あなたの記憶、買います。其の二⑤
翌日
「それで、どうして翔くんはまたここにいるんですか?」
ピーターの店に翔はいた。カウンターに突っ伏している翔くんの前で、ピーターは店のグラスをせっせと磨いている。
「記憶がちゃんとルリん中に戻んなかったんじゃないかって思って」
「でも、翔くんのことは覚えていたんでしょう?」
「ルリの気持ちがさ」
「はい」
「戻るときに壊れちゃったんじゃないかな?だって、なんかすっごい冷たかったし。前はあんなんじゃなかったよ。俺のこと嫌いになったんじゃないかな」
そう言って相変わらず突っ伏している。ピーターはため息をついた。
「それは、記憶の問題じゃないんじゃ」
「どういうこと?」
「自分でわかんないんですか?」
「わかんない」
ピーターはもう一度ため息をついた。
しかし、そんなヘニャヘニャな翔くんを適当にあしらった翌日には、お節介なピーターさん、ルリちゃんの様子が気になって大学まで来てみた。
ルリちゃんは学科と学科の空き時間にとある校舎の屋上でベンチに座るとペットボトルの紅茶を飲んでいました。それからぼうっと街並みを眺めてた。
「もしかして、また忘れたいなんて思ってます?」
「あ……」
声をかけられて横を見たルリちゃん、ピーターを見てちょっと微笑んだのだけれどその笑顔にイマイチ元気がない。
「ちょうどよかった。聞きたいことがあったの」
「なんですか?」
ピーター、失礼してルリちゃんの横にちょこんと座る。
「いったん忘れたことが、数日経ったら全部戻ってきてるみたいなんだけど、どうして?」
「ああ……」
片手で買っておいて、片手で売っている人がいるからですねぇ。はい。ピーターが言い淀んでいると、ルリちゃんはもう一度寂しい顔でわらって、紅茶を一口飲んでから街並みにまた顔を戻すと遠いところを見た。風がルリちゃんの前髪を揺らした。
「無意識にね、どっかで翔が自分のものだって思い込んじゃってたみたいで、わたし。それは違うんだって何回も自分に言い聞かせるのがすごい辛いの。こんなんだったら、忘れちゃってたほうがずっとマシ。知らなかったよ。忘れるのって、こんなに辛いんだね」
ルリちゃんが横を向くと、ピーターはちょっと泣きそうな顔になっていた。ルリちゃんはその顔を見てぷっと笑った。
「そんな顔しないでもいいよ。きっと元気になるからさ」
「大丈夫ですよ。ルリさん」
「ん?」
「忘れないでも大丈夫に、きっとなりますから、ね」
「え?」
もう一度、風が吹いてきて、ルリちゃんの前髪をさらった。
「なんかちょっと元気になったかも」
「よかったです」
ピーターは恭しく答えた。ピーターとしては翔くんを見ても別に何も感じなかったのだが、ルリちゃんのためならしょうがない。もう一度あのへなちょこに会わねばと思う。




