第2話 尋問の行方
鼻を突くツンとした消毒液の臭い。
その刺激に引きずられるように、俺は意識の底から浮上した。
「ん…まぶし」
視界を埋めたのは、染み一つない真っ白の天井。
身を横たえているシーツの感触は、驚くほど清潔で、それでいて無機質だった。
「ここは…なんか病室みたいだな」
壁も白色でシンプルな一部屋。
ベットは二個あり、医者が持ってそうな銀色の器具や薬剤が机や棚に置かれている。
俺は立ち上がり外を確認しようと、重厚に作られた鉄の扉を開けようとするが、鍵がかかっているのか開くことが出来なかった。
「なるほど…俺は監禁されてるみたい?…それにしては優遇されてるような」
特にすることもないので、棚に置いてある謎の水色の液体が入った瓶を観察する。
見たことないはずなのに、なにか強烈な既視感を覚えた。
「これは、知ってる」
その瞬間、頭の奥から「自分の経験ではないはずの断片的な光景」が、ノイズ混じりの映像として溢れ出してきた。
(焚き火のそばで誰かが飲んでいる…?顔は見えないが…、なんなんだ、この記憶は)
「あ、そうだ、これ三級ポーションだっけ。…てかこのポーション濁ってるな、不純物…ぽい?これじゃ成分の安定性が欠けて効果が半減する、濾過しきれてないな、これ──って何言ってるんだ俺?」
ポーション、俺がいた世界ではそんなもの無かった、はず。
ただ、記憶として頭には確かにある、変な感覚だった。
そのとき、コンコンっと鉄の扉をノックする音が響き、重厚な扉が開かれた。
「失礼する」
部屋に入ってきたのは金髪の長身女性だった。
騎士風の純白の隊服に、黄金の双眸。
「確か……昨日の方、ですよね?」
問いかけた瞬間、脳内を凄まじいノイズが走り抜けた。
不意の眩暈に視界が揺れる。
「…っ!」
入室してきたトライアが、弾かれたように息を呑んで硬直した。
「あ、あぁ、そうだ。覚えていたのなら良かった。昨日、君が突然倒れたため、急遽病室へと運ぶこととなった」
彼女は数秒の沈黙の後、平静を取り繕って応えた。
だが、その視線は依然として俺の顔――特に「目元」を射抜くように凝視したままだ。
「あぁ…ほんとですか、マジで迷惑かけてすみません」
「まぁいい、動けているようで何よりだ。…ただ、昨日言った通り話を聞かせてもらう。すまないが、君は一応容疑者扱いだ。尋問は受けてもらう」
「容疑者、ですか」
「あぁ、『英雄殺し』として、な。とりあえず、君はベットに座ってくれ」
英雄を、殺した。……俺の手は、あの時、確かに血にまみれていた。
促された俺はベットに座り、彼女:トライアさんは木製の椅子に座り込む。
そして、俺への尋問が始まった。
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「なるほど、君は名前も出身も分からないのか」
「はい」
それが一つ目の謎だった。
俺は俺のことが全く分からない。
鏡で自分の容姿を見ても、これが俺の顔だったのかも分からない状態だ。
「ただ、この場所ではないことは分かるんです、俺が生まれ育った所は」
「…この国の名前は分かるか?」
「おそらく、オルジン王国、だと」
「ほお、この国のことは分かるんだな」
二つ目の謎、知らないはずの国の名前を覚えていること。
「ふむ、医者によるとだな、君はおそらく外部からの何らかのショックによる、部分的な『記憶喪失』の可能性が高いそうだ」
「『記憶喪失』か」
「あぁ、君が演技しているのなら別だが、私は君が嘘をついているようには見えない。長年、王宮で尋問をしているのもあって分かるんだ」
「え、本当ですか?!めっちゃ若く見えるのに」
「はははっ、うれしい限りだ。だが急に尋問官を褒めるとなると、何か思惑があると思わせてしまうぞ?」
「いやいや、違いますよ!」
「なに冗談だ、本心であることは理解している」
和やかな空気で尋問は進んでいた時、鋼鉄の扉が開く音が部屋に響く。
「やぁ、カノン、遅かったじゃないか」
「すみません、少し道に迷ってしまって…」
扉の先から現れたのは、橙色に輝くセミロングの少女だった。
昨日、俺を殺そうとした張本人だ。
そして──
「カノン」
俺は不意に小声を漏らしていた。
『カノン』、その言葉に反応するように脳内にノイズが走る。
そして、昨日、死に際の女性はこう言っていた。
「あの子を…妹を、導い、てあげて……」
俺は『あの子』も『妹』も知らない。
ただ、確信があった。
この目の前に立つ少女『カノン』が、彼女の言っていた『あの子』なのだろうと。
