第5話 門出
目的地が決まってからの二日間、俺たちは冒険に出る準備を整えた。
聖教国『ルミナリア』までは、徒歩で二週間ほどの距離だという。
道は整備されているとはいえ完全な舗装路ではなく、時として魔物や魔獣が姿を現すこともあるのだとか。
そのため、必要な装備や食料、そして旅費の工面はすべてトライアさんが引き受けてくれた。何から何までお世話になりっぱなしだが、今の俺たちに返せる礼など何もない。
「本当にいいんですか? ここまで協力してもらって」
「ははは! 何、こんなものは私にとってははした金にすぎない。遠慮はいらない
さ」
「はは……さすが、あの大屋敷を所有しているだけのことはありますね」
カノンは元々自前の装備を持っていたため、俺のための剣と装備一式、そして二人分の食料と硬貨が支給された。
「さて、出発は明日の朝だな。今日はこの屋敷で存分に英気を養ってくれ」
「「ありがとうございます」」
深々と頭を下げ、俺たちはこの屋敷で過ごす最後の一夜を迎える。
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こうして、旅立ち前日の夜。
俺たちはこの国で最後となる晩飯を囲んでいた。トライアさんは仕事で席を外しており、テーブルには俺とカノンの二人だけだ。
「いやぁ……この豪華な飯も最後か。泣いちゃう」
「はいはい、泣くなり勝手にしてください」
「冷たいくない!?別の意味で泣きそう」
俺はカノンの素っ気ない態度に、大げさに苦悶の表情を浮かべてみせる。
「……そういえば、アンタって名前ないわよね?」
「ん、名前? 多分あるんだろうけど、覚えてないから無いのと同じだね。でも、急にどうした?」
「アンタに名前がないと、これからの冒険で連携に支障が出るかもしれないって思っただけよ」
「それもそうか。そんじゃ、カノンが俺に名前をつけてくれよ」
「えっ、なんで私が……」
カノンは嫌そうな目で俺を睨む。
「自分で名乗るのは、なんか違うくない?」
「私がつけたら、『記憶デタラメ黒髪変人自殺願望持ちストーカー』になるわよ?」
「逆に連携が崩壊するわ! やめてください。意味なんてなくていいから、適当でいいからさ」
「我儘ね……。んー、名前、名前……」
カノンは腕を組み、椅子にもたれながら天井を眺める。
「──ハク。これなら文句ないでしょ」
「ハク、か。理由は?」
「単純よ。能力を使うときにアンタの瞳が白くなるから。それに、自分の記憶が何もない『白紙』の状態だから。それだけ」
「へぇ……。嫌そうだったわりに、案外ちゃんと考えてくれたんだな」
「うっさい! 文句があるなら、もう代案は出さないわよ」
「文句なんて言ってないって。……ありがとう、嬉しいよ」
ハク。これが、これからの俺の名前。
これ以上ない、俺にぴったりの名前だと感じた。
「あ、そう……それならいいんだけど。アンタが急に真面目な顔して感謝すると、ちょっとキモいかも」
「俺、感謝するだけでキモがられるの!?」
そんな軽口を叩き合ううちに、月光に照らされた夜は更けていった。
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──翌朝
俺たちは支度を整え、トライアさんに同行して国門まで向かった。
今までも準備で街中を散策したことはあるが、今日も街を歩く人々の表情は暗い。
太陽は降り注ぎ、春のような暖かさと対照的に酷く冷めた空気。
世界の脅威である魔王が討伐されたのにも関わらずにだ。
ただ、理由は無知な俺でも分かる。
この国の希望『英雄』アリアが謎の死を遂げたからだ。
魔王がいなくなっても、アリアの死去のためお祝いムードにはならないのだろう。
…話は少し変わるが、前日、俺は聞きたいことがあったので、カノンには内緒でトライアさんを訪れていた。
なぜカノンは連れてこなかったのは、内容が内容だったからだ。
その内容とは、アリアさんの死体について。
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「彼女の死体には、魔力を帯びた外傷がなかった」
