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第13話 謎多き青年

筋肉痛とは一線を画す、全身をズタズタに刺されるような激痛。

俺は宿屋のベッドの上で、声にならない悲鳴を上げながら悶絶していた。


おそらく権能『過去視の追走(ログ・トレース)』の反動だ。

英雄の動きを無理やりトレースしたツケは、丸一日、俺をベッドから引き剥がすことを許さなかった。


そうして迎えた、翌日。

俺たちは謎の女性から受け取った地図を頼りに、郊外の目的地へと向かっていた。


「……もう大丈夫なの? 昨日、アンタの部屋からすごい、うなされる声が聞こえてたけど……」


カノンが心配そうに俺の顔を覗き込む。


「もち、今日は絶好調! 昨日はマジで地獄だったけど……二度とあんな経験はしたくないね」


俺は彼女の前で軽く跳ねたり、その場で足踏みして見せる。

正直、完治には三日はかかると踏んでいたが、案外すぐに引いてくれたのは幸いだった。


「それで、結局なんでそんなことになったのよ?」


「いやだから、昨日も言っただろ? 情報を知ってる人が、鬼ごっこで俺が捕まえられたら情報をくれるって言うからさ。その条件を呑んで、張り切りすぎた結果だよ」


「全部おかしいのよ! 条件もそうだし、鬼ごっこごときであんな状態になるわけないでしょ?!」


「俺の運動嫌いを舐めないで頂きたい。俺にとって運動とは、それ自体が命懸けなんだ!」


「そんな胸を張って言うことじゃない気が……」


俺は事情を悟られないよう、必死に話をはぐらかす。


ルミナリアとの約束──『誰にも言わないこと』。

その真意は測りかねるが、当分の間は秘匿するのが得策だと思う。

白髪の女性がいつ俺を見ているか分からないからだ。


そうして歩くこと三十分。


到着したのは、静かな郊外に佇む一軒の一般住宅だった。周囲に特別な雰囲気はなく、ごくありふれた民家に見える。


コンコンコン、とカノンが木製の扉を叩く。


「すみません、どなたかいらっしゃいませんか?」


少しの間を置いて、扉がゆっくりと開かれた。


「……はーい。どちら様でしょうか?」


顔を出したのは、セミロングの緑髪がよく似合う、穏やかそうな青年だった。


その瞬間──。


脳内に強烈なノイズが走った。

馴染みのある感覚に襲われ、ある記憶ログが視界に混濁する。


「すみません、少しお聞きしたいことがありまして──」


カノンが言葉を続けようとした、その時。

青年の顔から、一切の色彩が消え失せた。


「し、白い瞳……!? なぜ……なぜここが分かったっ!?」


まるで破滅の化身でも見たかのように、彼は力なくその場に崩れ落ちる。


「だ、大丈夫ですか!?」


カノンが慌てて手を差し伸べるが、彼はその手を激しく振り払った。


「やめてください!! なぜ今更、僕たちを狙うんだ……!」


「狙うって、どういう──」


彼は殺意の籠もった目を俺に向け、その掌を突き出した。

そこに展開されたのは、鮮やかな緑に輝く魔法陣。


「──ハクっ!!」


間一髪、魔法陣から放たれた『風の斬撃』を、カノンが抜剣して弾き返す。


行き場を失った衝撃が室内で荒れ狂い、家具や小物が派手な音を立てて散乱した。

青年は怯えながらも、止まることなく次弾の魔法陣を展開し始める。


「待ってくれ! 君は何か勘違いしてる!」


「何も間違ってない! その白い瞳、それがすべてを物語っているじゃないか!!」


白い瞳──。


そうか、記憶ログが流れたせいでまた変色しているのか。


でもなぜ彼はこの瞳をこれほどまでに忌み嫌い、恐れる?

