グリーンピースのお姫様
グリーンピースのお姫様
蜂には、蜂の女王がいるように、グリーンピース界にも総元締めがいる。グリーンピースの女王である。現在、城の応接間には来客があり、女王は接客中である。
じゃらじゃらじゃら
グリンピース城は、エメラルドグリーンを基調にした小粋なお城である。建築様式としては、オリエンタルな感じをご想像いただきたい。ただ、いささかその城の規模は小ぶりである。
じゃらじゃらじゃら
「ツモ!」
「あー、またやられましたな。これはしたり」
にんじんが威張る。それにコーンがお追従を述べる。四角い麻雀卓の周りに座る、にんじんとコーンとグリーンピースが二人。
「いや、一人で勝ってもつまらないですな。ガッハッハ」
「さすがにんじんさんは強いですな」
その横でグリンピースの女王は着飾り、小粋な扇子で顔の下半分を隠しつつ、憂鬱な顔を隠せない。
「おかわり」
空になったカップを指差し、お茶のおかわりを所望する人参。
「これは気づきませんで、もうお茶が冷めたようですので新しいのと取り替えて参ります」
いやいや麻雀に加わっていたグリーンピース城の召使は、これを機とばかりに席を立つ。ティーポットを手に出てゆく背中ににんじんが声をかける。
「お茶なんて言わず、冷えたビールでもいいですゾォ」
「いいですねぇ、ビール」
コーンまで調子にのっている。
「それでじゃっと、契約のロールオーバーはこういうことでいいね」
「……」
お茶と一緒に出されていたドライフルーツを爪楊枝で口に突っ込みながら、にんじんがゆう。グリーンピースは暗い顔をしている。
「困るんです」
「いや、困るって言われてもな」
今度は素手でバナナチップをわしっとつかみ、口に放り込むにんじん。もしゃもしゃもしゃ
「あっちこっちで食べられている人参さんなら、利益の分配率が少し変わるくらいどうってことないかもしれませんが、わたしたちはこのミックスベジタブルの利益が減ると困るんです」
「そうはいってもな。だんだん全体の売り上げが落ちてるんだよ。冷凍食品があまり伸びないしな」
「だからといって何もわたしたちの配分を減らさなくてもいいじゃないですか。わたしたちと比べて人参さんは、作付面積も販売数も桁違いでしょう?コーンさんだって」
低姿勢に苦境を述べようと人参とコーンの目を覗き込む女王。人参は眉を顰め、コーンは目を逸らして麻雀卓の緑の芝のような盤面を眺める。
ばん
突然、人参が麻雀卓を叩く。ジャン牌が振動で跳ね上がり着地する。
「企業ってのはねえ、売り上げより利益率なんですよ。うちは母体がでかいし、養わなきゃいけない人参数も桁違いってことだよ。大変なのはうちだって同じなんだっ」
「……」
「だいたいね、ミックスベジタブルだって、人参の俺らとコーンで持ってんだ。あんたらは、下手すると皿に残され捨てられる運命なんだよ」
この暴言に女王は顔を真っ青にした。ただし、グリーンピースなのでもともとの顔色が緑でして、真っ青になったのは見ていてわからなかった。
「まあまあ、人参さん、そんなカッカとしないで。我々は敵同士ではないでしょう?」
仲をとり持つコーン。
ところで脇道に逸れるが、コーン、この人、ここが日本なので低姿勢に人参の下手に出ているが、世界で見ると人参など目じゃない生産量を誇っている。本日の人参はどうも、日本のことしか知らない御仁らしい。
コーン、ここで宥めるようにグリーンピースに話しかける。
「ま、でもね、グリンピースさんも、ただただミックスベジタブルの販売数量が減っていくのを横目で見ていてもね。ほら、グリンピースさんだけでの冷食も出てるじゃない」
「それも横ばいでして」
「だいたい、お前ら、まずいんだよ」
また、横から人参が口を出す。さすがに女王、キレた!
