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第17話 栄華の代償(3)

ルミナスが語った『真実』が、そこには広がっていた。


俺たちが立っているのは、広大な長方形の空間。中央は大きな吹き抜けになっており、二階部分は一階を見下ろせるテラスのような構造だ。


そして大空間の奥、先ほど俺が解いたはずの純白の結界が、そこではカプセルを守るようにして張られていた。その内側には、五十個を超える透明な容器──カプセルが壮観にも並んでいた。


「──ねぇ、ハク。あの容器の中で眠っているのって·····」


カプセルの内部は淡い緑の液体で満たされ、そこには()が浮かんでいた。

彼らは特徴的な長い耳を持ち、雪を纏ったような白い肌をしている。


「……あぁ、『エルフ』だ」


六百年前、神ルミナリアによって殲滅されたとされる、魔法に長けた希少種族。

なぜ、絶滅したはずの彼らがここにいるのか。そして、エルフを閉じ込めるこのカプセルは、一体何のためのものなのか。


「なんでエルフが──っ、誰か来たわよ!」


カノンが声を絞り出すようにして指差した先。結界の中でカプセルを見上げる男の影があった。絢爛な黄金の貴族服を纏ったその姿からは、一目で身分の高さが知れる。


「──異常ないじゃないか。第一保護結界が突破されたと報告を受けて来てみれば、とんだ無駄足だったな」


(第一保護結界……もしかして、俺がパパッと解いたあの結界のことか?)


「……全く、王である俺がなぜこんな雑事を。ここを出入りする権限を持つのは俺だけなのだから、仕方のないことだが。それにしても、隠居したジジィ共もうるさい……」


「ねぇ、あの人。自分のこと『王』って言ったわよ」


「そうだな……この国の王様ってわけか。にしては、随分と若い気がするけど」


外見だけなら二十歳前後の青年だ。王といえば、白髭を蓄えた厳格な老人のイメージだったのだが。


「……またあの『魔女』が動いたわけか。久しく大人しくしていたというのに、面倒な老害だ」


男は嫌味を吐きながら、液体に満ちたカプセルに掌を当てる。そして、肩を揺らして不気味に笑った。


「…ふ、フハハハ! まあ、あの老いぼれも不憫なものだ。荒唐無稽な()()()を着せられ魔女へと堕ち、その上、大切な同胞エルフまでもが国を守護するエネルギー源として()()されているだなんてな」


「「っ……!?」」


聞き捨てならない単語が二つ。


一つ目は『濡れ衣』。

ルミナスは陥められたと言っていた。つまり、この国で代々伝わる御伽噺は史実ではなかったのか?


そして、二つ目の『搾取』。

カプセル内で眠るエルフたちは、この国を覆う黄金の結界『神の加護』の動力源として利用されている。


もし、魔女の歴史がすべて作り話だとしたら? エルフ族に何の罪もなかったのだとしたら?


導き出される結論は、あまりに胸糞の悪いものだった。


「……ルミナリアを覆う『神の加護』なんて、神の奇跡じゃなかったんだ。実態は、罪のないエルフから奪い取ったエネルギーを転用して創り上げた、まがい物の奇跡」


「それって……ルミナリアの歴史を根本から覆すことになるわよ!?」


「あぁ。神の加護なんてものは、初めから存在しなかったんだ」


点と点が繋がり、ようやくこの国の全体像が見えてきた。この仮説なら、ルミナスやリュイが記憶ログの中で助けを求めていた理由も、英雄アリアが彼女たちに手を差し伸べた理由も、すべて腑に落ちる。


