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第二夜【悩みごと】

カーテンから差す朝日で目を覚ました俺は、リビングへ向かう。母は俺が5才位の頃に病気で亡くなっており、男手一つで育てられている。父は既に仕事に行ったようで、冷蔵庫にはラップの張られた夕飯が入っている。冷蔵庫のミルクを飲み干した後、トーストを適当に焼いて食べてカレンダーを見る。しまった、あんまり適当にやったものだから焦げて苦い。

それはそうと、今日は塾で模試があるので早めに準備をして家を出なければならない。ああ、憂鬱だ。何らかの影響で明日にでも塾が消えてしまわないだろうか。


クーラーとの結婚願望を抱きつつも何とか重い腰を上げ、絶望的な暑さに身を焼かれながらも、バス停まで歩みを進める。


(暑すぎる……くだらない戦争なんざしてないで、地球温暖化対策組織とか国同士で作ったほうがいいだろこれ…あ゙ー、溶ける〜……)


何とかバス停に着き、単語帳を開く。びっぐびっがーびっげすと……頭が痛くなってきた、暑いからだろうか。

バスに乗り込んだ後も単語を読み続け、俺はスキマ時間を勉強で潰し続けた。


* * *


クーラーが効きすぎた教室の中、片手で数えられる位の生徒たちがペンをカリカリと動かす音だけが響く。緊張感に満ちた空間であったが、俺はろくに集中できていなかった。


(夢の中で食欲や尿意とか感じたことないな……なぜだろう。そういえば、今夜もヨルに会うことはできるだろうか?眠りの深さにもよるが、まあ多分会えるだろう。最近は毎日あの夢を見るし……いかん、問題を解かなければ)


彼女と話していると、何だか心にぽっかりと空いた穴が埋まるような感じがするばかりか、何だか懐かしい気持ちにもなる。何処かで彼女に会ったことがあっただろうか…?まあ、覚えていないのは会ってないのとほぼ同じなので、深く考える必要はないだろう。

こんな風にふわふわと考え事をしながら模試に挑んで良い点数が取れる筈もなく、解答欄にいくつもの空白を残しながらも試験時間は終了した。


(マズった……数学は公式を全くもって思い出せなかったし、解けそうな問題もどっかで凡ミスしてそうだな……うう、先が思いやられる…)


模試が終わって周囲の友人と少しやかましく言葉を交わしている生徒を横目に、誰と会話するわけでもない俺はさっさと帰路に就こうと荷物を纏め始めた。


「ねえ、夢見君。ちょっといいかな?」


しかし、そうしていると塾長から俺に呼び出しが入った。


(な、何だ?カンニングとか、やましいことは何もないぞ…?)


「はい、なんでしょう」


「ここじゃなんだし、ちょっと奥の部屋まで来てくれる?」


(も、物凄い勘違いをされているのでは…!?これはあれだ。痴漢冤罪で捕まったら、事務室まで行ってはいけないみたいなやつだ!)


「いえ、ここで構いませんよ。それとも、ここで話せないほどまずいことしちゃいました?」


「ああ、カンニングの容疑とかではないから安心してくれていいよ。進路に関わることだから、人がいるところではあまりよくないと考えただけさ」


なんと、カンニングを疑われていた訳ではないらしい。進路に関わるということは、模試の成績があまり振るわなかったのだろうか。


「あ、そうなんですか?僕はてっきり勘違いされてるのかと…」


「そんなことはないよ。第一、君がそんな風なことをする人ではないというのは分かりきっているからね。それじゃ、本題に入ろうか」


先ほど早とちりをして、この場でいいなどと余計なことを口走ったせいで奥の部屋へと移動をせずに話が始まってしまった。これはまずい。


「今回の模試の成績ね、正直かなり悪い。君ならもっと取れると思っていたんだけど……まあ、そんなに気に病む必要はないよ。本番まではまだ時間があるし、ゆっくり学び直していけばいいからね」


「ただ、もし今回のような点数が続くようなら……志望校のレベルを下げるっていうのも視野に入れた方がいいと思う」


「そ、そうですか……」


受験と、成績。それは中学3年生の自分からは切っても切り離せない問題で、この国で多くの人が乗り越えて来た道。道の途中には大きな谷があって、それを越えられなかった人たちは脱落していく。

もちろん、受験に失敗したからといって人生が最悪なものになるとは限らない。通信制の高校に入ったり、高卒認定試験を受けることだって出来る。

だが、それはそれとして大半の人間はその道を歩むことを拒む。俺だってあまり好んで進みたくはない道だ。


「何度も言うけれど、君ならもっと取れたはずだよ。悩み事とか、心配事があるのならいつでも言って。相談に乗るよ」


「ありがとうございます。ですが、これは僕の弱さが招いたことなので、お手を煩わせるわけには」


「そっか。困ったことがあったら言うんだよ。人は案外脆くて、すぐに壊れてしまうから」


「はい。気にかけてくださってありがたいです」


俺は塾長に礼をし、その場を気持ち足早に去った。もう夜だというのに外は依然暑いままで、少し歩いただけで汗がふき出してくるようだ。

メラメラと日に灼ける道路を、俺はしょんぼりとした心持ちでトボトボ歩いて帰路についた。


* * *


立て付けの悪い玄関ドアをこじ開け、誰もいない家にただいまの一言も言わずに俺はソファに倒れ込む。


(夕飯食べて風呂入って勉強して……めんどいけど、やるしかないか)


