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ユイカの力

 昼食を勧めるローラに、ロンバルトは申し訳なさそうな顔で断りを入れた。つい今しがたタウンハウスから伝令魔法が届いたばかりで、彼は苦虫を嚙みつぶしたような顔をしていたところだ。どうやら、しばらくカンバーのところに居座りたかったらしい。

 伝令魔法の内容は、テミス領での異変に関して王宮に報告せよ、とジィド伯からの指令だった。さらには王家主催のパーティーもあるらしく、そのための下準備も必要だとのこと。


「森の聖乙女候補のパレードの後、王宮で壮行の為にパーティーが開かれる。父の命で、それに参加しなければならなくなったんだ」


 さも嫌そうにロンバルトが唸ると、エンテが、わあっ、と声をあげた。


「パーティー!? ロンバルト様も、いずこかのご令嬢と踊ったりなさるのでしょうか」

「ああ……まあ、一度くらいはそうなるかもしれない……が。私には、その、エスコートをするべき女性もいないので、まあ……」


 ロンバルトの口が重くなり、歯切れの悪いものになった。嘘はつきたくないが、エンテにそんな情報を与えたくないというロンバルトの気持ちが、エンテ以外の者にはありありと伝わってくる。


「すてきですねぇ。わたしも一度でいいから覗いてみたいです。あっ、もしかしたら王宮の侍女とかになれば、見られるのでしょうか」


 エンテのきらきらとした憧れの目線を向けられたロンバルトは、それはもう心外以外のなにものでもない、というように首をふる。


「エンテには必要のないことだ」

「そうでしょうか」


 不満げに唇をとがらせるエンテをたしなめたのはローラだ。


「エンテ、王宮の侍女には、名家の出でなくてはなれないのよ」

「え、そうなんだ」


 ちょっとがっかり、とばかりに、エンテは肩を落とす。


「王宮のパーティーなど、それほどすばらしいものではないし、エンテは、そんな場所に興味をもたずとも良い」

「はあ、そうでございますか」


 エンテに空々しく返事をされて、ロンバルトはどこか悔しそうだ。

 そろそろ行かねばならないと言いながら、ロンバルトはなかなか腰をあげられなかった。ここで、ぐずぐずしてはいられないはずなのだが。



 そうこうするうちに、ロンバルト付きの従者であるダルクが、苦り切った顔をしてやってきた。どうやらテミス領にダルクを置いてきてしまったらしく、彼は非常に往生したらしい。

 そもそも平民の着るような服で裏通りをひとりでうろつく大領地のご子息などというものは、あってはならない。ロンバルトはどこ吹く風だが、急ぎ駆けつけたダルクは渋い顔つきを隠さない。

 その後、ふたりは徒歩でジィド家のタウンハウスへ戻っていった。裏通りに馬車を寄越すのは無理だからだった。

              




 名残惜し気だったロンバルトを、エンテは笑顔で見送った。それがロンバルトに残念な心持を抱かせたことを、彼女は気づかない。



 ロンバルトが去った後、エンテには、ひとつ明確にしたいことがあった。

 金糸の森の木が倒れた際の、ユイカの行動についてだ。エンテの風魔法が消滅した時、ユイカはまるで短距離の転移魔法のように移動し、さらには不自然な形で倒木を止めた。

 ユイカが知らん顔をしようとも、エンテはもちろん、エイヤも目撃している。

 ただし、あの騒擾の最中では、誰かがユイカの行動を見とがめたとしても、あやふやな記憶にしかならなかったはずだ。あるいは、別の何者かが風魔法を使ったと思われた方が自然か。なにしろユイカには魔力がないのだから、怪しんだ町の人に問い詰められようと誤魔化せる。



 ともあれ、不思議な力についてユイカに話してもらいたい、とエンテとローラは急いでお茶と軽食の支度をはじめた。

 エイヤはこれから魔法具の製作にかかるため、早めの昼食をとることにする。人並み以上にかくしゃくとしたエイヤではあるが、何しろ高齢だ。魔法具作りに夢中になるあまり、食事をおろそかにされてしまう可能性が高い。気づかぬうちに工房で倒れられたりしたら、目も当てられない。

