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森での奮闘

 ジークも加わり、エイヤ謹製の魔法具の設置が進められた。防護壁を維持しつづけて疲弊したアレクは休ませて、エイヤ、ローラ、そしてエンテが、等間隔に並べられた結晶石に魔力をそそぐ。ジークは魔法具の筐体の操作をはじめた。

 やがて、薄黄色まで褪色していた防護壁が、黄土色に変化した。ぐううぅん、と森の辺縁にそそり立つ壁が頼もしい。不穏な黒い霧は、壁際にわだかまるようになり、それ以上は触手を伸ばすことができない。……今のところは。


「シールドを張ったわけか」


 ユイカが、ぽつりと漏らした。

 ユイカに向かって、こくこくと首を振ったエンテは、彼女と同じように雲を衝く壁を見あげた。高い防護壁に沿って、黒い霧が天へ向かって上昇している。もしや、乗り越えられてしまうのだろうか。

 エンテが不安を払拭するように、手のひらで顔をごしごしとこすった。


「おばあちゃんの作った魔法具による強力な壁だから、黒い霧も防御できると信じてる」


 ユイカはエンテの言葉に同調しないまま、強張った顔つきを崩さない。



 そこへ、背後から馬の蹄の音が聞こえてきた。エンテが振り返る。


「ロンバルト様!?」


 ロンバルトが危険もかえりみず、ダルクをともなって駆けつけてきたのだ。

 目を丸くするエンテの傍近くに馬を寄せたロンバルトは、ひらりと身軽に地面へ降りたつ。一瞬、他の誰にも見せないような笑顔をエンテに向けたロンバルトは、ゆるんだ顔をいったん引きしめる。


「エイヤの防護壁はできあがったのだな。さすがに仕事が早い」


 ロンバルトがきびきびとした声をかけると、アレクは呼応するように唇の端を押しあげた。


「やはり、わたしの防護壁では心もとないですからね」

「いや、そのようなことはない。ここで黒い霧を押しとどめていられたのは、ひとえにアレクとジークのおかげだ」


 表情をほころばせたロンバルトに、エイヤが厳しい顔つきを向けた。


「若、安心するのはまだ早い」

「なぜだ、エイヤ。防護壁に問題でも?」

「問題といいますか、この黒い毒霧には通常の魔法が効かないかもしれんのでございますよ」

「どういうことだ?」


 むう、と唸り、エイヤは押し黙った。どう説明しようか、と考えを巡らしているようだ。


「……この霧は、昏黒の魔法ではないかと思われます」


 アレクが、ぎょっとしたように母親の顔を見た。まさか……と声が漏れる。『昏黒の魔法』という言葉は、以前エンテも耳にした。


「昏黒の魔法とは、従来の魔法をすべて打ち消してしまう、究極の負の魔法ですじゃ」


 思わずロンバルトが叫んだ。


「なんだ、それは!? 聞いたことがないぞ」


 エンテも目を見開き、息を呑む。


「だけど、おばあちゃん。いったい、どこの誰が、そんな魔法を使うっていうの?」


 知らずに手が震える。何となくエンテには答えを知っているような気がしたからだ。


「おばあちゃん、俺も知らない。これまで読んできた書物や文献にも、そんな魔法のことは載っていなかったはずだ」


 言いながら、ジードは父のアレクを見た。母のローラも、エイヤとアレクの顔を代わるがわる見ている。

ふたりは、その答えを知っているのか? だが、エイヤもアレクも、押し黙っている。おそらくは自分の知識を総動員しているのだろうが、現在、該当する魔法はないはずだ。

 期待に反して、エイヤは首を横にふった。


「嘘を吐いても仕方あるまいて。あたしも、ようは知らんのですよ。つまり、見たこともない魔法なのでね。おそらく、ある程度知っているのは、ただひとり……いや、ふたりか」

「それは、誰だ?」

「そやつらも実際に見たことがあったわけではないのですがの」


 どうにも歯切れが悪い。

 ロンバルトがさらに問い詰めようとした時、気味悪く黒色に変わった森の木々の葉をかきわけるような音が聞こえた。黒い樹冠を貫いて、ユイカの元にデイが猛スピードで突進してきた。


