スーパー戒名
この小説は完全なるフィクションです!
「なんなんですかぁ、この後に及んで、この長蛇の列。死ぬかと思いましたよ」
「何言ってんですか、あんたもう死んでんですよ」
「あ、そうだった」
ここはとある窓口です。無味乾燥なコンクリの床、壁、天井、そしてガラスで仕切られたブースの中にちょこんと担当者が座っている。なんというか、占いの易者が着るようなコスチューム。そしてその前には、ディズニーランドでよく見かけるあの鉄製のパイプで区切られた延々と続く待ち人通路。やっと最後まで来て3番窓口へ来た。担当はぞんざいな態度で語りかける。
「ま、でもね、空腹もなし、暑い寒いもなし、眠くもなんないし、疲れないでしょ?大体、体、軽いでしょ?待たされるのなんて楽勝でしょ?体無くなってんだから」
随分な言いようである。Aは食い下がる。
「でも、それにしたって、死んだら楽になると思ってたのに、死んでも列に並ぶって、どういうことですかっ」
「はっ」
担当者はそんなAを蔑んだ顔で見た。
「こっちだって、あんたたちに言いたいことたまってんだけど、あんたがキレるんか」
「え……」
「大体、死んだら楽になるって一体誰が言い始めたんだよっ」
え、死んで楽になろうとか、よく聞くフレーズですが……。ポカンとしたAに担当ビシッと言う。
「わかったら、はい座って」
「はい」
背のない丸い座面の椅子に座りました。それからまたそわそわと落ち着かないA。あちこち見回しながら言う。
「あの閻魔様ってどこにいるんですか?」
担当は一瞬無表情になったあと部屋の一隅を指す。
「あー、ほら、あの窓から外見えるでしょ?」
「はい」
「あの川の先」
「もしかして、じゃあ、あれが有名な三途の川?ちょっと写真撮ってきていいですか?」
「あんた、スマホもなんも持ってないでしょ?」
そうでした。また、丸い座面の椅子に座る。
「ここで、手続きすればあれを渡って閻魔様に会うんですね?」
そこで、優秀なビジネスマンだったAさん。はたと思いつく。閻魔様に付け届けは効くだろうか?
「あの、閻魔様って、たこ焼きと今川焼きと大判焼きと川越まんじゅうなら、どれが一番好きですか?」
なぜか、この建物の周りには、屋台が立っていて、いろいろ売っている人がいました。
「閻魔様はそんなもんは食わん」
ダメか。付け届け……。
「あ!」
「なんだ。うるさいな」
「カードも、スマホ決済も、現金もない!つうか、船に乗るための六文銭もないし」
自分の両手でペタペタと自分の体を撫で回すA。
「そんなん、ここにいるみんな一緒じゃ」
「じゃ、あのたこ焼きとかはどうやって買うんですか?」
「あれは、あやつらの 善行 のためにやってるから、ただじゃ」
前項、全校、全高、全国高等学校野球選手権……?
頭の中が見えたのだろうか、窓口担当、クワッとなる。
「よいおこない の 善行ぢゃ!」
「え、えー、いまどき?」
そこで、どっかから、あの、漫才のボケとツッコミで時々使うメガホンみたいのあるじゃないですか。あれが出てきて、スパコンと叩かれた。目の前にガラスのブースがあったんじゃないんかい?ま、細かいことは抜きで。ここ、ほら、現世じゃないし。
「あいたー!いや、でも、無料より高いもんはないっていうし、あの人たちなんで、無料であんなん配ってんですか?」
「あやつらは現世での業が深くて徳を積まなければ三途の川を渡れないんじゃ」
「へー、大変なんですね」
「あんなん配るだけじゃ、なかなか徳は積めないんだがな」
こほん、担当が咳払いをする。
「そろそろ、本題に入らせていただいていいかな?あんた、宗教は?」
「宗教?」
「仏教で間違いないかな、何宗とかはいいから、仏教、そうだね?見たところ日本人だし」
「ああ、はい」
「仏教、と……」
手元の書類のようなものに何か書き込んでいる。
「さて、と……。現世で後悔していることは何?」
「後悔……」
きょとんとするA。丸い座面の椅子の上で、心なしか背中が曲がっている。
「後悔とか、反省とか、あるでしょ?一通り生きたんだから」
「え、いや、そんな急に言われても」
「じゃ、しばらくそこで、考えて」
えー、後悔、反省?Aが腕を組み、灰色の愛想のない天井を軽く見上げながら考える。その時、目の端に担当がぴこぴことPCのようなものを扱って画面を眺めているのが映る。
「何見てんですか?」
「ああ、もう、こっちのことはいいから。思いついた?」
「はい」
「なに?」
それで、Aが早速話し始めようと口を開くと、突然担当はばっと開いた手のひらをこちらに向ける。
「ちょっと待った」
「はぁ」
「碌でもない話をするんじゃないよ」
「え……」
そう言われて、Aは首を少し傾げて上を見る。これは、碌でもない話だろうか?いや違う。純粋な話のはずだ。
「じゃ、いいかな?どうぞ」
「えっと……」
それから、彼はほのかな熱を込めて語った。時はまだ平成。彼の青春時代。大学生1年生だった頃、大学入学と同時にサークルの勧誘で知り合った女の子たちがいた。こちらも複数、あちらも複数で知り合い、その二人の女の子のうちの一人の子が優しくて明るくて好みだった。彼女の笑顔が舞い散る桜のほのかなピンクとともに今でも思い浮かぶ。だが、自分ともう一人いた男が手の早いやつでさっさとその子と付き合い始めてしまった。
「碌でもない話はするなと言ったはずだが」
「いや、こっからがいいところなんですよ」
要領のいい友人と違って、自分は奥手でなかなか彼女なんぞできなかった。それで、入学から実に2年くらいたった頃だろうか。自分の好みだった女の子が友人と別れちゃったのだ。
「だからどうした?」
「いや、こっからなんですって」
別れちゃったのみならず、なんと彼女は、実は家が近くだったのだが、夜中に突然一人で自分の家を訪ねてきて、しかも、男の一人暮らしの家に上がったのだ。夜中にだよ?
