ユイカのいる場所
ユイカは少し離れた位置に下がり、カンバー家の人々を見守っていた。
てきぱきと動くカンバー一家に、ためらいや戸惑いはない。あらかじめ相談していたかのように(実際、打ち合わせはされていたが)、てきぱきと台座付きの結晶石を等間隔で並べている。手を貸そうかとも思ったが、こと魔法に関してはさっぱりわからないユイカが下手に触れて、魔法具が妙な反応を起こしても困る。
カンバー家から目をそらすと、ユイカは森を見渡した。
確かに、この森の状態は、通常は考えられないのだろう。本来は、自然豊かな場所のはずなのだ。
それでもエンテの世界の様相は、ユイカのいた場所とは、おおいに異なっている。ユイカは、月の軌道上にある宇宙ステーションで生まれたからだ。
月面上やステーションからは、碧い母星が見えた。
憧れなのか、あるいは怒りなのか、どちらともとれない目で、ユイカは仲間とともに、決して行くことのできない場所を見あげていた。
ユイカは、母星とされる惑星に行ったことはない。そこは、人間の過度なエネルギー消費による環境に対する負荷をどうにかして乗り越え、ようやく青くきらめく外観の数十%を取り戻した。しかし、疲弊した星は、往時の青い輝きには戻らないとも言われていた。
(きっと昔は、この世界と似たような所だったのだろう)
けれどユイカには、あの星で生きる選択肢など与えられなかった。
エスパーとしての能力を最大限に生かせとの命令により、ユイカは深宇宙での惑星探査の先遣隊の一員として在りつづけた。そうしなければ、ユイカと仲間の命は、あっけなく奪われただろうからだ。
ユイカらエスパーは、危険因子として、常に監視対象だった。
それなのに……。
なぜかユイカは、時空を越えて、これまで認識していた世界とは違う場所に来てしまった。
こんな星は知らない。座標も特定できない。本部との連絡もとれない。連絡義務を怠っていても、ユイカはまだ生きている。
(自死システムは、ここに来る前に、解除に成功していたから)
全隊員で一瞬の開放を味わった。だが今では、生き残ったのはユイカだけだ。
失うものは何もない。
だからこそユイカは、かえって現状を、冷静に観察することができたのだろう。
エンテ達の生きる場所は美しい、とユイカは感じることができる。これまで見たこともなかった空や山や森や川や、畑や並木道やこぢんまりとした家々のある世界がきれいだと思える。きっと人間の心には、そういった光景を好ましく思う心情が生まれつき備わっているのかもしれない。DNAが求める安寧は、こんなところにあるのだろうか。それこそ刷り込みの可能性も捨てきれないが。
元の世界に身分制度はない。いちおう。しかし、やはり力ある者はいる。強者と弱者の差を埋めるために法律があるのだが、超法規的存在というものもある。政体か企業体かは、その時々によるが、ユイカらエスパーを使っていたのは、ある企業体組織だった。
エンテの世界では、君主制に重きを置かれてはいるが、また大巫女を頂点とした大神宮も人間界の裏の権力を握っているという。ならば、ユイカのいた世界と、どう違うというのだろう。人の住むところ、合理的であるように見えても常に混沌が生じるのは、世界の摂理なのかもしれない。天国はないかもしれないが、地獄は常に釜の蓋をあけている。
それもまたひとつの有り様か、とユイカは思考をめぐらす。
(どうやら、神とかいうものが、元の世界よりは近しい存在のようだが)
そんなモノが実際にいるのなら、自分達の存在にも意義があったのだろうか。
(あちらの世界に神がいるのならば、だが)
元の世界に戻りたいか、と問われることがある。主にエンテに。
