11 そうだ、福岡行こう!⑨
11 そうだ、福岡行こう!⑨
あまりにもいろんなことが起こって混乱し、さらに酔っ払っていた崇君。シャワーを浴びてぐっすりと寝て起きた次の日の朝、ベッドの中で横になったままぼんやりと考え事をしていました。寝て起きて冷静になってみると、やはり、唐突に訪ねていくのがちょっと違うような気がしてきた。
春菜ちゃんがどう思っているのかがわからなかったからです。
自分が二人のことを思って、今日、のこのこと挨拶をしに行って、でも、それが春菜ちゃんの望むことでなかったらどうしよう?先にやっぱり春菜と話してから改めて挨拶に行くのがいいんじゃないのかなと。
そして、その次に、そんな日は来るんだろうかとポツリと思った。
二人で揃って、春菜の親に挨拶にもう一度九州に来ることなんて。
その考えが自分の心に落ちた氷点下0度の雫のようだった。心の中心から外側に向かって自分を凍らしていく。それから、ネガティブな考えが湧いてきた。
もしも春菜が僕とのことを真剣に想ってくれてるなら、もう少し何か言ってくれててもおかしくなかったんじゃないかって。いろいろ家族と揉めてたことを一言も話してくれなかったのは、そこまで頼りにされてなかったってことなんじゃないかって。
電話をしてみようかと思ってスマホを出して画面を眺める。なんだか怖くてかけられなかった。
ずっと一緒にいようって思うほど、他の人はどうやって相手の人を信じられるのだろう?
もし、信じて将来に裏切られることがあったらどうしよう?
本当は春菜はいつかはこの福岡に帰ってこようと思っていて、自分とのことは福岡に帰るまでの間のことだと割り切っているのだとしたら?だから、僕に家と揉めていることを話さなかったんじゃないか。
そうすると、今日、わざわざのこのことでていく自分は、よっぽど間抜けだな。
すると、スマホが震える。画面を見ると社長だった。
「崇、ちゃんと起きてるか?」
「起きてます」
「づかちゃんの住所がわかったから送ったぞ」
「こんな早く?」
まだ始業時間前でした。
「野田君にうまいこといってちょっと早く会社に行ってもらった」
「ええー」
「で、ちょっと検索してみたんだけど、市内からちょっと遠いんだよ」
「はぁ」
「だから、お前、レンタカー借りなさい」
「レンタカー?」
「ホテルから一番近いレンタカー屋の地図も送っといたから」
至れりつくせりである。
「社長」
「ん?」
「本当に行かないとダメですかね?」
「まだそんなこと言ってんのか」
「だって、わざわざ挨拶行っといて、それで東京帰ってから、俺、春菜に振られたりしませんかね?」
「はぁ?」
「こんな必死になって、そんで、後から振られたら馬鹿みたい」
「それは間抜けだな」
「間抜けですよ」
「でも、俺は、クールに収まってるやつより、間抜けなやつの方が好きだけどな」
「……」
「じゃあな、しっかりやれよ」
切られた。この人、本当に俺がちゃんといくと思ってるんだろうか。
やれやれ。
そして、またしばらくボケーっとした。
その時、なんでかなぁ。昔の一番辛かった時のことを思い出しました。
好きな人とうまくいかなくて、でも、吹っ切れなくて、ただ待っていた自分。
何もせずに待っていた自分を。
何もせずに待っている人には、幸せは来ない。
恋とは時に非常に無様で間抜けなものではないでしょうか。だけど、その姿を見て笑う人というのは、何もせずに自分を安全圏に置いている人か、あるいは、恋をしたことのない人ではないかと思います。だから、恋をしたことがあって必死になったことがある人なら、きっと今日の僕を笑ったりはしない。
ベッドからのそのそと出ると、顔を洗って歯を磨いて髭を剃る。着替えると、荷物をまとめました。今日が最終日なのでチェックアウトをしなければならない。ホテルのカフェで軽く朝食を取った後に、チェックアウトをして荷物をカラカラ引きずりながら社長が送って来てたレンタカー屋に着いた。手続きやなんやかんやすませたらいつのまにか10時前になってた。
