第4話 記憶と決意
トライアさんは仕事があるとのことで、俺とカノンを残して一足先に屋敷を後にした。
この屋敷は彼女の親の所有物らしいく、家柄の良さが伺える。
俺は一応「客人」扱いということで、目立った行動以外なら屋敷内の移動は自由だそうだ。
とはいえ、今はやることもないので、俺たちは客室でのんびりすることに。
「さて、これからどうするかだな」
木製の椅子に腰掛け、俺は正面で思案するカノンに問いかける。
「…私は、お姉ちゃんを殺した奴を突き止めるために冒険に出る」
彼女の唇からこぼれ落ちたその言葉は、客室の穏やかな空気をナイフのように切り裂いた。
「復讐か?」
「そう」
彼女は短く、岩のように重い頷きを返した。
『復讐』。この愛らしい少女には似つかわしくない言葉だ。外見は十六歳かそれ以下。その若さで、彼女は憎悪を背負うと決めていた。
「私を導くって言ってたよね、それは私の復讐に巻き込むことになるけど…」
彼女は視線を下ろし、申し訳なそさうに言葉を濁す。
「俺としては、カノンが復讐をするなら俺もそれに協力するつもり」
「それはありがたい、けどアンタは復讐に加わる必要は無いわ。お姉ちゃんと関わりがあったわけでもないのでしょ?」
「記憶にないから無いと断言はできないけど。だけど、俺はカノンのねえちゃん:アリアさんに頼まれたんだ、君を導いてって。だから、カノンがどんな理由で冒険に行こうが、俺はついて行く」
「それはアンタに危険が及ぶ可能性があるのよ?それになんで、アンタは見ず知らずの人からの頼みを受け入れられるの…?アンタにそれをする義理なんて──」
「ないな、けどやらなきゃいけない気がするんだ」
気がつけば、俺は自分の胸元を強く握りしめていた。そこには何もないはずなのに、アリアさんに託された『何か』が、心臓の鼓動と一緒に脈打っているような気がして。
彼女の冒険はおそらく過酷を極める。ラスボスが『英雄殺し』の凶敵、それに正体すらも分かっていない状況だ。
だから、彼女なりに俺を気遣ってるのだろう。他人を危険すぎる冒険に巻き込みたくないと。
「…ってそれ以外に理由はない!頼まれたからやる、それだけ。それに俺の特殊能力は『英雄の導』、権能は仮説だけど『英雄:アリアの記憶に利用すること』。つまり、アリアさんを殺した犯人の記憶もあるかもしれない」
「…!」
カノンの瞳に、微かな『希望』の光が灯る。
「加えて、俺は死んでも戸籍もないし家族も友人もいないから問題なし。こんな適正人材他にいないと思うけどな~。それでも俺を一緒に連れて行ってくれない?」
「…それ、自分で言ってて悲しくないの?」
「もち、事実ですから」
カノンは自分の心配は杞憂だったと、あきれた表情で息を吐く。
「はぁ、分かった。好きについてきなさいよ、この記憶デタラメ黒髪変人自殺願望持ちストーカー」
「なんか前より悪意増してません?!」
「ふふ、気のせいよ」
窓から差し込む夕日が、彼女の橙色の髪を透かしている。
ほんの一瞬だけ見えた、幼い少女のような微笑み。
微笑だが、彼女が笑うのを見たのは初めてだった。
まぁ実際、カノンについていかないと、トライアさんの脛をかじり続けるorこの国で放浪するしかなくなるから、この選択肢しかないんだけどね。
「…私を導いてくれるよね」
今までと違って、弱々しいカノンの声色に本当の彼女を感じた。
「あぁ、君を『英雄』に導く!絶対にね」
俺はその弱音を弾き飛ばすように、そう高らかに宣言した。
特殊能力『英雄の導』、そして部分的に残っている俺の知識を使って
──「彼女を導く」のだと。
