第三夜【リフレッシュの夜】
ヨルと一緒に公園を出てから20分ほど経っただろうか。月は暗い空にふわふわと浮かびながら、ゆっくりと地球を回り続けている。すると、ヨルがおもむろに口を開いた。
「ねえ、シン君がいちばん好きな食べ物って何?」
「突然だな。うーん、そう言われると難しいが…まあ無難にラーメンとかじゃないか?」
頭の中にいくつか料理は浮かんだが、どれも同じくらい好きだったので取り敢えず一番食べる機会の多いラーメンを挙げておいた。実際ラーメンは好きだし。
「無難に選んだやつじゃなくてさー、もっとこう、ハッキリ俺はこれが好きだ!みたいなのとか無いの?」
「そんなこと言われてもな…大抵の料理は美味いからなかなか甲乙つけ難いんだよ」
「あー、つまりシン君は浮気性ってこと?うわぁ、女の敵じゃん。シン君サイテー」
「何でそうなった!?好きな料理を一つに絞れないだけで俺はいったい何人の敵を作ればいいんだよ!?星の数はいるだろ!」
やられた。まさかこんな話題に困ったら誰でもするような質問に心理テスト的側面があるとは思わなかった俺は、思わず声を上げてしまった。
どうにか弁明できないか必死に考えていると、ヨルは耐えかねたように破顔した。
「ぷっ、あはははは!ちょ、ごめん、冗談冗談。シン君がそんな人じゃないってことくらい知ってるよ」
ヨルがこんな風に笑っているのを見たことがなかった俺は、面食らって思わず硬直してしまった。くすっと笑うような笑顔も可愛かったが、こういう笑顔も可愛げがある。
「あれ、シン君?どったの?」
「え?ああ、いや、何でもない」
まさかヨルの笑顔に見惚れていただなんて言えるわけがないので、俺は適当にあしらった。
「そんなに真に受けちゃった?シン君って、ひねくれてるのに案外素直だね……もしや二重人格?」
「違うわ!つか、俺は別にひねくれてねぇし!」
「えー?それは無理あるよ、シン君。自分の課題くらいちゃんと知っておかないとこれから先が大変だよ〜?」
確かに多少はひねくれているかもしれないが、それを認めたら負ける気がしたので、俺は引き下がらずに反論した。
「ひねくれてる奴はもっとこう…変な…そう!素直じゃないだろ!少なくとも俺は、ヨルからの誘いに乗ってやったわけだし、その点を言えば素直だ!」
「いや、だから二重人格じゃないのって言ったんだけど…話聞いてた?」
「あー……半分くらい?」
「ここで全部聞いてたって言わず、正直に言っちゃうあたり、やっぱりひねくれてるけど素直だね、シン君は」
何だかヨルの中でまとまってしまったらしい。少々屈辱的ではあるが、話を聞いていなかった罰として甘んじて受け入れよう。
「くっ…不服だが、反論できない」
「はい、あたしの勝ちー。後でジュース奢りね」
「ぐぬぬ…不覚」
まるで中学生みたいな罰を受けることになってしまった。
「あはは、シン君はおもしろいね。君と会えてよかったよ。――あ、着いたね」
目の前にそびえる建物は眩しいくらいにサイケデリックな光を発しており、電光掲示板が一定の間隔で点滅している。
「なるほど…こう来たか」
「お、興味あるかな?ここがあたしのとっておきの場所。じゃじゃーん、ゲーセンだよ」
ゲームセンター。俺はこれまでの人生で、恐らく片手で数えられるほどしか行ったことがないだろう。
いつもは人が多すぎて、何だか居心地が悪いのだ。しかし、ここは夢の中。ヨルと俺以外の人間は居らず、存分に遊ぶことができるだろう。
「辛いこと忘れて、新鮮な気持ちで人生やってくためには、やっぱゲームでしょ!と言うわけで、早く行こ。この夜が明ける前にさ」
ヨルは店を見上げて呆けている俺の手を引き、店内へ入っていく。その手はありがちなフィクションとは違ってひんやりと冷たかったが、俺の気を取り直すには十分だった。
「うぉっとと…」
俺はタイルに躓きかけながらも、何とかついて行った。
ゲームセンターの中は外よりもファンシーにデザインされており、最近流行りの音楽も流れている。
クレーンゲームには著名なゲームやアニメキャラのフィギュアが置かれている。そこには、ヨルとよく似た見た目のキャラクターがいた。銀髪碧眼のロングヘアで、ダボダボのパーカーを着ている。ああ言うのがイマドキの流行りなのだろうか。
「あ、このキャラあたしに似てるー。ねぇ、シン君。チャレンジしてみようよ」
ヨルも同じものに目が行ったようで、ガラス張りの筐体に張り付いている。
「お、いいね。俺も丁度このキャラが気になってたとこなんだ――あ、俺は持ち合わせないんだけど、ヨルは?」
「ふっふっふ、そんなことだろうと思って、持ってきているのだよ!どう、このあたしのカンペキなリスクヘッジは!」
「おお!でかしたヨル!」
「でしょ?もっと褒めてもいいんだよ!」
ヨルは誇らしげに胸を張った。すると当然、程よい膨らみの胸がその存在を主張することになる。こうなってしまうのは自明の理だろうが、ヨルは気づいていないようだ。
こういうのは目のやり場に困るので、あわよくばもっとや…………あまりやるべきではないと思う。うん。
「はい、じゃあ千円分あげるからこれで取って」
ヨルは財布から百円玉を十枚取り出し、俺に差し出した。
俺はありがたくお金を受け取ったが、ヨルは俺にお金を渡すと、すぐに財布を仕舞ってしまった。ヨルはこの台をプレイする気はあまりないのだろうか。
「あれ、ヨルはやらなくていいのか?」