俺はひとまず、夕飯の準備をすることにした。といっても、用意された食事をレンジで加熱するだけではあるが。


「冷たいな、温めが足りなかったか。……まあいい」


加熱しきれていないおかずを改めて温めなおす気力も出なかったので、おとなしく食べ進めることにした。


「今日は疲れたな……よし、風呂キャン勢のレッテルを貼られるのは嫌だし、さっさと風呂入るか」


風呂は心の洗濯、とはよく言ったものであるが、正直そんなにリフレッシュはされなかった。まあ、常に頭の中で模試の結果が渦巻いている状態でリフレッシュしろというのも酷な話だと思う。


「ふう……。うっし、勉強するか。今日やることの残りはこれだけだし、模試の成績も振るわなかったからな…」


伸びをして、体を少しほぐした俺は勉強机へ向かった。ノートと参考書を開き、頬を叩いて己を鼓舞する。ペンケースからお気に入りのペンを取り出し、ノックする。

しかし、最近調子の悪かったシャープペンシルは、何度ノックをしてももう芯が出ることはなかった。


* * *


意識がだんだんハッキリしてくる。夜が形を成し、明かりの灯った街並みに思わず目を細める。


「この夢を見れて、心底ホッとした自分がいるな。ついこの間までは、あまり好きじゃなかったのに」


公園までは少し距離がある。ゆったり街並みを見ながら歩くのがいいだろう。

深い夜闇の中で、俺は歩き始めた。街灯はチカチカと点滅しながらも熱心に地面を照らしていて、まるでスポットライトのようだ。

空き地で生え放題になっている細長いイネ科の草は風で揺れ動き、サワサワとそよやかな音を立てている。

アスファルトを歩く足音は小気味よいリズムを作り出し、思わず耳を傾けてしまう。

そんな風に辺りの風景に目を向けながら歩いていると、いつの間にか公園に着いていた。公園のブランコにはまだ誰もいないが、ひとまず俺は昨日と同じ座面に座った。相変わらず座り心地は悪いが、まあいいだろう。


「ふう……少し早く来すぎたか?」


早く来すぎてしまったので、ブランコを漕いで暇を潰す。久しぶりに漕ぐと案外楽しいもので、思わず笑みがこぼれてしまう。

そうこうしていると、公園の入り口からヨルが歩いてくるのが見えたので、ブランコの勢いを足で殺して止めた。


「あれ、シン君早いねえ。もしかして、そんなにおねーさんに会いたかったのかなぁ?」


ヨルは昨日と同じ服装で、ニヤニヤしながら歩いてきた。少ない関わりの中でも、あの表情は俺をいじりたいときのものだと分かる。


「ちげーよ。そもそもこの夢に来る時間とかこっちで変えられないだろ」


「ありゃ、それもそっか」


「んー……」


ヨルが急に黙り、何故かこちらの顔をじっと見てくる。俺の顔に何かついているのだろうか?急にこちらを覗き込むのは心臓に悪いのでやめてほしいと思う。


「な、何だよ。俺の顔に何か付いてるか?」


「シン君、ちゃんと寝れてる?クマ酷いよ?」


「現在進行系で寝てると思うんだが」


寝れているかどうかで言えば、恐らく寝れてはいる。だが、休めているかと言われるとそれは別かもしれない。


「夢っていうのはね、浅い眠りじゃないと見られないの。今の……ううん、最近のシン君は浅い眠りばっかり。今日だって、本当はもっとゆっくり来て欲しかったな」


「ねえ、シン君。悩みとか、疲れてることがあるならなんでも相談して。あたしは君の力になりたいと思ってるし、実際相談されれば解決策を思いつけると思う」


悩みごとなんて、生きている限りいくらでも増えていく。人間関係とか、勉強とか。悩みの大半は逃げられないことで、いくら考えても解決出来ないから悩みなのだ。相談したところで何も解決なんてしないだろう。よく解決策として提示されるものはその多くが問題を先延ばしにするだけだ。

だから俺は、ひとまず誤魔化すことにした。


「たいして疲れてねえよ。余計なお世話だ」


「そっか。まー男の子っていつもそうだよね。悩みを誰にも打ち明けないで、一人で抱えて苦しんじゃう」


ヨルはブランコから立ち上がり、俺に手を差し伸べた。


「しょうがないから、今夜はシャイボーイなシン君を楽しませてあげよう!とっておきの場所に連れてってあげるよ」


「ちょっとムカつくけど、とっておきの場所ってのも気になるしな。案内は頼んだ」


俺はヨルの手を取って、ブランコから立ち上がる。ヨルは身長がそこまで高くないので、並んで立つとどうしても俺を見上げる形になる。


「まったく、素直じゃないんだから。それじゃ、行こっか」


まあ、とっておきと言うくらいなので、ある程度は期待してもいいだろう。最近は少し疲れが溜まっている気もするので、俺はヨルについていくことにした。

第二夜、読んでいただきありがとうございます!

もしこの作品が面白いと感じて頂けましたら、下の☆をお好きな数埋めていただけると幸いです!今後の執筆活動の励みになります!

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