表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
短編集22〜26年  作者: 汪海妹
雨宿り
PR
51/61

初音_原案汪海妹、執筆青燈(AI)

本編は原案と構成を私、汪海妹が行い、執筆はAIである青燈セイトウが担当しております。ChatGptにペンネームをつけて青燈でございます。<(_ _)>


↓ここより本文↓


吉原の夕暮れは音でできている。三味線の音がする。どこかの座敷で鳴らされた一音が、格子を抜け、夕靄のように通りへ流れてくる。笑い声がする。下駄の音がする。客引きの声がする。そして、それらの音の間に沈黙がある。


初音は格子の内側に座っていた。客の約束はなかった。膝の上に重ねた両手は白く、動かない。張見世はりみせに並ぶ女たちは、退屈を紛らわせるように隣と話したり、客を眺めたりしていたが、初音はただ前を見ていた。


通りを人が流れてゆく。誰も彼も、どこかへ向かっている。その流れの中に、一人の男がいた。


初音は最初、見なかった。見たのに見なかった。目が捉えたものを心が認めなかった。


男はゆっくり歩いていた。髭を蓄え、身なりも良い。昔の面影は薄れている。それでも。


初音は立ち上がった。格子に指が触れた。男は立ち止まり、何気なく張見世を眺めていた。


こちらを見た。見たはずだった。だが、その目は初音の上を素通りした。知らない女を見る目だった。


初音の胸の奥で何かが音を立てて崩れた。


「初音!」


店の者が驚いて声を上げる。初音は格子を離れた。男はもう歩き出している。追わなければ。そう思った。


何をいうのかもわからぬまま。何を聞くのかもわからぬまま。ただ追わなければと思った。


表へ出ようとしたところを腕を掴まれた。


「何をしてる」

「離してください」

「客か?」

「違います」


違う。客ではない。客などではない。あれは。あれは。


店先でもがく初音の目に、男の姿が見えた。その少し先で、誰かと立ち話をしている。見覚えのある後ろ姿だった。


近江屋である。


初音は急に動くのをやめた。遠くで近江屋が笑った。男も笑った。二人は何か話している。やがて別れた。男は去った。近江屋はこちらに歩いてきた。


初音は黙って立ち尽くしていた。遠くで三味線が鳴っていた。まるで何事もなかったかのように。



座敷には酒の香りがあった。灯りが揺れている。近江屋は盃を手にしたまま、珍しそうに初音を見ていた。


「今日は随分と静かだな」


初音は酌をした。酒が細く流れる。


「先ほど」


初音が口を開いた。近江屋が目を上げる。


「店の前で、お話をされていた方は」


近江屋は少し驚いた。初音の方から人のことを尋ねることなど滅多にない。


「真壁殿か」


その名を聞いた瞬間、初音は目を伏せた。やはり。そうだった。惣ニ郎。生きていた。


それだけでも驚くべきことだった。それなのに。近江屋の話す真壁というのは成功した商人だった。金もある。土地もある。人脈もある。何不自由なく暮らしているらしい。


「知っている男か」


近江屋が尋ねた。初音は首を振った。


「昔の知り合いかもしれません」


その答えを聞いて、近江屋はそれ以上聞かなかった。だが胸のどこかがざわついた。長いこと商売をしている。人の顔も心も見てきた。今の初音は明らかに様子がおかしい。そして、その理由が自分ではないこともわかった。


近江屋は盃を置いた。


「呼ぼうか」


初音が顔を上げた。


「え?」

「その男だ」


初音の顔から血の気が引いた。


「おやめください」


思わず身を乗り出した。


「お願いです」


近江屋は息を呑んだ。初音がこんな顔をするのを初めて見た。


雨が強くなった。灯りが揺れた。やがて近江屋は苦く笑った。


「そうか」


そして話を変えるように言った。


「何か歌っておくれ」


そう言った近江屋を、初音はじろりと見た。その顔は、まるで怒っているようであった。唇は固く結ばれ、細い眉はわずかに寄っている。灯火に照らされた横顔には冷たい影が落ち、先ほどまでの愛想の良い芸者の顔はどこにも見えなかった。


