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最後の楽園  作者: 結塚 まつり
第二章 偽りと真

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第四話 盗まれた紐

ルーナメリィは元来た道を辿ろうとした。しかし、無我夢中だったせいで、正確な道を覚えていない。袋小路を彷徨(さまよ)い歩いていると、不意に服の裾を引っ張られた。


「おねぇちゃん」


見ると、5、6歳ほどの小さな子供が立っていた。鎖骨どころか肋骨や頬骨までが浮き出ている。


「たべものをめぐんでくれませんか。ずっと、なんにもたべてないんです。おかぁさんがたおれて、なにかたべないといけなくて、だからおねがいします」

「......ごめんなさい」


必死な表情も肩を落とした様子も、身に覚えがあって胸が痛んだ。

それでも渡せるものは何もない。足首に縋る人たちと死体を跳ねのけてルーナメリィは歩く。大きな通り、日の差している方――でも、それはどこ?

必死に道を探したが、見覚えはまるでない。崩れ落ちそうな家屋に、ごみの山。どの建物も同じに見えて、動けば動くほど変な方へ行ってしまう気がした。ルーナメリィは堪(たま)らず座り込んだ。ーー途端、その背に衝撃が走り、地面に頭から突っ込む。


「いっ......」


投げ出された右手が引っ張られる感触があった。ルーナメリィが慌てて顔を上げると、塵の山を走っていく少年の後ろ姿が見えた。鮮やかな白い髪が、泥を物ともせずに遠ざかって行く。その手に握られた、青い紐。けれど彼の右手には、紐が見えない。


「――待って!」


慌てて立ち上がって追いかけたけれど、次の角を曲がる頃には少年の姿は影も形もなかった。ルーナメリィは呆然と己の手首を見下ろす。

隠してはならない、なくしてはならない――そう言われたのに。


「どう、しよう.......」


ルーナメリィは薄暗い路地に立ち尽くした。



***



「――やっと見つけた!」


リディルがウツィアを見つけたのは、夜を迎える少し前だ。袋小路に迷い込んだのでは、と見当をつけて探し回った甲斐があった。


「ウツィア! 無事で良かった!」

「リディル......」


途方に暮れた様子でウツィアは顔を上げた。


「......紐、盗まれちゃった」


リディルは目を見開き、固まった。



***



「絶対に手を離しちゃ駄目だよ」

「ごめんなさい、リディル」

「いいよ。でも、今度からはひとりでいなくならないで」

「うん……」


リディルはウツィアを抱き上げ、腰に巻いていた領巾(ひれ)でその体全体を隠していた。声を出しちゃだめだよ、と囁いて、リディルは宿に戻る。出掛ける時にも会計場所にいた従業員は、右手に目を走らせ、にっこりと笑った。それを横目に通り過ぎ、足早に部屋に入る。


「……ここまで来られたのはいいけど、この後どうしようか」

「……盗んだ子、髪が白かった。紐を持っていてもわたしとは似てないから、大門を出る前に止められるとは思う」

「髪が白い子、か。その子の紐の色は? あの辺りの人の紐は、茶色か黒か分からない色になってたけど……」


ウツィアは僅かに沈黙した。


「……なかった」

「え?」

「あの子、手に紐をしてなかった」

「もしかしてその子も、紐をなくしたのかな」


言いかけて、リディルははたと気づいた。そういえば、先程声を掛けてきた男が、紋有りが脱走したと言っていなかったか。


「――紋有りかも」

「え?」


ウツィアは大きく目を見開いた。そんな、と呟いた声は掠れている。


「紐のことまで、確認していないんだけど。見世物小屋からひとり脱走したって聞いたから、もしかしたらその子のことなのかも」

「......返してもらえるかな」

「返してもらわないと。なくしてもいけない、って言われたし」

「うん......」

「憲兵に、届ける?」

「届けたら、盗んだ子はどうなるのかな」

「――殺されるだろうね」


我ながら低い声だった。ウツィアは目を伏せ、己の手を強く握った。見世物小屋に行きたい、と呟いた。リディルは先程見た光景を思い出して顔を顰めたが、ウツィアの意思は固く、明日の朝一番に観に行くことにした。



***



「ねえ、リディル、わたしの髪まとめてほしい」

「いいよ! 髪飾りもつける?」

「うん。これをつけたい」

「任せて!」


リディルは嬉しくなって髪を結ぶ。折角の紅い髪なのだから、結い上げたら綺麗だろうと思っていたのだ。予想通り、白い垂れ飾りはよく映えた。


「はい、出来上がり!」

「ありがとう。リディル、なんでもできてすごい」

「姐さんたちの髪結って慣れてるからね。掃除、料理、支度、なんでも任せて」


悪戯っぽくリディルは笑い、ふたり揃って宿を出た。途端、声をかけられた。


「おや、おでかけかい」

「あ、はい。少し買い足すものもあるので」


一昨日、夜中に招き入れてくれた女の従業員は、箒を持ったまま笑う。


 「それなら、見世物小屋の奥の店が安くておすすめだよ。気をつけてな」

 「ありがとうございます」


迷子にならないように、ウツィアはリディルと左手で手を繋ぎ、また飾り布で上半身から右の手首までを隠していた。


「さぁ、ご覧あれ! 火を吹く呪いの紋有りだよ!」


見世物小屋では昨日見た子供が火を吹いていた。しかしその火の勢いは昨日よりも弱く、体には真新しい痣が多くあった。

リディルがあんなことを言ったせいだろうか。言わなければ良かったかもしれない。責任なんて、取れはしないのだから。


「もっとやれ!」「殺すぞ!」「金やらねぇぞ!」

「……ウツィア、大丈夫?」


ウツィアは頷いたが、傍目にも分かるほど青褪めていた。


「……行こう。あの子を探さなきゃ」


昨日の路地裏までの道のりは、リディルが記憶していた。路地裏に行くまで、気を紛らわせようとリディルは話をしたが、ウツィアはいつにも増して口数が少なかった。


「……やっぱり、見ない方が良かったかな」

「え」

「あんなの見たら気分が悪くなるのも当然だよ。どこかで休む?」


ウツィアは一度口を開きかけて閉ざす。数拍の沈黙の後、絞り出すような声を発した。


「……リディルは、あの状況をおかしいと思う?」

「そりゃあね。正直、この島の人たちがなんであれで喜んでるのか、意味が分からないよ。そもそも紋有りは……」


リディルは一度言葉を区切った。声が低く、暗く沈んでしまいそうだった。


「……紋章があるから殺すなんて。おかしいでしょ」


娼婦が子を産むことは滅多にない。リディルが知る中で、母の他にはひとりだけ。嫋やかで,、腕を掴めば折れそうなほど細かったけれど、どんなに罵詈雑言を浴びせられても、客にいたぶられても泣かなかった。

二度。たった二回だけ、彼女は泣いた。

――リディルは今も、彼女が泣き叫ぶ声を覚えている。



ハッピーハロウィン!

いいねをくれなきゃ悪戯しちゃ(っ>ω・)つ)o゜)∵

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