まさか出張先でハンドル握ることになるとは思わなかったなと思いつつ、運転席に収まった。市内を出て高速に乗る。春菜の家は博多湾に臨む市内に背を向けて南下し、有明海に面する側にあった。初めての土地で1人車を走らせてると、とても不思議な気分だった。
高速を降りて少し迷ってやっと平屋の一軒家に着いた時にはあと少しでお昼になるかという時間になっていた。車から降りて、チャイムを鳴らす前にちょっとぼうっとした。崇くん、生まれた時からマンション暮らし。田舎で暮らしたことがない。だからよくわからないが、田舎で一軒家って東京で考えるほどたいしたことではないのかもしれないけど……。でも、なんか、でかくないか?隣の家まで続く生垣の距離をしばし眺める。こんな……もんなんだろうか。
スマホの地図を開いて地図と町並みを見比べながら、キョロキョロする。いや、間違ってない。つうか、門とこに表札出てる。飯塚。
そして、チャイムのト音記号が記されたボタンに指を置いた状態で最後に葛藤した。やっぱり家は見つかりませんでした。飛行機の時間あるし、帰って来ました。社長に言う言い訳が浮かんだ。
くそー
「あんた、押し売り?」
ふと声がして横を向くと、白髪を一部派手な紫に染め、白いマルチーズを連れてるおばあさんがいた。
「ここらへんの人じゃないわよね?そんな洒落たカッコして」
「洒落たカッコ……」
ただ、スーツ着てるだけだけど。
「何売ってんの?掃除機?墓石?」
「いや……」
「それとも、オレオレ詐欺ってやつ?」
「いや、違いますよ!」
「じゃ、何やってんのよ。飯塚さんちの家の前で」
「怪しいものじゃないですよ。ちょっと用事があって」
「あんた、どこのだれ?」
「……」
どうしてほっといてくれないんだろう?
「こういうものです」
やり取りに疲れて名刺を出した崇くん。犬を連れたおばあちゃんに向かって両手でささげ持つ。片手で受け取ったおばあちゃん。これまた派手な金縁メガネ越しにチラと見る。
「え、東京?」
「はい」
「飯塚さん、東京なんかと関係ないわよ」
「あの、娘さんの春菜さんが」
「あ、はるな?」
一際高い声をあげたおばあさん。マルチーズがワンと鳴く。そして、ふと思う。この人、だれ?
「あの、失礼ですけど、どちら様?」
「そんなことどうだっていいのよ。あんた春菜のなんなの?」
いや、人には根掘り葉掘り聞いておいて、なぜ、名乗らない?
ワン!マルチーズまで返事をせかしてくる。
「……上司です」
嘘はついてない。
「なんで上司がこんなとこにいるのよ」
確かに。しかしだな、なぜ、あなたに説明しなければならない?と思いつつ、
「ちょっと近くまで来ましたのでご挨拶をと思いまして」
「なんか悪いことしたのね?春菜」
チーン
「会社のお金を横領したとか?警察沙汰?」
「いいえ、全く、そういうことではございませーん」
ちょっと泣きそう。崇君。この年代の人って刑事ドラマの見過ぎじゃないの?
「ともかく怪しいものではございませんので」
もう帰ってくれないかなという意志を見せるためにおばあちゃんとマルに(マルチーズだからマルだ)背を向けてもう一度チャイムのボタンの上に指を置く崇君。
「いないわよ」
「はい?」
指を置いたままでもう一度おばあちゃんとマルを振り返る羽目になった。
「みーんな、工場行ってるか、海出てるでしょ。この時間は」
「こうば?」
「ここまっすぐ行って」
「え、あ、すみません」
道の向こうを指差しながら説明し出したおばあちゃんのそばに寄って慌ててスマホを出して地図アプリを立ち上げる崇君。
「ちょっと曲がったらすぐ。簡単よ。すぐわかるわよ。これ」
「……これ、ですか?」
「そうそう」
地図上には、曙海苔と書いてあった。
のり……、画面を見つめたままでしばらく固まる。
「どうかした?」
「あ、いえ、なんでもありません。どうも」




