11 そうだ、福岡行こう!11
11 そうだ、福岡行こう!11
それから、近所のお寿司屋さんからお寿司を3人前取って社長室で仲良く食べた。仲良く……。もう少し正確にいうと、いろいろなことがあって茫然自失気味の崇君は会話をうまく繋ぐことができず、春菜ちゃんのお母さんも人見知りをするのかどうかそんなに積極的に話さない。結局は光君がそんな気まずい場をつなげてくれた。食欲なんてこれっぽっちもなかったが、せっかく取ってやった寿司を残して帰りやがったなんて後で言われないだろうかとなんとか無理に一人前平らげた。
「あの突然お伺いしてお邪魔してもなんですので」
キリのいいところで立ち上がってお暇の挨拶をする。ほうほうの体で逃げ出したかった。光君が声を上げた。
「なんだ。ゆっくりしてってよ、中川さん」
「すみません。あの、飛行機の時間も……。今日が最終日だったんです」
ほんというと飛行機は夕方の便だったので、もう少し余裕はあった。しかし、そう言った。
「なんだ。じゃあ、しょうがないね。ね、母さん」
お母さんは立ち上がった崇君を下からつまらなさそうな顔で見上げてた。昨日に続けてまた思う。あ、春菜に似てるなと。
「今度は……」
「あ、はい」
「春菜と二人で来てください」
「あ、はい。わかりました」
重要なお得意様にするような丁寧なお辞儀をした。
「光、下まで送りなさい」
「ほいほい」
社長室を後にしてきた道を戻る。2階の事務所の人たちがまた一斉にこちらを見た。ヒソヒソと噂話をしている。社長室で話をして、その後寿司を食べている間にとっくに正規の昼休みは終わっていたようだ。ちらちらとこちらを見てくるおばさんやもう少し若い女の事務員の人たちになんとなく軽く会釈した。すると低い笑い声が上がった。
「ああ、ほっといていいですよ。3度の飯より噂が好きな人たち」
「え?」
「きっと今日の午後中、中川さんが誰だったのかを推理しながら仕事しないですよ、あの人たち」
「……」
階段を降りて一階へとくると、お土産品売り場のように棚が並べられていて海苔が置かれている。
「あ、そうだ。うちの海苔、試食してってくださいよ」
光君はそういうと、並べられた試食用の海苔、朝食で食べるような小さく切られて紙袋に包装されたそれを笑って手渡してきた。
「いただきます」
何気なくそう言って、ビリビリとその紙を破って食べて驚いた。
「わ、何これ」
その手に残った海苔をつくづく眺めた。
「これ、普通の海苔ですか?なんか香りも口触りも全然違う」
「これが、有明海苔ですよ。中川さん、時期が良かったね。一番摘みですよ」*8
「いちばんづみ?」
「今がいちばんの旬なんですよ」
「へぇー」
ひとしきり感心した後でもう一枚口に入れた。その海苔は口の中で溶けた。そして、ふと思い出した。そう、福岡にわざわざ来ておいて土産らしい土産をまだ買ってなかった。
「あ、東京へのお土産に買わせてください」
「ありがとうございます」
光君が不意に海苔屋の若旦那然とする。声と表情が変わった。
「どのぐらい買って行きますか?」
「うーんと」
食べかけの試食用の海苔をスーツのポケットに入れて、天井を見上げて考え込む。あの人と、あの人と……。美味しいものだから、色々な人に配りたくなった。
「宅配ってできるんですか?」
「できますよ」
誰にどう配るかは後で考えることにして、自宅にとりあえず適当な数を買った。
「あ、それと手荷物用に二つ包んでもらえますか?」
「承知しました」
宅配便の送り状を書き、手荷物の海苔の紙袋を二つ持って外へ出る。駐車場の車のところまでわざわざ光君が送ってくれた。今朝借りたレンタカーに向かって一歩一歩歩いていると、ふと、なんというか、ジャングルの奥地まで行って猛獣がうじゃうじゃいる中を宝物(←海苔?)を見つけ出して生きて帰るみたいな、なんかそんな気分になった崇君。ギリギリのところで生きて帰る喜びがヒタヒタと寄せてきた。
「光君」
「はい」
「君がいてくれなかったら、どうにかなってたかも、本当にありがとう」
「え……」
いつも穏やかな崇君にしては珍しく、感情が昂った。海苔を抱えたままでガサゴソと傍にいた光君の片手を両手で抱える。若者らしいすべすべとした手だった。
「ありがとう」
「いや、大袈裟な……」
きっちりと頭を下げる。命を助けてくれた勇者様の手を取ってお礼を言っているような妙な感じになっている。手を取ったままむくりと顔を上げた崇君。
「その、ついでにちょっとお尋ねしたいことが」
「なんですか?」
「あの、夫婦って時々」
「はぁ」
「性格が正反対だったりしますよね?」
「えっと、そうなんですかね?」
「つまりは、お母さんがどんな方なのかはわかったんですが、お父さんってどんな方ですか?」
「あ、親父?」
「お母さんと正反対だったりします?」
お母さんがしっかり者でキリキリと回し、その後ろでお父さんがゆったりと構えるといったような様子でしょうか?
