デイの報告
朝になって、通り沿いの表扉を開けたエンテの目の前に、デイがぽかりと浮かんでいた。
少しばかり埃にまみれて泥汚れもついているが、元気(?)そうだ。とっさに、きらめく球体を、がしっとつかんだエンテは、急いで店内に戻った。
「デイちゃんが戻ったよ!」
エンテが叫ぶと、「おお!?」という声とともに、エイヤが目をむいて飛び出してきた。その後をローラが追いかけてくる。
仰天したエンテが、思わず叫ぶ。
「おばあちゃん、寝てなくていいの!? 明け方に魔法具が完成したばかりなんだから、もう少し眠った方がいいよ」
「そんなもん、二刻も眠れば十分じゃわい」
「お義母さん、お年なんですから無理はせずに、もう少し休んでくださいな。魔法具師は体が資本、といつもおっしゃっているではありませんか」
「年寄り扱いするでない!」
「うん。おばあちゃんは、お年寄りじゃないかもしれないよね。でも、絶対に無理はしない方がいい年齢だよね」
にっこりと微笑んで痛いところを突くエンテに、エイヤは、ぐうっ、と喉の奥から妙な音を出して息を呑み込んだ。
「永遠の二十八歳に何を言うか」
エイヤが恨みがましい口調でこぼす。
「冗談でしょ……」
「あら、素敵じゃない? だったら、わたしは花も恥じらう十四歳ね」
「……おかあさん。それじゃあ、わたしなんて存在してないことになるよ」
「あら、エンテはわたしの妹として通用するじゃない。それとも姉?」
「ちがーう!」
騒がしい三世代を余所に、ユイカが出てきた。エンテの手から逃れたばかりのデイを引っさらうと、さっさと店の奥へと連れいってしまった。
「あれ?」
エンテは空になった自分の手の中を見、ユイカの素早い動きにびっくりした。ただ、確かに店の前で、宙に浮かんでいた球体をつかんだままでの言い合いは、人の目を引きすぎる。
「どこまでも冷静なユイカってことだよねぇ」
「ほっほっほ、さすがじゃの」
「あらまぁ。それじゃぁ、これからが召喚されたユイカの本領発揮ということになるのかしらね」
三日の間にエンテの家族はユイカを“さん”付けするのをやめていた。初めて親しく呼び捨てにされた時のユイカの顔は、こそばゆいような恥ずかしいような、それまで見せなかった豊かな表情を見せてくれた。周囲を警戒する固い面しか見ていなかったので、エンテはうれしさを隠せない。
例のごとくに食堂のテーブル周辺に集まった皆は、デイの映し出す画像に集中した。
「えーと、この画像、幾つにも分裂してるんだけど」
エンテのこめかみに、ひとしずくの冷や汗が流れ落ちる。
「録画したものを多画面にしている。これなら比較対象が可能だろう?」
ユイカの言う通り、中空に浮かぶ画面は幾つもに区切られ、すべてに金糸の森の木が映っている。どれも違う場所の木のようだ。あるところは狭い林のようになっていたり、たった一本の木が大きく枝葉を広げていたり、あるいは丘の上に並木のように立っていたりしている。国や地域によって、金糸の森の木はさまざまな形で大事にされているはずだが……。
「倒れるか、朽ちている……」
ぱっぱっぱ、と場面が変わり、次々と各地の様子が映し出されてゆく。どれもこれも、金糸の森の木とは言えない惨状を呈していた。数百本以上の木が壊滅状態だった。全滅に近い。
「あ、待って。一本だけ無事な木がある」
「テミス領の位置になりマス」
「わぁ。もしかしたら、おとうさんとおにいちゃんが頑張ってるからかな」
「ふむ、そうかもしれんの。そもそもあの黒い靄は地下を通って影響を及ぼしているようだ。つまりはアレクとジークの防護魔法も、それなりに効果を発揮しているということだの。だが、ふたりの防御にも限界がありるからの」
エイヤの言葉を引きとって、ローラが顔を曇らせた。
