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第19話 希望という名の毒

旧ルミナリアに平和をもたらした名君は、万雷の喝采と惜しみない祝杯に送られ、その座を降りた。そして、次期国王として王座に就いたのは、前王の息子ラクレスだった。名君の血を引く若き王に、国民からの期待は否応なしに高まっていった。


しかし、彼は稀代の暴君だった。


ラクレスは、旧ルミナリア繁栄の礎であったエルフと共同で創り出した結界を私物化し、あろうことか他国への『侵略』のために使い始めたのだ。

その結界は魔族を退けるだけでなく、人間の侵入をも拒む特性を持っていた。つまり旧ルミナリアは、いかなる外敵の攻撃も届かない『不落の要塞』と化したのである。


力と強欲に溺れたラクレスは、周辺国家への侵攻と併合を繰り返し、世界中に凄惨な戦火を撒き散らした。


息子の暴挙を、父である前王が黙って見過ごすはずもなかった。しかし、ラクレスを止めようとした父親を待っていたのは、実の息子による『死』であった。


彼は王である自分の政策に異を唱える者を、たとえ肉親であろうと徹底的に粛正した。


もはや、彼を止める者は誰もいなくなってしまった。


そんなある日のこと。

彼はエルフたちに対し、残酷な宣告を突きつけた。


「余はな、この結界の仕組み(システム)に強い疑問を感じているのだ。なぜ、偉大なる王である余までもが魔力の徴収対象なのだ? なぜ、魔力の乏しい脆弱な国民にまでその責務を押し付ける?」


彼は鼻で笑い、不快そうに目を細める。


「貴様らエルフは、持て余すほどの魔力をその身に宿しているではないか。ならば、すべて貴様らが負担するのが道理というもの。……違うか?」


その言葉には理屈などありはしない。あるのは、剥き出しの傲慢のみ。当然、誇り高きエルフ族、ましてその長であるルミナスが、このような馬鹿げた命令に屈するはずもなかった。


交渉は決裂した。

その後に待ち受けていたのは、人間とエルフによる凄惨な大戦争──。

周辺国家を呑み込み、急速に軍事力を膨張させた旧ルミナリアは、わずか三百人程度の小さなエルフ村に対し、三十万もの大軍を送り出したのだ。


圧倒的な数の暴力。

たとえ個の力が最上位種であるエルフといえど、一千倍という絶望的な兵力差は、あまりに残酷な現実となって彼らにのしかかった。


時間が経つにつれて、一人、また一人とエルフの影が消えていく。その凄惨な光景を前に、ルミナスの怒りはついに沸点へと達した。


彼女は日々制限していた魔力を、一気に解放した。

直後、戦場に顕現したのは、天を貫くほど巨大で、七色に輝く極大魔法。


その美しくも残酷な輝きは、一瞬にして全兵力の三分の二──二十万人もの命を無慈悲に刈り取った。


さらに、ルミナスはこの国の結界の創造者でもある。

旧ルミナリアを覆う不落の守護を無効化することなど、彼女にとっては造作もないことだった。


彼女が指先一つで結界を霧散させると、守りを失った王都は瞬く間に彼女の業火に包まれ、地獄のような火の海へと姿を変えた。


地獄と化した旧ルミナリアの上空に、突如純白の閃光が舞い落ちる。そこに佇むのは、無機質な白の瞳と長髪を携えた、生物の理を逸脱したかのような美貌をもつ女性。


神:ルミナリアだった。


神の力は絶大だった。理性を失い、破壊の化身として暴走するルミナスを、神は純白の輝きで包み込み、一瞬にして無力化する。


抗う術もなく神の前に倒れ伏したルミナス。

その視線の先、同胞エルフたちの屍が山を成す惨状の中に、一人の少女が立っていた。それはかつて、共に結界造りに心血を注いだ、ルミナスの数少ない親友とも呼べる存在───ルナだった。


ルミナスが残った僅かな力を振り絞りルナに呼びかけるも、血に染まった彼女の表情は一切変わらない。


仲間が殺され、親友にも裏切られたルミナスには生きる希望など既に無く、神の前で地に伏すことしかできなかった。









「───こうして、僕たちは敗北しました。過半数のエルフが戦死し、生き残った子供や年配者は、結界維持の動力源として拉致されたのです。そして、ルミナスさんはルミナリアによって……あの書室に」


「それが、闇に葬られた本当の歴史だったんだな」


「えぇ、エルフには何一つ罪はなかったのね」


カノンの声には、隠しきれない憤りが混じっていた。


「……ていうかリュイ。あんたはどうやって生き延びたんだ? あの状況で逃げ場なんてなかっただろ?」


「僕は、当時から『変幻魔法』を扱えました。それで、ルミナスさんに命じられたんです。『人間に偽装して必ず生き延びよ』と。あの時、僕はまだ子供で、何一つ力になれなかったので…」