「あ、親父ね、親父、ハハハハハ」
「……」
崇君はまだしつこく光君の手をとっており、光君は手を取られたままでもう片方の手で髪をいじりながら意味不明に笑う。
「それは、次回、乞うご期待ってことで」
「……」
これはあまり期待できなさそうな気がする……。
やっと弟君の手をはなし、レンタカーの後部座席をガチャリと開けると海苔の紙袋をパサパサと乗せる。
「あ、あの中川さん」
「はい」
呼ばれて振り向いた。
「その、姉ちゃんが中川さんに家のこととか色々話さなかったのって」
「ああ」
「あんま深い意味ないと思うんです」
「そうなの?」
「中川さんを信頼してないとかそういうことじゃなくて、姉ちゃんって、なんていうのかなぁ」
首を傾げて、髪の毛を片手でくしゃくしゃといじりながら光君がいう。いい天気の空が後ろに広がっている。
「俺らって子供の頃から学校でもなんでも海苔屋、海苔屋って呼ばれながら育ってて、姉ちゃん、それをすっごい嫌がってたんですよ。子供の頃から、海苔屋は俺がつげ、わたしは東京へ行くってのが口癖で」
「え、そうなの?」
「それで、せっかく東京まで行ってやっと海苔屋と呼ばれなくなったのに、周りの人に一生懸命自分は海苔屋なんですって話さないと思うんですよね」
「こんなに美味しいのに?」
間違いなく生まれてきてから今まで食べてきた海苔の中で、今日の海苔が一番美味しかった。
自分の家の商品を褒められて、光君はちょっと照れたように笑いました。
「ほんっとですよね。俺ら二人とも海苔のおかげでおっきくなったのに、そんな毛嫌いして。中川さんからも言ってやってくださいよ」
「ああ……」
「ま、でも、俺は、何かって言うと海苔屋、海苔屋って言われて嫌になる姉ちゃんの気持ちも、全然わからないってわけじゃないんで。反面、親の気持ちもわかるし」
「うん」
「母ちゃんもいっぱい難しいこと言ってましたけど、本当はただ、寂しいだけなんですよ。うちの父親と母親は昔の人なんで、家族がすっごい大事なんです。それがバラバラなのが寂しいんですよ」
それなら、やっぱり春菜はここに帰るべきなんだろうかとふと思う。
「でもね、俺は昔の人ではないから、縛られたくない姉ちゃんの気持ちもわかるし、ここには俺がいるんだからここに帰ってこなくてもいい。ただね、体が離れていても心まで離れないでほしいって伝えてくれませんか?」
「ああ……」
「電話かけてるのに出ないなんて、いい大人のすることじゃないですよ。離れていてもちゃんと、親のこと安心させてよって」
「うん」
「頼めます?」
可愛い顔で見上げてきた。ふわふわしているようで、この子、結構しっかりした子だなとその顔を見ながら思う。
「うん。ちゃんと伝えるよ」
「よかった」
それじゃとあっさりと別れの言葉を言う気になれなくて、崇君はこういった。
「時間があるときに、東京にも遊びに来てくださいよ」
「え、ほんと?」
「うちに泊まればいい。案内するよ。今日のお礼に」
「やった。楽しみ」
光君はニコニコとして、崇君も微笑んだ。
「それじゃあ、もうそろそろ行きますね。お邪魔しました」
「今度は姉ちゃんも一緒に会いましょう」
「うん。また今度」
運転席のドアに手をかける。少しその場を去るのが惜しくて運転席に乗って車を発進させた後もバックミラーに映る手を振る弟君と曙海苔の様子を眺めていた。
*8 有明海苔
佐賀県有明海漁業協同組合の公式HPより
佐賀海苔の特徴 日本一ののりと言えば、佐賀のりです。
世界有数の干満の差を誇る有明海は多くの河川からのミネラル豊富な栄養塩が流れ込む恵み豊かな漁場で、1日2回の干出により旨みが凝縮されることで佐賀海苔独特の味が作られます。佐賀海苔は艶のある黒紫色をしていて、火で焙るとサッと緑色に変わります。口どけがよく、香ばしさがあり、トロけるような甘味があって、のど越しがいいのが特徴的です。
小説の中に出てくる曙海苔という会社は現実には存在しません。やはりネット上から得られる情報をもとにいくつかある海苔の生産工場を見させていただいた上で、想像して誕生させた会社です。今回は飯塚、津島、という姓で福岡の方を登場させましたが、実際にこの姓が北九州に多いのかについてまでは今回は確認しておりませんでした。
一つに、飯塚春菜ちゃんが登場した時点では、地方出身という設定はあったものの北九州の出身という設定はありませんでした。また、津島という苗字はですね、とある有名な日本人の小説家の本名にちなんで、なんとなく登場させたくて使用させていただいた苗字です。こちらに関しても作者の全くの気まぐれでございます。この津島くんというキャラクターと某有名小説家に共通点等はございません。ただ、敬愛する大作家先生の一人でございました。




