【26話】誤解
俺は目の前に立つ澁谷を注意深く観察した。
腰には刀を差し、頭には笠を被っている。
その姿は、まさしく侍そのものだった。
「なんだそれは? 侍にでもなったつもりか?」
俺は皮肉を込めて言い放つ。
しかし、澁谷はまったく気にした様子もなく、余裕たっぷりに答えた。
「あれまぁ、言うてなかったかな? オレの家は代々侍の家系なんやで?」
「……は?」
嘘だろ。
こいつ、ガチの侍だったのかよ。
そんな俺の反応を楽しむように、澁谷はさらに続けた。
「そんでなぁ、オレと中西は幼馴染で、許嫁やったんや」
「許嫁……?」
「まあ、中西の方は嫌がっとったみたいやけどなぁ」
澁谷は苦笑いを浮かべる。
だが、次の瞬間には表情が一変した。
「なんだと……。つまり、俺を見境なく殺そうとしたのは……」
「そうや!」
澁谷は顔を真っ赤にして叫んだ。
「あんたが中西を追い込んだんやろ! 許さへんでぇ。あんな可愛い子、なかなかおらん言うのに!」
どうやら、こいつは本気で俺を恨んでいるらしい。
澁谷は腰の刀に手をかけ、ゆっくりと構えを取った。
「ほな、そろそろ始めよか」
来る!
俺は直感的に危険を察知し、すぐさま防御姿勢を取った。
「納刀術一式――抜刀・神速!」
その瞬間だった。
「なっ……!」
目の前にいたはずの澁谷の姿が消えた。
速い!
どこだ? どこから来る!?
俺は周囲を見渡す。
右か? 左か?
いや、まさか……。
「上か!!」
咄嗟に頭上を見上げ、剣を構える。
しかし、そこには雲一つない青空が広がっているだけだった。
「残念、下やでぇ」
「――ッ!」
声が聞こえた瞬間、視線を下げる。
そこには、刀を振り抜こうとする澁谷の姿があった。
そして――。
カキンッ!!
金属同士がぶつかるような音が響いた。
「……ふぅ」
俺は胸元を確認する。
傷はない。
そう、俺には【ユニークスキル 不動】がある。
通常の攻撃であれば、そう簡単にダメージを受けることはない。
澁谷は攻撃が決まったと確信していたのだろう。
俺が無傷で立っているのを見て、目を見開いていた。
「あんさん……なんやそれ、ずるやないか?」
「ハッ、残念だったな」
どうやら、相手は少し動揺しているらしい。
ここは強気に出た方がよさそうだ。
「おい、澁谷! お前は一つ誤解している」
「……オレが誤解?」
澁谷の肩がわずかに動いた。
「なんや、言うてみぃ」
俺は中西の最期について話し始めた。
中西を追い詰めたのは、俺ではない。
大多和に追い詰められ、彼女はあの選択をするしかなかったのだ。
そして、俺は彼女から託された約束を果たすために生きている。
「……そういうことだったのか」
澁谷は疑わしそうに首を傾げた。
「つまり、大多和を殺したんはあんたやったんか……」
「ああ。そうだ」
俺は正直に答えた。
すると、澁谷はゆっくりと刀を鞘に戻した。
「ほな、もうあんたには用ないわ」
「……分かってくれたのか?」
「それにしても……中西、ええ人を亡くしてもうたで」
澁谷は寂しそうに呟いた。
どうやら、話は通じたらしい。
これなら戦闘を避けられそうだ。
俺はひとまず安心し、澁谷に背を向けて歩き出した。
その瞬間――。
パキンッ!!
「……え?」
手に持っていた剣から、奇妙な音が聞こえた。
次の瞬間、刀身に亀裂が走り、剣は粉々に砕け散った。
「なっ!?」
何が起きたんだ?
俺は自分の手元を見つめる。
いつ斬られた?
いや、そもそも澁谷は刀を鞘に戻したはずだ。
すると、背後から呑気な声が聞こえてきた。
「そんな驚いてどうしたん? 何を忘れてるん?」
俺はゆっくりと振り返る。
そこには、再び刀を構えた澁谷がいた。
「これは殺し合いや。逃すわけないやん」
「チッ……!」
やっぱり、そう簡単には終わらせてくれないか。
「俺に有効打を与えられないお前が、どうやって俺を殺すんだ!」
俺は澁谷を睨みつける。
すると、澁谷は余裕そうな表情で答えた。
「オレ、基本的な技しか使ってへんで?」
「……何?」
「その防御、ユニークスキルやろ? ユニークスキルには、ユニークスキルをぶつけるしかないなぁ」
「まさか……」
澁谷もユニークスキルを持っているのか。
俺が考えを巡らせる間もなく、澁谷は刀を構え直した。
そして――。
「抜刀!」
「何だ!?」
俺と澁谷の距離は六メートル以上離れている。
そんな場所から抜刀したところで、届くはずがない。
そう思った瞬間だった。
キンッ!
澄んだ音が響いた。
「……え?」
腹部に、これまでとは違う衝撃が走る。
俺は思わずその場で動きを止めた。
下を見ると、大量の血が滴り落ちている。
「ぐっ……!」
今のは、一体何だ?
六メートル以上離れていたはずなのに。
まさか、あの距離から斬撃を飛ばしたのか……?
澁谷は刀を構えたまま、笑みを浮かべていた。