「わたしたちは由緒正しい健康優良食品ですっ!タンパク質、食物繊維、ビタミンを豊富に含む……」
「あ、そうそう、ダイエット中にも便利な……」
慌てて仲裁に入るコーン、しかし、その努力も虚しく、
「子供の嫌いな野菜の上位を占め、給食では必ず残される野菜代表」
「それは、ピーマンですっ」
「しかし、栄養価が高いために栄養士は給食に入れ続ける」
ピーマンがここにいなくてよかったと思うコーンの前で舌戦は続く。
「シュウマイの上にも彩りがいいし、ちょうどいい大きさだからってちょこんと乗ってるが、それだって、彩りのためで美味しいからじゃないし、下手すっと残されるし」
「あれは、蒸し加減が悪くて硬くなるからです。わたしたちだって栄養価もあり、美味しい野菜です」
「へっ、この彩り野菜」
「パセリよりマシですっ」
パセリがここにいなくてよかったと血の気のひくコーン。場は紛糾したまま、もの別れに終わる。
そして、そんな大人たちのやりとりを隣の広間とへだつカーテンの隙間から聞いていた豆がいた。女王の末娘の姫である。お前らはまずいと言われた時に、姫はハートブロークン。この屈辱、果たさずにはいられるでかと、突如、その場を離れると、着の身着のままで馬に乗り、小粋なお城を離れてしまった。ヒヒン。
ちなみに豆の身で馬に乗るとはビジュアル的に、はたまた物理的にどうなっとるんじゃい?と思わないでもないが、この作品は漫画化と映像化の予定がないので、どうでもいいやと先へ続く。
作付面積、とにかく作付面積を増やすのじゃ
姫、馬に乗りながら、この日本の大地を疾駆する。世界観、どうなる?ま、しかし、とりあえず、現実の日本ではビルとかなんとかあるのだけど、この物語の世界では、森が広がり川が流れ、その合間に農協があり、専農だか兼農だか農家の人たちがいまして、的なカオスな感じで言ってみよう。
グリンピースは時に、揚げられて塩をかけられ、ビールのおつまみになることもある。わさびとのコラボもある。新商品へのチャレンジもしてるし、ニッチな世界ではちゃんとニーズは確保してるのだ。それを人参なんかにあんなにけちょんけちょんに言われて。栽培しやすい野菜に我々の苦労がわかってたまるか。
実は、ダイエットにも便利だ。低カロリーなのに栄養素は豊富。腹持ちもいい。だいたい最近のダイエッターはダイエットする時に体を痛めつけすぎだ。わたしたちを信じてくれたら、体重を減らしつつ更に髪や肌が綺麗になる方法を提供できるのに。
そう、やっぱりアピールが足りない。昨今のビジネス界では、待っててもものは売れない。わたしたちの良さをもっとアピールしなくては。
昨今の前例のない暑さの中を、めっちゃメラメラに思考しながら、馬で疾駆する豆。熱中症にならないだろうか、そこ。ちなみに、おとぎ話ふうにまとめたいこの短編は、まるでアラビアンナイトを彷彿とするようなエキゾチックで小粋なグリンピース城(もちろん緑)を飛び出た豆姫が、馬で疾駆し、森と川の中を抜けてゆく。背景は中世の感じですが、頭の中では作付面積について悶々と悩んでいるのだ。どうだ!この世界観。
そして、馬が悪いのか、豆が悪いのか、わからんが、とある川のほとりで、姫、落馬する。
「あうー」
豆なので、重量が大したことなく、地球の引力の影響もさして受けずに落馬する。人間だったら下手すると首折って死んどるがな。しかし、豆なのでコロコロ転がった。
「ああー」
あと少しで川にポトリと落ちそうなところで、
「どうしました?」
まるで、大手電化製品の販売店の爽やかな営業マンのような登場の仕方をする、王子。これももちろん人間ではない。
「ああ、貴方様は?」
「怪我をされてはいませんか?」
豆が、怪我を、するのだろうか?まぁ、凹むのだろうか?しかし、嫁入り前の娘なので、幸運なことに無傷だったとしておこう。私も鬼ではないんでね。
姫、自分を助けてくれた王子の、平凡な、あまりにも平凡で見慣れた白い顔を見る。
「我が城がすぐそこにあります。お立ち寄りください。お怪我の手当をして差し上げましょう」
「あ、いや、怪我なんて」
「すぐそこですから」
顔は平凡で、物言いもノーブル、しかし、割と強引に、豆をさっさと馬の背に乗せると(ちなみに豆など馬の背に物理的に乗れないが、図柄を書かないでいい小説は便利だな)手綱を取って我が城へと向かう。こういう、一見親切そうな人の方が犯罪者かもしれない。読者の皆様、お気をつけください。
パカパカ、ヒヒン。
しばらくいくと森が切れて、目の前に城の姿が迫ってくる。豆姫、すっとんきょうな声をあげる。
「まぁ、なんて大きなお城。果てが見えないわ」
「ははは、なあに、兄弟が多いだけです」
「兄弟?」
「なにせ、僕は、179番目の王子ですから」
「ええ?」
王様、子供作りすぎだろ。
「さ、入ってください」
大きな城壁に囲まれた城下町に入ると、そこは豊かな街でした。
「まぁ、こんなに豊かな街、見たこともない」
「まぁ、僕たちはこの国ではるか古代から根を張って生きてきていますからね」
ほぉという顔で、豆姫、平凡なあまりにも平凡な王子の白い顔を見上げる。
「やはり、作付面積堂々のナンバー1は違いますわね。我々なんて、最下位から数えた方が早いんですのよ」
「そんなふうにいうのはやめてください」
王子、馬を止めて、豆姫をじっと見上げる。