 調理用魔法具で、ホットサンドなどの軽食を作った。

 エイヤとローラ、そしてエンテとユイカがテーブルを囲む。

 エンテとユイカは、しばらく並べられた軽食を無言で口に運んだ。エンテは、けっこうな食欲だ。魔法を使うと空腹になる。では、ユイカはどうなのだろう。

 エンテは、こんがりと焼けたサンドイッチを無心に口へ運ぶユイカを見て、やはり彼女も自分と同じように魔法とは違う何らかの力を使ったのではないか、と推測した。エイヤとローラに目を向けると、二人とも同じ意見のようだ。


「ねえ、ユイカさん。そろそろ話してくれない? あの時、何が起こったの? というか、何をしたの? でも、魔法とは違うような気がするの」


 スープを飲んでいたユイカの手が止まった。目を見開いたまま、じっと動かない。やがて、静かにスプーンを置く。


「そう……だな。自分のことに関しては、もう少し説明が必要なのかもしれない」


 ユイカは、どう説明しようか、と思案するように、しばらく視線をさまよわせた。


「自分の任務に関しては、先ほどの説明以上のことを話すのはやめておく。では自分個人についてだが、エスパーである、としか言えない」

「えすぱー、って何?」


 ユイカはテーブルに肘を突き、握った拳に顎を載せてしばらく考えていた。どう言えば伝わるのか、真摯に思考を巡らせているようだ。


「この世界には、魔法が存在する。木が倒れる時に、エンテが実行していたし、何よりそういった行為によって、自分は呼び寄せられた。それで間違いないだろうか」


 改まって言われたエンテは、こくこくと首を縦に振った。


「魔法は魔力によって発動するの。体内に温存する魔力の量は人によって違うけど」


 ローラがエンテの言葉を受けて続けた。


「平民は、魔法具を稼働させる魔力量があれば十分ね。けれど階級が上になればなるほど、魔法具を介在することなく直接魔法を行使する魔力が必要となる場合が多くなるわね」

「それは、なぜ?」

「人の暮らしをまもるため……かしら。突発的な事態に陥っても、魔法具に頼らずに済ませられるのは大きいのよ。一概には言えないけれど、魔法具を介さずとも魔法を使える人は一定数いるの。魔法師や魔法使い、そして名家の方々ね」


 ユイカが眉根をよせる。


「エンテさんは、召喚魔法とか、さっきの風魔法とかを直接発動させていたが、魔法使いなのだな。その、名家の者以上の力を持つということか」


 エイヤがうなずいた。


「まあ、そうじゃね。それがカンバーのカンバーたる所以だよ。カンバーの直系は王族をも上回る魔法力を有することが多い。じゃが、事実を知る者は、そう多くない」


 ユイカは納得したように、迷っていたかのような視線を固定した。。


「では、その、魔法という技能を行使するための魔力という力の源を、この世界の人々は体内に蓄積している。これで合っているか?」

「おおむね、その通りね。付け加えるなら、魔法は大地母神様と、そのはらからである神々の御力をお借りして成立するものなの。でも、人間同士で会話するように神々呼び掛けても、わたし達の声は届かない。だから魔力を供物とするのよ。祈りに魔力を乗せて、対象とする神に供えるの」


 ユイカの問いに、ふたたび答えたのはローラだ。それに付け加えるように、エイヤも口を開いた。


「ゆえに、祈りの言葉は不可欠。つまり魔法を使うには、贄を捧げる儀式が必要というわけだね」

「意外にシビアなのだな。しかし贄、あるいは供物となった魔力はどこへ行くのだ?」

「ふむ、金糸樹に還るとも、天へのぼるとも、あるいは魔力そのものが魔法に変換されるとも言われておるが、実際に確かめられてはいない」


 この世界の者は、大地母神を最高神とした神々に向けて声を届ける。祈りの言葉はそのための方法論だ。そのようにして初めて、最上位の存在が応えてくれて、呼びかけた人間の技量にのっとって形となったものが魔法だ。

