一緒に死んでください
演劇の舞台を思い浮かべてほしい。舞台は真っ暗で、観客席も暗闇に沈んでいる。ぱっとスポットライトが中央に注ぐ。すると女が一人浮かび上がる。女は手に何か紙を持っている。
女の手にしている紙にはこう書かれている。
くたくたに疲れてしまいました。どうしてあなたはいつも、肝心なことは言わずに僕を振り回し、僕がいよいよ君の真意を掴みかねて、身を引き裂くような決意でもって、君と決別しようという時に、またこんなふうに僕に向かって、泣いているような顔で笑うのですか。僕はほんとうにくたくたに疲れてしまいました。何をする力もこれっぽっちもないんです。気力も体力もあなたに捧げて枯れ果ててしまいました。どうしてあなたはいつもそんな目で、声で、そして、か細い様子で僕を捕まえるのですか。そして、たまらなくなった僕があなたを糾弾すると、途端に僕なしではダメなのだと縋り付いてくるのですか。僕はもう本当に耐えられないのです。君がきっとまた元気になって、確かな足取りで歩いてゆくものと信じて、信じては支えて、支えては裏切られて、それでとうとう僕は全てを裏切って、君も、神も、空の太陽も、とんでゆく鳥も、流れ落ちてゆく雨も、全てを裏切って、自由になろうと思ったんだ。全てを捨てて。それなのにどうしてあなたは僕を自由にしてはくれないんですか。僕はもう本当にこれっぽっちも力がないんだ。僕の今の望みはただ一つ。大きな海の上に横たわって、空を眺めながら、どこまでも深い海へ沈んでゆきたい。どこまでもどこまでも深い海へゆっくりと沈んでいきたい。
ねえ、あなた、僕と一緒に死んでくれないか。
女はその紙に綴られた文章を最後まで読んで、ギョッとして紙をぐしゃっと握る。
舞台のライトがもう少し明るくなる。女の髪は後ろに一つにまとめられ、年齢はこれは若くはない。平凡な上下の服に、エプロンをつけている。
突然、女の後ろでバタンと音がする。
そこで、舞台の中央にしか注がれていなかったライトが舞台全体を照らす。梯子を上る二段ベッドの上の段だけがあり、その下のスペースには本棚と机が置かれ、部屋のすみにはクローゼット。
「あ、お母さん、何やってんだよ。俺の部屋で」
「ちょっ、あんた、これ……」
「やだ、信じらんない。勝手に読んだの?」
「あんた、これ、なに?」
中学生ぐらいの男の子は顔を真っ赤にして母親からその紙を奪おうとする。
「あ!」
ビリ……
「もう!」
ぐちゃぐちゃになっちゃった。お母さん、オロオロする。
「手紙が……」
「こんなん、手紙なわけないだろっ!ばか?」
(思春期の男の子を育てたことのない人のために注記を入れると、思春期の男の子が母親に向かって、バカというのはよくある出来事です)
「じゃ、なんなのよ」
「小説の冒頭だよ」
「え、しょ……」
お母さん、この前ちょっとやっちゃったぎっくり腰がまた出るかと思ったぜ。
「この前、リレーでアンカーやってて、勉強嫌いで、本なんか一切読まないあんたが、しょ……」(ショックのあまり、小説と言えない)
絶対おかしい。なんか息子が突然小説書き始めた理由があるはずだと思うお母さん。やっぱ女の子がらみなのかしらん?え、うちの子が??
「絶対誰にも見せるつもりなかったのにぃ」
せっかく書いた小説の冒頭をぐちゃぐちゃにして顔を下に向け、真っ赤になって怒ってる男の子。うん、気持ちわかる。人に見せられないままこっそり書くのが小説だよな。それを勝手にみられたら、裸見られるより恥ずかしいよな。
どうしてうちの子が突然小説を?と目を白黒させていたお母さんも、やっとちょっと落ち着いてきた。
やべ、またやっちゃった。あっち行けって言われても、ついつい覗き見る息子の部屋。
「ごめん……」
「……」
これまた、1週間とか口きかないコースかなと思いつつ、気になってたことを聞いてみる。
「それ、純文学?」
「ミステリー」
「へー!」
「あ、もういい!出てって!」
力の強くなった息子に部屋から追い出された。あ、ちょっと、腰、お母さんの腰、気をつけて。やれやれ。
バタン!ガチャリ!
鍵かけられた。こんなもんである。思春期男子。それにしても息子よ。なかなかよく書けてたぞ。ぐちゃぐちゃになっちゃったが、大事にしろよ。冒頭。
それでは、アディオース!
汪海妹2026.06.10
ちなみに、我が息子が実はお母さんの真似して小説書いていたの?と思われた皆様。これはフィクションです。うちの子は勉強以外で本を開かない人です。もちろん、小説も書かないよ!
突然降って湧いた100%遊びの短編です。笑っていただけたら幸いです。普通は1日に二つ記事を上げることはしないのですが、号外としてあげます。