「魔力を帯びた?」
「あぁ、魔法や魔力を介した攻撃を食らえば、必ず傷口に魔力痕が残るんだ」
「なるほど、ということはアリアさんは魔力を介さない攻撃によって殺された可能性があると?」
「そうだが…、あの彼女が魔力を介さない物理攻撃にやられる人物とは思えないんだ。それにあれほどの身体損傷、ただの物理攻撃に可能なのか…」
確かに、あのとき見たアリアさんの損傷具合は見るに堪えないものだった。
もし、魔王が負わせた傷ではないと仮定しても、彼女を殺すことができる者なんて、それこそ魔王以上の存在だ。
「そいつと、最終的にぶつかる可能性があると、」
勝てるだろうか、と弱気な疑問が脳裏を過ぎる。
俺には、アリアさんやカノンのような強大な力なんてない。
戦闘能力だけで見ればただの一般人レベルだろう。
「…いや、違う。俺には俺の役割がある」
特殊能力『英雄の導』、その記憶を元に最適解を導き出す。
俺の役割は思考すること、武力はカノンに任せればいい。
俺の決意は固まった。
「ほう、いつになく真剣な顔だな。君は真面目なのか陽気者なのかどっちなんだ?」
「さーね、俺のことは俺でも分かんないです」
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「なに考え込んだ顔して、まさか怖いの?」
カノンはからかうように俺の顔を覗き込む。
ただその笑みの瞳の奥には、明らかな不安の渦が巻いていた。
「いーや違うとも、少し情報の整理をね。それに怖がってるのはカノンだろ?無理に調子よく見せる必要ない」
「なっ…、なんでわかんのよ…」
「それは俺だからかな~」
俺は子供をあやすように、カノンの透き通る橙髪を撫でる。
「理由になってない!それに子供扱いしないでっ!」
カノンの手が俺の手を強引に払いのける。
「あはは、ごめんごめん」
そうこうケンカしているうちに、厳かにそびえ立つ国門前まで来ていた。
そして、トライアさんに続く形で国門にある関所を通過した。
「すまないが、私の見送りはここまでだ。本当はルミナリアまで同行したかったのだがな」
「いやいやいいですよ!私たちの準備から出発まで協力してもらったんですし」
「そうですよトライアさん。働き過ぎたらお肌に響きますよ?」
「お言葉に感謝する、ただそこの変人は次帰ってきたときが楽しみだな」
「あはは…冗談ですよ、トライアさんには感謝しかないです」
本当に、あの時来たのがトライアさんじゃなかったら、今の俺はいないだろう。
「ちょっとアンタね…別れの時になんて無礼な」
「別れじゃない、また帰って会えばいいだろ?それに俺はアンタじゃなくて『ハク』だ」
「ほう、ハク、君にも名前ができたのか、いい名前じゃないか」
「そうでしょ!、カノンがつけてくれたんですよ」
「それは良かった。それにカノン。ハクの言う通り最後の別れではない。また冒険から帰ってきたら、二人の冒険談を存分に聞かせてくれ」
「「はい!」」
そう、これが最後ではない。
またトライアさんに会えばいいんだから。
「では、健闘を祈る!達者でなっ!」
トライアさんはそう言って、初めの尋問官としての値踏みするような目でなく、一人の門出を祝う友人のような目で俺たちを見た。
その目は、不安や悲しみなど一切無い、信頼の眼差しだった。
「任せてくださいよ!」
「トライアさんもお元気で!」
俺たちは挨拶を済まし、門の前に立つトライアさんに手を振りながら街道を歩く。
そして、トライアさんの姿が見えなくなり、俺たちは前を向いた。
「さて、いきますか」
俺の言葉を合図に、二人の靴音が石畳を叩いた。
「うん。この先、どんな苦難が待っていても、私は絶対に諦めない」
「…あぁ、そうだな」
隣を歩く彼女の横顔に、もう迷いはなかった。
眩しい朝日の先、俺たちはまだ見ぬ世界へと一歩を踏み出した。
───序章『二人の始まり』 完
一話〜五話の序章:『二人の始まり』が完結いたしました!
いよいよ、次話から本話である第一章『偽りの平和』が始まります。
序章を読んで少しでも興味を持った方がいたら、続きも読んでくださると感無量です…。
次回は『奇妙な連携』です!お楽しみに〜