 ゆえに魔法で現れる現象は、人が肉体を使って物体に直接的に働きかけるものとは根本的に違う。

 首肯したユイカは、ゆっくりと口を開いた。


「では、自分が行使したのは魔法とは違うということだ。生命エネルギーを使い、直接、物体に作用させる力である、と言えばわかってもらえるだろうか」


 つまりは手や腕を使って物を運んだり、足を使って場所を移動したり、声を発して意思を伝えたりする行為の延長線上にある、とユイカは説明した。


「……え。それじゃあ、詠唱も必要がないの? それで金糸の森の木が倒れた時みたいなことができる?」


 エンテは目が回るような気分だった。

 うなずいたユイカは、ひどく躊躇うように床に目を落とした。


「その力を、自分らの世界では超能力……つまり肉体の力を越えた力、と呼び、力を持った人間を超能力者……エスパーと呼ぶ。ただしエスパーは、この世界とは違って全人口の1%未満……100人に1人もいない」

「じゃあ、こちらの世界で魔力がない人間はありえないと言われるけど、その逆ということになるの?」

「それに近いんだろう。ゆえにエスパーは、通常人よりも比較的過酷な任務を負わされることが多い」

「つまり、迫害の対象ということなのかい?」


 ユイカの言葉を受けて、顔をしかめたエイヤがぽつりとこぼした。耳にしたユイカの顔に、暗い翳が落ちる。


「……そうなのかもしれない」

「そ、そんなこと! だって、とっても有効な力を持っているのに?」

「エンテよ、力があるからこそ、人は懼れる。だからこそ押さえつけようとするものだよ」


 ローラも、しきりに首を振った。


「そうね。……それに、ユイカさんが召喚された時、明らかに神官達の態度はよろしくないものだったんでしょう?」

「う、うん」

「人は時として、自分よりも劣った者を見つけて、優位に立ちたくなるものなのね。ユイカさんの世界では、逆もまた真なりということかしら。明らかに大多数よりも力を持った人間を鎖で縛ることによって、自分は優れていると思い込みたいのでしょう」

「ひどい! だから任務とかで全滅の憂き目にあっても助けがなかったの!?」


 エンテがいきどおれば、ユイカは目を丸くした。そこまで感情移入してくれるとは思っていなかったのだろう。


「まあ、そうなる。自分らが生き延びることのできなかった星は、生存に適さないとして放棄されることになる。エスパーで固めた先遣隊を送り込んだことによる結果如何によって、有効利用できる地ならば改善点を見出す」

「星?」


“星”というのは、なにかの隠喩なのだろうか。あるいは本当に夜空に輝く星を指すのだろうか。

 ユイカが、それ以上の説明を避けているのは明らかだ。星について理解させるには、エンテ達に知識として受け入れる素地が育っていない。

 エンテは、むむむむ、と唇を噛みしめる。ユイカはこの世界に来てはじめて、まるで人形がそうするように、ぎぎぎ、と吊り上げるようなぎこちない笑みを口元に浮かべた。


「だが、あの星で死にかけた時、図らずもこの世界に喚ばれてしまった。エンテさんが拾ってくれた」

「ユイカさんを見捨てるなんて、わたしは絶対に許さないから」


 ぶんぶんと拳を振るエンテに、「エンテさんなら、そんな風に考えてくれるだろうな」とユイカは、どこか安堵したような顔をする。


「エイヤさんにもローラさんにも救われた。美味い飯も食わせてもらった。あたたかなベッドで眠れた。風呂にも入らせてもらった。それらすべてが無償の行為だ、と自分は知っている」


