11 そうだ、福岡行こう!⑧
11 そうだ、福岡行こう!⑧
崇くんが心配だった秀さん、そこまで遅くならないうちに場を抜けてホテルに帰る途中で崇君に電話を入れた。出なかった。
崇君の部屋は同じ階でした。部屋番号を覚えていた。先にチャイムを鳴らし、それでも反応がないので、ドアをどんどん叩きました。
「崇、おーい」
ガチャリ、突然ドアが開いた。
「よっ」
「近所迷惑ですよ」
「どうだった?」
ガチャン、ドアが閉まった。
「おーい、おーい」
もう一度、叩く。
ガチャリ、もう一度ドアが開いた。不景気な崇君の顔が覗く。
「だから、近所迷惑ですって」
「じゃ、入れて」
「……」
むすっとした顔のまま体を少し後ろにひく。秀さんがドアを開いて中に入った。そして、顔が真顔になる。
「え、なんか酒臭い」
「自分が飲んでんでしょ」
「いや、違う」
そして、ずかずかと人のホテルの部屋に入る。
「え、お前、一人で酒飲んでたの?」
「飲んでたら悪いですか?」
「て、なにこれ、一人で日本酒飲んでたの?」
「飲んでたら悪いですか?」
「なんか瓶がゴロゴロあるんだけど」
「銘酒って書いてあんの片っ端から買ってみたんです……」
飲み比べ用のようなサイズの色々な銘柄の日本酒の瓶が転がってました。いくつか空になってた……。
「お前、どれだけ飲んだの?」
「さぁ……」
ワイシャツ姿でネクタイははずして首元のボタンいくつか開けて、椅子に片足上げて行儀悪く座っている崇君。しばらく崇君の様子を眺めた後で、突然、ホテルの窓をガタガタと開ける秀さん。
「寒いです……」
「しっかりしろ。なにがあった?」
「なにがあったもなにも……」
自分で自分の足を抱きながらぼーっとした顔をする崇君。
「すっごい仲良いんですよ」
「誰が?」
「光君とお母さん」
「ああ、そう」
「幼馴染なんですって」
「うん」
「あの空気、入り込める気がしない……」
そして、自分の足を抱いてそこに額のっけてうずくまる。
「しっかりしろ、崇。どう考えてもな、あの子、可愛かったけど、ああいうのはづかちゃんの好みじゃない」
「……」
「きっと親が勝手に盛り上がってるだけだって。その、光君自体はどうだったんだ?乗り気だったのか?」
「あいつのことならよく知ってるって言ってた」
「いや、でも、崇だってよく知ってるだろ?」
「……そうなんでしょうか?」
チーン
「家のこととか、全然聞いてなかったし。いずれ戻ってこいって言われてるなんて知らなかったし……」
そして、おもむろにサイドテーブルにのっていたグラスに手を伸ばす。その手が届く前に秀さんがコップを取り上げた。
「いや、やめとけって」
「飲ましてくださいよ。こんなときくらい」
「まぁ、そんなやけになるなって」
「……寒い」
少し酔いが覚めてきたようだ。
「春菜に電話してどういうつもりなのか聞いてみようかな」
「いや、絶対にやめておけ」
「なんで?」
「ややこしい話は酔ってない時に、面と向かってしろ」
とろんとした目で秀さんを見上げる崇君。
「それは今までモテてきた経験からいってます?」
「いや、一般常識だ」
ふっとやさぐれた顔で笑う崇君。
「うまくいってると思ったのに、どうして俺っていっつもこういうことになっちゃうのかなぁ」
「……」
「神谷秀はいっつもうまくいくのにね」
「ばあか、うまくなんていってないよ」
「いってますよ。僕からみたら」
ぼうっと遠い目をしながら崇君がいう。
「俺、また女の子に騙されてんですかねー」
立ちっぱなしだった秀さん、崇君の椅子のそばのベッドにぎゅっと座った。
「なぁ、崇、落ち着いて聞け」
「はい」
「もしも、飯塚春菜がそういういい加減な女だったら」
「はい」
「俺がお前に近づけさせないよ」
「……」
「ただ、言いにくい話だったから、づかちゃんもお前に話すタイミングを測ってただけじゃないの?」
