一千年前の召喚
「危急存亡の時、少女らに手を貸した兄というのが初代テミス領主であったらしい。だが、はっきりしたことはわからない。実は召喚された女はテミス領主の家に入ったとも考えられるのだよ。なぜなら、女の名がジィドであると残されているからだ」
一千年前のテミス領は、狭隘な土地で細々と命をつなぐ弱小領地だった。ありていに言えば、金糸樹の暴走によって荒れた土地を開拓したのだろう。時代を経るに従ってテミス領は大きくなっていったが、根本的な家訓は変わっていない。
いわく、金糸樹を護ること。
エンテの目が大きく見開かれた。
「召喚された人が、ジィド家のご先祖様なのですか!?」
「可能性の話だ。テミス領主が、事変以降にジィドと名を変えたのは確かなのだがね。反対に、まれびとは旅に出たとの伝聞もある。なにしろ一千年前の話だ。時々の情勢によって事実が歪められもしたろうし、内容が変化していったのは否めない」
流浪の旅に出たジィドが、各地に金糸樹を植えてまわったという話も残されている、とジィド氏は付け加えた。これは、高名な巫女や神官が各地で奇跡を起こした、という伝説とも連動しているらしい。
そこでジィド氏は大きく息を吐き、香茶のカップに口をつけた。喉を潤し、ふたたび皆の方に向き直る。
「一千年前まで、魔法を使えるのは、ほんの一部の人間だけだった。だが、少女らが金糸樹の枝を持ち帰ってから後、各地で新たに金糸の森の木を育てたはじめたのが契機となったようだ。あらゆる人々に魔法を行使できる力が備わりだした」
「では、やはり金糸樹が魔力の源なのですね」
ジークが目を輝かせて身を乗り出すので、ジィド氏は苦笑しながらうなずいた。
「それから、さらに五百年の時が過ぎ、災厄が起こった」
「五百年前の災厄は予言されなかったのでしょうか、父上」
ロンバルトが疑問を投げかけた。当然、その頃には大巫女が大神宮で存在感を示していたはずだ。
「大巫女の託宣が予言と決まっているわけではない。神は気まぐれであるし、必ずしも人間に友好的であるとは限らない」
「けっこう理不尽ですね。災厄が起こった後になってから、解決策を教えてくれたというのも」
「神は不条理な存在である、とは五百年前の大巫女の言葉だな」
「大巫女は、指名制でしたね」
たたみかけるように問いただす息子に苦笑しながら、ジィド氏は、ちらりとエイヤに視線を向けた。
「それも、必ずや指名というわけではないのでございますよ、若」
ジィド氏の次に答えたのは、促されて仕方なくといった風情のエイヤだった。
「これもまた、決まりごとらしい決まりは無いのですございます。なぜなら、その時々で大巫女になる者の条件というか、状況が変わりますのでな」
「よく、わからないな」
腕を組んで唇の両端を押し下げるロンバルトに、エイヤはにんまりと、不気味な笑みを浮かべる。こうなるとエイヤの独壇場だ。
「今代の大巫女は、異例の状況下で決まったものですから」
「……わからないことが多すぎる。ジークもエンテも、幻術にかかったような顔をしているではないか」
「ほほぅ、確かにそのとおりでございますなぁ」
エイヤにのらりくらりと躱され、ロンバルトは少しばかり苛立ってきたようだ。
「ね、ねえ、待って?」
突如、エンテが声をあげた。
「一千年前に召喚されたのは人だったんでしょ? なら、どうして今回の召喚は幻獣でなければいけないってことになってるの?」
ジィド氏が不思議そうな表情でエンテを見た。
「幻獣でなければならないなど、そのようなことはない。幻獣は我々と同じ世界に住むモノだ。災厄に対しての危機回避効果は、それほど期待できない」
「い、いえ。だからこそ、ユイカとわたしは早々に追い出されたんですけど」
「それは、おそらく五百年前の影響じゃろうな」
「なぜ、五百年前の?」
エイヤの言葉を受けて、ロンバルトが疑念を呈した。
「詳しいことは、じきに説明することになりましょうが……。ひとつ言えることは、五百年前の大陸中の災厄よりも、一千年前の金糸の森の変事の方が深刻な事案だったのですよ、若」
