第18話 魔女の史実
俺たちはルミナスの書室を追い出され、しぶしぶ元来た道を引き返していた。
「何なんだよアイツ! 助けてもらう側とは思えないほど傲慢だし、約束は守らねーし…」
「……きっと、何か理由があるんじゃない? 最後の言葉に、何か迷いが見えたから」
「迷いねぇ……」
『……少し、考える時間をくれ』
確かに、去り際の彼女の声には、それまでの圧倒的な気迫は感じられなかった。
「ルミナリアの実態は見えてきたけど、一番重要なルミナスさんの『濡れ衣』について知りたいわよね」
「そのために、ここに来たんだろ?」
最後のピースである『魔女の真実』を埋めるべく、俺たちが向かったのは、数時間前に訪れたリュイの家だった。
「彼が真実を話してくれるといいんだけど……。それに、二人の関係も気になるわね」
「そうだなぁ。ま、後者については粗方予想はついてるけどな」
「えっ?」
俺たちは再び、リュイの家のドアを叩いた。
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「……ばぁちゃんとは、会えましたか?」
穏やかで心優しい空気を纏った緑髪の青年、リュイが俺たちの前に座って問いかける。
「会えたけどさぁ?お宅のおばあちゃん、性格に難がありすぎないか?」
「あはは……ですよねー」
「『ですよねー』で済まされると、こっちの苦労が報われないんだけどな……」
「ちょっとハク、本題から逸れてるわよ」
「ああ、悪い悪い」
俺は誤魔化すように咳払いをして本旨に入ろうとしたが、それは杞憂だった。
「ルミナスさんのことについてですよね? お二人があの結界を突破したことは、本人から聞いています」
「えっ、情報回るの早くないか?」
書室を出てからまだ三十分も経っていない。スマホもパソコンもないこの世界で、どうやって連絡を取り合ったのか。
「ああ、そこからですね。これを説明するとなると、まずは僕の正体から話さないといけませんね…」
「…仮説だけど、リュイ、君もルミナスと同じ『エルフ』だろ?」
「やはり気づいていましたか。さすがハクさん、勘が鋭いですね」
褒められるのは悪い気分じゃない。
一方で、隣に座るカノンは初耳だったようで、驚きのあまり固まっていた。
「えっ、ええっ!? でもリュイ君は耳は長くないじゃない」
「変幻魔法で隠しているだけですよ。この国では、エルフは恐怖と忌避の対象ですから」
リュイが両耳に手を添えると、人間の耳がすうっとエルフ特有の長いそれへと変化した。
「ナ、ナルホドーそんな魔法があるノネ」
「はい。僕はこれでも、変幻魔法には精通しているんです」
「へぇ、なかなか便利な魔法だな」
『変幻魔法』か。姿形を変えられるなら、潜入などにも使えそうだ。
「話が逸れましたね。僕たちエルフ族は、互いに言葉を介さずとも対話ができる固有能力『思念の鎖』──いわゆる、念話が可能なのです」
「念話……すごい能力ね。エルフが上位種と言われる理由が分かったわ」
「でも、書室までは結構な距離があるだろ? 届くのか?」
「ええ。五キロ圏内なら正確に繋がります。ただ……ばぁちゃんの書室には特殊な結界が張られていて。単語ごとに分割しないと、上手くは伝えられないのですが」
「なるほどな。……やっぱり、ルミナスはその結界のせいで外に出られないのか?」
カノンの問いに、リュイは静かに首を横に振った。
「いいえ。実際のところ、ばぁちゃんはあの書室から出ること自体は可能なんです」
「「は? / え?」」
予想外の回答に、俺たちは思わず顔を見合わせた。
「封印されているわけじゃないのか?」
「その結界は、ばぁちゃん以外の人を通さないだけで、封印はされていません」
なるほどな、この指輪は他者を招き入れるための『鍵』というわけか。
そういえば、指輪を持たずに書室へ足を踏み入れた時、ハズレの書室の本が妙に綺麗に保たれていると感じた。ルミナスが特殊な結界を抜けれるんだとしたら、ハズレの書室もルミナスの管理下に入っているのかもな。
