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第15話 栄華の代償(1)

「貴様らがここに来た理由は理解した。……だが、先に結論を言うてやろう。我に、あの女について知っていることなど何一つない。収穫なし、ということじゃ。早々にこの部屋から立ち去れ。……不愉快じゃ」

 

ようやくルミナスを見つけ、対話の席に持ち込めた。だというのに、俺たちはその冷徹な言葉で現実を叩きつけられた。


普通なら、ここで「そうですか」と肩を落として帰るしかないのだろう。

……け・れ・ど、そんな簡単に諦める俺ではないんだよね。


「小僧……。人の書室で、一体いつまで好き勝手しておるのじゃ!? 帰れと言ったのが聞こえなかったのか?!」


「いいじゃないですか。ここまで来るの、本当に大変だったんだよ? 少しぐらい休憩させてくださいよ。……おっ、この本面白そう」


「あはは……。ハクって、相当頭いかれてるのよね。……いろんな意味で」


俺は本棚から抜き取った分厚い本を片手に、そのまま地べたに寝っ転がった。


『魔法力学のすゝめ』──魔法学と物理学の側面を併せ持った分野の本であり、なかなか興味深い。


「……我が『魔女』と呼ばれていることは知っておろう? これ以上無礼を重ねるのなら、貴様を魔法で骨の髄まで焼き尽くすぞ」


「んー、ないね。あんたはそんなこと、絶対にしない」


俺はルミナスの殺気混じりの脅しを鼻で笑い、確信を持って言い切った。


「あんたが本当に世間で謳われるような『魔女』なら、俺は扉を開けた瞬間に消し炭になってるはずだ。……違うかな?」


「……ふん、ただの気まぐれじゃ」


「そうかな?記憶ログの中にいたあんたは、『魔女』とは呼べないくらい優しい顔をしていた。……それと同時に、あれは助けを求めている人の目だった」


ルミナスの黄金の双眸が、鋭く細められる。


「……くどい。貴様は何が言いたい?」


俺は話の誘導を済ませ、カノンに目配せを送る。

ここからの話は、アリアさんの妹である彼女が語るのが一番いい。


「ルミナスさんは、何か助けを求めてお姉ちゃんに頼ったんですよね? ……教えてくれませんか。あなたの抱えている事情を」


「……我が助けを求めていたとして、貴様はどうするつもりじゃ。同情でもして、我に協力してくれるとでも?」


「はい。私は、あなたを助けたいんです。困っている人を見過ごすなんて、『英雄』なら……いえ、お姉ちゃんなら絶対にしないから!」


「チッ、どこまでも、あの世話焼きと似ておる。これが血の繋がりというやつか。厄介極まりない……」


ルミナスは忌々しそうに顔を背けたが、カノンは一歩も引かずに声を張り上げた。


「教えてください! 私たちが、お姉ちゃんの意志を継ぎます!」


「……声を抑えよ小娘。耳障りじゃ」


「っ……!」


冷たい叱責。

だが、ルミナスの瞳に宿っていた頑なな拒絶は、わずかに揺らいでいた。


やがて彼女は諦めたように、深く、長い溜息を吐き出す。


「……そうじゃな。貴様らがどうしても引かぬと言うなら、こちらにも条件がある」


「へぇ。……条件って?」


俺は地べたからゆっくりと身体を起こし、彼女の微かな動揺を愉しむように口角を上げた。


「……気に障る餓鬼じゃの。まあよい、条件というても簡単な話じゃ──」


パチン、と

ルミナスが指を鳴らすと同時に、書室全体が震動した。


彼女の背後にそびえ立つ巨大な本棚が、地響きを立てて左右へと割れ始めたのだ。

現れたのは、暗い口を開けた『隠し通路』。


「この先に、『真実』が眠るこの国の最深部へ辿り着けたのなら、我を助ける権利を貴様らに授けようぞ」


「……助けてもらう側の態度じゃねーよな、それ」


初対面の書室で勝手に寝転がっている俺が言うのもなんだが、ルミナスのあまりの傲慢さには完敗だ。


「最深部、ですか」


「そうじゃ。やるのか? やらんのか?」


冷静に分析すれば、こちら側にこれといった実利のない話だ。普通の人間なら、得体の知れない「魔女」の難題を突きつけられた瞬間に呆れて帰るだろう。


だが、隣に立つカノンの瞳は、一分たりとも曇ってはいなかった。彼女は一度決めたことを決して曲げない、真っ直ぐな信念を持っている。


……そして俺は、そんな彼女の「理屈じゃない強さ」を知っている。


彼女の答えは、リュイの記憶ログが流れた時から決まっていた。


「……分かりました。その条件、呑みます!」


「…………そう言うと思ったわ」


ルミナスは、誰にも聞こえないような微かな声で呟いた。


その瞳には、かつての面影を追うような悲哀と、それ以上に強烈な『期待』が揺らめいていた。