しかし初音は何も言わない。やがて傍らの三味線へ手を伸ばした。その動作は妙にゆっくりとしていた。黒く艶のある棹を膝の上へ載せると、袖口から覗く白い指でそっと胴を撫でる。塵でも払うように柔らかく布を走らせ、それから糸巻きへ手を掛けた。


きり、と小さな音がした。初音は糸を弾く。


ぼうんーー


低い音が部屋の中へ広がった。音は畳の上を滑るように流れ、障子へ触れ、天井の梁へ昇り、静かに消えていく。二人は黙ったままだった。


ぱちり。


火鉢のすみがはぜる。


ぱち、ぱち。


その音だけが小さく響く。障子の向こうからは、別の座敷の笑い声が聞こえた。酔客の大声。女たちの笑い。誰かが手を打つ音。今宵も花街は賑やかであるらしい。けれどこの部屋だけは、不思議なほど静まり返っていた。


初音は再び糸巻きを回した。今度は少し強く撥を当てる。


りんーー


澄んだ高い音が生まれた。先ほどの低音とは違い、その響きは細く長く宙を渡った。冬の夜空へ投げられた銀の糸のように、どこまでも遠く伸びてゆく。初音はその余韻を聞いていた。そしてもう一度。


りんーー


音が消えるころには、先ほどまでの険しい顔はどこかへ失われていた。怒りは溶け、代わりに深い悲しみが残っている。遠い昔を見つめるような目だった。


初音は静かに背筋を伸ばした。三味線を抱え直し、膝の上へきちんと構える。調弦はもう終わっている。歌うための顔になっていた。


初音はしばらく動かなかった。やがて三味線を抱いた。細い指が弦に触れる。低い音がひとつ。またひとつ。鳴った。


やがて歌が始まった。


待てど、暮らせど、来ぬ人をーー


近江屋は目を開けた。初音は遠くを見ていた。ここではないどこかを。今ではないいつかを。


近江屋はその横顔を見つめた。その瞬間、悟った。自分は一度もこの女の心に触れたことがなかったのだと。ただ幸せになって欲しいと思っていた。笑ってほしいと思っていた。だが。この女はもっと遠い場所で生きていた。自分の知らぬ悲しみの中で。


歌は続いていた。雨も続いていた。


近江屋は静かに酒を飲んだ。歌が終わる。三味線の余韻だけが残る。しばらく誰も何も言わなかった。


その静けさを残したまま、吉原の夜は続いてゆく。廊下には灯りが明るくともり、幾つもの座敷から笑い声が流れていた。酔った客の大声。芸者の鈴を転がすような笑い。誰かが唄い出せば、別の誰かが手を打つ。吉原は今宵も賑やかであった。


その廊下を、ひとりの初老の男がふらふらと歩いていた。上機嫌に赤ら顔をした客である。隣では若い遊女が袖で口元を隠しながら笑っている。


「ご隠居様、そんなに飲まれてはまた転びますよ」

「なに、まだまだ若い者には負けんわ」


男はそう言って豪快に笑った。今しがたご不浄から戻る途中である。足取りは少々怪しかったが、機嫌だけはたいそう良かった。そのときだった。ふと男の足が止まった。遊女も不思議そうに顔を上げる。


どこからともなく三味線の音が聞こえていた。続いて女の歌声。男は黙って耳を澄ませた。先ほどまでの酔いが少しだけ醒めたような顔になる。廊下を行き交う人々は誰も気に留めない。けれど男は立ち尽くしていた。歌は静かに流れ、やがて終わる。男は小さく息を吐いた。


「……ほう」


それから感心したように頷く。


「初音か」


遊女が目を瞬く。


「ご存じなんですか?」

「昔から喋らん娘でな」

「そうなんですか」

「美人ではあったが、何を考えているのか誰にも分からん」


男は小さく笑った。


「だが、今の歌は良かった」

「……」

「あんな歌を歌うようになったか」


男はそう言って、もう一度閉じた障子を見た。その向こうでは、まだ誰かが静かに余韻を聞いているのかもしれない。しかし男はそれ以上何も言わなかった。


「さあ、行こう」

「はい、ご隠居様」


二人は再び歩き出す。笑い声。酒の匂い。明るい灯。吉原の夜は何事もなかったかのように賑わい続けていた。


2026.06.02

原案 汪海妹 執筆 青燈(AI)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