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はじまりは

 応接間に通されたカンバー一行は、疲れた体に染みわたるような香茶を味わった。ジィド家の、家令をはじめとした使用人には卒がない。

 相変わらずユイカは半分眠ったような状態だが、耳に入ってくる言葉は理解できるので、ジィド氏との会話の場にも参加したい、と頼まれている。



 エンテが心配そうに、ユイカの顔を覗きこむ。


「ユイカ、お茶をいただく?」

「ん……」


 エンテの問いにも、ユイカの反応は薄い。今は回復に専念したいのだろうが、どちらかと言えばベッドを借りて休む方が効率的ではなかろうか。


「ユイカも、今の状況を、きっちりと把握したいんじゃろ」


 エイヤが代弁し、ジィド氏に向き直った。


「なので、さっそく情報の交換をいたしますぞ」

「お、おばあちゃん。ジィド様に、そんな物言いをするなんて」


 とても平民から、大名家の方への、しかも相当に有力な領主への言葉とは思えない。さしものエンテも、牢にぶち込まれる行為ではないか、と冷や汗をかいた。それにしてはアレクとローラは涼しい顔をしている。ジークは肩をすくめるのみだ。何らかの含みを感じて、開き直ったのかもしれない。

 どうやらエンテだけが、場違いにあたふたしているような気がする。ジィド家との間柄というのは、こんなにフランクなものだっただろうか、とエンテは首をかしげた。

 そういえば、とエンテはジィド家の館で遊びまわっていた頃を思い出した。



 確かに命を危険にさらすような愚かな真似をすれば、落雷のような叱責を受けたものだが、基本的にジィド家の人々も使用人のみなさんも、穏やかに見守っていてくれていた。

 あれもこれも、カンバーの子どもだからこそ大目に見てもらえていたのだろうか。

 庶民の生活に浸っていると、どうも忘れがちになってしまうのが、ジィドとカンバーの関係だ。そこに何かの秘密があるのかもしれない、とエンテの胸が自然に高鳴った。



 一堂に会した人々を見渡して、ジィド氏が破顔一笑した。


「エイヤ、相変わらず意気盛んなようで、安堵したぞ」

「そうそう若いモンに負けちゃおれませんよ」

「今回の騒ぎに関しても、きっちりと落とし前をつける、と母は張り切っております、ジィド様」


 アレクも穏やかに微笑んで、ジィド伯にうなずいて見せる。


「そうか。本気になった刀自ほど、頼りになる者はないからな」

「あたしは、いつでもどこでも本気でございますよ」


 ふん、と鼻息も荒く、エイヤは、疑りぶかい目を向けてくる孫達をじろりと睨んだ。


「何を呆けたような顔をしとるんだね。さっさと話を進めるぞい」


 先へ先へと突っ走る母親をたしなめるように、アレクが口をはさんだ。


「かあさん。ロンバルト様もですが、ジークとエンテも、ジィド家とカンバーの因縁をよく知らないんですから」

「まったく、面倒じゃのぅ」


 実は席を同じくしているロンバルトも、父が機嫌を損じるかもしれない、と身構えていた。ロンバルトとジークとエンテは幼馴染みということで親しくしている。ともに遊んだり、魔法の修業をしたりした仲だ。それでも、一定の線引きというか壁があるのだと思っていた。

 当然、カンバーの長老だとて、その境界は承知しているはずだ。ところがエイヤからは、慇懃無礼を通り越して、仲間内どころか、師が弟子に対するような気安さを感じる。

 ひとしきり笑ったジィド氏が、エイヤに提案した。


「エイヤ、それでは私から両家の因縁を話そうか?」

「ああ、そうしとくれ」


 アレクが、ふと疑念を感じたようだ。


「子ども達に話してもかまわないんですか、かあさん」

「アレクよ、確かにおまえとローラに語ったのは、ふたりが結婚した後じゃったがの。だがな、ここまで来たら、子ども達に隠す方が今後の動向に影響が出かねん。それに、今回の状況に深い関りのある因縁話じゃ。四の五の言わずに話した方がよかろう」


 真剣な顔つきになったジークが、エイヤに向かって身を乗り出した。


「おばあちゃん、もしかしたらカンバーの特権って、ジィド家とも関係があるのか?」

「そのとおりだ、ジーク。以降は私が説明しよう」


 ジィド氏が、いつの間にか用意されていた古い本を開いた。装丁は何度も修復された跡があり、小口は変色している。


「とりあえず、この本に書かれていることを要約して話そう。まずは、ここに残されているのは、あくまで伝承であるということを承知してもらいたい」


 両手で本を抱えたジィド氏が、深みのある声で語りはじめた。


「テミス領は、ジィドとカンバーという二英雄により、独立独歩の発展を遂げた。ジィドは統制を、カンバーは自律を、それぞれ馬車の両輪のように成す」


 ジィド氏は続けた。





「一千年前、ひとりの少女が大地母神の天啓を受けた。


『金糸の樹が朽ちる。朽ちれば世もまた滅びる。まれびとを招け』


 少女は金糸の樹など知らない。

 だが。

 少女は退けることなどできない神意を悟った。

 少女には召喚の術が授けられた。

 召喚の術を執り行うには道具が必要であった。

 少女には手先の器用な姉がいた。

 姉は召喚の術を行使するための法具を作った。

 これが魔法具のはじまりである。

 姉妹には兄がひとりいた。



 まれびとはやってきた。

 ひとりの女であった。

 三人の女は友となった。

 天啓の少女が金糸樹の元へ赴かねば世界は崩壊する。

 

 三人の娘を兄が守った。

 四人は黒く染まった森を探す。

 森の真ん中に金糸の樹はある。

 金糸の樹は黒の毒に満ちた森に囲まれている。

 まれびとには不思議な力があった。

 まれびとの助けによって目的の地にたどり着き輝く金糸の枝を持ち帰った。



 金糸の枝は金糸の枝の苗床である木ともども息を吹き返した。

 苗床は其処かしこに分かたれた。

 それぞれの苗床は地の底でつながる。

 金糸の樹が腐れば数多の苗床も朽ちるだろう。



 天啓の少女は大巫女と呼ばれるようになった。

 大神宮のはじまりである。

 少女の姉は、後のカンバーとなる。

 魔法具師のはじまりである。

 兄は金糸樹を護るために居を張った。

 ジィド領のはじまりである。



 喚ばれた女は放浪の旅に出た」




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