11 そうだ、福岡行こう!③
11 そうだ、福岡行こう!③
そして、その翌週、社長と専務は国内線の席に二人で並んで収まっている。崇くんは実は肩書きは専務なんです。肩書きで呼ばれるのを嫌がるので、誰も呼びませんが。離陸を待っている時に秀さんが崇くんに話しかける。
「そういえば、なんでづかちゃん、あんな嫌がったの?地元帰るの」
「さぁ」
「実は、親と仲が悪いとかか?」
「いや、そんなことは聞いてませんけど」
「親の話とかよくしてる?」
「そう言われてみると、あまりしませんね」
「親に会ってほしいとか言わないの?」
思わず笑ってしまった崇くん。
「まだそんな段階じゃないですよ」
「そうか?付き合ってぱっぱと結婚するやつだっているぞ」
「……」
「お前って結婚願望ないの?」
「そんなことないですよ」
「そうだよな。どっちかっていうと寂しがりやだしな」
「……」
確かに自分は寂しがりやですが、あなたには言われたくないなと思う崇くん。
「単純に地元が嫌いだとかかなぁ」
「そんなに気になるんですか?」
「いや、なんっかあるよね。あの嫌がり方」
「……」
「ま、そんなことで頭悩ましてもしょうがないか」
それから黙って窓の外を頬杖をついて眺める秀さん。しばらくして、飛行機は定刻通り福岡空港に向けて離陸した。
「普通はどのぐらいでそういう話が出るんですかね」
「ん?」
窓の外を見てた秀さん、崇くんの方を振り返る。
「なんの話?」
「いや、その、付き合ってからどれぐらいで……」
「ああ、結婚の話?」
やっとわかった。
「俺は、そういう付き合って結婚してってやつじゃないからなぁ、どうだろ?」
首を捻る。秀さんは訳あり見合い結婚なんでね。
「ま、でも、周りの奴らの話を聞いてると、普通は女の子の方から仄めかされるみたいだぞ」
「どんなふうに?」
「親と会ってほしいとか、親に結婚しろって言われたとか」
「そうですか……」
暗い顔になった崇くん。この人ね、ちょっと過去の恋愛が悲惨で、恋愛に関してはネガティブな人なんですよ。
「いや、づかちゃんはまだ若いからさ。頭の中からスコンとそういうのが抜けてるだけだって」
「はぁ」
「……」
普段はギャンギャンやりあっていても、根は優しい秀さん。ちょっと心配になりました。
「ま、づかちゃんは若いけど、お前はもうそんな若くないしな。親から言われるんじゃないの?もうそろそろって……」
「……」
「別に軽ーく言ってみたら?親に結婚しろって言われたとか」
「やですよ」
「なんで?」
「普通、女の子から言うようなことじゃないですか」
「そんな別に法律で男から女に言っちゃいけないなんて決まってないぞ」
どっちからでもいいぞ。いえーい。それでも顔の晴れない崇くん。待てよと思う秀さん。
「確かに男から仄めかすのはなんか違うかもな。じゃ、バーンと、あれだ。指輪準備して、一気にいっちゃえば?」
「もっとやです」
チーン
「寝ますっ」
そして、秀さんから顔を背けて目を瞑った崇くん。
秀さんは、その崇くんの後頭部を見ながら思った。いや、なんか意外とややこしいな。結婚!
自分は別の方向にややこしい結婚をしましたが、いわゆる恋愛結婚というのもややこしいものだな。
それから、嫌な想像をした。もしも、飯塚春菜がばっははーいと明るく元気に崇を振って、会社をさっさとおさらばして、別の男の元へ走ったとする。春菜はどこへいっても誰とでも逞しくやっていくだろう。しかしだな、崇はまずい。下手すると再起不能になるぞ。
いや、手を出したんだから、最後まで責任持ってもらいたいな。づかちゃん……。
いや、なんか意外とややこしいな、社内恋愛……。
ちょっとげんなりしました。
飛行機は予定通り福岡空港に到着した。
***
「あ、こっちこっちー」
空港にはわざわざ津島くんが迎えに来てくれました。秀さんを見つけて笑顔で手を振ってくる。
「お、悪い悪い。こんなとこまで迎えに来てもらっちゃって」
「いいよ、これくらい」
「あ、これね。うちの会社の、中川っての」
横の崇くんの肩をぽんと叩く。背広のポケットからサッと名刺を取り出す崇くん。
「よろしくお願いします」
「あ、頂戴します」
空港の片隅で名刺を取り交わす。
「荷物は?」
「預けてない。これだけ」
「え、少ないね」
「預けると時間取るからな」
「そうか。じゃ、行きましょうか」
