11 そうだ、福岡行こう!⑦
11 そうだ、福岡行こう!⑦
その座談会は、津島くんが中心になって自分の周りの同年代でビジネスに対して前向きな人たちを集めた会だった。津島くんのように親の稼業を継ぐ予定のご子息も何人かいたんです。特に資本力もなく、足がかりのない僕たちにとって、これは確かにいい出会いだったのかもしれないと思う崇くん。新しいことをするためには無駄になるかもしれないと行動を惜しんではいけないなと、ちょっと思ってた。
その後そのまま流れで飲みに行こうとなった。会場になったホテルから移動することになって、秀さんと崇くんはホテルのロビーで津島くんを待ってました。
「あの、神谷社長ですか?フォンテーヌの」
不意に話しかけられた。声の上がった方を見ると若い男の子が立っていた。20代前半くらいじゃないだろうか。ダンガリー地のシャツにチノパンはいた若い子。
「えっと、何か?」
「あ、すみません。その、お忙しいときに」
こちらの反応にもめげずににこにこしてる。
「怪しいものじゃありません。その、お宅で働いている飯塚春菜の……」
「え、づかちゃん?」
「づかちゃん?」
「そっか、づかちゃんの……」
知らない人に声をかけられて怪訝な顔をしていた秀さんが、飯塚春菜の名を聞いてパッと警戒を解いて笑顔になった時、後ろから突然猪のように突進してきた人がいて男の子が突き飛ばされた。
「いった!もー」
「初めまして、飯塚春菜の母です」
「え……」
一瞬あまりにびっくりしてしまって凍りついた秀さんと崇くん。そこにはちょこんとした普通のおばさんがいました。ただ、ちょこんとしてますが闘志を燃やしているというか、なんというか、侮ってないけないようなオーラを感じる。しばらくぽかんと見つめた後で秀さんが呟く。
「似てる……」
それは顔に対して言ったのか、それとも、普段社長を社長とも思わない娘の流石お母さんだな、オーラが違うと思ったのかどっちかはわからない。
「どうも。フォンテーヌの神谷秀です」
失礼があってはならないと片手を差し出して挨拶した秀さん、しかし、母、サクッと無視した。
「社長さんっ、春菜は一体東京でどんな暮らしをしてるんですかっ」
「え……」
やべ、まさかの、クレーム?温かい出会いではなく、クレームなんだろうか?ちらりと崇くんを見る秀さん。我が社のクレーム担当といえばこの人。しかし、突然の春菜の母の来襲にショックのあまり魂が一時的に抜けてしまったような崇くん。この件に関しては役に立たなさそうだ。
「その、どんな暮らしと申しますと?」
「もともと大学だけって約束で東京に出したのに、なんだかんだ言って東京で就職してなかなか帰ってこないし」
「はぁ」
それはお宅の娘さんが親御さんにしていた説明であって、そんなこと知らないし。
「あの子はね、ゆくゆくはここで一緒に家の商売をやってゆく予定なんです」
「ああ……」
「期間限定で東京での暮らしを許したけど、何度言ってものらりくらりと帰る日を延ばして」
「はぁ」
「うちの商売のことだけならいいんですけど、結婚だって決まってるんですよっ」
「……」
この時、2個目の雷が落ちた。
「今、なんとおっしゃいました?」
「結婚ですよ。ケッコン」
そして、さっき突き飛ばされたまま横に突っ立っていた若者を引き寄せる。
「婚約者の光君です」
「どーもー」
「ええっ」
かなり派手にびっくりした秀さん。
「いや、婚約者ってちょっと若くないですか?」
「社長さん、細かいとこはつっこまない」
「え、いや……」
まさかの、二股ですか?づかちゃん。東京の思い出に崇に手、出したのか?そんでキリのいいところで捨てる気だろうか……。自分のことではないのだが、背筋を冷たいものが流れる秀さん。
「ところがね、あの子、今、お付き合いしてる人がいるって」
「あ……」
なんだ。そのことは隠してなかったのか。
「ほんとなんですか?社長さん。あの子、福岡に帰りたくなくて嘘をついているんじゃないですか?」
「ああ……」
そこで、秀さん、後ろを向いた。
「崇」
崇くんはそこで固まっていました。呼んでもこないので近寄ってその腕をとり小声で声をかける秀さん。
「おい、しっかりしろ」
「これ、なんかの夢ですか?」
軽くペシペシほっぺを叩く。
「しっかりしろ。現実だ」
「だから、来たくないと言ったのに……」
一気に顔が青ざめてゆく崇くん。
「ばか、しっかりしろ。癌はな、発見されなくても癌なんだよ。むしろ、早めに発見できてよかったじゃねえか」
意味のわからない励ましをする秀さん
「なんの用意もできてないのに?」
泣きそうな顔をしている崇くん。たしかに。
「それは、たしかに同情しないでもないが。人生は時に穴が開いて突然5階分くらいストーンと落ちてしまうことがある。とにかく正直に話してづかちゃんの代わりに謝っとけ」
