11 そうだ、福岡行こう!⑩
そうだ、福岡行こう!⑩
お礼を言った上で、車に戻る。ナビを開始するまでもなかった。ちょっと行って曲がるだけ。車を発進させた。春菜ちゃんは田舎で親は商店をしていると言っていた。海苔屋さんだったんだ。そして、おばあちゃんが言った角を曲がり、しばらくいって路上に車を停めた。
すぐにわかりました。曙海苔と看板が出てましたから。
でも、なんか崇君が想像してたのと違った。春菜ちゃんは言ってました。お父さんとお母さんは田舎で小さな商店をしていると。だから、勝手にちょっと前の古き良きタバコやさんみたいな街角のお店を想像していました。
しかし、曙海苔は、手前に十数台車が停められそうな駐車場があり、その奥に二階建ての建物がある。一階がおそらく海苔の販売店、二階は事務所かなんかになってるのではないか。そしてその販売店兼事務所の脇をトラックとか車が通り抜けられるぐらいの幅があって、奥にはおそらく工場がある。そこで、海苔を生産しているのではないでしょうか。
つまりは、古き良きタバコやではなかった。全然。
ここの……、従業員なんだろうか?春菜のお父さんとお母さんは。そして、崇君、記憶をまさぐる。昨日、お母さん、なんて言ってた?
春菜はゆくゆくはここで一緒に家の商売をやっていく。
え……
コンコン
曙海苔の前の路上に車を停めたまま、ボケーっと運転席から曙海苔を眺めていた崇君、不意に車の窓を叩く人がいる。そっちを見て、それから、窓を下げた。
「あ、やっぱり」
「……」
「どーしたんですか?ほんっとびっくりした。見慣れないスーツの人がいると思って、でも、顔見たらなんか見たことあると思って……」
「どうも、すみません」
それは、光君だった。上に作業服を着てて、下は今日はジーンズでした。その胸元のロゴを見て、崇君、またもやズーンと落ち込んだ。曙海苔と書かれてた。つまりはですね、結婚の前にもう光くん、春菜ちゃんのお家で働いているわけではないですか。
これ、望みなんてある?
「どうしたんですか?」
「……たまたま通りかかって」
「そんなわけないですよね?ここに車を停めてずっとうち見てたのに?」
「……」
「ま、とにかく、ここ、車、停めてたら邪魔だしこっちに停めちゃってくださいよ」
言われて、大人しく車を運転して、光君の指定する場所に停めました。そして、エンジンを切ってふと気づいた。
俺、手土産、忘れた。
……。
至れり尽くせりの社長がそういえばどっか遠い宇宙みたいなとこから、手土産持って行けって言ってなかったか?
「あ、お昼まだですよね?なんか取りますから上がってってください」
「あ……」
車のドア越しにニコニコと光君がいう。いや、君にそんな愛想良くしてもらう義理は僕はないんですが……。この子、僕がなんでわざわざここに来たのか、不審に思ってないんだろうか?
ふっ、やぶれかぶれだな……
しょうがないので車から降りました。光君について曙海苔の、ここは販売所なのかな?そこから入った。すると、そこにいた人たちが一斉に崇君を見た。
「なに?若、銀行さん?」
「いや、違う。中川さん、こっちです。こっち」
腕を掴んで連れていかれる。
「え、銀行さんじゃなかったら誰なの?」
「あんたたち、関係ないでしょ。ほら、昼休みなるでしょ。行った行った」
しっしと追い払われている。おばちゃんたちはまだこっちを振り返りながら出ていく。販売所の脇の階段を登るところでも、ゾロゾロ下りてくる人たちにジロジロ見られた。
「なに?お客さん、だれ?知ってる顔じゃないね」
「ああ、うるさい、うるさい」
自分より年上のおばさんたちが多かった。みな一様に光君に声をかけて、崇君が誰なのか聞こうとする。それを適当にあしらってさっさと昼飯にいけと繰り返しいうと二階の更に奥の方に進んでく。その部屋の扉の上には社長室とありました。崇君の腕を引っ張りながら、光君は当然のようにそこを開けた。そして、言った。
「母さん、誰が来たと思う?」
そこで、崇くん、光君が声をかけた先にいる女の人の方じゃなくて光君の方を見てぽかんとした。
「あ、中川さん、立ってないで座ってくださいよ」
