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領主館にて

 今後の対策を話し合うために、全員で領主の館に戻ることになった。巨人の周囲には、屈強な兵が見張りに残された。

 森で奮闘した面々は、領主であるジィド伯に状況の報告をしてもらいたい、と領兵の隊長から要請を受けている。

 領主の館から森まで乗せてきてもらった馬車は、館へ戻していた。取って返してもらうのも時間がかかるので、カンバーの一行は魔物用鎖を運んできた荷馬車で移動することにした。状況によっては、どのような輸送手段をとろうが意に介さないのがカンバーだ。

 ユイカは力を使ったせいか、かなり消耗していた。荷台の隅に座り込むと、うつらうつらと居眠りをはじめる。魔法ではない、(ことわり)の異なる力は人を驚かせるが、今回のような場合には非常に有効であるのがわかった。


「つまり今回の問題に関しては、間違いなく彼女が必要だということになるのかもしれない」


 ジークが着ていたコートを脱ぎ、ユイカの肩にかける。エンテは彼女の隣に座り、心配そうに顔を覗きこんだ。エイヤもローラも、不安に近い表情で、ユイカを見つめていた。


「彼女が、エンテの召喚した人物なんだな」


 眉根をよせ、アレクがいぶかしい視線をユイカに向ける。


「ユイカのことなら、おかしな心配はせんでもええ。今しがたの働きを見ただろう?」


 エイヤにたしなめられ、アレクは、ふ、と口角をあげる。


「まあ、確かに。しかし、あの力は何なのでしょう」


 アレクでなくとも誰もが問いただしたいことだが、いまのユイカに問うのは少々酷だ。


「現在、ユイカは休息モードに入ってマス。久しぶりに相当量の力を使用したので、調整が難しかったためでもありマス」


 空中浮遊しながらしゃべる球体を、アレクは物珍しそうに眺めた。


「この魔法具、もう分解してみたのか?」

「デイは魔法具ではありまセン。分解も許可しまセン」

「分解は無理のようだねぇ」


 エイヤが半ば残念そうに、うそぶいた。

 エンテは目を閉じてうつむくユイカに対し、ぽつりとつぶやいた。


「ごめんね、ユイカ。わたしが巨人を傷つけないで、って言ったばかりに、ユイカに負担をかけてしまった」

「……別に、かまわない。巨人には共通認識を持つ仲間がいると推察できる。その内の一体を傷つけたり、あるいは殺したりすれば、相当に厄介なことになったに違いない」

「起きてたの!?」

「休息は続行中だ」


 ぼそりと言うユイカに、すべて承知していたのか、とエンテは目を丸くする。ユイカはふたたび押し黙った。

 ふふ、と微笑んだエンテは、肩から落ちそうになったジークのコートで、しっかりとユイカを包み込んだ。ユイカが、もぞりと身じろぎをする。

 エンテとユイカのやり取りを聞いていたジークが、物憂げにこぼした。


「巨人を害するわけにはいかないだろう?」

「うん、そうなのよね」


 この世界には、人と家畜及び野生生物のほかに、幻獣と呼ばれる存在がある。多様で複雑な世界で、幻獣と呼ばれる存在は、自らのテリトリーを守って棲息している。彼らは彼らの安住の地を出ることを好まない。

 ただ、幻獣が召喚に応じたのは確かなので、互いに協力関係を結ぶのは許容範囲だ。

 だが、まかり間違って殺傷されるようなことが起きたら、生息地にいる幻獣の仲間は黙っていないだろう。幻獣は知恵が働き、非常に結束力が強いのだから。



         

                   ※※




 ユイカは、館に着くまで、休息モードのままだった。

 テミス領主の館は、広大な敷地に、本館と別館があり、離れた位置にテミス領兵団の為の施設が展開されている。荷馬車は本館の門扉をくぐり、玄関前の車寄せで止まった。豪奢な建造物には、なんとも不似合いな恰好になる。そのような雑事を一向に意に介さないのも、テミス領の興趣でもあるのだが。

 ロンバルトの案内で本館に誘いざなわれた一行に対して、ジィド氏の出迎えがあった。氏に並んでエメラルダ夫人、そして家令のイアンもやや後ろに下がった状態で歓迎の意を表している。

 エンテは物々しい出迎えに、思わず足を止めると、数歩、後ずさった。


「御苦労であったな。どういった事態におちいったかは、伝令魔法でロンバルトから簡単な報告があった」


 ねぎらいの言葉をかけると、ジェラルドはユイカに目を向けた。


「この者が、そうなのか?」

「お察しのとおりで」


 不敵な笑みを浮かべ、エイヤが答える。


(え、おばあちゃん。失礼じゃない?)


