11 そうだ、福岡行こう!⑥
11 そうだ、福岡行こう!⑥
そして、ホテルに着くと社長と別れて自分の部屋でシャワーを浴びて、電気を消して崇くんはベッドに横になる。窓のブラインドを引くのを忘れてて街の明かりと深夜の喧騒が伝わってくる。天井に反射している街の明かりを見ながらぼうっとしてました。
取るに足らないことについて考えていたんです。
自分達の存在というのはその、取るに足らないことに所属するのではないかと思って。
幕府を転覆させるほどの恨みではないぼんやりとした、むしろ郷愁のような思いと、僕たちのやっている商売は似ている気がするんです。
なぜってね、豪華で優雅な食事など、いざとなれば命を繋いでいくのに必要なものではないからです。それならばなぜ、僕たちはそれを選びそこに挑戦するのか。
うまく言えないのですが、本当の意味で豊かに生きるとはどういうことなんでしょうか?
無駄なくシステマティックに動いてゆくのなら、江戸から流れて現代につながる日本の統治機構とは全く関係のない、うちのお殿様が負けてなかったら、とか、ある意味反徳川的な要素は全部、無駄です。でも、別にほっといても何か不穏なことが起こるようなそんな要素ではない、これは。取るに足らないこと、ですから。だから、全てを徳川的(あるいは東京的と言ってもいいのか)に塗り替えられることのないまま、日本は成り立っているんです。
僕たちはロボットじゃない。人間だから。だから、合理的に考えれば不要なものに対しても、響く心を持っている。心が響く時、人は豊かに生きていると言えるんじゃないでしょうか。
色即是空、この言葉を借りれば、むしろ、この世の全てのものが無駄なもので不要なものとあるいは言ってもいいくらいで、自分が生きていること自体すら無駄なんじゃないかとすら思える。非常にマイナスな考え方なんですが、そうじゃない。そうじゃないんです。
だからこそ、もう、自由に生きていいのではないか?
この世の全てのことが無駄なことなのなら、じゃあ、自分の愛する無駄なことを楽しんで、守って生きていけばいい。
そして、最後に自分も無に帰るんです。
ごちゃごちゃ考えているうちに、結局ブラインドを開けたままで寝てしまった。
***
次の日の夜には津島くんが集めた同年代の福岡の若手(といっても3、40代)の人たちが集まる座談会に参加した。とあるホテルの会議室に集まって、会議用のテーブルは取っ払われていてパイプ椅子が円座に組まれていて、なんだかそんなざっくばらんな会だったんです。昨日のバーのマスターは神谷秀の名刺を渡されても何の反応もなかったけど、津島くんに集められた人たちは、少なからず社長に会えるのを楽しみにしていたようだった。そんな雰囲気があった。
「神谷社長の今年の抱負ってなんですか?」
「抱負……」
「こう、売上高をいくらまでに伸ばすとか、何年までに全国を制覇するとか」
吹き出したいのを堪えている様子がちょっと離れたところから見てとれた。秀さんは咳払いをした。
「全国を制覇するというのは、その、例えばコンビニとか周りずしのチェーン店とかであれば、そうなるのかなと思うんですが……」
「はい」
「そうそう。僕自身が独立するまでは、居酒屋チェーンの会社にいましたからね。関東を中心としていて、でも、地方にも店はありましたし、野望はやはり全国制覇だったかなと」
「はぁ」
「実を言うと僕はむしろそういった考え方に反発して会社を辞めたようなところがある人間でして……」
「え……」
聞いてしまった方もズレた質問をしてしまっていたことに気づいたらしい。
「こんなことを言うと、何を寝言を言ってるんだと言われるのかなと思うんですけどね。いい歳した大人が。でも、ただ、ただ、金儲けに走っている会社の中にいて、レストランってなんなんだろう?って思ったのが僕の起点になってるんです。お金を儲けたいならレストランじゃなくてもいいだろって強い反感を持ってしまって」
知らず知らずのうちに円になっている人たちが、さっきまではそれぞれに温度差のあった男の人たちの雰囲気と表情が変わるのを肌で感じた。経済誌にたまに載ったりもするような有名人に会えて素直に喜んでいるような人もいれば、東京から来た人に胡散臭いものを見るような、少し斜めに構えていた人もいる。その人たちが今一度姿勢を正して社長の話に耳を傾ける雰囲気ができた。
それがどうしてなのか崇くんにはなんとなくわかる。
それは今日ここに集まっている僕たちは、高度経済成長の後を生きる世代だからです。親の世代の考え方や生き方についていけない僕たちだから。
ただただ、金儲けに走る。それって本当に意味のあることなんですか?