「あたしは後で別の台やるからダイジョーブ。それよりさ、早くやろうよ。さぁ、シン君のお手並み拝見といこう!」
こうも言われてしまっては予算内で頑張って取りたくなってしまうもので、俺は気を引き締めて百円玉を台に入れた。
筐体はポップで調子のいいBGMを鳴らし、方向を操作するボタンがチカチカと光る。
俺はフィギュアの場所までクレーンを動かし、降下ボタンを押した。
「ここだ!」
クレーンはフィギュアをガッシリと掴んだ…ように見えたが、すぐに元あった場所へ落ちてしまった。
「あーっ、落ちちゃった。惜しかったねぇ、シン君」
まあ、一度で取れるとはハナから思っていなかったので、俺はすぐにお金を追加投入した。
「まだ終わらないぞ!」
クレーンが再度動き出す。今度はさっきよりも箱の隙間を狙うように降下させるも、なかなかうまく行かない。俺は同じような取り方を何度か試したが、全て無に帰した。
「ぐぬぬ…最後の一回、これで決める!」
クレーンがゆっくりと落ちていき、ある程度下がったところで大きく開き、箱を掴む。
「いいぞ!行け!そのまま持っていくんだ!」
位置はほぼ完璧であった。しかし、力の足りないアームは受け取り口までフィギュアを運ぶことはできず、そのまま箱の側面を撫でるだけで終わった。
空気を受け取り口の真上で放すしたクレーンを前に、俺は打ちひしがれた。
「くっ、くそぉ!」
「あちゃー、ダメだったね。まぁ切り替えていこ。ドンマイドンマイ」
「うう……そうだ、ヨルも一回やってみてくれよ。もしかしたら取れるかもしれないし」
俺はヨルの腕前が少し気になり、そう提案した。これでもし取れれば御の字だし、あまり悪いことではないだろう。
「うーん…じゃあ、シン君がどうしてもって言うならやってあげてもいいよ?」
「まぁ、金を出すのはヨルだからな…どうしても、だ」
「ふふん、よかろう!シン君がそこまで言うんだったら一回だけチャレンジしたげる。これで取れなくても、文句言わないでよ?」
「いわねーよ……。まぁ、なんだ。ヨル、頑張れよ」
ヨルが百円玉を台に入れ、クレーンをちょうどよさそうな位置まで動かす。
「ふむ…だいたいこの辺かなーっと」
ヨルが降下ボタンを押すと、クレーンと箱の距離はどんどんと縮まっていく。
アームの爪は箱の隙間にうまく入り込み、ガッチリと固定される。
「あれ?これってもしかして…」
そのままクレーンは受け取り口の真上まで安定した動きでフィギュアを運び、何事もなく落とした。
「あらら…ホントにゲットできちゃった」
俺は喜べばいいのか悔しがればいいのか分からない複雑な感情になったが、取り敢えずヨルの健闘を称えることにした。
「すごいな、ヨル。十回やってもなかなか取れなかったのに、一回で取るだなんて。才能あるんじゃないか?」
「そうかな?うーん、別にクレーンゲームの才能はいらないかなぁ」
「いやいや、あると便利だろ。うまく使えばちょったした小遣い稼ぎくらい出来るんじゃないか?」
「別にお金に困ってないしいーや。それより…はい、あげる」
ヨルはフィギュアを取り出し、俺の前に差し出した。
「せっかく取ったのに、いいのか?」
「いーのいーの。別に飾る所もないし、シン君が持ってて」
「うーむ……まあ、ありがたく貰っておく。あ、今日の分のお金は明日ちゃんと返すから少しだけ待っててくれ」
「ああ、別にそれくらい良いのに……でも、ありがと」
お金の貸し借りは友情を破壊すると言うし、できれば返したかったので素直に受け取ってくれそうなのはありがたい。
そういえば、このフィギュアって現実には持っていけないんだろうか…。如何せんこの夢の現実味が凄すぎて、本当に持って帰れそうに感じている。
「うーん、このフィギュアって、持ち帰れないんだよな…少し残念だが、まあしょうがないか」
「フィギュアは家に置いておけばいいんじゃない?見られるのはこの世界だけでも、一応持ってるようなものだとは思うし」
「ああ、そうだな………ちょっと待て、今なんて言った?」
あまりにナチュラルに伝えられたので一瞬分からなかったが、なんだか唐突にこの世界に関する結構重要そうな情報が飛び出してきた。
「お家に持って帰れば?って言ったよ」
「家に持って帰って意味があるのか!?」
「あれ、まだ言ってなかったけ?――んとね、現実世界に影響があるわけじゃないんだけど、一応この世界の物ってお家に置いといたりできるの。まあ、あんまり意味はないんだけどね」
この世界で起きたことは現実に干渉せず、所詮は夢で起きたことにすぎない。
当たり前のことではあるが、この夢があまりにリアルだったから盲点だった。
この性質、色々活用することができそうだ。
例えば、現実の俺の自室には参考書やなんやらが山積みになっている訳だが、夢の中で参考書を全部取っ払ってマンガなどの娯楽を置けば、空間を二倍で使えたりするだろう。
俺がいろいろと妄想を膨らませていると、ヨルが口を開いた。
「そんなことよりさ、他の台も見てみようよ。あたし、ドラムの達人とかやりたいな」
「ん、そうだな。わざわざゲーセンまで来て、クレーンゲーム一つやるだけじゃ流石に物足りないしな」
俺はヨルとドラムの達人をやったり、他の台もプレイしたりして朝を迎えた。
3話目です!少なくとも三日坊主にならなくてよかったと思っていますが、四日坊主になる可能性は高いと思っているので気をつけたいです。