 エンテが戦々恐々と首をすくめる。それほどエイヤの態度は堂々としていて、傍若無人ですらあった。


「エイヤ、もう歳も歳なのだから、無理をするのではない」

「余計なお世話ですわい。イアン殿もあたしとたいして違わんでしょうが」

「そうだったか、イアン?」

「おそれながら、エイヤ様はわたくしより十以上は上かと」

「ふん、言うほどではないわい」


 軽口、というか口が悪いのはエイヤの通常運転だが、テミスのご領主に対してそれでいいのか、とエンテは不安になってきた。

 しかし、ジィド氏は気にすることもなく、皆を引き連れるために踵を返す。ふと振り返って、エイヤに声をかけた。


「エイヤ、こたびの始末、如何様につけるつもりか?」

「ほっほっほぅ、一介の魔法具師の手にあまる案件ではありますなぁ」

「あいかわらず食えないな」


 エイヤは飄々としてのんびりと足を運び、アレクは説明のためかジィド伯と並んで言葉を交わしはじめた。

 ローラはと言えば、エメラルダ夫人と微笑みあいながら近況報告に花を咲かす。「エンテも、ずい分と娘らしくなってきましたわね。そろそろ……」と夫人が漏らせば、「まぁ、奥方様。まだまだ子どもでございますので」とローラが返し、おほほ、うふふ、と何やら怪しげな奥様劇場が繰り広げられている。

 エンテとジーク、そしてロンバルトも、親世代の親交に底知れなさを感じていた。親しい間柄であるのは確かだが、したたかな大人同士の会話に貴族と平民の垣根が感じられない。



 エンテは懐かしい昔の記憶を掘り返していた。

 ほんの幼い頃、テミス領の領主館には、ジークとともによく遊びに来ていた。ロンバルトや彼の兄弟とともに館の広い庭園を縦横無尽に遊びまわっていたのだ。

 その時、両親はどうしていただろうか。アレクはジィド氏の執務室で、ローラは庭の四阿で子どもに気を配りながら夫人と交流していたはずだ。エイヤは時折、先代伯と論戦を交わしていたような気がする。


(けっこう深いお付き合いをしていたんだよね)


 それも、ここ数年はジークもエンテも、それぞれの生活のために領主館へ赴くことはなくなっていた。その間も、エイヤや両親はジィド伯夫妻と交流を重ねていたのかもしれない。

 おそらく今回の件は、取り繕いをはずし、額を突き合わせて知恵を出し合う必要があるのだ。



 ともあれ、ここで、どうのこうのと考えていても始まらないので、エンテは兄とともに考えを放棄した。ロンバルトも同様らしい。「いずれにしろ説明があるはずだ」ときょうだいに耳打ちをする。

 ユイカは、やはりどこかうつろで、半分眠ったような感じだ。


(そういえば、今のユイカの様子って、初めて会った時と同じだ)


 あの時も夢遊病者のように足元がおぼつかず、家に連れ帰るのに往生した。


(まぁ、それでもユイカは何をどうすればいいのか、ちゃんと承知していたみたいだったけど)


 ユイカのこの状態は、おそらく、どういった環境でも生存するためのものだ。力を使って消耗しきっても、どうにか動きをとれるように踏ん張っていたのだろう。


(あ、そうすると、こちらに召喚する前も、一か八かの瀬戸際にあったのかもしれない)


 そうして、仲間を失ったのかもしれなかった。

 エンテは、あまり動揺する様子を見せないユイカが、実は仲間思いで情に厚い人なのだということを知っている。

 ユイカは、「抱えていってあげよう」と腕を広げたジークを断り、以前と同じようにエンテに腕を組んでもらう。


(やっぱりユイカにとっての優先順位は、わたしが一番なんだぁ)


 ユイカを先導しながら、エンテは何となくうれしくなって、にやけてしまった。


「エンテ、顔がゆるんでる」


 前をまっすぐ見ながら、兄のジークが嫌味を垂れた。


「べつに、いいの」


 ユイカは友だちなのだから。

 にこにこしながらユイカの腕を引くエンテを横目で見てふいに、ジークは機嫌が悪くなったように顔をそむけた。


「俺が抱きかかえていってもいいんだが?」


 ジークのあきらめが悪い。何事も俯瞰して、冷静に対処するのが信条の兄なのだが。


「そんなことしたら、確実にユイカにぶっ飛ばされると思う」


 冷淡に受け答えするエンテが、なんと憎たらしい。ジークは、ふてくされたように顎をあげた。


「もう少し、兄を慮れ」

「へ?」


 ジークが何に拗ねているのか理解できないエンテは、さっさと足を運ぶ兄の背中を目で追いかけるだけだった。



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