――いや、待てよ?ならこの鍵は誰が何の目的で作ったんだ…?いや、それよりも最も辻褄が合わないことがあるだろう。
「脱出できるなら、なぜルミナスは外に出ようとしないんだ?」
「──ばぁちゃんには、出られない『理由』があるんです」
リュイは悲しみを湛えた瞳を伏せる。
自分で聞いたのもなんだが、大体理由には想定がついている。
「……それが、あのカプセルのエルフたちってわけか」
「その通りです」
「酷い……人質ってことよね」
合点がいった。
物理的に閉じ込められているのではない。同胞たちの命を人質に取られ、彼女はあそこに留まるしかないんだ。
「大体の事情は分かった。……最後に、エルフ族に着せられた『濡れ衣』について聞かせてくれ」
「……本当の歴史、ですね」
リュイは俯いたまま、沈黙を守る。
やがて、彼は覚悟を決めた瞳で、ゆっくりと顔を上げた。
「お二人に、『真実』をお話しします。……だから、どうか、どうかルミナスさんを、僕たちのばぁちゃんを救ってはいただけませんか!!」
「もちろんよ。そのためにここまで頑張ってきたんだもの」
「そうそう。だから教えてくれ。ルミナスに、エルフに──本当は何があったのかを」
そうして、リュイはゆっくりと語り出した。
作られた御伽話ではなく、本当の『魔女の史実』を。
*
時は同じく、六百年前。
御伽噺に語られる通り、魔族が蔓延る森『聖域の外縁』内には、旧ルミナリアとエルフの村が存在していた。
旧ルミナリアは魔族に襲われる日々で、国家運営が立ち行かなくなるのも時間の問題だった。
返ってエルフの村はというと、質素な生活を営んではいたが、元々が高上位の種族。魔族の影響など、ほぼゼロに等しかった。
ここまでは、御伽噺と同じだ。
しかし、歪曲が始まるのはここからだ。
事実、エルフ族は旧ルミナリアに対して、魔族に抗うための共生を願ってなどいなかった。
考えれば当たり前のことだろう。
魔族など脅威になり得ない上位種のエルフが、わざわざ劣等種の人間に対して、自ら手を貸すほど慈悲深くはない。
実際は、旧ルミナリアの当時の王がエルフ族に助けを乞うた、というのが正しい。
族長であるルミナスは、エルフの村に食料・衣服・住宅・通貨を永続的に与えることを条件とし、その対価として魔族の脅威を払うという契約を提示した。
旧ルミナリア王は、それを快く受け入れた。
加えてルミナスが提案したのは、旧ルミナリアの魔法使いとエルフによる、国家規模の結界——今で言う『神の加護』を共同開発することだった。
国王は提案を受理し、国内の有能な魔法使いをかき集め、研究にあたらせた。
当初、実用化まで十年はかかると推定されていたが、結果として研究はわずか二年という短期間で終了した。
それは、魔法を極めし天才:ルミナスに加え、旧ルミナリア側にも『異能』がいたからだ。
若き天才魔導士:ルナという青髪の少女である。
ルナは齢十五にして、その技量は圧倒的だった。魔力量こそ一般的な魔法使い並みだが、十五歳の少女はこの時点で、五百歳を超えるルミナスと同等かそれ以上の技量を有していた。
この二人の天才によって、国を守護する結界は完成した。
しかし、国を覆うほどの結界を維持する動力を、どこから生み出したのか?
彼らは、結界内の国民から魔力を吸収する仕組みを構築したのだ。一日一回、生活に支障が出ない程度の魔力を徴収することで、結界の永続的な維持を可能にした。
この仕組みは、表向きには大気中の魔力を動力源としていると発表された。
特に人体に影響はないが、国民の反対運動が起こることが予想されたため、国家の平定を急ぐ王家は真実を伏せることにした。
結界の恩恵により、旧ルミナリアは急速な繁栄を遂げた。結界の完成後も、エルフの村とは交流が続くほど、両者の関係は良好だった。
───しかし、そんな関係も次期国王が玉座に就いた日に終焉を迎えることになる。
リュイによって語られ始めた『真実』。
六百年前、エルフたちを襲った悪夢とは?
次回第19話『希望という名の毒』です!
お楽しみに〜