彼女は責任を感じているのだろう。けれどユイカに戻ろうという意思はない。なぜなら常に新たな惑星へ送られ、絶望的ともいえる環境で仲間を失い、何とか生還しても、小さなカプセルルームの狭いベッドで眠りにつくだけ。食事も睡眠も、生存するために最小限を摂取するのみだ。そこに何らかの楽しみを見出すなど、考えたこともなかった。
どんな環境で野垂れ死にをしてもおかしくなかったことに、この、異世界に来てはじめて気づいたと言える。どこかの時点で思考が停止していたのだろう。
もしかしたらこの世界は、同宇宙のどこかの惑星なのかもしれない。だとしたら、ユイカのこれまでの任務と、どこが違うのか。
ただし、これまで送り込まれた環境とは、ここは劇的に違う。
荒れた、ごつごつとした岩ばかりであるとか、濃度の高い有毒ガスが充満しているとか、普通の人間では耐えきれない重力による負荷がかかるとか、常時、砂嵐に見舞われるとか、そんな、通常では耐えきれないような所ではない。
そんな場所に、ユイカも仲間達も送られつづけていた。
この世界には、ユイカとそう違わない人々が暮らしている。超能力とは違うが、魔法と呼ばれる超常現象を引き起こす力は珍しいものではなく、それが常態化した世界だ。
だからこそユイカは、上位的な何かに送り込まれることになったのかもしれない。
(いや、違うか。そもそも自分は異分子なんだ)
ひどくぎこちない対応しかできないユイカを、皆が笑って受け入れてくれている。美味しい、とはじめて思えた食事と、悪夢に苛まれることも、薬に頼ることもない睡眠。ぎしぎしと軋んでも、心地よいベッド。ざっくばらんに接してもらえ、それでいて気遣ってくれることのうれしさを、ユイカは噛みしめていた。
(可能なら、自分はここで生きていきたいと思っている)
ふたたび強制的に戻されることがない限りは。
だが……。
(許されるのだろうか)
ともに在った仲間が斃れ、ひとり生き残った。生きてはいたが進退窮まり、そのまま朽ちていくものと覚悟をした。
それが、この世界に喚び寄せられ、無様にも生きたいと思ってしまっている。
それでいいのか、それを許してもらえるのか、ユイカには判断できない。
ユイカは森を仰ぎ見る。
毒素に満ちた、輝かしかったという森は変容してしまった。枯れれば茶色に変色するはずの木々は、どす黒く腐ったような状態になっている。木、そのもが、毒じみている。
(よくない兆候だ。この状況をくつがえすために自分は喚ばれたというのだろうか)
ユイカは、眉根と額に思いっきり皺を作った。召喚された幻獣とかいう生物は、ことごとく無力だったという。彼女は幻獣などではなく、人だ。
ともあれ、この世界が暗黒の毒におおわれるのを防ぐのは、自分の仕事なのかもしれない。少なくとも、まだユイカにはやることがある。
ユイカは覚悟を決めつつあった。
(だが、どうすればよいのか、わかるはずがない)
当然だ。ユイカは、この世界に来たばかりなのだから。
「君には、そんな渋面は似合わないな」
いつの間に到着していたのだろう。口角をあげたジークがユイカの傍らに立ち、顔を覗きこんでいた。軽口をたたきながらも、その目は真剣だ。
「おにいちゃん、早い!」
エンテが息せき切って、ジークとユイカの側に駆けてきた。ジークは笑って応え、軽く片手を挙げる。
そんなきょうだいを余所に、ユイカは森を見渡す。彼女は不穏な気配を感じていた。
ユイカが、右斜め上の中空に顔を向けた。そこには惑星探査補助ドローンのデイが、ふよふよと漂っている。
「デイ、森へ侵入し、現況を調査」
「了解」
デイは、少しだけ上昇すると、ぎゅん、とすさまじいスピードで水平に森へ突進した。
「デイちゃんも、速い……」
エンテがつぶやいた。
「すばらしい魔法具だよなぁ。ぜひとも分解してみたい」
エイヤと同じように物騒なことを口にするジークは放っておいて、ユイカは森を凝視しつづける。




