第11話 運命を分かつ大博打
「……ん、あっ!どうなった??って、動けねぇ?!」
俺は意識を取り戻すと、俺は石壁に囲まれた簡素な部屋で座っていた。
座っていただけなら良かったのだが、俺の手首と足首は紐で椅子に縛られ、明らかに誘拐されている状態だった。
「ふむ、非常に不味いことは分かるな」
ここが何処なのか分からないし、俺を誘拐した犯人もこの部屋にはいない。
というか、この部屋に扉という存在がない。
完全に閉め切られた密室状態だった。
「えぇ…どうやって俺をここに連れて来たんだよ、見えない扉とかあるんかな」
「あら、目を覚ましていたのね」
「──!、はぁ?!どっから来た?!」
さっきまで誰もいなかった背後から、不意に声が響き、思わず首を回す。
(どうやって入ってきた?扉の音なんて聞こえなかったし、いや、そもそも扉なんて無いんだけど??)
背後に現れた人物が俺の前に立ち、首をかしげながら俺を見つめる。
その人物は白のローブを身に纏い、透き通るような、けれどひどく無機質の白髪を流していた。
顔は白のベールのようなもので隠されており確認できない。おそらく華奢なスタイルと話し方から女性だと思われる。
「どこから来たか、ね。ふふふ、普通に入ってきただけよ」
「そんな馬鹿な、この部屋に扉のとの字も無いじゃねーか!」
「あら、そう。貴方には見えないのかしら、残念なこと」
何を言ってるんだこの人は。
『俺』には見えない?、何か隠し扉でもあるのだろうか。
「話はよく分からんけど、ひとまず、お前は誰だ?」
「それは答えられないわ、別に貴方が知る必要もない」
「……ルミナス、ではないんだよな?」
「えぇ、残念だけど。貴方たちが必死に探しているあの子では無いわよ」
あの子…?ということはコイツはルミナスのことを知っているのか?
それに、俺たちがルミナスを探していることも知っているご様子。
「なるほどね、それは残念だ。だけど、その言い方だと、アンタはルミナスと知り合いってことでいいのかな?」
「知り合い、知り合いね〜、ふふふ、そう知り合いよ、あの子とは」
「何で笑ってんのか分からないんですけど」
「ふふふ、知らなくていいわよ、知る必要もないわ」
「はぁ、?…っんッ?!」
突然、俺の顎に冷ややかな感触が触れた。
俺の前に立つ彼女(?)が俺の顎に指をかけて、まるで品定めをするような目つきで俺を見つめる。
人の体温を感じないような指の冷たさに、思わず俺は顔をしかめる。
「顎クイ、美人にされるのはいいけど、顔も分からない人にされてもね?」
「あらぁ安心して、私、巷では美人で有名だから」
「巷ってどこだよ…。まぁせっかくなら、その巷で有名な美顔を拝見してみたいものだけどね」
「ふふふ、見せてあげたいけど、残念。何回も言ったけど、貴方は何も知る必要はないの。どさくさに情報を探ろうとしても無駄よ?私は貴方に、『駒』としての価値があるかないかにしか興味がないの」
「…駒?」
俺の思惑は全て読まれ、終始、掴みどころのない相手のテンポで話が進む。
こうも心情の読めない人を相手にするのは、こんなにも疲れるのか。
それにしても、俺が意識を失う前にも聞いた『駒』という単語。
俺が今こうして拉致されているのは、その『駒』に関係しているのだろう。
「えぇ、あの子を探している異国人がいるって聞いてね、私ゾクゾクしちゃったの。『白金の魔女』と呼ばれるあの子に自ら会いに行こうとする異常者なら、私の計画に使えると思ったのだけど…」
彼女の表情はベールに隠れて分からない。
ただ───
「期待外れ。貴方は、ただの一般人みたい」
鼓膜を震わすのは、先ほどでの慈愛を含んだ声でなく、温度を一切持たない氷のような響きだった。
ベールの奥から覗く双眸は、俺を人として映していないだろう。
それは、冬の底に沈む氷のような無機質な眼差し。
「へぇ…それは判断ミスじゃない?」
「ふふふ、私が間違っているとでも言いたいのかしら?」
「あぁ、俺はアンタが言う一般人じゃない」
「それなら何という種類のゴミかしら、貴方に価値があるとは思えないけど」
首筋に一筋の汗が流れる。
俺の予想外であろう返答に惑わされることもなく、淡々と言葉を紡いでいく彼女に、俺は久しぶりの焦りを感じていた。
今の言葉はブラフだ。
だが、それも彼女は分かっていてわざと挑発に乗ってくるあたり、俺と彼女の間には絶望的な力の差があるのだろう。
未だ『英雄の導』の反応はない。
おそらく、このままでは俺は用済みとして殺されるだろう。
どう打開する?何かないか、考えろ、考えろ、俺…!
