↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最後の楽園  作者: 結塚 まつり
第一章 空に浮かぶ島

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/20

第三話 島主の息子

ルーナメリィは言われた通り、エルヴィーラの部屋に戻った。似たような内装のせいで何度か迷いそうになったが、その度に通りすがりの女性がエルヴィーラの部屋は向こうよ、と指し示して教えてくれた。


「おかえりぃ。あれ、リディルは?」

「えっと、誰かに呼ばれてました」


部屋に入ると、エルヴィーラはまた煙管(きせる)を咥えていた。ルーナメリィの答えを聞くと、憂鬱そうに煙を吐き出し、煙管をくるりと回す。


「また島主(とうしゅ)の使いかねぇ」

「島主?」


島主とは、島で一番偉い人ではなかったか。

困惑が表に出ていたのか、エルヴィーラはあぁ、と頷いた。


「あの子は島主の息子なんだ」


ルーナメリィは目を見開く。


「リディル、とっても偉い人なんだ......」

「ところがそういうわけでもない」

「え?」


どういうことかと尋ねようとしたところで、何かが割れる甲高い音がした。ルーナメリィは反射的に身を竦める。


「喧嘩か」

「けんか……」

「殴られないといいけどね」


ルーナメリィは思わず腰を浮かせた。エルヴィーラは怪訝そうにこちらを見る。


「どうしたんだい」

「けんか、だめです」

「止められないよ」

「でも」

「......気になるなら、行ってきな」

「……はい!」


ルーナメリィは部屋を出て、声を頼りに足を進めた。一階まで降りて、先程行った食堂とは逆の方向に足を進める。

程なくしてリディルと、言い争う男を認めた。建物の正面口に近く、扉の向こうから通行人が覗き込んでいる。床には粉々になった何かが散らばっていた。もう日が暮れたのか、扉の向こうは暗く、遠くに吊るされた灯りだけが眩しい。


「何度言われようと行きません。先に僕を捨てたのはそちらでしょう」

「この店がどうなってもいいのか! 島主さまの力なら、こんな店どうとでもなるんだぞ!」

「この店を潰したら、面子がどうなるか分かってるんでしょう?」

「おまえ!」


男の人が手を振り上げた。思わず足を止めかけたが、鞭じゃないと言い聞かせてなんとか進む。バシン、と音が鳴り、リディルは頬を押さえてよろめく。うわ、ひどいな、大人しく言うことを聞けばいいのに、と扉の向こうで誰かが言った。

――あぁ、ここは、箱と同じなのか。

なぜかすとんと腑に落ちた。


「リディル!」

「ウツィア!? なんでここに」


振り返ったリディルの瞳が驚愕で見開かれた。ルーナメリィはその背に駆け寄る。


「リディル、大丈夫?」

「誰だ! 娘、邪魔をするなら容赦はしないぞ!」


見知らぬ男が鞭を持った男の姿と重なる。恐怖に背筋が粟立った。


「この子は関係ないだろう!」

「邪魔をするなら関係者だ!」

「邪魔があろうとなかろうと、僕は行かない。島主さまには、あなたの息子はもういない、と伝えてください」

「お前っ、どれほど名誉なことか分かっていないんだろう!」

「島主になりたいなんて思ったことはない。帰ってください」

「ふざけるなっ! どれほど栄誉なことか、お前、わかっているのか!」

「栄誉も地位も興味ありません。そもそも娼婦の息子だからと捨て置いたのはそちらでしょう」

「お前っ……!」


再び男が手を振り翳す。ルーナメリィは咄嗟に叫んでいた。


「か、帰ってください!」

「は、小娘が領主の使者を追い返すつもりか!」

「痛いのは、ダメです。話し合いをするなら、痛いのは、なしにしないと」

「知ったことか!」


ルーナメリィめがけて男が手を振る。リディルが庇うが、それより早くルーナメリィはまたも同じ言葉を口にした。


「帰って(・・・)!」


次の瞬間、男は何故か手を下ろし、気圧されたように一歩後ずさる。


「……今日のところはこれで帰ってやる。だが、忘れるなよ! 必ずお前を連れて行く! 絶対だ」

「……帰るも何も、一度だって息子扱いした試しがないだろうに」


はぁ、とリディルは溜息を吐いた。まだ見物人が残っていることに気づくと、ルーナメリィの手を引いて奥へと走る。完全に人だかりが見えなくなったところで足を止めた。


「ごめんね、変なとこ見せて。怪我してない? 大丈夫?」


ルーナメリィはふるふると首を横に振る。小刻みに震える手は、握り込んで背の後ろに回した。


「り、リディルは? 大丈夫?」

「慣れたよ」

「慣れと、大丈夫は、違うよ」


リディルは虚をつかれたように目を見開く。


「慣れても、痛いよ。大丈夫じゃ、ないよ」


リディルは口を開き、けれど何も言わずに口を閉ざした。


「戻ろう」


部屋に戻るとエルヴィーラはいなかった。少し待っていたが、戻ってくる気配がない。

沈黙に耐えかねて、ルーナメリィは口を開いた。


「わたし、余計なこと、した?」

「ううん。そんなことない。庇われたのは、初めてだったんだ」

「そう、なの?」

「芸者が島主に、なんて夢物語だからね。みんなそうすべきだって思うし、言うよ」

「で、でも、リディルは嫌なんでしょう?」

「そうだね」


言って、リディルは窓の外、空を眺めた。遠く、手に届かないようなものを見るような眼差しは、ルーナメリィが幾度も見たものに似ていた。

夢を追い、疲れ、諦めた者たちの。


「リディルは、やりたいこと……あるの?」


リディルは視線を合わせ、再び空に戻した。ないよ、と呟いた声に温度はなかった。


「部屋に戻ろう」

「う、ん」


部屋に戻ると、エルヴィーラが険しい顔で待ち構えていた。手招きしてリディルに何か囁いていたが、ルーナメリィはその内容を聞き取ることは出来なかった。

ただ、リディルの顔色が蝋のように白くなったのだけが印象に残った。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。