11 そうだ、福岡行こう!⑤
11 そうだ、福岡行こう!⑤
津島くんが帰るとくるりと回れ右して自分の鞄を転がしながらホテルのフロントへと向かう秀さん。背中のままで片手を上げて人差し指を天へ向かって示しながら崇くんにいう。
「チェックインして」
「はい」
「荷物置いたら一階に来い」
上へ向けてた指を一階にのところで下へ下ろした。足を速めて横に並ぶと聞いた。
「飲みに行こうってやつですか?」
「仕事だよ」
しょうがないよな。飲みにいくのも仕事になるんですよ、僕らの場合。だけど、滑らされるよりはマシだ。スーツで滑らされるよりは。それで部屋に荷物を置いて崇くんが降りてくると、秀さんは崇くんより早く来ていてソファーに腰掛けてホテルの入り口の方を見ている。ソファーに浅く腰掛けてやや前屈みになりながら手持ち無沙汰にしている社長を赤の他人を眺めるような気分でしばらく眺めた。すると、向こうのほうが気づいて立ち上がった。二人で並んでホテルを出ると、それから街をぶらぶらと歩く。ちらほらと見えるカフェやビストロ、レストランの様子を眺めながら。
「やっぱり来てみないとわからないなぁ」
「どうでした?」
「思ってたより上だ」
崇くんも黙ってそれに同意した。
「これが5位の街なんだなぁ」*6
秀さんが崇くんを連れて行った先はラム専門のバーでした。階段を上って二階にある。それこそ数えきれないほどの酒瓶が並べられていて、そのほとんどが見たことのないものだった。カウンター席に落ち着いてお互い注文したお酒を飲んだ後に、秀さんがいう。*7
「崇はどう思った?」
「ああ、よくわかんないですけど、まだ着いたばっかだし。でも、こんなに洋食の店があるとは思いませんでしたよ。数だけじゃなくてその質も、わりと良さそうな店が多いですね。東京には及ばないけど、思ったより近いかなとは……」
「すみません、ここってタバコ吸っていいのかな?」
マスターは返事の代わりに灰皿をくれた。秀さんは電子タバコを取り出して一服する。酒とタバコ、どうしてもこうなってしまうのである。次、なんか説教を喰らう気がするなと思いながら、崇くんは酒場の柔らかい光の中でグラスを持ってる秀さんの指の指輪が鈍く光るのを見るとはなしに見てた。長く一緒に働いていると、雰囲気でなんとなくわかるのである。
「お前は関東圏の生まれで、まぁ、いわば俺らみたいな地方の人から見たらまとめて東京の人だ」
「はい」
「で、東京は日本で1番の都市だし、それになんたって首都だからさ、無意識のうちになんでも東京を上にして考えるんだよな」
「まずかったですか?」
指の長い手をテーブルの上で組み合わせながら、隣の社長の顔を覗く。秀さんは片手にタバコ、片手に酒でふっと笑う。もう一口タバコを吸った。
「確かにビジネスは数を見るものだけど、数の後ろには人がいる。例えば東京が20で福岡が10だったとする。でも、その20と10の中身はやっぱり違うんだと思うよ」
「酔っ払ってるせいかどうか……、さっぱりわからないんですけど」
「ううん、説明が難しいな」
説明している人も酔っ払っているのかもしれない。秀さんは少し上を見上げて、崇くんは次の言葉を待つ間に音楽を耳で拾う。疲れて酔った身体に低くかけられた音楽が気もちよかった。
「ここは同じ日本だけど、ちょっと外国ってことかな」
「ますます意味不明」
「わかった。じゃ、こうしよう」
秀さんはグラスを置き、タバコを指に挟んだままで、両手を顔の前で言葉に合わせて振る。腕につけられた時計がかちゃりとなった。
「君が外国へ行って商売をしたいとする。例えば梅干しを売る」
「梅干し……」
よりによって梅干し……
「外国へ着いたら、梅干しを売るために必死でその外国のことを勉強するだろう?」
「梅干しは売れないんじゃないですか?さすがに」
「なんで?」
「あれは、ちょっと、酸っぱいし。その国で似たような食べ物があれば売れるかもしれないけど」
「じゃ、どの国へ行ってもいい。でも、とにかく外国に梅干しを売るのが君の仕事だ。どうする?」
「ええ?」
「とにかく考えろ」
「まぁ、売れそうな国を探していろんな国の食と文化を調べます」
「なんでそれを国内だとしないんだろ」
「……」