 あまりに直接的な物言いだが、ユイカの言葉には感謝があふれていた。自分はいつ野垂れ死にしてもおかしくなかった、と自嘲する。


「魔法は使えないが、自分にできることはやりたいと思う」


 ユイカが、あまり上手に笑えないのはわかっている。何とか目元をゆるめたユイカは、エンテやエイヤやローラの顔を見回した。


「でも、そんなに軽率にわたし達を信じていいの?」


 エンテが思いっきり眉を寄せた。


「あら、エンテがそれを言うの? エンテの方が、よほど迂闊よね」


 ローラが、おかしなことを言う、とばかりに手をひらひらさせた。


「なんで!?」

「確かにエンテさんは、召喚した責任があると言い切ってくれた。だがあえて言わせてもらえば、そもそも初対面の、どこの誰ともわからない正体不明の人間を家まで連れ帰る者は、迂闊で軽率なのではないか?」


 なぜか、ひどく真面目な顔で、ユイカがエンテを問いただす。


「……うう」

「よほどエンテの方が考えなしだのぉ。まったく、馬鹿のつくほどのお人よしだ」


 エイヤも呆れたように、大仰にかぶりを振る。


「えーっとぉ」


 人差し指でぽりぽりと頬を掻くエンテには、返す言葉がない。

 エイヤとローラが、くすくすと笑う。


「つまり、エンテはわたしの自慢の娘なのよ」

「まあ、エンテはあたしの孫なんだから、お人よしも仕方がないじゃろ」


 ユイカが静かに首肯した。


「……だから、自分は、自身のことを語ることができたんだ」


 あまり表情の変わらないユイカの顔が、とてもうれしそうに見えたエンテだった。



 

              ※※




『森の聖乙女候補を導き、召喚魔法を行使せよ』という大巫女の託宣による通達が各国に行きわたってからしばらく後、金糸の森の監視役の神宮騎士から、実に不穏な報告が大神宮にあがってきた。

 金糸の森から怪しげな黒い靄もやが湧き出てきた、と。

 大神宮の実務を総括する大神宮長は、金糸樹の様子の詳細を確認させるために、神宮騎士団を派遣した。

 大巫女と大神宮の長は、『巫女の間』にて、まんじりともせずに報告を待った。

 大神宮に戻った騎士団長の顔色はすぐれない。


「金糸樹に近づけません」


 大巫女と大神宮長の目と口が、大きく見開かれた。特に、大巫女が動揺するなど、滅多にあるものではない。

 人界と金糸樹を隔てる金糸の森の近縁に到着してみれば、報告通り不快極まりない黒い靄が辺り一面を覆いつくしていた。

 見やれば、靄をまとう森の木々が、黒く変色し始めている。枝からは葉が落ち、幹からは気味の悪い粘液がしたたる。


「明らかに、有害な靄でございました」


 全身をおおう防御魔法に守られながら森へ突入したが、途中、何人もの脱落者を出した。まったく身動きが取れなくなってしまうのは、体内に温存する魔力の少ない者からだった。魔力の源は金糸樹にあるというのに?

 ようやく騎士団長他数名が森の中央に辿りつけば、さらに濃い、黒い壁のような濃霧に阻まれた。確かに、進むごとに視界が悪くなってゆく自覚はあった。歩を進めるごとに体は重くなり、突き抜けられるはずの霧の壁も、まるで鋼でできた城壁のようだ。

 金糸樹に近づけば近づくほど、誰であろうと膝をつき、倒れ伏すこととなった。そこではいかなる防御魔法も雲散霧消してしまうのだ。黒い靄が毒性をもって呼吸を困難にし、わずかに露出した皮膚を通しても浸透してくる。

 詳細を報しらされた大神宮では、大巫女が額をおさえ、蒼白となってつぶやいた。


「おそらく、昏黒の魔法から生み出されたものなのだろう」

「昏黒の魔法を止める術は、森の聖乙女にしかありませんのに」


 嘆く大神宮の長には答えず、大巫女は金糸樹の方角へ目を向けた。


「大陸が、最大級の災害に見舞われる可能性がある」


 大巫女の側近くに侍る神官や巫女は愕然とした。大巫女の言うところの昏黒の魔法によって金糸樹が朽ちれば、大地もまた枯れはてる。






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