「ええ?」
「いいか?ちゃんと、落ちた5階分、自力で這い上がってくるんだぞ」
「ええ?」
ボソボソと話している男二人を怪訝そうな顔で眺めている飯塚春菜母と婚約者の光くん。その距離約3m。
「あ、詳しいお話はこの中川が伺いますから」
場を取り繕うために営業用の爽やかな笑顔で母と光くんに声をかける秀さん。
「じゃ、そういうことで」
逃げようとする秀さんをひしっと捕まえる崇くん。
「あんだよ」
「社長もいてくださいよ」
「なにをゆってる。俺は部外者だろうが」
「でも……」
そんなこんなをしていると、
「どうかしたの?」
素朴な津島くんが素朴に声をかけてくる。
「ああ、崇がな、大事な知り合いに偶然あってさ」
「あ、じゃあ……」
「俺は大丈夫だから。な、じゃあ、崇、しっかりな」
青ざめた崇くんの肩をポンポンと叩いて、非情にも立ち去る秀さん。そして、何度か振り返り飯塚春菜母と光くんに笑顔で手を振る。
十分に離れたところで、つぶやいた。
「大丈夫かなぁ」
津島くんの耳がその言葉を拾った。
「本当に無理そうなら、いいよ。別に」
「いや、俺がいるのはやっぱりかえって良くないと思うしさ」
「ああ」
「でも、大丈夫かなぁ」
崇くんだってね、もういい大人だし。ちゃんと腹を括れば大丈夫だと思うんですけど、今回のはあまりにもの不意打ちですよね。かといって崇くんの代わりに秀さんが代弁すれば、頼りにならない男だと印象を悪くするのは必至です。人は第一印象でほとんど全てのことが決まりますからね。
そして、置いて行かれた崇くん。
「あ、あの」
「なんですか?」
「中川崇と申します。どうも、娘さんにはいつもお世話になっております」
掃除、洗濯、料理、いろいろお世話になっておりました……。
「あの、こんなところでは、その、どこか」
言葉がうまく出てこない。すると光君が気を利かせる。
「お腹空いてますか?」
「あ、いや、それほどでは」
「なにがいいですか?」
「なんでもいいです」
「じゃあ……」
光くんがちょっと考えた後に歩き出す。
「東京の人の口に合うかどうかわかりませんけど、こっち」
ホテルのフロアから下りて商業フロアへ行ったところにあるレトロな内装のカフェに連れて行かれた。ストライプの布ばりの二人がけの席に母と光君が並んで座りその向かいに崇君が座った。窓際の席でした。
「中川さんは何を?」
「コーヒーで」
「食べ物もありますけど」
「あ、とりあえずコーヒーでいいです」
「おばちゃんは?」
「……」
さっきまでの勢いはどこへ行ったのかテンションの低くなったおばちゃん。
「なんか好きな甘いものでも食べれば」
「いいわよ。別に」
「いいからさ」
そして、勝手に人の分まで頼んだ。色とりどりなパンケーキがいくつかテーブルに並んだ。
「……」
「これ、ここの名物だからさ」
そして、頼んでない崇くんのお皿にも取り分けようとする。
「あ、僕は……」
「東京の人の口には合わないか」
「あ……」
別に取り立てての敵意は口調からも目線からも感じないのだけれど、光君の行為や言動に裏がないとも言えない。素直に従っていた方がいいだろうか。
「……いただきます」
「どうぞ、どうぞ。ほら、おばちゃんも」
言われてむすっとしていた母がフォークを取る。甘いものを口に入れた時、少し顔が緩んだ。
「似てる……」
思わず呟いてしまった。
「なんか言いました?」
「あ……」
美味しいものを食べる時の顔が、春菜ちゃんに似ていたのでつい呟いてしまった。
「すみません。いえ、なんでもないです」
「ほら、こっちのも食べてみなよ。これも美味しいよ」
光君がせっせと機嫌の悪いおばさんの世話を焼く。
「仲いいですね」
「そりゃ、もう、小さい頃から一緒みたいなもんですからね」
いけしゃあしゃあと光君がいう。
「じゃあ、その、春菜さんともそういう」
「ああ、そうですね。一緒に育ってますね」
「幼馴染みたいなものですか」
「そうですね。あいつのことならよく知ってます」
「あ、そうですか」
こっそり地味に落ち込む崇君。おばさんの皿にパンケーキを取り分けながらちらりとコチラを横目で眺める光君。
「で、本当なんですか?東京に付き合ってる人がいるっていう」
「いてもおかしくないですね」
「その人が誰かって知ってます?会社の人なんですかね」
それは自分です、とそこでいうべきでした。すると横からおばさんがフォークの上に生クリームとイチゴとパンケーキをのせて、のせたままでいう。
「東京なんかの人と春菜は合わないわよ」
「……」
そして、パクリと食べた。
「ごめんなさいね。東京の人が悪いと言ってるわけじゃないのよ。ただ、あの子は田舎もんだから」