「徐々に防護壁の力が弱まってきている、と連絡がありましたもの。金糸の森の木に満ちているはずの魔力は、いったいどこへ行ってしまったのでしょう」
「ユイカの言うとおり、魔力が相殺されちゃってるのかも。それにしても、魔力の行きわたらなくなった金糸の森の木が、これほど脆いなんて」
ローラとエンテが、思わず重いため息を吐く。
ユイカが問うた。
「デイ、これですべてか?」
「残り一箇所、最重要ポイントデス。神樹の地の金糸の森という場所になりマス」
「え、神樹の地!?」
最後に大写しされたのは、森も何も見えない、ただの真っ黒な画面だった。
「まあ! ……まさか、これが金糸の森だというの?」
ローラが両手で口をおおい、信じられない、とばかりに瞠目した。よくよく目を凝らしてみれば、立木らしきものの影が見える。
「デイ、3D画像処理を」
「了解」
次に出てきた画像は、色彩豊かではあるがどこか不自然で、しかも立体的だった。
「ふむふむ。すりーでぃーとやらだと、どうやら金糸の森の全貌が立体的に見られるようだの」
「この方が、分析しやすいのではないかと思う」
画面の中では、わかりやすく線描きにされた金糸の森が出現していた。中心に見える木の形を成したものは女神の金糸樹だろう。
女神の金糸樹の根元から、黒く細かな粒が放出されているのが窺えた。
「あれは……もしかしたら黒い靄?」
エンテの疑問にデイが答えた。
「そのとおりデス。黒い霧状の噴出物を3Dで表現していマス」
「ものすごい勢いで噴き出しておるようじゃの。金糸の森が真っ黒に染まるのにも納得じゃ」
「お義母さん、あの黒い霧、裏通りの金糸の森の木の倒れた原因ともなったものと同じなのでしょうけれど、とても……とても禍々しいですね。デイちゃんの持ち帰った画からも、それが感じられます」
ローラが珍しく顔をしかめて、呑み込めない食べ物をどうにか咀嚼するようにつぶやいた。
「おかあさんも、そう思った? わたしも背筋が寒くなるような感じがする」
「ローラは同じ銀でも白色の気が強いから、余計に、そう感じるんじゃろうな。エンテも受け継いでいるところがあるからの」
しばらく画像を睨みつけていたエイヤが、疲れたように椅子の背もたれに身を預けた。手のひらで、ごしごしと顔をこする。
「デイちゃんや、この画はいつのものかの」
「15時間前、昨日デス」
「この国の森の聖乙女候補と召喚した幻獣によるパレードは一昨日。夜は乙に済ましたパーティーとやらで時間をつぶすと言っておったな。おそらく神樹の地に向かったのは翌朝だろう。王宮の転移魔法で大神宮まで飛んだんだろうがね」
「それじゃあ、昨日の昼前には金糸の森で何らかの変化があってもおかしくないはずですよね、お義母さん? でも、黒い靄の動きに変化はない、ということ」
「そうだな。ともかく、あのばあさんが、やってきた森の聖乙女候補とやらをそのまま遊ばせておいたとは思えん。大名家の令嬢だろうが何だろうが、尻を蹴飛ばしてでも、即座に金糸の森へ送り出すじゃろうよ。他の娘らに関しても、推して知るべしじゃ」
「まぁ、確かにその通りですよねぇ」
ローラが、顔も知らない候補達を思いやって、神樹の地の方角へ目を向けた。エンテは口元をひくひくと引きつらせている。
「おばあちゃん、大神宮の大巫女様に向かって“ばあさん”って……」
「ふん、ばあさんは、ばあさんじゃ」
「大巫女様って、おばあちゃんと大して変わらないんじゃないの!?」
大地母神の託宣を授かる唯一の人物を“ばあさん”とは、エイヤの口の悪さには恐れ入る。
「あらまあ、きっと大巫女様も、同じようなことをおっしゃっているに違いありませんよ、お義母さん?」
ローラが釘を刺すと、エンテも加勢した。
「相見互いっていう言葉があるよね」
「むう……。あやつの実年齢は知れないんじゃよ」
エイヤが、こほん、と空咳をした。




