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第16話 栄華の代償(2)

俺は立ち塞がる結界を難なく突破し、最深部へと歩みを進める。


結界を破った先には、それまでの閉塞感漂う通路とは一線を画す、異様な大空間が広がっていた。

地面は底の見えない吹き抜けとなっており、対岸にある次の通路まで、細い石橋が一本だけ頼りなく架かっている。


「凄い空間……。まさか、国の地下にこんな大穴が開いているとはね」


「……石橋か。叩いて渡るべきなのかもしれないけど、他に道もなさそうだし、まぁ、そう簡単に壊れることはないだろ」


俺たちは無警戒で石橋の上を進んだ。

──だが、それが大きな間違いだった。

 

「……っ! 待ってハク。何か……いる」


カノンは先導する俺を鋭い声で制し、剣を構えて周囲を睨みつけた。俺も足を止め、暗闇に意識を向ける。すると、周囲の壁や天井の至る所に、不気味に発光する『点』があることに気付いた。


それも、二つや三つではない。

俺は瞬時に視界に入る全ての光点を精査し、全て数え上げる。


10個、20個、30個────


「──最低54個。いや多すぎだろ!?」


「…え、全部数えたの?この一瞬で?」


カノンは困惑した表情で俺に視線を戻した。


「ん?あぁ、そうだけど、どうかした?」


「はぁ…、なんかアンタのそういうところ、慣れてきたわ」


「なんで俺は呆れられてるんだよ…って、こんな雑談している場合じゃないな」


不気味な視線、そこに好意的な感情はなく、明らかな俺達への敵意が剥き出しだった。


「歓迎されてるって線はない?」


「無いわよ!その正・反・対!」


「ですよねー」


直後、俺は壁のある二点の光が、微かに動いたのを見逃さなかった。


「っ!!、来るぞ!」


俺の言葉を皮切りに、空中に浮かんでいた光点が一斉に牙を剥いた。


白い毛に覆われた醜悪な胴体に、六本の唸り立った脚。蜘蛛を歪に歪ませたような異形の群れが、俺たちを排除すべく壁や天井から三次元的に襲いかかってきた。


カノンは剣に橙炎を纏わせ、俺も鞘から剣を抜いて体制を整える。


(ま、俺に戦闘力ないけど)