「え、それでどうしたの?」
「なんだか帰らないでポツンと座ってて、でも、どうしたらいいか分からなくって」
彼氏と別れたばかりの女の子、しかも、当初いいなと思っていた子が突然夜中に訪ねてきて、人んちの床に座っているわけである。突然のことに大パニックであった。
「でも、そんとき、俺、ぶっちゃけまだ童貞だったし。手、出せなかったんですよ。今なら、ごちゃごちゃ考えずにとりあえず……」
スパコーン!これ以上の発言はメガホンにより妨げられた。
「いや、それじゃねえだろ、お前の人生で後悔すべき、反省すべき点わよー」
PCの画面を指差しながら、顔を真っ赤にして起こる担当。
「え、いいじゃないすか。俺にとっては、後悔すべき出来事でした」
「お前にとってはとか、どーでもいーんだよ」
そして、担当はつまらない顔に戻る。それから、四角い印鑑を取り出し、スタンプ台へビシビシ叩きつけると、バシッと、手元の書類に押した。Aは立ち上がり、担当の手元を覗く。
不合格
四角く縁取られた不合格印がばっちり押されている。
「え、何?不合格って、聞いてねえし。今の、なんかのテストだったの?」
「えー、不合格者に対する説明を開始します」
無視された。
説明はこうだった。曰く、魂というのは輪廻転生を繰り返しつつ、それを浄化し、いつかは悟りを経て輪廻の輪から外れることを目指している。ところが、最近、この魂の 不浄化 が著しいのだそうだ。
「僕、別に警察に捕まるような悪じゃないですよ」
「ここで問題にされるのは刑法だけではない」
「民法もですか?」
「それも含むが、人間の作った法律は不完全である」
「じゃ、何に従えというんですか?」
「そりゃ、宗教だよ、あんた」
「ほえ?」
ホエエ?
「仏教徒なんでしょ?ありがたいお釈迦さまのおっしゃったこと、どのぐらい知ってます?あんた」
「……」
三途の川の手前で、Aは思い返す。仏教徒としての自分の人生。はて?そんなAを見ながら、担当はため息をつく。
「日本人は昔の方がまだ良かったよ。現代人は欲深い」
「欲、ですか……」
「魂の浄化とは自分の欲を捨てて、他を慈しむことがスタート地点です」
ここで担当合掌し、軽く頭を下げる。
冥王星も影響もあるのか、あちらこちらで戦争の絶えない不安定な昨今。三途の川界隈のボスである閻魔様もこの現世のあまりの様子に、我々も何かすべきだと考えた。この宇宙の平和のための一助になろうと。
「それで、成仏を簡単にさせないことにした」
「へ?」
本来なら、現世に未練のない魂は三途の川を渡り、閻魔様が選別して一部は地獄へ、大部分は極楽へ行ってしばらく子孫を見守る祖霊として極楽で過ごし、サマーホリディには現世へ行って踊りまくったりなんてやってるわけだ。駐在員の一時帰国みたいなもんだ。それで、時がくればまた順番に現世へ転生して新しい人生を歩む。
ところが、昨今、現世でますます魂を汚してからこちらへ来る人が増えてきて、現世の不浄化も深刻だが、ぶっちゃけ極楽の空気すら澱んできた。
「じゃ、地獄にどんどん入れちゃえばいいんじゃないですか?」
綺麗な人だけ極楽へ回し、汚い人は地獄へポイだ。
「そういうところじゃないんだよ。地獄は」
「あ、はい」
「地獄道へ入っても転生は可能だが、かなり長い時間を要する。つまり簡単にたくさん地獄へ送ると、現世へ送る魂に不足するのだ。地獄も狭くなる」
それで、三途の川のこっち側が再開発されることになった。つまり、成仏するまでに ここで 魂の汚れちゃっている人たちの浄化をはかる
浄化センターが設立された!ピラリラリ!