「…そうね、ふふふ、ならこうしましょ」
その言葉と同タイミングで、俺を縛っていた紐が解け落ちる。
そして、彼女から俺が持っていた鞘を投げられ、俺は慌ててキャッチする。
「んー、どうゆうおつもりで?」
「ふふ、簡単よ。貴方に駒としての価値があるかどうか、戦って確かめるだけよ」
「戦うだなんて物騒な、」
「一般人と話している時間はないの、さ、構えなさい、いくわよ───」
(考える猶予もくれないのかよ?!)
彼女の華奢な体からは想像もつかない、真空を切り裂くような轟音。
視認することさえ叶わない、音速を超えた右拳が俺の眉間に向かって一直線に放たれた。
回避は不可能。
(このままでは死ぬ)
冒険に出てまだ二週間と少し。ルミナスの情報も、アリアを殺した犯人も、何ひとつ掴めていない。
何もできないまま、俺は死ぬのか?
彼女が言ったようにゴミとして朽ちていくのか?
──いーや、違うね。
俺は二人と約束したんだ。
俺が目覚めた日にアリアさんと。
そして、トライアさんの豪邸のあの部屋で、カノンと。
『俺がカノンを導く』のだと。
俺が何者で、以前何をしていたのかさえ分からない。
なぜ俺にこんな大役が与えられたのか、その理由も、果たすべき義理も、きっとどこにもないだろう。
でも約束してしまったんだ、他でもない、自分自身の意思で。
なら──最後まで、命を懸けてでも守り通すのが筋ってもんだろ?
『──約束は、必ず守りなさい』
その時、脳内に激しいノイズが走った。
酷い雑音の向こう側から響いたのは、記憶にないはずの、低く落ち着いた男性の声。
これは……アリアの記憶か?
──いや、今はそんなことはどうでもいい。
(ここでくたばってどうする…!)
迫り来る死の恐怖を、己の信念が塗りつぶす。
俺は、己の魂の奥底に眠る『何か』に向かって、叫んだ。
一か八かの大博打!!
「『英雄の導』、俺に力を貸せ!彼女を導くために!!」
その刹那。
世界から音が消え、脳内に『冷徹で、だけどこの上なく祝福に満ちた機械音』が響き渡った。
──『覚悟』の条件達成、権能:『過去視の追走』を付与。
──準備完了。
──実行。
賭けに勝った瞬間だった。
「ぬ、あぁぁぁああ!!!」
俺は迫る音速の拳を、俺自身の意思超えた速度で体を仰け反り、回避に成功する。
「……!!」
彼女の顔はベールで隠され見えない、だが、ベールの薄布越しに、燃えるような、それでいて戦慄に満ちた眼差しが俺を射抜いているのを肌で感じた。
「やっと、人間らしい反応見せてくれたな」
しかし、その反応も虚しく。
彼女の肩が笑いを堪えきれないように激しく揺れ始める。
「ふふ…ふふふ、ふふふふふっ!やっぱり、私の勘は間違っていなかったわぁ!その『純白の瞳』、貴方も特別なのね」
彼女の歓喜と興奮が混じった狂笑が部屋全体に響き渡る。
「もっと、もっと見せてちょうだい!!貴方のもつその『特別』を!!」
「な、なんか状況悪化してないか?!」
戦闘の終結、と思いきや状況は激戦へと一転した。
ハクは賭けに勝ち九死に一生を得るが、狂う白い悪意の攻撃は止むことなくハクを襲っていく───
次回第12話『純白の瞳と狂える白の誘惑』です!
お楽しみに〜




