第20話 矛盾する意思
やっと10話まで書けた〜と思ってたら、気が付けば20話ですよ、早い!
沢山の方に拙作を読んでいただき本当に感謝しかないです!第一章もいよいよ最終局面へと入っていきますので、引き続き応援のほどよろしくお願いします!
ハクたちを書室から追い出して、すでに二時間が経過していた。ルミナスは一人、静寂に包まれた書室の椅子に深くもたれかかる。
「……なぁアリア。我は、どうすればよいのじゃ」
答えなど返ってこないことは、分かりきっていた。アリアは、もうとうに死んでしまったのだから。
ルミナスにとってアリアは、数少ない、互いに心を許し合える本当の友人だった。
だが、今回もその希望は無惨に潰えた。これで、一体何回目だろうか。ルミナスは心の中で嘆く。何十回? 何百回? ──いや、下手をすれば何千回かもしれない。
ルミナスは、自身でとうに悟っていた。
我の『心』は、もうとっくに限界なのだと。
これ以上の絶望を突きつけられれば、今度こそ自分が自分でなくなってしまう。
だからこそ、あの二人という新たな希望が怖かった。またしても、自分の目の前で無慈悲に壊されてしまうのではないかと。
もう、失敗は許されない。
───トントントン。
その時、静寂を引き裂くように書室の扉が叩かれた。
現れたのは、見飽きた緑髪の青年。そして、彼の後に続くようにして、ハクとカノンが迷いのない足取りで入ってきた。
(あのガキめ……。あの二人に、余計なことを吹き込んだに違いないわ……)
迷惑極まりない、とルミナスは内心で舌打ちする。
リュイという男は、生粋の世話焼きだ。
外に出られないルミナスの元に、律儀にも週に一度の頻度で訪れては、食料や飲料を届けに来る。そもそもエルフは長命種であり、食料など三ヶ月に一度摂れば事足りるのだ。飲料に至っては、魔法で水を出せば何の問題も無い。
それなのに、あの世話焼きは、何百年もの間、一度も欠かすことなく週一でここを訪れる。お人好しにも程がある。ルミナスはもはや呆れを通り越し、畏怖すら感じていた。
「……ルミナスさん。僕は、お二人に全てを託しました」
「……」
ルミナスは何も答えず、ただ冷ややかな視線を送る。
「最後にもう一度だけ、二人を信じてみませんか……?」
「………」
「───僕は! これからもばぁちゃんが苦しむ姿を、もう見たくはないんです!!」
「……っ!」
リュイの悲痛な叫びが、頑丈な書室の壁に木霊する。ルミナスの黄金の瞳が大きく見開いていた。
「傲慢で、面倒くさがりで、でも本当は優しくて。新しいことには目がなくて、自分の探求心のままに生きていた……あの頃の輝いていたばぁちゃんを、僕はもう一度見たいんだ……!!」
「わ……我は……」
「私たちが、お姉ちゃんの意志を必ず継ぎます」
カノンの濁りのない決意の言葉が、ルミナスの胸に突き刺さる。
ルミナスの心は、今までにないほど激しく揺れ動いていた。希望に縋りたい自分と希望が壊されるのを恐れる自分。何百年かけて神に植え付けられた、矛盾する二つの意志が、彼女の内で悲鳴を上げて衝突する。
「……ま、それはそれとしてさ。俺も新しいこととか、誰もやったことがない難問って大好きなんだよね。──アンタと同じで」
重苦しい沈黙を切り裂いたのは、ハクの、驚くほど場違いで不敵な声だった。
「……何が言いたいのじゃ」
ルミナスが怪訝そうに目を細める。
ハクは悪びれもせず、むしろ楽しそうに口元を釣り上げてみせた。
「解くんだよ、これから。神様だか何だか知らないけど、そいつが作った『六百年間誰も解けなかった最悪の結界』をさ。──なぁルミナス。 解き明かした瞬間、最高に気持ちいいと思うぜ?」
「っ……貴様……!」
ルミナスは息を呑んだ。全身の血が呼応するように熱くなるのを感じてしまった。
ハクの瞳に宿る不敵な光──それは、かつて純粋な探究心だけで魔法を追い求めていた、若き日の自分と同じ輝きだった。
何百年も自分を縛り付けた地獄の膠着状態を、ただの『解くべき難問』と言い切ったのだ、この人間は。
その瞬間、ルミナスの脳裏に、かつて純粋な探究心だけで魔法を追い求めていた若き日の記憶が、鮮烈な濁流となって蘇る。そうだ、我が愛した魔法は未知を暴き、不可能を可能にするための、至高の知性だ。ハクの瞳に宿る不敵な光は、恐怖で色褪せていたルミナスのプライドを、これ以上ないほど激しく挑発していた。
「……ふっ、くくっ」
張り詰めた静寂の中、ルミナスの口から漏れたのは、小さな失笑だった。
それは自嘲ではない。心の奥底で凍りついていた『魔女の情熱』が、今、完全に融け落ちた音だった。
「あはははは!」
ルミナスは、何百年ぶりか分からない大笑いを書室に響かせた。涙が出るほど可笑しかった。目の前の傲慢な青年に、そして何より、書室で縮こまっていた己の矮小さに。
「……そうじゃったな、忘れておったわ。解けない問題を解き明かす瞬間の、あの脳が焼けるような極上の興奮を。──何故、我が絶望ごときに怯えておるのじゃ! そんなものは、我が知性で、我らの意志で、完膚なきまでにねじ伏せれば良いだけのこと!」
ルミナスは椅子から勢いよく立ち上がった。その黄金の瞳には、怯えなど微塵もない。かつて世界を震撼させた、絶対的な強者の輝きが完全に宿っていた。
リュイを見つめる彼女の目は、いつもの傲慢で、だけど最高にカッコいい『ばぁちゃん』のそれに戻っている。
「小僧。いや、ハクよ。貴様の言う通り、その不遜たる結界とやら、我らの手で跡形もなく解き明かしてやろうぞ!」
「あぁ。そうと決まれば────『エルフ救出大作戦』の作戦会議へと洒落込もうか!」
次回第21話『作戦会議』です!
お楽しみに〜




