デイ
ロンバルトが話題を変えた。
「ところで、先ほど倒れた金糸の森の木についてなんだが。この国……というか大陸全土には、何箇所か金糸の森の木が植樹されている場所があるだろう? 他の木がどうなっているのか、わからないだろうか」
エンテが大きくうなずいた。
「やっぱり、気になりますよね」
「とりあえず都では、先ほどの騒ぎ以上のものはなさそうでうす。まだ大通りの木は無事なのではないでしょうか。……ジーク、ここへ来るときに見なかった?」
ローラの問われ、ジークはうなじをさすりながら、記憶を探るように天井を見上げた。
「そうだな。ロンバルト様と裏通りまで移動してくる際に目にしたけど、特に異変はなかったと思う。ただ、この先どうなるかは、わからないな」
エンテが頬に手をやり、むーん、と唇を引き結んだ。不可解な現象を、どう捉えればよいのかわからない。
ローラが話を引きとる。
「各地の木のそばに暮らす魔法具師や魔法使いの仲間に連絡をとってみましょうか。各国には、お義母さんの弟子が散在しておりますから」
ロンバルトが首を横に振る。
「いや、それよりもテミス領主の名で、王宮から調査のための人員を出してもらうのが良いのではないか?」
「それでは時間がかかりますのう。若が兄君を通して直接宰相閣下に進言したとしても、即日裁可が下りるのは無理でしょう。それに、他国にも説明が必要になります。金糸の森の木に異変が起こるのは、よくない兆候ですからの。かと言って、やたらに騒ぎ立てるのも良くはなかろうの」
うーむ、と唸りながらエイヤも考え込む。
金糸の森の木は、どこの国でも大切にされている。何事か起こってしまった後では遅い。エイヤには、まず防護壁の魔法具の製作にかかってもらわねばならないのに、心に引っかかることがあるのはよろしくない。
「お義母さん。ともあれ仲間に連絡をとりましょう。魔法使いや魔法具師は、結晶石のとれる金糸の森の木の近くに暮らす者が多いですから。あるいは見落としがあっても、仕方がありませんけど」
「そうじゃな。今のところ、その程度のことしかできんだろう。極秘で転移魔法で飛び回るのも骨が折れるし、転移魔法具が設置されている所が金糸の森の木の近くばかりではないからの」
金糸樹ないし金糸の森の木が結晶石を生み出すという事実は、広く知られている。金糸の森の木は、地下に異様なほど根を張り巡らし、根の張り巡らされた土中に結晶石が生じる。
魔法具に必須の結晶石は、金糸の森の木の産物なのだ。そのため、一千年もの昔に、密命を受けた者が金糸樹の枝から苗木を量産し、大陸の各地に植樹されたという伝説が残っている。
あちらこちらに満遍なく金糸樹の苗木が植樹されてもいいようなものだが、金糸樹は土地を選ぶと言われている。落葉樹である金糸樹は、あまりに寒冷な土地は嫌うが、それだけではない。
結果論ではあるが、広大な金糸の森を形成する神樹の地とテミス領は、金糸樹お気に入りの土地ということだ。当然、伐採及び狩猟禁止区域だ。
ちなみに金糸樹というのは神樹の地の金糸の森の中心にある木のことを指し、それ以外は総じて金糸の森の木と呼ばれている。
「その……他の木の立つ場所は、この場でわかるのか?」
それまで黙して語ることのなかったユイカが、遠慮がちに口を開いた。初めてユイカの声を聞いたジークが、ユイカの顔を食い入るように見つめた。
「あ、ああ、わかるが……」
わずかに首を縦に振ったユイカが立ち上がった。
「ユイカさん?」
エンテが不思議そうに見守る中、ユイカは食堂の唯一の窓である上げ下げ窓に近づき、押し開けた。
シュッ、と空気を切る音が聞こえたような気がした。
ユイカが振り向くと、彼女の顔の横に、大人の男性の拳大の球体が浮かんでいるのが目に入った。黒光りするそれは、確かに自立浮遊している。
「な、なんじゃ、それは?」
ガタッという音が聞こえた。と思ったら、エイヤが椅子を蹴立てて、老婆とは思えない素早さでユイカのそばににじり寄ってきた。
ユイカが、球体に目を向ける。球体の方も、ぐりん、と回ってユイカの方を見た……ような気がした。
「報告。座標は特定できませんデシタ。通信も不可」
「わかった」
「しゃべった!?」
その場にいるほとんどの者が呆気にとられる中、両手をワキワキと蠢かしていたエイヤが、いきなりガシッと球体をつかんだ。
「まあ、お義母さん!?」
「おばあちゃん!」
「エイヤ、そんな未知の物体に触れるのは危険だ!」
「おばあちゃん、すぐに捨てろ!」
