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『未完成の英雄』と『未詳の青年』  作者: むぎ茶
第一章 偽りの平和
7/10

第6.5話 カノンの憂鬱(1)

この6.5話は、カノン視点でのプチ話、外伝的なものとなっています!


カノンから見た、未詳の青年:ハクとはどういう人物なのか、この話で読み解いていただけると幸いです。




私はカノン。


今はハクと簡素な晩飯を済ませ、テントの中で休息をとっている。


ハクは魔物の見張り役として、焚き火の横に座っているはず。

……もっとも、彼に魔物が倒せるわけもないから、彼に期待してるのは、叫んで危険を知らせる役割だけね。


とはいえ、ここはルミナリア付近の『聖域の外縁』。魔物の数は落ち着いているから、そこまで心配はしていないけど。


私は、次の見張り役の交代まで仮眠をとろうとしたけれど、どうにも寝付きが悪く、まどろみの中で意識が揺れる。


焚き火の音だけが響く静寂の中、私はふと、これまでの歩みを思い返していた。


「……人生って、本当に分からないものね」


私はオルジン国で生まれ、英雄の妹として育った。


『英雄の妹』


その言葉は私にとって最大の誇りであり、同時に逃れられない呪いでもあった。


私はお姉ちゃんを心から尊敬していた。

魔王を倒す英雄として輝く姉は、強くて、優しくて、誰よりも気高くて。


みんなの憧れの的である彼女の妹に、周囲が過剰な期待を寄せるのは、至極当然のことだった。けれど、私にはお姉ちゃんのような才能はなかった。彼女のような強さも、包み込むような優しさも。


『英雄の妹』という重圧プレッシャーに何度も押し潰されそうになった。


それでも諦めず、地面を這いずりながらも努力し続けた。ただ、憧れの背中に一歩でも近づきたかったから。


それなのに────。


二週間前のあの日、私を照らしていた太陽()は墜ちた。

あの無敵の姉ですら勝てない絶望があることを知り、私の世界は真っ暗になった。


そして同時に、出逢いがあった。

死にゆく姉を抱きかかえていた男、ハクとの出会い。


血に染まった手、白紙の記憶。挙句の果てには、初対面の私の名前を知っていると言い出した。


怪しさしか感じられないその男は、絶望の淵に立たされていた私にこう告げたのだ。


「俺が、君を『英雄』へと導く!」


あの時は、何一つ理解できなかった。

英雄? この男は何を言っているの?

素性も知らない不審者が、私を導くなんて。

それに、私なんかが英雄になるなんて、不可能なことに決まっている。

そう、不可能。それなのに、それなのに───


彼の純黒の瞳には、一切の曇りがなかった。


似ている──そう、思ってしまった。

太陽のように輝き、揺るぎない自信に満ちた瞳を持っていた姉に。

この瞳を持つ者を、私はお姉ちゃん以外に見たことがなかった。


こうして、一悶着も二悶着もあったけれど……、気づけば私は、ハクと共に冒険という道を選んでいた。


正直、自分でもなぜ彼を信じようとしたのか、正確には分からない。


確かに、ハクの特殊能力は『姉の記憶を引き出すこと』。姉を殺した犯人を見つけるためには、これ以上ない唯一無二の能力。それにトライアさんの、対象の真偽を見破る特殊能力『正義の天秤』でも、彼は姉を殺してないと分かった。


けれど、決してそれだけで判断したわけじゃない……と、私は思う。うまく説明はできないけれど。


というわけで、紆余曲折を経て始まったハクとの冒険。この二週間、行動を共にする中で分かったことがあるわ。


そう、彼は──致命的に『デリカシー』が欠如していることよ。


本当に、最近の私の苦労を聞いてほしい。

野営の毎日、テントは私とハクで二つ用意してある。それなのに、あの男は当たり前のような顔をして、私のテントに侵入してくるの!


「魔物も来なくて暇です、何かおもろい話ない?」


「どもども、突然だけど怪談って知ってる?俺も人とやってみたくてさ〜、やってみん?」


そんな風に、ズカズカと悪気もなく入り込んでは、当たり前のように居座る。

雑談や手遊びならまだしも、先日は『化学』とかいう、わけの分からない小難しい学問の話を永遠と聞かされたわ……。


それも、私が寝つきが悪い日に限って飄々とやってくるからタチが悪い。


最近、目を閉じれば、お姉ちゃんが死んだあの日の光景が蘇る。一人になると、これから先の不安や恐怖が波のように押し寄せてくるの。


そんな泣きたくなるような日にハクは必ず来る。一人にしてって言ってもアイツ言うこと聞かないし……。


本当に、能天気な変人なのよね。

勝手に入って、勝手に話して、私が怒っても飄々と受け流して。


私と言い合いになることもあったっけ。·····あれ?でも、いつも最後は────


ふと、私はある事実に気づく。


「私、いつも、いつまにか寝ちゃってる·····?」


ハクの能天気に付き合わされ、彼がやっとテントから出ていった後、私の心には不安や悲しみといった陰は綺麗に消え去っていた。


·····もしかして、ハクはわざと────


その時、テントの静寂を引き裂くような、陽気な声が響く。


「なぁなぁ!木の傍にこの青いキノコあったんだけど、これ食ってみない??」


「食うわけないでしょ!?てかいつもいつも勝手に入ってこないで!この記憶デタラメ変態!」


「なんか、変人から変態に格上げされてません?」


「気のせいよ」


「ん·····なら気のせいかぁ、とはならんでしょ?!」


やっぱり、私の考えすぎね、と私は目の前で大袈裟に訴えるハクを横目に、そっと結論を出した。


(はぁ、また、いつもの馬鹿話が始まるのね)


その瞬間、私の口角がほんの少し上がったことを、この時の私は気づいていなかった。












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