都落ち
「ともあれ、他の国の森の聖乙女候補も集まったが、結果ははかばかしくなかったということだ。その証拠に、昨日は大通りの金糸の森の木が倒壊したじゃろ」
大通りにあった金糸の森の木の状態は、裏通りの木よりも酷かった。それこそ黒い靄が誰の目にもはっきりと見えた。完全に根腐れし、雷に打たれたように幹は幾つにも裂かれ、倒れた後にばらばらに砕けてしまった。
「ありていに言えば、森の聖乙女候補は、どいつもこいつも、まるっきり何の役にも立たなかったということじゃ。森の聖乙女という名を冠するのさえ、口はばったいわ」
疲れているためか、エイヤの口調はおそろしく乱暴になっている。
「お義母さんのところに、大巫女様から伝令魔法が届いたんですね」
魔法具作製中はほとんど表に出てこなくなる為、エイヤへの伝令魔法は直接工房へ届くようになっている。エイヤが“ばあさん”と呼ぶ大巫女からの伝令も、店に備え付けてある魔法具を光らせることなく素通りしたのだろう。
「それでじゃ。とにかく今は、テミス領の防御を強化することが最優先事項だよ。残った金糸の森の木を守らねばならん。エンテ、若に連絡は?」
「さっき、魔法具が完成したって伝令魔法を飛ばした。今ごろ、こっちに向かってるんじゃないかな」
「そうか、それでは……」
どっこいしょ、と気合を入れて、エイヤが立ち上がった。
「引っ越しだ。皆でテミス領に移るぞい」
「おばあちゃん、なんでまた急に!?」
「じきに神宮から騎士が来るはずじゃ。エンテを連れにな」
「えっ、どうして……」
「普通に考えれば、大神宮から各候補が役に立たなかったという連絡が届くじゃろう。で、残ったのは?」
「わたし!?」
「各国の候補が軒並み駄目じゃったんだから、もしかしたらということで、宗旨替えをした連中がエンテに期待をかけてもおかしくない」
呆気にとられたエンテが、やがてぶるぶると首を横に振った。
「ユイカには悪いけど、わたしが召喚したのは、ただの人だった、ってことで神宮を追い出されたんだよ。今さら何を言いだすの!?」
「他の候補の喚んだ幻獣が、すべて使えなかったということじゃしな」
「そんな情報がどこから!?」
エンテの問いには答えず、エイヤは不敵な笑みを浮かべるのみだ。
「もしかしたら真に使えるのは、エンテの喚んだ人物だったのかもしれん、と神官どもが思いつく可能性がある。そうなったら、エンテとユイカは強制収監じゃ」
「ええーっ」
「だから神宮騎士が派遣されてくる前に、撤退するということですね。次は、女神の金糸樹を救えなかった、という咎をエンテひとりに負わせるかもしないと」
ローラが恐ろしいことを口にした。唇は弧を描いているが、目は空恐ろしいほどの怒りをたたえている。こうなった時のローラは手段を選ばない。
母の憤りを代弁するように、エンテが叫ぶ。
「理不尽!」
「理不尽デス」
なぜか、デイが同調した。
「別に、そうなったらテレポートで逃げればいい」
しれっ、とユイカが言うので、皆が一斉に彼女を見た。
「て、て、てれぽーと、って何?」
「瞬間移動。転移魔法と同じと考えてもらっていい。ただ、拠点から拠点ではなく、自分の思い描いた場所へ飛べる。エンテひとりくらいなら、楽に運べる」
「あ、もしかしたら裏通りの金糸の森の木が倒れそうになった時に、瞬間的に移動した魔法のこと?」
「魔法ではないが……。まあ、そうだ」
「すごい!」
エンテが瞳をキラキラさせて、ユイカを見上げた。
「確かにすごい。すごいが、あらかじめ展開がわかっていることなんじゃから、わざわざ不快な思いをすることもあるまいて」
エイヤの言葉に、ローラも賛同した。
「そうね。みんなで仲良く、テミス領にお引越ししましょう。デイちゃんをアレクに見せてあげたいし」
ユイカが申し訳なさそうに、眉尻を下げる。
「デイが手土産では、申し訳ない気もするが」
「デイは土産ではありまセン」
「あらぁ、下手なお土産よりも喜ぶと思うわ」
何だか、ローラが必要以上に、うきうきしているような気がする。久方ぶりに夫に会えるのがうれしいのだろうか。
いや、違うな、とエンテは半眼になる。ローラはデイを自慢したいのだ。エイヤもデイに関して、何かしら目論んでいる。もしかしたら分解して研究したいという欲求を捨てていないのかもしれない。きっと、そうだ。祖母も両親も、どこか大人げないところがあるのだから。