誰もが危機感満載の声をあげる中、エイヤはつかまえた球体を右に左にひっくり返しては、矯ためつ眇すがめつしている。
「ただのちっこい球にしか見えんのに、飛ぶわ、しゃべるわ、自主的に報告するわ。しかも認識能力が高い! こりゃ、いったいどうなっとるんじゃ」
ぶつぶつとつぶやくエイヤに恐れをなしたかのように、球体がぶるぶるっと震えた。
「キケン、キケン。排除してもよいデスカ」
「駄目だ。この場にいる全員、排除対象外とせよ。デイ、エイヤさんの好きなようにさせておけ」
「……了解」
ただの球体なのに、なぜか、しゅん、とうなだれているような気がする。その様子がエンテの胸に刺さった。
「か、かわいい……。ねえ、ユイカさん。それは何?」
エンテに問われたユイカは、別に何のことはない、とでも言うように、さらりと答えた。
「汎用型惑星探査補助ドローンだ。自分は、デイと呼んでいる」
「わくせ……え、何?」
「どろーん?」
「でい……」
「あら、デイちゃんって言うの?」
にこにこしているのはローラだけだ。
「はんようがた、わくせい、どろーん」
ぶつぶつ言いながら、エイヤは転移魔法のことなどどこかに吹っ飛んでしまったかのように、デイをこねくり回している。
さすがにユイカもデイを開放すべきと思ったのだろう、そっとエイヤの肩に手を置いた。
「エイヤさん、すまないがデイに仕事をさせたいのだ」
「お、おお、仕事とな。つまり、ユイカさんの命令に従わせるのじゃな」
「そのようにプログラムされている。いちおう自分ともども、ミッションの生き残りとも言えるのかもしれないが」
エンテが、目をぱちぱちとしばたたかせた。
「みっしょんって?」
「任務だ。我々は、ある惑星探査の先遣隊として送り込まれた。だが、先住の未知の生命体の存在を把握しきれていなかった。最終的に我が隊の全滅を招いたのは、事前の調査不足の結果に他ならない」
そこまで語ると、ユイカの口元がゆがみ、それを隠すように片手でおおった。顔をそらすと、しばらくそのまま深呼吸を続ける。動揺した気持ちを落ち着かせているらしい。
はっきり言って、ユイカが何を言っているのか、今ひとつ、理解できない。エンテにわかるのは、ユイカが何らかの特別任務を負った隊の一員であったことだ。
そして、その隊は全滅した。
そういえば、初めて出会った夜に「全滅した」とユイカは言っていた。
「ごめんなさい」
「何を謝る?」
「一度聞いた話なのに、蒸し返しちゃったから」
「かまわない。詳細を語らなかったのは、あくまでも保身のためだった」
そこでユイカは、エイヤに取っ捕まったデイに向かうと、くいっと指をあげた。
「デイ」
それまでエイヤに弄ばれていたデイが、彼女の指の間からするりと抜け出た。
「30分前の倒木騒ぎの映像はあるか? 出してくれ」
「了解」
そこでエンテが、あらためて問いただした。
「ね、ねぇ。デイちゃんはユイカさんの世界の魔法具なんでしょ?」
「魔法具というものとは違うが、自分の世界の技術の結晶ではある」
「わたし、デイちゃんとは契約していないけど、ちゃんとお話しできるのは、なぜ?」
ああ……とユイカが初めて気づいたようにデイを眺めた。
「デイには翻訳機能がある。学習能力のあるのがAIというものだから、今日までにこの世界の言語を習得したんだ。習得後は、こちらの言語を使うように指示をした」
「えーあい……。よくわからないけど、独学が可能ということ?」
「そうだ」
デイを凝視しっぱなしのエイヤからは、もはや「おおぅ」とか「ああぁ……」とかいう感嘆あるいは驚嘆の声しか出てこない。魔法具ではありえないデイの機能に、もはや言葉もないのだろう。ぎらぎらした獲物を狙うような目が怖すぎる。
エンテとユイカの会話の間に、デイの丸い表面の一部が、すうっ、と変化した。ぽっかりと小さな穴があいたようになり、そこから光が放出された。
「え、え、え、画が出てきた!?」
エンテの叫びの通り、中空に映像が浮かんでいる。テーブルの中央のあたり、その上に、四角に区切られた絵が、鮮やかな色彩をともなって映し出された。
ジークが目を見張った。
「これは、倒れた金糸の森の木じゃないか?」
「この地域の状況を把握するため、デイに大通りから裏通りにかけての映像を記録させていた。これは金糸の森の木とやらの真上にあたるのだろう」
「……この絵、動いている」
ごくりと唾を呑み込んだのはロンバルトだ。食い入るように中空に浮かぶ映像を見つめている。
「あ、待って。何か根元の方にわだかまっている? 黒い靄のようなものが見えるんだけど、あれは何?」