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こうして二人で冒険に出ることが決まったが、一つ重大な問題が上がった。
それは、「初めの行き先」である。
「冒険と言っても、何も手かがりが無いからどうしたものか」
「その手がかりを見つけるのがアンタの役割なんじゃないの…」
「たしかにー」
さて、二回目の情報整理といこう。
俺は床に座り込む。
現在、『英雄殺し』の手がかりとなるのは『英雄の導』の記憶だけ。
ただ、犯人の手がかりの記憶の出し方は不明。
俺の存在しない記憶として、ここはオルジン王国:英雄が生まれ、英雄が死んだ地であることは分かっているが、周辺国家や地理などは全くの無知だ。
となると、必然的に冒険の進路は、『英雄:アリア』が進んだ道を辿るのが最適解だろう。理由は簡単、『記憶』の発生条件は、仮説だが、英雄が見た何らかの対象を俺が見ることだからだ。
英雄の道を辿れば自ずとその対象にも出会うはず。
思考時間:二秒。
「…アリアさんが魔王討伐に向かった時の、初め目的地って分かるか?」
「目的地?えっと…確か、この国の北にある『聖教国ルミナリア』だったはず。それがどうしたの?」
聖教国ルミナリア…
───!
その言葉が鼓膜を揺らした刹那、脳内にノイズが走る。
視界が強制的に上書きされ、俺の意識は湿り気を帯びた薄暗い部屋へと引きずり込まれた。
アリアの『記憶』だ。
視線の先に、分厚い本を片手に佇むのは、一人の小柄の女性。
顔は霧のような白のモヤに遮られハッキリとは見えないが、彼女は特徴的な長い耳をしていた。
(エルフ…?)
俺の曖昧な記憶の中にある一つの単語が浮かび上がる。
そして、霧の向こう側から鈴を転がすような、けれどどこか世捨て人のような枯れた声が響いた。
『──我は、ルミナス。ただの書守じゃ』
その彼女の言葉を最後に記憶は終了した。
「──急に黙りこくって、どうしたの?」
突然、意識がどこか遠くへ飛んだ俺を、カノンが不思議そうに見つめる。
「あ、あぁ、ごめん。記憶が流れてきた」
「え、どんなの?」
「ルミナスっていう女性との記憶だった」
ルミナス、その女性は自身を書守と言った。
書守という言葉は分からないが、そういう職業なのだろうか。
それに、ただ聖教国ルミナリアという言葉を聞いただけで記憶が流れてきたのが謎だ。仮説の『対象を見ること』は間違っていたのか?
「ルミナス…、その名前は知らないかも」
「なるほど。…カノン、確認だけど俺の左目って白くなってた?」
「うん、バッチシ」
やはり『英雄の導』は発動している。
あの仮説は否定されたが、それ以上に有益な情報は得られた。
謎の女性:ルミナス、この人に会うのが初めの目標だろう。
聖教国ルミナリアという単語に能力は反応した、つまり、その人物はルミナリアにいるってことだ。
「…よしっ!初めの目標は決まった!聖教国ルミナリアに行って、ルミナスっていう女性に会う!OK?」
「えっ、ちょちょっと!勝手に考えて勝手に決めないでよ!」
「いいからいいから、アリアさんの記憶にはこのルミナスって人が映っていた。つまり、この人に会えば何か犯人の情報が手に入るかもしれない」
「…そういうことね、宣言する前にそれを言ってよ」
「善処します、で返事はオーケー?」
俺の「合意してくれ」という無言の圧に、カノンはたじろぎながら身を引く。
「う、うん、おーけー、?これでいいの、?」
「そうバッチシ!」
こうして、俺たちは初めの行き先を『聖教国ルミナリア』に決めた。
記憶にいた女性、ルミナスに会うために。
初めの目的地を聖教国ルミナリアに決めた二人は、冒険に向けて準備を整えていく。
次回は『門出』です!お楽しみに〜!