「どういうことだ。五百年前には多数の者が犠牲になったと聞いているぞ」
「ふむ……」
それ以上は口をきくことなく、エイヤは押し黙った。孫が巻き込まれた案件だというのに、しかも矛盾をはらんだ話を聞かされたというのに、エイヤの口は固い。むぅ、とエンテも不満そうに唇をとがらせる。
ふいに、ユイカの声が聞こえた。
「デイ、過去にジィドという名のエスパーは存在していたことがあったか?」
「ただいま検索中デス」
いきなり会話にユイカの声が乱入したので、エンテはあわてた。
「ユイカ、ほんとうに部屋をお借りした方がいいんじゃないの?」
「大丈夫だ」
すっかりユイカは目覚めたようだが、どことなく目の焦点が合っていないような気がする。いつの間にかデイも、ユイカの傍らでふよふよと浮いていた。
「ジィド、女性、おそらくエスパー。この程度の情報では、ネットにつながっていない現状では厳しいか」
「登録エスパーの情報は、初期のものから保存してマス。該当する人物が、百年前に一名、行方不明者リストで見つかりまシタ。ヘラ・ジィド、行方不明時の年齢23歳」
「百年前……か。エスパー惑星派遣計画がはじまった時期になるな。つまりはエスパーが組織化された頃か」
「ハイ。惑星探査の試験運用として木星の衛星ガニメデに派遣された際に、行方不明となりまシタ。後に死亡と確定されるに至りマス」
「ろくに調査されなかった、ということか」
「エスパーによる惑星探査計画は、当時の政治組織による肝いりの政策でシタ。以後の行方不明あるいは死亡の確率は0.1%以下ということで問題は処理され、その後はさしたる問題もなく推進されたようデス」
「……ふん」
珍しくユイカが機嫌を損じたように、鼻先で笑った。
「ヘラ・ジィドに関しては、テレポーテーション能力を有していたという記録が残ってマス」
「やはりテレポートできる力があったのか」
しばらく指で顎をこすりながら考えていたユイカは、やがて首を振りながらつぶやいた。
「そもそも、こちらの世界の時間とは九百年ほどの食い違いがあるわけか。同一人物とは限らない。……ただし、気まぐれな神とやらのしわざならば、その程度の時間は飛び越えてしまいそうだ」
「タイムワープ理論は確立されていまセン」
「神は高次の存在というのが基本だろう? そうなると、神の世界で時間は存在しないのかもしれない。それに、光の速度を越えたということも考えられるだろう」
「それも不確定デス」
やや呆然としてユイカとデイのやり取りを聞いていたジィド伯は、感心したように手で顎をこすった。
「たいへんな魔法具……だな、エイヤ」
「デイは魔法具ではございませんよ。ユイカがともなってきた、えーと、どろーんという機器? でございます」
「ふぅむ。しかしこれは、誰もが欲しがるのではないか?」
「カンバーの力をもってしても、デイのような魔法具を作るのは無理でございますな。まぁ、将来的には……ねぇ?」
エイヤが息子夫婦や孫達にうろんな視線を向ける。ばあちゃんが挑戦すればいいだろ、とジークがぶつぶつとこぼす。
それまで、うんうんと頭を抱えて考えごとをしていたエンテが、突然、声をあげた。
「あ、ああっ、そうだ!」
「いきなりなんだ、エンテ。驚くじゃないか」
ジークにたしなめられるも、興奮したエンテの耳には入らない。
「ねぇ、ユイカ。全滅してしまったっていうユイカの仲間を、惨事が起こる前の時点に照準を当てて、召喚魔法を使ってこっちに喚び寄せられないかな」
いきなりの提案に、ユイカが、ぽかん、と口をあけたままになった。非常に珍しい顔を見てしまった。
「だって、ジィド家のご先祖様が現れた時期と、そっちの世界でその方が消えた時期に食い違いがあるのなら可能かもしれないじゃない。そうすれば、ユイカの仲間を助けられる」
「あら、エンテ。めずらしく、いい着眼点ね」
ローラがうれしそうに目を輝かせる。もしかしたら新たな魔法具の開発を望めるかもしれない。
「かなりの研究が必要だぞ。時間と場所と人を限定して、しかも違う世界から召喚するんだからな。寸分の違いも許されない」
