閑話
『ソレ』はまどろんでいた。
近くに何かが来ていることは知っていた。
懐かしく、穏やかな気配。
見知らぬはずの、けれどどこか覚えのある気配。
『ソレ』はほんの一時だけ目覚める。
人間に興味を持って、酔狂にも守るようになって数百年。
ささやかな、半ば冗談のような願いは、一時を除いて滞ったことはない。
『ソレ』はゆっくりと瞼を上げる。
懐かしい気配が、語りかけてくるのを感じたからだ。
見知らぬはずの気配が、自分の波動に似ているように感じたからだ。
『ソレ』はゆっくりと頭を動かして、頭上の天に輝く月を見上げる。
懐かしい気配はとても幼く感じられる。
人の時間はひどく短いせいだろう。
見知らぬはずの気配はとても老成しているように感じられる。
人であるにもかかわらず。
『ソレ』は深い海のような瞳を細め、また地に伏せて瞼を閉じた。
気配はまだ来ない。
ほんの数時間後には来るだろうが、もう一度眠っては寝過してしまうだろう。
だが、眠りが足りない。
わずかな時間だが、記憶に残っている色あせた一瞬が脳裏に閃く。
『ソレ』は、名のない自分が名を持つにいたった瞬間を思い、口角が上がるのを自覚した。
キョトンとした小さな瞳は、数百年の時を経て受け継がれ、人型の腕を飾る者を与えた。
同じ名の人間。
過去の人間がつけた名を、現在の人間が刻んだ。
それを知った時の感情を示すのなら、『歓喜』と言うのだろう、と考え、眠りに沈んだ。
『ソレ』が目覚めるのは、全てが終わった後……。