「行くわよ、ハク」


「へいへい。お供しますよ」


こうして、俺たちは『彼女を助けるため』、本棚の奥に広がる深淵へと足を踏み入れたのだった。









永久に続いているのではないかと錯覚するほど、薄暗く長い階段を下っていく。


階段の壁には気休め程度のランタンが設置してあるが、それでも足元の不確かさを拭いきるのには心許ない。


「それにしてもハク、アンタってどれだけ計算高いのよ」


不意に、前を歩くカノンが背中越しに声を投げかけてきた。


「ん…?なんで急に褒めてきたの?事実だけど、素直すぎてちょっとばかり怖いね」


「……はぁ、ルミナスさんを落とすために、わざと私に話を振ったんでしょ」


「まぁーあの人って、アリアさんには心を許していたみたいだし、俺が説得するよりも、『英雄』の面影のあるカノンが情に訴える方が最適解だったわけ」


「……アンタが天才なのか馬鹿なのか分からないわ」


「心外な、二択の中に、なんで馬鹿の選択肢があるんだろうか」


「そーゆーところよ」


「え?」


俺が首を傾げると、カノンは呆れたように小さく肩を揺らした。俺たちは軽口を叩きつつ、最深部へと歩みを進めていく。


こうして階段を下ること20分。

ようやく終わりを告げた石段の先は、一本の長い通路へと繋がっていた。


そのまま直進を続ける俺たちの前に、ある『異質』が行く手を阻むように現れた。

通路を完全に封鎖している、純白の光に染まった膜のような結界だ。


「なんだ、この変な結界……?」


訝しむ俺の隣でカノンが静かに剣を抜いた。


「……ただの結界なら、力で押し切るまでよ!」


「あ、ちょっと、カノンさん? こうゆうのは調べてからの方が──」


俺の制止を聞く前に、彼女の白銀の剣が凄まじい橙炎を纏う。その炎は激しく渦を巻き、外炎から内炎へと凝縮され、温度を増しながら鮮やかな蒼炎へと変色していった。炎心までとはいかないが、その熱量は以前とは比較にならない。


実はこの街に来てからというもの、俺は暇さえあればカノンに蒼炎を出させる特訓をさせていた。


なんだろう、我が子の成長を特等席で見せられているような、妙な感動が込み上げてくる。


「ていやァッ!!」


気合の一閃。

彼女の渾身の突きが、純白の結界へと真っ向から叩き込まれた。


その瞬間、衝突による凄まじい衝撃波が通路を駆け抜け、俺の体は数メートル後方へと吹き飛ばされる。


「嘘?!今のは、自信あったのに……」


結果、純白の結界には傷一つ入っていなかった。

それどころか、炎の熱を吸収した様子もなく、ただそこにあるのが当たり前だと言わんばかりに、平然と俺たちの行く手を阻み続けていた。


「いてて……、でも成長してんじゃん。自力で出した炎の中じゃ、間違いなく過去最高の火力だったよ」


俺は落胆するカノンの肩を軽く叩き、入れ替わるように純白の結界へ掌をそっと添えた。


掌が触れた刹那。

俺の視界は、何十、何百という「幾何学模様のピース」によって埋め尽くされた。


「なんだ、これ」


一つ一つの模様は独立しており、一見すると一貫性のないバラバラのパズルのように見える。


(……待てよ。本当にパズルなのでは?)


俺は意識を研ぎ澄ませ、ランダムに散らばったピースをじっくりと観察する。

法則性などないように思えたが、よく見ればピースの端々、その魔力の流れに「対」となる規則性を見つけ出した。


俺は頭脳をフル回転させ、似通ったピースをあるべき場所へと当てはめていく。


そうして、わずか十五秒後。

バラバラだった模様が一つに重なり、巨大な魔法陣──譜面パズルが完成した。


その瞬間。

硬質で美しかった純白の結界が、パリンと呆気ない音を立てて霧散した。


……あれ? これ(パズル)だけでいいの!?


「はぁ?! ハク、アンタ今何したのよ!?」


「……いや。ちょちょいって動かしたら、なんか行けちゃった」


「ちょちょいって……。全力出した私の立場、ちょっとは考えてよ」


「まぁまぁ、結果オーライっ!結界も破れたことだし、先を急ごう!」


「……はぁ。アンタって本当、デタラメよね」


理屈を超えた俺の『解析』にカノンは半ば呆れ顔だが、足取りは軽い。

俺たちはさらなる深淵へと足を踏み入れていく。

ルミナスから条件を突きつけられ、2人はルミナリアの地下最深部へと向かうことになった。その途中、異質な結界が立ち塞がるも、ハクはいとも簡単に突破する。

果たして、その先に待つ『真実』とは?


次回第16話『栄華の代償(2)』です!

お楽しみに〜

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