「二足歩行の巨体生物が接近中。残り三分以内に姿を現しマス」


 デイの報告を受けて、ユイカは数歩、足を踏み出した。黄土色をした防護壁ぎりぎりの位置に立つ。


「みなさんは、防護壁用魔法具を守ってください」


 ユイカの声と同時に、ずうぅん、と体を震わせる地響きがした。次いで、ばきばきばき、と激しく木の幹が裂ける音が耳に届く。


「……あ、あれは!?」


 黒々とした木々をなぎ倒しながら現れたのは、黒い靄を体にまとわりつかせた巨人だった。





 簡素な貫頭衣をまとった巨人の肌は、どす黒く変色している。その顔貌はひどく歪んでいて、巨大なひとつの目はどこを見ているのかもわからず、せわしなく動く。丸太のような腕はめちゃくちゃに振りまわされ、足元はおぼつかず、あらゆるものを踏み潰す。巨人は、完全に自らを制御できていない。

 アレクが口走った。


「これは、青銅の巨人族? ある程度の知性はあるはずなのに、この状態はどうなっているんだ」


 息子の疑問に、エイヤが呼応した。


「召喚された幻獣のなれの果てかもしれんの。ところどころに青色の肌が見える」

「まさか!? 放置された幻獣は、こうなってしまうのか?」


 茫然として見あげる人々を睥睨し、巨人はなおも先へ進もうとする。


「防護壁のせいでこれ以上は進めないか!?」


 ロンバルトが言うとおり、巨人の足は黄土色の壁の前で、地団駄を踏むようにして止まっている。

 が、しかし。

 頑強な防御壁に、うねるように亀裂が走った・・


「破られる!」

「ローラ、エンテ、下がれ!」


 あわてて後退しようとしたエンテが、ユイカの腕をつかむ。


「ユイカ、早く下がって」

「しかし、このままでは魔法具が……」


 ユイカの懸念を察したエンテが、巨人に、きっ、と厳しい目を向けた。

 魔法の壁は、押し込まれた巨人の体に沿って、粉々に砕け散った。同時に黒い霧が、勢いをもって噴きだしてくる。あたりに異様な臭気が満ちてゆく。


「我は願う

 大地の母たる御身の名のもとに

 はらからなる風の神よ 

 我が呼びかけに応えよ」


 エンテが祈りの言葉を唱えはじめると同時に、彼女の周囲に風が集まりだした。

 翡翠色に輝く風はなびき、渦を巻き、突風となって吹きあがる。王都の裏通りで行使した魔法よりも、さらなる強風が巨人に吹きつけたる。

 かまいたちではないかと思えるような鋭い切っ先となった風が、巨人の体を押し戻そうとしていた。エンテの強い魔力を帯びた風は、まるで嵐の際の突風のように、制御を失った青銅の巨人の巨躯を吹き飛ばさんばかりだ。

 だが……。


「……風が!」


 エンテの緑色を帯びた風が、何かに吸いこまれるように消えた。

 黒い霧を巻き込んだ風が、かき消えてしまったのだ。


「あの時と同じ!?」


 攻撃を受けた、と理解したのだろうか。巨人の目がぎょろりと動き、エンテをとらえた。


「引けっ、エンテ」


 エンテの前に飛び出したのはロンバルトだ。そのままエンテを抱きかかえると、横ざまに飛びのいた。

 振りあがった巨大な腕が、たったいまエンテの立っていた場所に叩きつけられた。大きくえぐられた地面から、もうもうと土煙があがっている。その場にいたら、ひとたまりもなかったろう。


「エンテ!」


 とっさに叫んだのはジークで、彼は振り向きざまに両手をあげた。


「我は願う

 大地の母たる御身の名のもとに

 はらからなる火の神よ 

 我が呼びかけに応えよ」


 ジークの祈りの言葉の詠唱は早かった。

 ジークの体のまわりに炎が生じた。真っ赤な火は逆巻き、ジークを中心として、たちまち燃えあがる柱を築きあげる。


「苛烈なる炎よ、我が眼前にある脅威を退けよ!」


 突き上げるかのような炎の柱が、巨大な矢となり、荒ぶる巨人をめがけて飛んだ。

 だが。


「消えた!?」


 炎の矢は、あっという間に黒い霧に巻かれ、巨人に到達する前に消滅してしまった。


「駄目か」


 ジークが目をむいてつぶやくと同時に、巨人の咆哮が耳をつらぬいた。巨大な腕が、ぶん、と振りまわされ、ジークを急襲する。




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