「あの……」
「はい」
「今、なんて言った?」
「座ってください」
「そうじゃなくて、母さんって……」
「あ、そっか」
やっと合点が言った。光君。それから、眉間に皺を寄せる。
「え、でも、本当に信じてたんですか?」
「信じる?」
「パッと見てわかりません?俺の顔」
「……」
「母さんの顔と俺の顔と姉ちゃんの顔」
「姉ちゃん?」
「僕、弟です。春菜の」
ゴーン……
ちょっと、不覚にも足の力が抜けてしゃがみ込みそうになってしまった。座るように勧められた傍の応接セットの背もたれにしがみついた。
「……そういえば」
「そういえば?」
「にてます」
言われればそうだ。目元が似てる。なんで気づかなかったんだろ。
「でしょ?」
「でも、なんでそんな嘘……」
むくっと顔を上げて問う。
「ああ、どっから説明すればいいんだろう?ね、母ちゃん」
光君、ちょっと困って横にいるお母さんに助けを求めた。
「光が試してみようっていうものだから」
「え?」
「春菜がこの前、家に帰ってきた時、お付き合いしてる人がいるって言ったので、嘘ついてるんじゃないかって言ったんですよ。帰りたくないから嘘ついてるんじゃないかって」
「はぁ」
「そしたら写真を見せたんです」
「あ……」
家族と喧嘩しながらスマホの画面を見せている春菜ちゃんをしばし想像してみた崇君。
「で、昨日の夜、この子がどっかから春菜の会社の社長さんが福岡に来るみたいだって聞いてきて、会いに行ってみようって言い出して。やめとこうって言ったんですけどね」
「うそ、最後は俺より積極的だったじゃん」
「黙りな」
そして、あの人がその神谷社長じゃないかとなった時、横にいる男の人がどうもあの写真の男の人じゃないかとなったらしい。
「でも、姉ちゃんの見せた写真はスーツじゃなかったし、なんかいまいち確信がなくて、だから試してみようって」
「試す?」
「彼氏だったら俺のこと聞いてるから、婚約者って言っても、でも、君、弟の光君だよね?って話になるかなって」
そういうことだったのか……
「でも、中川さん静かに丁寧に話を聞いているだけだったから、あ、やっぱ勘違いだった。変なこと言わないでよかったねって後で母ちゃんと言ってたんですよ」
そりゃ、仲良いわけだよ。親子だもの。春菜のことよく知ってるわけだよ。姉弟だもの。椅子の背もたれをしっかと掴みながら、崇くん、ちょっと顔色が悪い。
「だけど、昨日の今日でわざわざこんなとこまで来てくれたってのは、やっぱりそうだったってことですか?」
「あの……、その……、すみません」
「光、座ってもらったら?」
「ああ……」
その声で、立って話してたのを座って向き合った。今度はこっちがどっから話したらいいかわからない。一旦目の前の茶托に両肘ついて手を拝むようにしながら額に当てて、軽く目を瞑るとため息をついた。
「昨日は突然のことで驚いてしまって」
「はい」
「それに、春菜さんからお家のことを全然聞いてなかったので、こんな商売されてることとか、いずれは帰ってこいと言われてるとか……」
「海苔屋だって知らなかったんだ」
「全然……」
「ひどいなぁ、姉ちゃん」
明るい声で言い、光君は両腕を上げて頭の後ろに当てると背もたれにもたれた。
「僕に話せない理由があったのかと思うと、本人がどう思うかわからないのに挨拶するのはどうかとちょっと躊躇してしまって」
「じゃあ、なんで今日来たの?」
「なんでなんでしょうね?」
崇君、ちょっと弱く笑った。
「一晩寝て考えてみると、なんでいろいろ話してくれなかったんだろうってやっぱりショックなのもあるんです。ただ、春菜がどうしたいと思ってるのかはわからないけれど、僕が願う未来のためには、嘘をついたまま帰るのはよくないと思って……」
崇君、背筋を伸ばした。
「昨日、すぐに、僕がその相手だとお話しできませんで申し訳ありませんでした」
そう言って両膝の上に手を置いて頭を下げた。しばらくして顔を上げると、光君とお揃いの曙海苔の作業服を着たお母さんが無表情にこっちを見てる。崇君、ちくりと胃が痛くなった。