やっとちょっとだけわかった。
「東京の人は、日本全国津々浦々、東京の人が好きなものがなんの苦労もなしに売れると思ってる?そりゃ、日本という一つの同じ国なんだけどさ。なんたって東京は首都だし、人口も経済も一位だ。でもなぁ、地方には地方の食と文化がある。何がどんなふうに売れて上がった20と10なのか、中身は全然違うんだよ。数字だけ見てたら見えてこない」
「社長、頭いいですね」
やってしまった。酔ったついでについ誉めてしまった。すぐにしまったという顔をする崇くん。
「まあな」
「……」
秀さんのドヤ顔を見た時に、なぜか脳裏に敬愛する篠崎マネージャーの渋い顔が浮かび上がった。そんなことは気にせず秀さんはタバコを持った手を自分の言葉に合わせて熱心に振りながら弁じた。
「頭を真っ白にして1から見て1から考えないと、本当の意味の成功ってあり得ないんじゃないかな?」
そして、タバコを消してしまうと不意にカウンターの奥にいたマスターに声をかける。
「マスター、すみません」
「はい」
「すごい美味しかった」
その時、すごいいい笑顔をしていた。崇くんは自分のお酒を啜りながら、その、初対面の人の鎧をさっさと脱がしてしまうような、秀さんの笑顔を下から眺めてました。この笑顔を見るのは初めてではない。
「ああ、それはどうも」
「でね、素敵なお店でしたって写真を撮ってSMSにあげてもいいですか?もちろん変な書き方はしませんから」
「もちろんいいですけど」
「じゃ、もし万が一僕のせいでなんか迷惑なことが起こったらここに連絡してください」
そして、社長はマスターに名刺を渡す。
「わざわざそんなこと言うなんて、お客さん食関係のルポライターかなんかですか?」
「あ、いや、そう言うわけじゃ無いんですけど。じゃ、すみません、写真撮らせてもらいます。マスターも入りますか?」
笑って辞退したマスターの横で、角度を変えて何枚か店の様子を撮った後、マスターに紹介してもらってラムの瓶の写真も撮っていた。
「お客さんたち、東京の人?」
「ああ、うん、そうですね」
「仕事ですよね?」
「はい、仕事できました」
「福岡はどうですか?」
「いや、美しいですね」
「美しい?」
そして、秀さんはは夕方に見た夫婦岩の話をしてしばらく盛り上がっていた。崇くんは黙ってグラスの酒を飲みながらそんな様子を眺めていた。そんなに遅くならないうちに店を出た。
「昔とおんなじ手法ですね」
「え?」
「進出したい地域で先にやっている、同業なんだけど、かぶらない他者と仲良くなって口コミで広めてもらう」
「ああ」
「福岡に進出するって決めたんですか?」
「うーん、そうだなぁ」
秀さんは明るい顔をした。
「北九州に興味があるなぁ」
「福岡だけでなくて?」
「うん。福岡も長崎もいいなぁ。北九州市もあるしね」
「東京から遠いですね」
「遠いな」
ちょこちょこ出張しなきゃいけなくなったらやだな。当たり前のように当たり前の会社員が考えることを考えた崇くん。
「ま、でも、こっちが好きで告白しても、付き合ってもらえるとは限らないからな」
「そうですか?」
「そうだな」
「10年前ならいざ知らず今の神谷秀でも?」
「全然、フツーに気づかなかったな。バーのマスター」
ハハハハハと笑い合った。一応そこそこ有名人のつもりでした。
「もっと強気でガンガン行けばいいのに、社長」
「そんなわけにいかないでしょ。うちの資本力じゃ」
「ああ、そうですね」
「一手、一手、全部いい手を打たないと。適当な一手は打てないよ」
いつも真剣勝負。だから、いい加減なように見えて意外とこの人は慎重なんです。それから何を思ったか秀さん、変なことを言った。
「お前が自分でやる時にはさ、我らの古い手を真似してもいいよ」
「何言ってんですか」
「だめか」
「柄じゃないですよ。自分でやるなんて」
「……そっか」
サバサバとそういうふうに言えるようになるのが、本当の意味で大人になると言うことなのかもしれません。人には格がある。自分の格を理解し受け入れるようになるまでが長く苦しい。しかし、受け入れてからが本当の勝負なのかもしれません。