津島くんは秀さんの言ってた通りの人だった。次期社長だというのに、秀さんだけではなく年下の自分にも嫌な顔をするどころか笑顔をむけてくる。素朴な笑顔で、でも、駐車場に行くと車は普通にベンツでした。素朴な笑顔でベンツ。
庶民としては、ギョッとするところだし、
「お、ベンツですね」
「そうですね、ベンツです」
とでも挨拶するべきところかと迷うところですが、津島くんにとってはなんでもないのでしょう。ベンツだってね。車です。
「後ろに乗ってくださいね」
「いや、俺、前がいい」
二人がその車がベンツであることを無視して、車に乗りましたので崇くんもすごすごと後ろに乗りました。庶民を交えた男3人を乗せて車が滑り出す。
「いろいろ見せたいところがあるんだけど、この短さじゃねえ」
「ごめんね。いろいろ」
車で4、50分、渋滞もなくスルスルと滑るように車を走らせていったところで、突然視界が開けた。秀さんが歓声を上げる。
「おおー、海だぁ」
海が見えた。時刻は夕方になろうとしていた。
「暗くなる前につけてよかったよ」
ほどなく海沿いの駐車場に車を停めてみんなで降りた。
「ああ、いいなぁ。なんかくつろぐわ。ずっとなんか乗ってたし」
秀さんが縮こまってた身体をうんと伸ばす。
「あれ、なんですか?鳥居?」
駐車場から海の方を覗くと海の中に白い鳥居が立っている。崇くんが見つけて指差した。
「神社でもあるんですか?」
「いや、あの岩を祀っているんです」
「岩?」
「あの岩は神様なんですよ」
「ええっ?」
「まじで?もっと近くまで行ってみようぜ」
スーツ姿で、秀さん、子供のように無邪気に笑った。砂浜に革靴でずかずか入る。こういう人なのである。
「二見ヶ浦の夫婦岩です」*3
「めおと……」
「ええ、大きい方が男でイザナギノミコト、小さい方がイザナミノミコトです」
よく見ると、岩と岩の間にしめ縄がかかっている。
「え、ほんとに神社なの?神社ないけど?」
「櫻井神社は少し離れたところにあるんだよ。でも、そのご神体はこの夫婦岩なんだよ」
海風が吹いてきて顔をなぶる。話している間にも刻一刻と日が海に沈んでゆく。
「こっから見て。ほら、鳥居の中にちゃんと御神体がふたつ入るでしょ」
「美しいな……」
鳥居をくぐって向こうに二つの岩が並び、そして、空が刻一刻と色を変えてゆく。そこは何かの入り口のようだと思いました。どこかへ続く。はしゃいでいた秀さんが、ちょっと真面目な顔になりました。ざざと波が寄せては返す音が耳に届く。
「日本の夕陽百選に選ばれててね」
「日本は日の本だからな。太陽に対する信仰も厚いよね。日本を作ったイザナキとイザナミがいて、そして、天照大神も一緒にいるってことか。これは確かに神聖な場所だな。それに美しい」
地元を褒められて少しこそばゆいような顔で笑う津島くん。
「地方はいいなぁ。地方にしかないものが確かにあるね」
「縁結びでもご利益があるって、男同士でくるところでもないかもね」
「え、そうなの?」
海辺の夕景に見入っていた顔を津島くんの方に向ける秀さん。
「結婚したい独り身の人やカップルに大人気だね」
「おい、聞いたか?崇」
すげーでけー声で少し離れて後ろで海を眺めていた崇くんに話しかける。
「なに、結婚相手を見つけたいとか?」
キョトンとした顔で二人を交互に見つめる津島くん。
「いや、相手はいるんだけどさ。な、崇、ここに呼び出して、ここでプロポーズしたら?」
「やです!」
良かれと思って言ったんですが、速攻で拒否られた。
「なんで?困った時は神頼みだろ?」
「柄じゃないですっ」
「……」
就職活動が失敗してプー太郎になってしまった親戚の子を見つめるような目で崇くんを見つめる秀さん。
そんなこと言っててこの人、ずるずるずるずると長すぎた春になるんじゃねえだろうな、おい。そんなことして月日を過ごしたあげく、ばっははーいと振られるんじゃねえだろうな、おい。その時、お前、何歳だ?何歳なんだ?
*3 二見ヶ浦の夫婦岩
玄海国定公園内に位置する、福岡県糸島市志摩桜井の海岸である。桜井二見ヶ浦または筑前二見ヶ浦とも呼ばれる。1968年には県の名勝に指定されたほか、日本の渚百選、日本の夕陽百選に選出されている。夕日が沈む風景が愛されており、福岡県観光連盟によれば夏至の日に二つの岩の間に沈む夕日が素晴らしい。二見ヶ浦には桜井神社によって伊弉諾と伊奘冉が祀られている。夫婦岩の前の海中には白い鳥居が立っている。(Wikipedia参照)




