っておったのだ。そもそも各国にひとりずつとか、複数の者を候補として神が名指しするはずがなかろう」
「それが大地母神の託宣である……のだ。かの神も、五百年前の失態を憂えておられるのだろう」
エイヤが、ふん、と大巫女を鼻先であしらった。
「神が、そんな気遣いをするものか。せいぜいコスモロード国に二人の聖乙女候補を挙げたくらいじゃろう?」
「後顧の憂いを絶つために、吾が託宣を脚色したのは否定しない。候補が多ければ多いほど、確実な召喚を行えると思えばこそで」
「神託をおざなりにしたも同然じゃろうが」
「むむ、是非もない。候補たる者は、長に選定させた」
威厳のかたまりであるはずの大巫女が、所在なさげに小さくなり、言い訳めいた言葉を吐いている。
離れた位置に控えていた大神宮の長が、おっとりと近づいてきた。
長はつややかな緑色の髪を背中に垂らし、同じ色の瞳を細めた。大巫女とエイヤをとりなすように、満面の笑みを浮かべている。実に、うさんくさい。
「エイヤ殿、いかに旧知の間柄とはいえ、そこまで大巫女を追い詰めてくださるな。それもこれも、大巫女のご配慮が完全に的を外れていたというだけのことでしてな」
長の言いぐさに目をむいたのは大巫女だ。
「おぬしは吾を盛り立て、この場においては弁護するのが仕事であろうが。おとしめて、どうする!?」
「けなしているわけではないがな。ただ事実を述べているにすぎん」
「まったく! 五百年もその姿でおると、そこまで人間臭くなるものか」
たったいま放たれた大巫女の言葉に、エンテ達は我が耳を疑った。
「ごひゃく……ねん?」
やれやれ、とエイヤが首を振った。ここまで来たら仕方なかろう、と若者達を見回す。
「長殿は、五百年前、そこの大巫女に召喚された幻獣で、本来は龍なのじゃよ」
あまりにあっさりとエイヤが暴露したので、エンテもジークもロンバルトも、いったいどう反応すればいいのかわからない。ひとり冷静なのは、ユイカだけか。というか、ユイカは心情が顔に出にくいだけだ。
壁際に控える巫女や神官らは、何をいまさら、といった顔をしている。彼らにとっては周知の事実らしい。
ジークが目をいっぱいに見開いたまま、どうにかこうにか口を開いた。
「五百年前というと、大災厄の年が思い浮かびますが」
「そのとおり」
答えたのは、ふてくされたような顔をしている大巫女だ。
「五百年前の大災厄を止めたのが吾だ。当時の森の聖乙女である」
「えっ!?」
どういうことだ? エンテ達は、小柄だが覇気にあふれた老女を凝視する。エンテが見たところ、彼女の魔力は、エイヤと同等か、それ以上かもしれない。
それにしても、だ。
「だ、だけど、五百年前って」
そんなことは、ありえない。
そこで静かに口を開いたのが、大神宮の長だ。
「五百年前、大地母神の神託を授かったのは、事態が悪化の一途をたどるばかりの時期だった」
今回、各国の神宮が幻獣にこだわったのも、五百年前の災厄対策の記録が残っているがゆえ、と長が事もなげに言う。
ふん、と大巫女が鼻を鳴らした。
「呑気に歴史談義をしている暇はない。さっさと娘を金糸の森へ向かわせろ」
にべもない大巫女を、眉をあげて叱責したのはエイヤだ。
「ここで、きちんと説明してやらねば、また間違いが起こるぞい。順番を端折っておるのは、おぬしであろうが!」
エイヤに怒鳴りつけられて、へそを曲げたのか、大巫女は無言で席に戻った。エンテらは、どうしてエイヤがそこまで威圧的になれるのか戸惑っている。
大巫女が、いかにも嫌そうに口を開いた。
「わかった。そこに椅子を用意してあるであろう。座るがいい」
「わたしから説明しよう。大巫女では感情的になりすぎる」
ふぅ、と息を吐いた長が、ぎろりとエイヤを睨んだ。
「エイヤも自分の孫に関わることだからと言って、あまり大巫女を責めるな」
エンテはそっぽを向くエイヤを促し、勧められた椅子に座った。他の皆も同様に腰をおろす。どうにも落ち着かない気分だ。きっと、これから重要なことを明かされる気がした。