「多いわ、ねっ!!」


俺は流れるようにカノンと『伝導パス』を行い、彼女の剣を包む熱量を一気に引き上げる。揺らめいていた橙炎が、瞬時に純粋な蒼炎へと変貌した。


カノンは四方八方から降りかかる魔物を、その蒼い剣で難なく斬り払っていく。

だが、それでも敵の波に終わりは見えない。一体ごとの強さは大したことはないが、如何せん数が多すぎる。


このまま物量に押し切られれば──。

必ず、どこかで致命的なミスが生じる。


「ハクッ!!」


カノンの意識の外から、死角を突いた魔物の一体が俺へと躍りかかった。


──『因果の予見(フラグ・リーディング)』発動。


無機質な声が脳内に響き渡った。

刹那、魔物が繰り出す凶悪な爪の『軌道』が、現在の俺の視覚情報に上書きされる。


「あっ……ぶねっ!!」


俺は間一髪のところで上体を反らし、攻撃を紙一重で回避した。


因果の予見(フラグ・リーディング)』が発動したということは、アリアさんも過去にこの魔物と相対したことがあるということだ。


ならば、天秤は一気に俺たちへと傾く。


アリアさんの記憶にある敵ならば、その行動原理を解析し予測することができる。

この『未来視』は、俺にとって最大の武器(アドバンテージ)になる。


このまま予測に従って最適解を選び続ければ、無傷での殲滅も時間の問題だ。


……そう、確信していた。


だが、戦いという不確定要素の塊において、計算通りに進むことなど稀だということを思い知らされることになる。


「は───?」


俺は予測に身を任せ、頭上から絶え間なく降り注ぐ爪撃を受け流し続けていた。

だが──受け流した魔物の爪が石橋と衝突した刹那、轟音と共に俺の立っていた足場が視界から消えた。


「っ……!! こいつら、初めからこれが狙いか?!」


さっきから執拗に俺の足元を掠めていくと思っていたが、これも計算の内だったのか。狙いは、橋を破壊して俺たちを分断させること。


「ハクっ!? 嘘でしょ!?」


カノンが咄嗟にこちらへ手を伸ばすが、標的が一人に絞られたことで、彼女への包囲網はさらに苛烈さを増して動けそうになかった。


重力に引かれ、俺の体は虚空へと投げ出される。


「チッ、魔物も案外頭いいんだな。……しゃーなしだ、アレを使うか」


あの凄まじい反動を思い出すだけで寒気がする。二度と使う気になれなかったが、この状況で出し惜しみをして死ぬのは本末転倒か。


「『英雄の導』、俺に力を貸せ!!」


───『過去視の追走(ログ・トレース)』発動。


 その音声と共に五感が研ぎ澄まされ、全身に万能感が満ち溢れる。


「ちょっと、頭借りるよ〜」


俺は落下する瓦礫と、追撃してくる魔物の頭を足場に跳躍。重力を無視するような挙動で、カノンの元へと復帰した。


「はぁ?! いつの間にそんな技習得してたのよ!」


「説明は後だ! 橋が完全に崩れる前に渡り切るぞ。魔物は無視!」


「え、ちょ、ちょっと──!?」


俺は困惑するカノンを横抱きにかっさらい、『過去視の追走(ログ・トレース)』による身体強化で超加速。魔物の包囲網を力業で突き破り、崩壊する石橋を駆け抜ける。


「……もう自分で走れるか? 時間制限が分からなくて怖いんだ」


発動からちょうど一分。前回は約六分で限界がきたが、今回はどこまで保つか不明だ。


「だ、大丈夫よ! 早く降ろしなさい!!」


顔を真っ赤にして叫ぶカノン。

どうやらお姫様抱っこは相当お気に召さなかったらしい。


俺はカノンを降ろし、崩落の轟音を背に対岸の通路へと飛び込む。

間一髪、道が消える寸前で滑り込んだ。


「はぁ、はぁ……。なんとか、渡りきったか?」


「……ううん、まだよ! 魔物が壁を伝ってきてる!」


「しぶとすぎだろ?!ストーカーかよ」


息つく暇もなく、背後からは無数の這いずる音が迫っていた。


(まだ能力解除出来ないじゃん…、早くしないとまたあの絶望の夜を過ごすことになるぞ…。それだけは回避しなければ!)


こうして、栄華を極めし国の地下で、命懸けの逃走劇が幕を開けた。







「さ……さすがに、もう大丈夫だよな……?」


「静かにしなさいよっ、気づかれるでしょ……!」


全速力で走り続けて三分十二秒。

狭い通路を抜けた先で俺たちは物陰に滑り込み、死に物狂いで息を殺した。


過去視の追走(ログ・トレース)』の限界時間が迫っている。


壁を這いずる不気味な音が神経を逆撫でし、暗闇の中で心音だけが異常に大きく響く。だが、獲物を見失った魔物たちは、意外なほどあっさりと元来た道へと引き返していった。


「……はぁ〜、あぶねー! 解除、解除っと……、んぐっ…!」


過去視の追走(ログ・トレース)』を使い始めて四分四十四秒。


危機が去ったことを確認し、能力を解く。

直後、鉛のような重みが一気に体にのしかかった。全身の細胞が悲鳴を上げているが、以前のような歩けないほどの疲労じゃない。


「……アンタ、大丈夫なの?」


「多分、な。前に比べたら死ぬほどマシだよ」


俺は鉛のような倦怠感を無視して応えた。


間一髪で滑り込んだそこは、一見すれば何の変哲もない生活空間だった。ベッドと机、誰かが日常的に使っていた痕跡。

そして、その平穏な空気は、部屋の奥で口を開けている鉄の扉によって断ち切られていた。


「……後でその能力については問い詰めるとして。まずは、この扉の先ね」


「あぁ、行くか」


俺たちは吸い寄せられるように、その扉の先へと足を踏み入れた。


───扉の先で広がっていたのは、異様な大空洞だった。


その直後、俺たちは、ルミナスが言っていた『真実』について、本当の意味を理解することとなる。


























なんとかピンチを切り抜けた二人は、ついにルミナスが語った『真実』に辿り着く。


扉の先、二人の前に広がる光景とは───


次回第17話『栄華の代償(3)』です!

お楽しみに〜





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