エンテの指摘に、皆が目を凝らした。
「この靄のようなものなら、あたしも見たね」
「ほんと、おばあちゃん?」
「ああ。じゃが、これは……」
「デイ、木の根元を拡大してくれ」
「了解」
ユイカが指示を出すと、デイの映し出した画のひとつひとつが、ずぅん、と大きくなっていった。集まった人々の顔や、建物の色合いや、金糸の森の木の葉がざわめく様子や、広報の魔法具のけばけばしい金色の喇叭型の嘴などがはっきりとした形となり、徐々に拡大されてゆく。
四角い画面に金糸の森の木の根元が大きく映し出された。そこから黒い靄が噴き出している。
エイヤが首を伸ばして、じっと見入っている。
「動きを止められるかい?」
「デイ、5秒巻き戻して映像停止」
「了解」
金糸の森の木の根元と黒い靄の画が、その場に張り付けられたように止まった。不自然な細密画のようだ。
「うーん」
顎を片手でつかんだまま、エイヤが画像を凝視する。誰かが、がたり、と椅子を揺り動かした。ロンバルトだ。
「エイヤ、この黒い靄は、テミス領の森に湧いてきた靄に似ている」
「若、確かですかな?」
「断定はできない。しかし、同じような印象を受ける」
ロンバルトの顔を見ていたエイヤは、視線を画像に戻した。
「これは、やはり昏黒の魔法か?」
エンテは、なにやら不吉な言葉を聞いてしまったような気がした。
「おばあちゃん、昏黒の魔法っていうのは、こんなところで自然的に発生するものなの?」
顎を突き出して画像に見入っていたエイヤは、姿勢を正すと大きくため息をついた。
「まだ、はっきりとしたことは言えん。……もう、いいじゃろう。ユイカさんや、助かったよ」
「デイ、画像を消せ」
「了解」
テーブルの上の画像が消えた。ユイカが皆の顔を一渡り見た。
「このように、デイはその場の状況を映像として残し……つまり人の目で見るかのように記録できる。金糸の森の木とやらの立つポイントを、デイにインプットして飛ばせるが?」
ジークが、ばん、とテーブルに両手を突き、ユイカに向かって身を乗り出した。
「それは、いい! ぜひお願いしたい」
少しばかりのけぞったユイカは、やがて、ふっ、と口角をあげた。
「了解した」
その後、大陸の地図を広げ、金糸の森の木の立つ場所に印をつけると、デイが撮影して取り込んだ。
「デイ、ミッション完了までの時間は?」
「演算済みデス。72時間以内に帰還可能」
「三日か。48時間以内にしろ」
「了解。エネルギー補填を乞う」
ユイカは、デイを両の手のひらで包みこむと、しばらく一点を見つめたまま集中していた。まるで、デイにユイカの力を与えているかのようだ。魔法具に魔力を込めるのと似ている。
「エネルギー注入完了。100%デス」
うなずいたユイカがデイを解放し、上げ下げ窓から送り出した。様子を見守っていたカンバー家の者とロンバルトも見送った。
「さて、そろそろあたしは、防護壁の魔法具の作製にとりかかろうか。……ほんとうは、デイちゃんと仲良くしていたいところなんだがのぅ」
「おばあちゃん、デイちゃんが帰ってきても、分解しようとしちゃ駄目だよ」
エンテに指摘され、うっ、と言葉を詰まらせたエイヤは、それとなく視線をそらす。危険極まりない。
「それじゃあ、俺はテミス領に戻る。エンテ、ロンバルト様の帰還に関しては頼んだ」
「うん、わかった。おにいちゃん、気をつけてね」
「ジーク、これまでの経験では推しはかれない現象が起こっていると思うのよ。アレクもあなたも、油断は禁物ですからね」
心配そうに顔を曇らせるローラに、ジークは明るい笑顔を見せた。
「大丈夫。親父も俺も、下手を打ちはしない」
言い放ったジークが、ユイカを振り返った。
「ユイカさん。次に会った時には、親交を深めるためにも、ゆっくりと話をしたいものだな」
「機会があったら」
素っ気ないユイカに苦笑して、ジークは食堂を出た。短い間だったが、ユイカのことを認めたようだ。
急いでいるため、カンバー魔法具店からテミス領の工房への転移になる。二階奥の一室に、緑色の結晶石の円陣が組まれているのだ。
去り際に、ジークは母であるローラを振り返った。
「かあさん、そろそろ戻ってくれないと、とうさんが寂しがっていて、非常にうるさいんだけど」
「あら、娘がひとり増えたのよ。こちらの方が重要だわ。アレクには、もうちょっと踏ん張ってね、と伝えてちょうだい」
ひらひらと手を振る、悠然としたローラの様子に、ジークは、はぁ、とため息を吐く。その後、彼は転移魔法でテミス領へと戻った。