ジークが難色を示したが、実はその表情には好奇心と期待が満ちていた。定点的に使用できる召喚魔法という魅力的な研究材料と、ユイカの自分に対するポイントを上げられる可能性に。
「……それは、無理だろう」
ユイカが苦し気な顔をして、断定した。
「どうして!? だって、研究する価値はあるでしょう」
ひとつ、息を吐きだしたユイカが、まっすぐにエンテの顔を見た。
「まず、ひとつめ。時間の障壁だ」
ユイカが、すっ、と人差し指をあげる。
「こちらとは、互いの時間の流れが違う可能性がある。だから、自分らの世界では百年前でも、こちらでは一千年経っている、ということもあったのだろう。反対に、もし互いの世界が同一方向に時間が流れているのならば、既に機会は失われている。時間を遡るという、別の理論の構築も必要となる」
「うっ」
「ふたつめ。召喚のタイミングがはかれない」
ユイカが容赦なく、指を二本たてた。
「よしんば、それぞれがまったく条件の異なる世界だとしよう。そして数年後に自分らを召喚できるとする。だが、その時点で、自分はあの惑星に留まる必要がある」
「ど、どうして?」
うつうつとして、ジークが口元を片手でおおった。
「将来、生存している段階の仲間を含めてユイカ達全員を召喚してしまったら、過去の……つまり今の時点でユイカを喚ぶことができるかどうかわからなくなるってことか?」
「そうなる。本来の流れとは違う方向性をとろうとすれば、どこかにひずみが生じる。時間、あるいは宇宙の法則が整合性をとろうとして、うまく進行していた物事も破局を迎えてしまうことがないとは言い切れない」
「大陸が昏黒の魔法に侵されようとしている現状を覆せる可能性を潰してしまかもしれない、ということか」
ロンバルトが額と眉間に皺を作り、唸るようにつぶやいた。
「そんな。でも……」
「そして、みっつ」
追い打ちをかけるようにユイカが、三本の指を示す。
「あまり考えたくないことだが……。もし召喚するタイミング……つまり喚びよせるべき時がずれてしまった場合、別の災厄を呼び寄せることになる」
「それは、どういうことだ?」
唇を引き結び、こわばった顔つきになったロンバルトが訊いた。
「自分達が全滅した原因もろとも喚んでしまうということだ」
「それは……」
ユイカ達が被った災いについて、ユイカ自身は語ろうとはしない。だが、おそらくは人類の存亡に関わるような出来事だったのだろう。
「だから、自分達チームのことは忘れてほしい。今は他にやるべきことがあるはずだ」
エンテは絶句した。それほど危険なこととは思っていなかったのだ。拙速にすぎたのか、とエンテは唇を噛む。
それまで厳しい表情を崩さなかったユイカが、切り替えるように、ふぅ、と息を吐いた。
「自分の役割がどういったものなのかは知らないが、少なくとも過去に同じようなエスパーが最悪の局面で役にたったというのならば、自分にも何らかの仕事が残されているのだろう」
ユイカが、はじめて、やわらかな笑みを浮かべた。
「ありがとう、エンテ。そこまで考えてくれたのは、ほんとうにうれしい。しかし、自分を召喚した本来の目的をおざなりにしてはいけない」
ユイカの眉尻が下がっている。そこでエンテは、はっ、と気づいた。余計なことを口走ったばかりに、かえってユイカにつらい思いをさせてしまった。
「わかった。ごめんなさい。わたし、がんばるから、ユイカも協力をお願い」
ようやく、エンテの気持ちも踏ん切りがついたようだ。
「まぁ、時間の不可逆性に挑戦するという、実に興味深い研究になりそうだが、まずは現状を何とかせんといかんからな」
ぶつぶつとこぼしながら、エイヤは、よっこらせ、と立ち上がった。
「さて、若も疑問が尽きぬようでございますな。では、お付き合い願いましょうか」
「え、どこへ……」
「神樹の地の大神宮へ。あのばあさんに、今回の森の聖乙女候補騒ぎについての説明をさせる」
実に不本意かつ不快である、というような顔つきで、エイヤは神樹の地の方向へ目を向けた。
「時間は限られているというのに、な」
エイヤは首を振り振り、ゆっくりと応接間から出ていった。