「僕がやりたいのは金儲けじゃないんです。ただ、僕のやりたいことのためにお金が必要なので、一生懸命お金を儲けようとしています」
「じゃ、何をやりたいんですか?」
「僕の敬愛する人が僕に言った言葉です。レストランとは人をレストアする場所なんです。人を癒す場所。僕は最高級の人を癒す場所を、日本のあちこちに作りたいんです」
「それで、全国を制覇するんですね?」
ふざけた声でそう言う人がいて、みんなで笑った。
「地方に出るときにどうして福岡なんですか?東京が第一位の都市なら次は京都や大阪を攻めるのが上策なんじゃないですか?」
「みんなそう思って攻めに出て、苦戦をするか、さっさと死んでいる」
ハハハハハとみんなで笑った。
「生き残る人っていうのはね、やっぱり、自分の弱さを知っている人だと思いますよ」
「じゃ、九州は攻めやすいってことだ」
「そういうわけでもないんです。弱いところから攻めても意味はない。だけど、自分より強いところへ行けば勝てない。当たり前です。ああ、ただ、つい戦に例えてしまいましたけど、僕は自分の領地を増やすような気分では全然いませんから」
「というと?」
「どこかの本で読んだんですが、人がね、直接管理できる人の数というのは限られているというんですね。7人だったんじゃないかと思うんだけど」
突然話が飛んでしまって皆ついていけない。
「つまりは、会社という体をどんどん大きくするとき、もちろん自分で隅から隅まで目が届くわけはない。必ず下のひとに任せることになるわけです」
「はい」
「東京の近辺ならまずそれでいいんですが、地方となるともっと違う。もっと目が届かない」
「そうですね」
「だから、関東近辺の管理方式と地方は僕はまた全く別の感覚で捉えていて変えていきたいなと」
「それは具体的にいうとどういうことでしょうか?」
「まだ曖昧としたものですので、概要しか言葉にできないんですが、フランチャイズではない、しかし、100%こちらが管理する形式でもない、その間のどこかに着地点を見つける」
「はぁ……」
「つまりは、その地方の人に積極的に参加してもらって一緒にやるってことです。お互いの得意なことを出し合いながらやっていきたいってことで」
明るい顔で熱心に語る社長を見ながら、ああ、社長、これは本気で福岡に出店する気だなと思った崇くん。本気でプレゼンを始めたなと。
「地方の人の得意なことってなんですか?」
「地方には地方の食と文化がある。それに地方の人は、その自分の故郷をよくしたいという思いがありますよね?それはお金では買えないんです。東京から来た人が代わりにすることもできない」
「……」
「東京から来た人が、上から目線で東京で成功していることを福岡でもやる。それも一つのビジネスの方法だし、否定する気はない。ただ、僕がやりたいことは、さっきも言いましたが金儲けじゃないんです。最高のレストアできる場所を作りたい。その目的のためには、東京とただただ同じものをどんどん作ることでは違うんですよ。地方にわざわざ出てくるんだから、地方にしかないものを掬い取って、磨いて輝かせるのでなくては」
その時、朧げながら少しだけ、僕たちの店舗が見えた気がしました。東京を離れてこの地に生まれる僕たちの新しい店舗。
「僕が東京で一つ一つやってきた、作ってきたものというのは、全部が一点もののレストランなんです。そこでしか味わえないものがある、特別なレストランです。それは食事だけではない、食事と接客と空間、三つのものが一つになって初めてできるものです。そうして初めて人を芯から癒すことができる」
「それは、安いチェーン店ではできなくて高級店でなければできないことですか?」
「ビジネスのことを考えれば正直、高級店にこだわらずもう少し価格帯の低い業態を併せもちたいとも思います。安定しますから」
「はい」
「でも、それは僕がやらなくても別の人がやってくれる。難しい要素があっても、やはり僕は僕にしかできない、あるいは僕しかやろうとしないことは何かを考えるべきなんだと思うんです。僕が価格にこだわるのには訳があります」
「それはなんですか?」
「日本が元気がないからです」
そんな答えが出るとは思ってなかったのか、みんなちょっとぽかんとした。
「高いものの売れない時代です。じゃあ、みんながみんな売れやすいものに走っていけばいいのか?僕はそうは思わないんです。どうしてかといえば、高いものを手に入れようと思う時に、人はやる気が出るからなんですよ。上を向こうとする。そうだ。僕はなんで迷ってしまったんだろう。本来なら自分はこういうものを手に入れて生活するべき人だったのに。そんなふうにね、日常の疲れから自由になって自分の可能性というものを再認識して再生する。それが僕の考えるレストアなんです。会社に入ると人は毎日毎日こづき回されて、思うようには行動できなくなる。まるで自分の体よりも少し小さい箱の中に押し込められるようだと思ったものです。自分はこんな箱の中に本来押し込められるような人間ではないのに。最初はそう思っていた人も、毎日毎日押し込められるたびに、だんだん自分が最初からそういう人間だったと思い込むようになると思うんです」
「そこから自由になるのが、神谷社長の思うレストアですか?」
「そうです。人は本来、もっともっと能力や可能性を秘めている。それを認識して、小さな革命のようなものをそれこそあちこちで起こしていくべきなんですよ。大きくて動かない社会というものもやはり時代と共に少しずつ動かしていかなければならない。変わらない世の中なんてないんだから。そのための力は、どこか天の上にあるのではなく、平凡な僕たち一人一人の中に眠ってる、その力を合わせることでしか何も動かないのだと思う」
人を癒したい。それが社長の考えるレストランであり、そして、リゾートなのだと思います。
人を本来の形に戻す場所。そして、また、元気になって我々は現実へと帰るわけなのですが。
「傷ついた兵隊を癒しているみたいですね」
「そうですね。そして、結局また兵隊は戦いに戻っていくわけですが」