「そんな時代でもないよ」
「あら、光、あんた春菜が帰ってこなくてもいいの?」
「そんなことは言ってない」
「うちの人が中途半端に東京なんか出たら半端な人間になるから、九州から出さないって言ったのにねぇ、つい許しちゃって」
「そうですか」
「別に田舎に留まる理由がなければどこへ行ってもいいと思うんですよ。でも、春菜にはちゃんとここに家があるんだから」
「その、春菜さんに付き合っている人がいて、そしたら、どうされるおつもりなんですか?」
お母さんはパチリと崇君と目を合わせた。
「それはまず話してみないとわかりません。その相手の人と春菜と。わたし達がどうするか決めることなんてできないでしょ。本人たちの問題なんだから」
「そうですか」
「ただ、親がすすめる道を取らないというのなら、それだけ納得できる自分達の道を示してもらわないと」
ピシャリとそう言われた。
「最近の若い子はあれなのよ。ずるずると大切なことを先延ばしにするの。ああだこうだ言って。でもね、わたしたちから見ると中途半端な生き方をただしてるようにしか見えないわ。そんなふうに大事なことを先延ばしにしたって、何か偉いものに変身するようないつかなんて来ませんよ。トンビが鷹になるようなさ。ただ歳を取るだけ」
「春菜さんもそんなふうに夢があるからって言ってるんですか?」
「違う違う。ただ、親の言いなりになりたくないだけ。だから、わたしたちも安心できないんです。東京では、30過ぎてから結婚するのが当たり前なのよ、だなんて。悪い意味で東京に染まったって、そりゃうちの人とひどい喧嘩して」
「まぁまぁ、おばちゃん、その話はやめよ。中川さん、引いてるよ」
お母さんは真正面から崇君の顔を見た。
「あなたはどう思います?」
「どうって?」
「失礼ですけど、おいくつですか?」
「さんじゅう……」
「おばちゃん、初対面の人に年齢聞くなんて失礼だよ」
「ご結婚されてます?」
「あ、いえ、独身です」
「ご予定はないんですか?」
「……」
矢継ぎ早に色々と聞かれて目が回る。
「東京では30過ぎてから結婚するのが当たり前なんて本当ですか?」
「そうですね。自分の周りではそういった人が多いかと」
「おばちゃん、福岡だって今は似たようなもんだよ」
「だから、心配なのよ。ここらへんでもね、中途半端に結婚しない人が増えてきてるから」
中途半端に結婚しない……。なんだか耳が痛くなるような話だな。やれやれとソーサーからカップを取り上げてコーヒーを飲む。
「美味しいですね」
カップを見直した。期待していた以上の味だった。
「でしょ?」
お店を決めた光君がニコニコとする。
「それで、ご本人は、春菜さんはどういうふうに言ってるんですか?」
そこで、お母さんがため息をついた。光君が代わりに口を開く。
「平行線なんですよ。その時が来たら自分で考えるから、うるさく言わないでって」
その時、崇君の脳裏に春菜ちゃんの笑顔が思い浮かんだ。自分にそういう相談を一切しなかったってことは……。お母さんが口を開く。
「それからこっちから連絡しても電話に出なくなっちゃって」
「え?」
「ま、もともと忙しいからってあまり連絡を寄越す子じゃないんですけどね」
それからお母さんはため息をつきました。そして、そっとフォークを置いた。
「東京なんて遠いところへ行っちゃって、連絡も寄越さないし、なかなか帰ってこないし、春菜がどんどんわたしたちの知らない春菜になっていってしまうようで……」
寂しそうな顔をしているお母さんの肩を光君が抱いた。
「そんな心配しないでも大丈夫だよ」
「あなたはまだ子供を持ったことがないからそういうのよ」
励ましたのにピシャリと言われて、光君は肩をすくめて見せた。崇くんは恐る恐ると声を出した。
「あの……」
「はい」
「こちらでの春菜さんをよく知らないので、なんともいえないのですが……」
「はぁ」
「東京に出たからといって、悪い方に変わったなんてことはないと思いますよ。春菜さんに限って」
「そうですか?」
「ええ、みんなのことを明るく支えてくれていますから」
ピリピリとしていたお母さんの顔が、少しだけ緩んだ。
「その、ご心配になる気持ちもわかるんですが、もう、春菜さんも子供ではないわけですし」
「はい」
「ご本人がどうされたいかというのが重要かと」
「……」
「東京に戻りましたら、もう少しご家族の方ときちんとお話しするようにとわたしからも言いますので」
納得したようなしないような顔をしているお母さんの横で光君が腕をそっととって宥める。
「ね、せっかくこういってくださってるんだからさ」
それでも煮え切らない様子のお母さんは光くんに宥められながらそのうち帰っていった。




