五
次の日の朝
「若様、お目覚めですか?」
いつもの居室の廊下で阿順は困っていた。そこに秋菊が通りかかる。
「どうしたの?」
「何度お声をかけてもお返事がなくて」
それで、秋菊は息子の居室に入った。後ろから阿順がついてくる。しかし、寝台の上に文淵はいなかった。
「さらわれた」
「馬鹿おっしゃい。簡単にさらわれるようなことはないでしょう。大体、物が散らばったりしていないわ」
「じゃあ、どこへ……」
「さっさと起きて出かけたのではないの?」
「家の者を誰も起こさずにですか?」
「家出?」
しばらく、秋菊と阿順は腕を組み、片手を顎に当てて考え込む。いや、ちょっと待てよ。
ふと思いついていそいそと玉桃の居室へと向かう。秋菊が少しだけ細く扉を開けて中を覗いた。それからそっと閉じて秋菊の後ろからついてきた阿順に無言で頷いた。
「若様、お目覚めですかぁ」
「ちょっとよしなさい」
慌てて秋菊が阿順を止める。
「なぜですか?もう起きられないと、お城に遅刻します」
しのごのいう阿順を引きずって玉桃の居室から離れる。
「阿順、お前、一っ走り大理寺まで行って、今日、文淵は休むって伝えてきなさい」
「ええ?出世に響きます」
「1日ぐらいなんてことないです。昨日の雨に打たれて風邪でも引いたようだと伝えなさい。わかったら、さっさと出なさい」
阿順をお城へ向かわせると、秋菊は今度は自ら厨へと向かう。寝坊して起きてくるであろう息子と娘が、一緒に食べる朝餉に何かご馳走を足してやりたくなったからである。
***
話は二日前の夜に戻る。月蓮が女将に呼ばれて返事をし、客のところへ来たところである。
「遅いぞ、月蓮。俺を待たせるな」
年のころは40前後か、押し出しのいい男がいらいらとしている。月蓮が隣に座ると、彼女の開けた男と彼女との間を自らぐいと膝を寄せてつめて女の体に腕を回すと、体に触ろうとする。
「やめてくださいよ」
「さっきは誰の間に出てたんだ」
「どこにも出てなんていないですよ」
「誤魔化すなよ。下から見てたんだ。お前は確かにどっかの部屋から出てきた」
「ああ、ちょいとね、時の人を揶揄いに」
「時の人?」
「ほら、最近、都一の才女を娶ったっていう」
「なんだ、韓家のガキのことか」
「そうそう」
男は太い眉を寄せて月蓮を睨んだ。
「お前、その韓家のガキに惚れてんのか?」
「そういうのじゃないんですよ。あれは、わたしのおもちゃなんです」
月蓮はそこまでいうと、男に煙草を持っていないかという。煙管につめて、火をつけると深く吸い込んだ。
「おもちゃのくせに、本当に生意気ですねぇ。このわたしを忘れるなんて……」
火鉢の上で、月蓮は煙管をカンと鳴らし、吸い終わったタバコの灰を落とした。
了
2026.06.24
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