昨日の彼女はこれを『特別』だと称した。だが、この青年には……。


「……ごめん。自分でも、この瞳のことはよく分かっていないんだ」


「関係者ではない、と言いたいのか? なら……お前たちは何者だ」


青年の問いに、俺は努めて穏やかな声で答えた。


「まずは自己紹介だ。俺はハク。それで、隣にいるのは──」


「英雄アリアの妹、カノンです」


「……っ! アリアさんの、妹……?」


カノンの名を聞いた瞬間、青年の目に宿っていた鋭い殺意が、困惑へと揺らいだ。


「君は以前、アリアさんに会っているはずだ。そして、彼女に何かを懇願した」


「……なっ!? なぜ、それを……!」


さっき流れた記憶ログ

それは、アリアさんと目の前の彼が対話している場面だった。

ノイズが酷く、断片的ではあったが──。


『どうか……ばぁちゃんを、《《ルミナス》》さんを……助けてくれませんか!!』


彼は涙ながらに、そう頭を下げていた。


「俺には、アリアさんの記憶が見えるんだ」


「記憶……? お前、何を……」


「そして君は、ルミナスのことを知っているはずだ」


「…………そうだとして、お前たちは僕に何の用がある」


彼は依然として警戒を解かず、魔法陣を俺に向けたままだ。

だが、俺は逃げも隠れもしない。ただ、真っ直ぐに単刀直入な望みを告げた。


「俺たちは今、ルミナスを探している。だから教えてほしいんだ。彼女の、本当の居場所を」







その後、俺たちは青年にルミナスを探している理由やここへ至った経緯を話した。もちろん、あの「ふふふ星人」ことルミナリアの存在については、細心の注意を払って伏せたままだ。


「……ハクって、実はものすごく口下手なの? なんで混乱してる人に、こんな意味不明な説明をするのよ」


説明を一通り終えたところで、カノンが深いため息とともにツッコミを入れてきた。


「それは失敬。遠回しに説明するのが面倒でねっ」


「面倒って、あのね……。本当にすみません、リュイさん。この人、頭はいいはずなんですけど、たまに配慮が欠落するんですよ…」


カノンが深々と頭を下げると、緑髪の青年──リュイは、困ったように眉を下げて苦笑した。


「いえ、大丈夫です。僕の方こそ、いきなり魔法をぶっ放したりして……本当にすみません」


先ほどまでの刺すような殺気は、今はもう微塵も感じられない。

リュイは穏やかで心優しい空気を纏った青年だった。


「えっと……ハクさんとカノンさんの事情は分かりましたが。……それで、ルミナスさんに会って、一体どうするつもりなのですか?」


リュイの純粋な問いに、俺とカノンは顔を見合わせた。


「どうするって……。そういや、具体的なことは何も決めてなかったな」


「そういえばそうね。記憶ログに流れてきたっていう理由だけだし」


「えぇ……」


俺たちのあまりに漠然とした回答に、リュイは驚きを隠せない様子で絶句した。


「……二人も街の人から聞いたと思います。ルミナスさんは『白金しろかねの魔女』と恐れられる人物です。目的もはっきりしないまま探しに行こうなんて……」


「…俺たちは、アリアさんを殺した敵を追っている。俺の記憶ログに彼女が映ったってことは、少なくともアリアさんと接触があった証拠だ。そこに行けば、何か手がかりがあるかもしれない。動機としては、それで十分なんだよ」


「アリアさんを殺した人をですか…。怖くは……ないのですか?」


リュイの震えるような問いかけに、カノンは俺に視線を送り、賛同するように力強く頷いた。


「まったく怖くない、って言ったら嘘になるけど。でも、私はお姉ちゃんを殺した犯人を一刻も早く見つけたい。だから、相手が『魔女』だろうが関係ないわ。どんな些細な手がかりでも、私は欲しいの」


「それにさ、リュイ君。君は彼女のことを、ずっと『ルミナスさん』と呼んでいる。世間が恐れる『魔女』と、君が知る彼女の間には、何か大きな差異があるんじゃないか?」


「…っ!」


俺の指摘に、リュイが目を見開く。

その動揺を逃さず、カノンが優しく、けれど決然とした言葉を重ねた。


「ハクから、お姉ちゃんと君の記憶ログを見せてもらったわ。リュイ君はあの日、『ルミナスさんを助けて』って必死に願っていた。私たちも、その願いに応えたい。だから──」


「「教えてほしい。ルミナスについて」」


俺たちの視線を受け、リュイは迷うように視線を落とした。

リュイの表情は、相反する二つの感情が激しく火花を散らしているように見えた。


長い沈黙が部屋の中でゆっくりと流れる。


そして、数分後。


リュイは静かに、けれど固い決意を秘めた表情で顔を上げた。彼は机の引き出しから、古びた銀色の指輪と、一切れの紙をそっと取り出して置いた。


「ごめんなさい、僕には本人の許可なしに真実を伝えることはできません、ですが───」


リュイはその指輪と紙を指差し、祈るような声でこう告げた。


「その指輪を身につけ、紙に書かれた場所を訪れてください。そこに()()()()さんがいます」









ルミナスと面識がある謎の青年から、ルミナスの居場所を伝えられた。

ついに、ハクとカノンは『白金の魔女』と相対する。


次回第14話『ルミナス』です!

お楽しみに〜

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