しばらく秀さんの言葉を頭の中で反芻していた崇君。崇君が話し出すのを秀さんは黙って待ってました。
「社長」
「なんだ?」
「今のは、なんか、男同士でちょっとキモかったです」
「どこが?」
「いや、繰り返すのがキモいからもういいです」
「そうか」
こいつ酔いが覚めてきたなと思う秀さん。いつもの憎まれ口が戻ってきた。
「ついでに言うと寒いです」
「酒を飲まないなら閉めてやる」
「閉めてください」
「はいはい」
ベッドを軋ませて立ち上がると窓を閉めて、それから備え付けの冷蔵庫から水を取り出す。
「ほら、水飲んどけ」
「……」
素直に水を飲んだ。シングルの部屋には椅子はひとつしかない。もう一度ベッドに座った秀さん。崇君に聞く。
「で?」
「なんですか?」
「どうだったの?ちゃんと話、できたの?」
「話って?」
「その、娘さんと付き合ってるって男は実は自分ですってさ」
「……」
「言わなかったのか?」
こんなことになるんじゃないかとどこかで思ってた秀さん。がっかりとした様子に口を尖らせる崇君。
「いや、だって、春菜の知らないところで勝手に話したらと思って」
「ああ、そうなんだけどなぁ」
頭を抱える秀さん。
「なぁ、崇。俺が偉そうに言えるもんでもないけどさ」
「はい」
「こう、恋愛ってのはさ、お互いがお互いのことを考えてればいいんだけど」
「はぁ」
「結婚てのは違うんだよ。もっとたくさんの人のことを考えないとうまくいかない」
「……」
「一番大事なのはそれでもやっぱり中心の二人なんだけどさ。だけど、相手の親と初めて会った時に嘘をつくってのはやっぱり良くないよ」
「だけど、咄嗟になんていったらいいのかわかんなくなっちゃって」
「そんなさ、立派なこと言うことなんてないんじゃない」
「だけど、言い負かされちゃいそうなんですよ」
「そうか……」
「結局……」
今日のあの短い時間に感じたものを改めて思い出す。
「俺、結婚とかって真面目に考えたことなかったのかなって……」
「へぇ」
「だから、真面目に考えてから出直したらダメですか?」
「ダメだ」
チーン
「なんで?」
「本来ならもう少し作戦を練ってから臨むべきところだが、アクシデントでこういうことになっちゃったんだから、しょうがない。なんでもいいからいってこい」
「えー」
「じゃあ、あの、なんだ?あの若い子にくれてやるのか?」
「……春菜がどう思ってるのかもわからないし」
「確かめてからなんて思ってると、お前、あの若い子と同じスタートラインに立てないぞ。向こうのお母さんはその光君だっけ?すごい気に入ってる様子だったんだろ?」
「息子みたいでした」
その様子を思い出して、また暗い顔になる崇君。不意にがっと両肩を秀さんに掴まれた。
「崇、しっかりしろ」
「はぁ」
「いいか、明日の朝になったら俺が東京に連絡入れてづかちゃんの実家の住所を教えてもらうから」
「え……」
「緊急連絡先、独身はたいてい実家にするだろ?それを教えてもらうから」
「……」
「お前、菓子折りでも買って挨拶し直してこい」
「……まじすか?」
「まじだ」
チーン
「え、でも、なんていって?そんな挨拶なんて……」
「なんかうまいこと話そうとか、もう考えるな。地方の人間はそういうのはそこまでこだわらないから、それより、な」
「それより?」
崇君の肩を両手で掴みながら、秀さん、こわーい顔をした。
「地方の人は、東京の人の嘘が大嫌いだ」
「……」
「もともと東京の人を信用してない。嘘をつかれたとなったら尚更だ」
「……」
「だから、できるだけ早くその嘘を撤回して、謝ってこい。わかったか?」
答えない。崇君。
「崇?」
「寝ます」
「ああ……」
「風呂入って寝ますから出てってください」
そう言われてはしょうがない。ベッドから立ち上がって廊下へと出る秀さん。自分の部屋へと戻る。