リュイは悔しげに拳を握りしめる。

その小さな震えに、カノンが静かに言葉を添えた。


「それは違うわ。この『真実』を、生きて今日まで繋いでくれた。それだけで大金星よ」


「……そう言っていただけると、救われる思いです」


さて、ルミナスの『濡れ衣』についても把握した。だが、一点だけ、俺の思考に引っかかる疑問があった。


「少し疑問なんだけど、なぜルミナリアは、わざわざ彼女を出入り可能な書室に閉じ込めたんだ? エルフを人質に取るのは確かに有効だけど、いつ復讐に来るか分からない爆弾を、完全に封じ込めないのは不自然じゃないか?」


ルミナリアはルミナスを圧倒するほどの力を持っている。そんな彼女にとって、ルミナスを閉じ込めるなど造作もないだろう。


「……ハクさんは、エルフたちが捕らえられた研究所と、あの書室が繋がっていたことに違和感を覚えませんでしたか?」


リュイの静かな問いに、俺の脳裏でバラバラだったピースが一気に噛み合った。


「違和感って────っ、!! そういうことか!」


確かに、なぜ気がつかなかったんだ。

ルミナスは拉致された同胞を何よりも案じている。そんな彼女を、こともあろうに研究所と繋がる書室へ封じ込めるのは、あまりに不自然じゃないか。


それに、俺を襲撃したあのルミナリアの行動だ。

彼女は俺に対し、探していたルミナスの情報を惜しげもなく与えてくれた。俺たちにとっては願ってもないメリットであり、おかげでこうしてルミナスに会うことができたわけだが……。


ルミナリアは俺に、ハクという存在がルミナスにとっての希望どくになると言っていた。


……もし、その『慈悲』さえもが、神の意図に孕んだものだとしたら?


エルフをいつでも助けに行ける場所にルミナスを縛り付け、それでいて『結界を破れない』という絶対的な無力さを突きつける。外へ逃げることは可能だが、それは同胞であるエルフたちを見殺しにすることに等しい。


ルミナリアは、ルミナスが『逃げることも、救い出すこともできない』という、地獄のような膠着状態をあえて作り出したんだ。


つまり、ここから推測できることは────。


「そういうことって、どういうことよ! 早く教えなさいよ」


「ルミナリアは、ルミナスの『心』を確実に壊そうとしているんだ」


「心を……?」


「はい……」


リュイが沈痛な面持ちで頷く。


「救えるかもしれないという希望を目に見える場所に置き続け、その目の前で一つずつ、無慈悲に壊していく。それを何百年も繰り返されたことで……ルミナスさんにとって、希望は信じるに値しない『毒』へと変わってしまったのです」


「……アリアさんという希望も、結局失敗に終わった。だから、今回現れた『俺たち』という希望でさえ、彼女は恐れているってわけか」


「また、目の前で希望が崩れていく様を見たくないから……」


カノンの声が震える。


ようやく理解できた。ルミナリアがわざわざ俺たちをルミナスの元へ導いた理由が。

あいつは、俺たちという新しい『希望』をルミナスに与え、それをまたルミナスの前で粉々に打ち砕いて見せるつもりなんだ。


ただ、ルミナリアがそこまでして、執拗にルミナスを陥れようとする理由は、依然として霧の中にあった。


「────ねぇ、ハク」


「はぁ……。次におまえが何を言うか、手に取るように分かる。カノン、今回の敵は神ルミナリアだ。それは分かってるか?」


「百も承知よ。それでも……私はルミナスさんを救いたいの」


カノンはまっすぐな眼差しで、俺に人差し指を突きつける。


「だから、ハク。私を『導きなさい』! 私たちが、ルミナスさんの本当の『希望』になるために!」


信念を貫く彼女らしい言葉だった。


まぁ、カノンならそう言うと踏んで、()()()は済んでいるのだけどね。


「あぁ、俺に任せとけ」


重なり合う視線の先、俺たちの意志は一つに固まった。


「さて、それじゃあルミナスの元へ向かおうか。リュイ、今の彼女を説得するには、長年彼女の側にいたあんたの言葉が必要だ。……来てくれるか?」


「えぇ……もちろんです!」


こうして、俺たちはルミナスの待つ書室へと走り出した。彼女の心を蝕む猛毒を、今度こそ本物の奇跡に書き換えるために。









はたして、ハクたちは希望を恐れるルミナスを説得することは出来るのか??


次回第20話『矛盾する意志』です!

お楽しみに〜

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