「ルミナリアは、『偽りの平和』という名の檻の中で、栄華を貪っていたんだ」


「それが、ルミナスさんの言っていた『真実』なのね……」


結界内の男は、気怠そうにひと通りカプセルを確認すると、その場を後にした。


「ハク、今なら誰もいないわ。今のうちにエルフたちを助け出しましょう!」


「落ち着けよカノン。助けたい気持ちは分かるが、内部の情報が何もない状態で突っ込むのは自殺行為だろ?」


「で、でも……!」


「でもじゃない。石橋での襲撃を忘れたか? あの結界内にも同じような罠があるかもしれない。手順を間違えればエルフを殺すどころか、俺たちまで共倒れになっちまう」


「……っ。わ、分かったわよ」


「よしよし〜いい子いい子。とりあえずルミナスの元に帰って報告しにいくぞ」


「……分かったから! その手を退けなさいよっ!!」


宥めるつもりで頭を撫でると、カノンは心底嫌そうな顔で俺の手を跳ね除けた。


本当に、可愛げのないやつだ。

俺が触れた瞬間に弾かれたように距離を取る。その過剰なまでの拒否反応は、もはや様式美ですらあった。


「あ、そうそう。最後に確認したいことがあってさ、ちょっといい?」


「はぁ?すぐに終わるんでしょうね」


「すぐすぐ、ちょっと()()をね」









「よーし、これでOK!」


俺は純白の結界から掌を離す。


「何をしたのか分からないけど。疲れたし、早く帰るわよ」


こうして俺たちは、望まぬ『真実』を手に、再びルミナスの待つ場所へと引き返すのだった。









「遅い……! あ奴らは一体、何をしておるのじゃ」


ルミナスは一人残された書室で、苛立ちと焦りを露わにしていた。


「何故じゃ。あの忌まわしき結界まで、往復でも二時間はかからぬだろうに」


ハクとカノンが書室を出発してから、既に二時間が経過しようとしていた。

ルミナスが指す結界とは、大空間に架かる石橋の手前にあるものだ。ここから長い階段を降りた先にあり、普通なら一時間もあれば戻ってこれる距離。


「あ奴らとて、あの結界に阻まれれば帰ってくるしかないはず。何故、これほどまでに時間がかかっておる……?」


ルミナスがこれほど焦るのには理由があった。

あの行く手を阻む純白の結界は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。


誤解してはいけないが、ルミナスは他に類を見ないほどの天才である。魔法に長けたエルフの長に相応しい才能と力を保有している。

それこそ、『炎・雷・風・氷・水・地・闇』。これら七つの元素を同時に操れるほどの異能の持ち主。


そんなルミナスでさえ破れない結界を、ただの人間である彼らが解けるはずがない。


そのはずだった───。


「んーーー! やっと帰ってこれたぁ!」


「下りでもキツかったのに、上りだと最悪ね……」


「まぁ、なんか壊れた橋が元通りになってたのは幸いだったけどね」


焦るルミナスとは対照的に、能天気な声が書室に響き渡る。棚の奥の深淵から現れたのは、疲労困憊の青年と小娘だった。


「……貴様ら、一体何をしておった」


「ん? 何って、アンタが言ってた通り『真実』とやらを見てきたぜ」


「笑止。貴様らに分かるわけなかろう。そもそも、階段の終点にある結界はどうしたのじゃ?」


ルミナスは平然を装い、傲慢な態度で彼らを問い詰める。彼女にとって最も重要な意味を持つ問い。回答次第では彼女にとって希望どくとなってしまう。


「あ〜あの白い結界か?俺が解いたよ、パパっと」


「は?」


そんな気迫のこもった問いに対し、ハクは当然のことをしたまでだと言わんばかりの態度で、「解いた」と言い放った。


威勢を崩さないルミナスも、これには呆気に取られ間抜けな声が漏れる。


「パパっと、じゃと?」


「そうそう、パパっと。一見難そうだったけど、案外いけたんだよね」


パパっと──。そんな軽い言葉で、自分を数百年にわたり閉じ込め、同胞の命までも苦しめたあの呪わしき結界が片付けられていいはずがない。


「……なら『真実』とは何じゃ?」


「それは、カプセル内で眠るエルフのことですよね。それに『神の加護』は、エルフのエネルギーを使った、偽物の奇跡だったことも」


「……」


ルミナスの問いに今度はカノンが答える。


(リュイが真実を先に話していた可能性も──いや無いよな。あのガキは変に我に気を遣うからの)


なぜ『神の加護』の実態まで把握しているのかは不明だが、ルミナスにとってそれは些細なことだった。


彼女にとって重要なのは、彼らがあの結界を無力化したことだからだ。


「さて、ルミナス。俺たちは条件を満たした。俺たちがお前を助けるってことでいいんだな」


ルミナスは迷っていた。


彼女の悲願は『同胞の救出』だ。

自らも破れなかった結界を容易く解いた青年と、英雄の妹。かつてない好条件が揃っていた。


しかし、それでも首を縦に振れない。

なぜなら───()()()()()()()()()()()


「……少し、考える時間をくれ」


今のルミナスが絞り出せる言葉は、それだけだった。


















ルミナスが迷う本当の理由とは。

次回、ついにルミナスの過去が明かされる。


次回第18話『魔女の史実』です!

お楽しみに〜

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