「確かに僕たちはもう長い間この国でこの国の民の腹を満たすために生きてきました。でも、それでは僕たちだけがいれば、この国の食が支えられるわけじゃないんです」
「はあ」
「みんなが支え合って生きているのが、この国のかたちなのですよ」
「……」
この時、豆姫はつくづくと思いました。やっぱり、どこぞの人参などとは違って、主食は違うと。そう、この第179番目の王子は、お米の王子。堂々たる作付面積1位。
王子のお城は実を言うと、実家のグリンピース城よりは小さかった。小粋でこじんまりとしたあの実家より更にこじんまりとしていた。しかし、心地の良い城だった。城に落ち着き、飲み物片手に庭を眺めていると、白米王子がうっとりという。出会って初日から口説くなよと言う話だが、物語の都合上、スピーディに行こう。
「あなたの緑は実に美しい」
すると豆姫、悲しそうに下を向く。
「美しくても意味などありませんわ。野菜はやっぱり美味しくないと。不味ければ食べずに捨てられてしまいますもの」
「君が美味しくないなんて、一体誰が言ったの?」
野菜の話をしているのだが、妙にエロティックにまとまるのが怖いところである。まぁ、しかし、先へ進もう。あの、応接間での一件を思い出して、暗い目をする豆姫。
「ねえ、僕たちも盤石とは言ってもね、最近はパンを食べる人もいるし、麺類も豊富だし、農林水産省は過剰生産を抑制するために減反をした挙句、米不足に陥って価格は高騰するし」
「ふうん、お米も色々と大変なのね」
「そんな中でもやっぱり、消費者にこんな食べ方をすればおいしいよ、というアピールをして地道にやってきてるんだよ。海外への販売路も拡大しようとしてるしね」
「うん」
熱く語り、豆の手をとる白米王子。残念ながら顔は平凡である。しかし、熱意は買おう。
「ね、僕たち、結婚しない?」
「え?」
「こんな気持ちになったのは、生まれて初めてなんだ。君となら上手くやっていけそうな気がする」
「……」
「僕たちコメは、食卓の脇役で、今までだって炊き込みご飯という名前でそれはありとあらゆる結婚というコラボをやってきたけど」
「うん」
「脇役だと言っても、誰とでも結婚できるわけでもないんだ。でも、君となら上手くやっていける気がする」
手と手を取り合い、うっとりと見つめ合う、白米と豆。
「ところで、あなたの名前は?」
「あ……」
完全に順番を間違えていたが、ほっといて先へいこう。
こうやってこの世に豆ご飯が生まれた。知る人ぞ知る、素朴で味わい深い一品の影にはこんな、疾風怒濤(?)の愛の物語があったのである。
「見て、あなた。こっちのブログにもグリーンピースご飯が出てるのよ。それにグリーンピースのポタージュですって」
「ほんとだね」
「自分たちは美味しくないなんて嘆いていたけど、ちゃんと食べてくれる人がいるのよね」
「うん」
「わたし、作付面積とか生産数量にばかり拘っていたかも。視野が狭かったわ」
嬉しそうにブログを眺めている妻の、髪?髪があるのだろうか、豆に、それではもとい、頭のてっぺんを撫でる白米。そして突然、謝罪を始める。
「ごめん、僕、君に話してなかったことがあるんだけど」
「え……」
結婚後に突然の告白。隠れた借金があったとかだろうか。身構える豆。
「僕、僕ね……」
「うん」
言いにくそうに苦しそうな顔をする白米。いよいよ借金だろうか、それとも実は他にも妻がいましたとかいう話か?身構える豆。
「コ、コシヒカリの一族じゃないんだっ」
「……」
「ごめん、怒ったかい?」
「コシヒカリって何?」
しばし見つめ合う夫婦。
「君と結婚してよかったよ」
「なんかよくわかんないけど、別にいいわよ、コシヒカリじゃなくても」
作付面積一位の米の世界にも、それはそれで色々な悩み事はあったという話である。そして、米と豆が結婚してからの後日談だ。
奥様、また、性懲りも無く馬に乗ってお出かけだ。とあるオアシスで、人参にあった。前に応接間にきた人参とは別の人参だが、豆にとってはにんじんは人参である。
「あら、人参さん」
「あら、グリンピースさん、ご機嫌よう」
「ご機嫌よう」
オアシスで順番に喉を潤す。当然のように先に水を飲む人参。作付面積は、人参の方が上だからな!
「そういえば、わたくし、最近結婚しまして、豆ごはんになりましたの」
「へー」
「たくの主人が申しますの。米としては今まで色々な野菜と結婚してきたけど、だからといってどんな野菜とも結婚できるわけじゃないって」
「ハァ」
何が言いたいねん、この豆、という顔でしけた顔で人参が豆を見る。
「そういえば、にんじんご飯ってありませんわね」
「炊き込みご飯の具材でにんじんはありますわよ」
「でも、単独ではありませんわね」
「……」
「人参って他の野菜や肉と一緒にあるからおいしいんであって、単独では美味しくないんじゃありません?」
かっと顔を赤くする人参。しかし、もともと赤いのでわからない。
「何を、この、マメエー」
「あらやだ。本性現れたり。失礼致しますわ。とって食われたら、クワバラクワバラ」
ひらりと馬に飛び乗ると、パッカパッカと走り去る。
食品なのだから、食われて仕舞えばいいのではないかと思いつつ、とっぴんぱらりのぷう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
汪海妹
2025.08.17