そして、何気ない風にこんなことを言うけど、この人は崇くんがほんとにやめて独立するなんて思ってないし、やめると言ったらこの人が困るということも崇くんは知ってる。言葉にされなくても。言葉にされなくても自分が必要とされているということを実感できるようになりました。それも、社長からだけではなくてみんなから。
「地方ってさ」
「はい」
「面白いんだよ」
「どこがですか?」
「たとえばさ、昔、家康が天下を取ったじゃない、で、江戸が発展したわけだ」
「はい」
知ってる。日本人なら知ってるな。普通。
「でもさ、お前、知らないだろ。地方に行くとたまに、うちのお殿様が負けてなかったらって言う人が今でもいるんだぜ」
「え、うそ」
「うそじゃないよ。お前、世間知らずだな」
「……」
「東京の人はさ、自分でも無意識のうちに地方に優越感を持ってんだよ」
「そんなつもりないですけど」
「あまりに自然に身についているものだから、本人も気づかないんだよ。で、地方の人は劣等感を持っている」
「そうなんですか?」
「人によって大小様々だが、たいてい持ってる。で、地方の人間の方はこれは負の感情だからさ」
「はい」
「東京の人より、もうちびっと意識的、つまりは、自分が東京に劣等感を持ってるって気づいて生きてるわけ」
「はぁ」
「そういう無意識に優越感を持ってる東京の人が地方に来て、うっすらと劣等感を持ってるって自覚のある地方の人と出会う。崇、どうなる?」
「さぁ?」
「馬鹿だなぁ」
ハハハハハと笑われた。こんなに馬鹿にされるなら、適当になんか答えとけばよかった。
「簡単じゃねえか。うまくいかないんだよ」
「あ……」
「すっげーシンプルだろ?でも、意外と結構な人がわかってないと思うんだよね。こんな簡単なこと。こういうことがわからないと、俺は地方でビジネスはできないと思うなぁ」
「なるほど」
「織田信長が殺されていなかったら、日本はどうなってたんだろうねぇ」
しみじみとそんなことをいう。
「社長、信長が好きなんですか?」
「いや、別に」
ちょっと黙ってしばらく歩いた。ホテルにまっすぐ帰るのをやめて街を眺めながら回り道してました。小さな公園があって、何が悲しいか男二人で公園のベンチに座って街を眺めていた。
「考えは柔軟でないとな。江戸の人や家康の故郷の人はさ、別に何の違和感もないだろうけど、それが日本全国津々浦々みんながみんな同じだって思ってもな。うちのお殿様が負けてなかったらって何百年と経ってもいう人がいるんだぜ。人間っていいよな」
「そこで人間っていいよな、なんですか?」
「だって、負けたお殿様をさ、こんな何百年経っても思ってくれる日本人がまだいるんだぜ。忘れずにいてもらえるって、すっごいありがたいことじゃない?死んだ後にさ」
社長の弾んだ声を聴きながら初秋の少しピンとした空気の中で夜空を見上げた。ただ真っ暗なだけで星なんか特に見えなかったけど。都会は街が明るすぎる。星になったお殿様がそこにいるような気がして。
「だからってそれらが潜伏して江戸幕府を倒す代わりに内閣府に攻め入るとか、これはそんな話なわけじゃない。取るに足らないことなんだよ。でも、みんなが東京と同じように感じる必要はないじゃない。人が地方にわざわざ出てきてみたいものって、そういうものなんじゃないかな?」
「そういうもの?」
「地方が東京と同じだということを確かめたいんじゃなくて、違うということを見にくるんじゃないかな?いわゆる地方性をさ」
「はぁ」
「東京の人にはわかんないか」
「いや、わかりますよ」
それから、秀さんはふわぁとあくびをした。
「なんか難しい話してたら疲れた。帰って寝よう」
「はいはい」
*6 5位
人口による統計。2023年1月1日時点のデータ。Wikipedia参照
*7 ラム専門のバー
Bar Rummy
一般的なバーの記述であれば特定されず架空のものとなりますが、ラム酒を専門に扱っていると書きましたので、名前をこちらに記載させていただきます。やはり実際に訪れたわけではなく福岡をネット検索していて見つけたお店。いつか実際に訪れるチャンスあれば行ってみたいなと思い小説の中に登場させていただきました。尚、登場する場所としては参考とさせていただきましたが、人物に関しましては100%作者の想像上の人物となります。