「それ、何をするんですか?」
「自分の人生に対する反省文に取り組んでもらう」
なんだ簡単そうじゃねえかと思ったA。
「それから、半年に一回のペースで実施される新人賞に送ってもらう」
新人賞?
「はい?」
「読者は極楽と地獄の魂たちだ」
「いやいやいや」
「名付けて、あの世大賞!」
チーン
「いや、読書感想文とか昔っから苦手なんですが」
「読書感想文じゃなくて、自分の人生を鑑みた反省文だ」
「そんなん、誰が読むんですかっ?」
「みんな、暇だから読むんだって」
そんなん、文才あるやつの方が有利で不公平じゃね?と思ったA。自分の服の袖を持ち上げ、腕をぐいっと曲げて力瘤を見せる。
「俺、どっちかっていうと運動のほうが得意なんだけど、そっちで測ってもらってはダメですか?」
あの世選手権!
しらけた顔でAを見る担当。
「これは魂の純度を見るテストなんです」
「運動している人だって、魂は綺麗ですよっ」
「確かに純粋に努力し尽くしたアスリートの魂は綺麗ですよ。そんな人たちは人生で後悔していることや反省していることと聞かれたら、思わずこっちも涙ぐんでしまうような純粋な発言をするものだ。まず、あんたとは後光が違う」
そう、若き日の己の性欲についてなど語らないに違いない。
「じゃ、死ぬ気で書いてね」
「いや、死んでます」
「比喩ですよ。比喩。じゃ、次の人ー」
担当は、首を伸ばし、手を軽くあげ並んでいる次の魂を呼びにかかっている。
「あ、そうそう、何回も連続して落選すると、一旦現世に戻って浮遊霊になてもらいますから」
「はい?」
「大丈夫。その時には、現世で悪霊にならないための説明会もありますからね」
ところで、サラリーマン時代には、お客様に断られそうになっても縋り付く、粘りの営業で定評のあったA。ここでも担当に縋りついた。
「ちょっと、あんた!あんたも仏の子でしょ!」
本当はその易者コスチュームの着物の袖に縋り付きたかったが、ガラスが邪魔するので、そのガラスの壁にベタりとへばりついた。
「なんとかならないんですかっ!」
「そんなこと言ったって、もう焼かれて骨なっちゃってんですからねぇ。そういうことは骨になる前にやっておかないと」
「え?」
「あんたみたいなのはさー」
不意に袂から扇子を出して、バサリと広げてパタパタと扇ぐ担当。体がなければ暑くないのではなかったか?まぁ、いい。それから、立ち上がりこれもガラスの側まで顔を寄せ、そっと口元と顔の片側を扇子で隠しながらボソボソという。
「生前に金積んで、スーパー戒名つけてもらうべきだったんだよ」
「スーパー戒名?」
「ま、ここだけの話。極楽にも裏口があるってことです。極悪人は無理だけどね、あんたくらいならそれでどうにかなった。ま、骨なってからじゃ遅いけどさ」
ナニーーーー!!
がーんがーんがーんがーん……
「大丈夫。心入れ替えてね、書いてくださいよ。反省文。あんたの一世一代の名作をね」
「……」
能天気なAも、とうとう最後に肩を落とししょんぼりとする。ちょっとかわいそうかも。しょうがないか。読書感想文、苦手中の苦手だったんだけど。順番を次の人に譲り、トボトボ出口の方へ向かうAの背中に担当が声をかける。
「あんたなんか、わたしよりマシですよ」
「どういうことですか?」
「わたしがもう何年ここにいると思います?」
何を言っているのだろうと担当を見つめるA。
「わたしはね。反省文ごときで許されるような身分じゃないんですよ。だから、ここでこうやって 善行 を行なって、徳を積んでいるんです」
「え……」
「さ、早く行きなさい。次が詰まっているんです」
Aはそれでもしばらく通路の途中で担当を見ていたが、担当はもう新しい魂に向かって話しかけていた。それで、その横顔を見た後で、Aは出口へ向かって歩いた。
ところで、こちらの短編を読んでくださった皆様、まだ現世にいらっしゃると思いますが、書いてみませんか?あの世の皆様に読ませる 反省文 。この作品の趣旨にはお気をつけください。己の魂を浄化させるための文章であり、メガヒットを狙うものでも、アニメ化映画化を狙い、自分が著名人になるのを狙うものであってもなりません!なんせ、魂の浄化は己の欲を絶ち、他の救済へと向かうところが出発点ですからね!あの世大賞、文章の長短は自由。読者は極楽及び地獄の皆様。上位入賞者には、三途の川を渡れるチケットをお配りします。
おっと、入賞したら死んでしまうな、これは……。
すみません。上記の募集はなかったことに。
汪海妹
2026.05.16