「昨日もお尋ねしましたけど、改めてお伺いします」
「はい」
「結婚のことについてとかどう考えてらっしゃるんですか?」
単刀直入にズバリと聞かれてしまった。
「正直申しますと」
「はい」
どこかで神谷秀の声が聞こえる。そんな立派なこと言えなくてもいいんじゃない?心なしが喉が渇いた。
「二人でそういう話をしたこともなく、僕としてもそこまで具体的に考えたことはないんですが、ただ、いつかは……」
「それはうちの娘とですか?」
「……」
頭が真っ白に。いかんいかん。しっかりしろ。
「本人と相談したことないのに勝手に言っていいのかどうかわかりませんが、僕としては春菜さんとは離れたくないんです」
「じゃあ、中川さん」
春菜のお母さんってほんと、こんな言い方していいのかどうかわからないけど、女闘牛士みたいだな。商売をしていると、このくらい強くなるんだろうか。真正面からじっと睨むと言ってもいいくらいの視線を投げてくるお母さんを見ながら、ぼんやりとそんなことを思ってた。
そんな時に言われた。
「春菜と結婚する条件は、今の会社を辞めてこの九州で一緒に海苔屋をやることだと言われたらどうします?」
違う、お母さんは闘牛士の方ではなくて、闘牛だったか。避け損ねて思い切り角でつかれたな。
春菜ちゃんの笑顔が見えた。
神谷秀ならこんな時、なんていうんだろう?そんなことも咄嗟に思った。それから、曖昧に適当にすぐにどうこうとは言えないけど、十分考えますというようなことを言えという、自分の中のもう一人の自分がいた。
だけど、できなかったんです。
「すみません。あの、それはできません」
「なんで?」
一緒に働いているみんなの顔が一斉に浮かんでできなかった。うちの会社の人たちが誰もいないここで、考えてみますというようなことを言ったって、誰にも伝わらないのに。
「僕の……働いている会社は」
「はい」
「10年ほど前に1から数名の人間で一緒に立ち上げた会社なんです。これからって時に抜けるなんて絶対できません」
そんなことをしてしまったら、船につけるような錘を足に括り付けられて海に落とされたような気分で、生きているのか死んでいるのかわからないような人生を進むに違いない。来る日も来る日も後悔をして。
社長が昨日言ってたじゃないか。
恋愛というのは二人がお互いのことを思っていたらできるけど、結婚は違う。
結婚はもっとたくさんの人のことを考えないとうまくいかない。
僕と春菜は恋愛はできても、結婚はできないんだろうか。
それなら、僕はまた春菜を失って一人になってしまうんだろうか。
でも、お母さんはそんな崇君の気持ちを知ってか知らずかわからないがあっさり言った。
「はぁ、別に構いません」
「へ……」
間抜けな声が出てしまった。光君が横のお母さんを突っつく。
「母ちゃん、さっきから、なんか怖いって。初対面の印象最悪だよ。もうやめて」
「やめてうちに来いって言って、軽くわかりました行きますって言われたらどうしようかって思ったわ」
「……」
「そんなに簡単にやめられるような仕事してる男に、うちの娘は死んでも渡しませんよ。うちだってね、ご先祖様から預かった大切な屋号をつないで来てるんですよ。責任があるもの。責任を持たずに生きてる大人なんて碌な大人じゃありませんよ」
「母ちゃん……」
光君が、かろうじて光君がこの場の緊張を和らげようとしている。
フェ…
崇君の思考がやっと戻ってきた。
フェイクだった。というか、罠?
「あ、寿司を取ろう。寿司。せっかくだから、ね。お祝いに」
「なんのお祝いよ」
「母ちゃん、お願い。この流れで姉ちゃんと中川さんになんかあったら、俺、姉ちゃんに殺される」
さっき、あそこで、前向きに検討します、と言っていたら、どうなってたんだろう……
バドミントンで、ふわっとあがった羽根をビシッと打つと見せかけて、ふわっと落とす。そんな見事なフェイクだった……。
「中川さん、寿司、食べられないとかないですよね?聞いてます?おーい」
「大丈夫です……」
「寿司食べられない大人なんて、日本人じゃないわよ」
「ああ、もう、母ちゃんは何も言うな」