なぜ、昨日名前が出てきたのかは不明だ。
それが三つ目の謎でもある。
「…?」
警戒と不安を含んだ目で俺を見るカノン。
俺はベットの上で立ち上がり、カノンを指さす。
自分のこと、この現状、存在しない記憶。
何もわかっちゃいない。
ただ、彼女が最期に俺へ託したこと、それだけは理解していた。
「俺が、君を『英雄』へと導く!」
「は?/ほう?」
カノンが呆気に取られ、トライアが面白そうに目を細める。
「……何言ってるの、アンタ」
「言葉通りだよ。俺が、君を次の『英雄』にする」
「意味が分からないわ! 何様のつもりよ……!」
「うむ。昨日のことも含め、なぜ君がカノンの名を知り、この子を『英雄』にしたいのか。説明を聞こうか」
動揺するカノンに比べて、冷静に俺を見極めようとするトライアさん。
さすが尋問官を長年していることはある。
「すみません。なぜ、名前を知っていたのかは俺には分かりません。けど、カノンを『英雄』へと導くこと、それは昨日の彼女に託されたんです」
「お姉ちゃんが…?そんなこと嘘に決まって…」
「嘘じゃない、そうでしょ?トライアさん?」
俺が問いかけると、トライアは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに愉快そうな笑い声を上げた。
「ははははっ、そうだ君は嘘を何一つ言っていないようだな」
「でしょ?」
「ただし、私は長年の勘でそう判断しているだけ。君が嘘をついてない確固たる証拠にはならない」
「いや、違うね、貴方は完全に嘘を見破れる、何らかの力がある」
「…!」
トライアさんの表情が、一瞬だけ強張った。
「なるほど、私を利用した訳か、君の潔白を証明するために。それに、いつから気づいていた?」
「いつと言われたら、トライアさんが入ってきた時ですけど。そのときにある記憶と同期したんです。あなたが何か嘘を見分ける『能力』を持っているとね」
カノンは要領を得ない話に置いていかれ、オロオロと顔を左右に振る。
俺が言った記憶、それはトライアさんがこの部屋に来たと同時に、ノイズとともに流れてきた。
それはトライアと誰かが会話している断片的な光景。
彼女はその時、自身の力を、嘘を見破る能力:『読心』だと話していた。
「…やはりあの時か。『ろぐ』やら『りんく』やらは分からないが、それも『本当』。君は一体何者なんだ?」
「さっきも言ったでしょ?カノンを導く、名も無き者です。まぁ自分の事はまるで分からないですけど」
すると、そこに先ほどまで黙っていたカノンが会話に割り込む。
「…トライアさんが言うのなら、アンタは真実を言っている。なら答えて、アンタはお姉ちゃんを本当に殺してないの?」
「あぁ」
「お姉ちゃんを殺した奴についても何も知らないの?」
「そうだね、ごめん、力になれなくて」
カノンはトライアさんに目配せするが、トライアさんは縦に首を振るだけだった。
「そう…ならごめんなさい、私の、勘違いでした」
カノンは立ったまま深々と腰を折り謝罪する。
「待ってって、カノンが謝ることはないよ。あそこにいた俺を真っ先に怪しむのは当然だろうし、動揺するのも分かる。そ・れ・に、今俺は生きている!結果良ければすべて良しよ」
そう、カノンが一番今辛いはずだ。
『英雄』の姉を突如失い、憎悪と悲しみの濁流に飲み込まれているだろう。
ただし、彼女は自身の非を認める強さを持っていた。……その真っ直ぐさが、少しだけ眩しかった。
「ほう、君はとても変な奴だな」
「…言い返す言葉がないですね、俺もわかんないんで」
「そうか、まぁ尋問の方はいったん保留だ。次に進もう」
「次?」
「君がカノンを『英雄』に導くのなら、どうやって導いてくれるのか見せてもらわないと、本当の信頼は得られない。そうだろ?カノン」
「そう、ですね」
カノンは小さく頷く。
「おっと…?」
「どうした?口だけか?」
「……いや、やってやりますよ、任せてください」
トライアさんの挑発に、俺は不敵な笑みで返した。
確信なんてどこにもない。だが、俺の脳内に流れる誰かの『記憶』、これがあれば何か出来るのではなかろうか。
「そうこなくては、では早速、訓練所に向かおう」
そうして、俺は自身の信頼のために訓練場に向かった。
俺のある『可能性』に賭けて──
主人公は流れてきた謎の記憶により、トライアの能力を利用して自身の潔白を証明することに成功するが、次から次へと難題が降りかかって来るのだった。
次回第三話『英雄の導』です!お楽しみに〜。




