二、僕の世界と境界線
症状が改善することはなかった。
誰にも言い出せないまま、ときどき訪れる“欠落”に、少しずつ慣れてしまっている自分がいた。
寝る前、枕元のメモ帳に日付を書くのが癖になった。
朝、目を覚ましたとき。
ちゃんと昨日の続きに立っているのか確認するためだ。
姉や妹に理由を聞かれるたび、適当な言い訳をして誤魔化し続けた。
小学六年生の夏休み前。
父親から突然、引っ越しを告げられた。
今思えば、県内の移動だった。
大人からすれば大した距離じゃない。正しい道を辿れば、子供の足でも自転車で四十分ほどの場所だ。
それでも、当時の僕にはあまりにも遠かった。
卒業まで一緒だと思っていた友達。
遊び慣れた公園。
駄菓子屋までの道。
そういう“自分の居場所”が、ある日突然、全部切り離されてしまった。
しかも僕には、その変化に抵抗する勇気すらなかった。
記憶が欠けることを抱えたまま、見ず知らずの土地へ放り出される。
あの頃の僕は、それを「転校」じゃなく、「追放」に近いものだと思っていた。
もう半分、自暴自棄になっていたのかもしれない。
六年生の途中で突然断ち切られたものが、ひどく大切に思えた。
だからこそ、新しい場所で築く“たった半年”の人間関係に、価値を見出せなかった。
どうせまた、失う気がしていた。