「いま、ガルウに連絡をとった」
いつの間にか奥へ引っ込んでいたエイヤが、ひょっこりと戻ってきた。
「店を閉めるから、ガルウの方へ客が流れるじゃろうからな」
「そうですね。それじゃあ、ユイカ、エンテ、荷物をまとめるから手伝ってちょうだい」
同意したローラが、カウンターの奥の方から片づけを始めた。身の回りの品を二階へ運び、転移魔法の陣へ次々に放り込む。
エンテとユイカは、エイヤの指示によって工房に保管されていた魔法具も転移魔法の部屋へ移動させた。ローラは躊躇なく、それらの魔法具をガルウの店宛てに転移魔法に乗せるのだ。
しばらくして、ガルウが血相を変えて店に飛び込んできた。扉が大きな音を立てて開いたかと思ったら、巨体のガルウが壁や柱にぶつかりながら入ってきたので、一気に店内が騒がしくなった。
「師匠! 急にテミス領へ越すなんて、どういうことです!?」
「やかましいわい。差し迫った事情があるからに決まっておろうが!」
「出入りですか!? 俺らが加勢します!」
「んなわけあるか。ばかもん!」
すわ、ごろつきの出入りか、と勇み立つガルウを、腕を組んで足を踏ん張ったエイヤが一喝した。
「そんな図体をしながら、そそっかしいのは相変わらずじゃの。ちゃんと話を聞かんか。そもそも、こっちに来る必要はない、と伝えただろうが」
「ガルウ、ちゃんと説明するから」
怒鳴りつけられて、おたおたしたガルウは、おっとりと笑みをたたえたローラから経緯を語られ、ようやく落ち着いた。
「わ、わかりました。神宮から問い合わせがあっても知らんふりをしますよ」
「お主が、あたしの弟子であるのは知られておるからの。神宮騎士が来たら、カンバーはテミス領に移転したと言えばよい」
「師匠達の行き先を教えて、構わないんですか?」
「ああ、かまわん。知ったところで、テミス領に押し掛けるわけにもいかんじゃろう」
「まぁ、確かにジィド伯でしたら、門前払いをして終わりでしょうがねぇ」
仕方がない、と言わんばかりに、ガルウは、ばりばりと頭をかいた。
口の悪いエイヤにこき下ろされても、いつものことだとばかりにガルウは意に介さない。それよりも、伝令魔法とともに大量の魔法具のリストが送られてきた方に仰天しているのだ。実物は、すでにガルウの店へ送られ始めている。
「あれだけの魔法具、俺の店で捌けるかどうか、わかりませんよ」
「たとえ周知されなくとも、カンバー魔法具店の客は、ガルウの魔法具屋へ向かうだろうからの。あれらの魔法具は迷惑料じゃよ。お前の店ですべて捌こうと、値段を上乗せして他の店に譲ろうと、好きにするがええ」
「困りますよぉ。師匠の手によるあれほどの魔法具なんて、値段のつけようがありませんって」
「なら、どこかの物好きな貴族にでも売りつければいい。それなりの値段をふっかけるのを忘れなさんなよ」
「師匠……」
なかなか厳しいことを言う、とガルウは、がっくりと項垂れた。
持ち運びの可能な伝令魔法具、移動可能な防護壁用魔法具、骨折程度なら速攻で治癒可能の魔法具、無尽蔵に放り込める収納魔法具などなど、エイヤの魔法具は規格外の品が多すぎる。それらを丸投げされるガルウの心持はいかばかりか。
「ごめんなさいね、ガルウ。とにかく緊急事態のようなのよ」
ローラに手を合わせられれば、いかなる無理難題も引き受けて見せる、と即座に胸を叩いてしまうのがガルウの悪い癖だ。
荷物を運びながら話を耳に挟んだエンテが苦笑する。
「ガルウさん。リアさんに頭があがらなくなっちゃうね。ご迷惑をおかけします」
「なぁに。リアだって魔法具屋の女将だ。どんな状況にも対処できるさ」
珍しくもユイカが、ひょうきんに驚いて肩をすくめた
「やはい魔法具屋を切り盛りする女性陣は強いな」
「子ども達だって、おとうさんとおかあさんに似て、みんなけっこうたくましいの」
エンテが、にこやかに付け加えた。
ガルウが帰った後に、移動準備を整えたロンバルトがやってきた。従者のダルクもいっしょだ。
テミス領主子息とともに、ガルウいわくカンバーの三女傑とユイカは、緑色の結晶石を利用した転移魔法具によって、テミス領へと移動した。




