【16話】VS大多和
「起きて! 起きて、正弘!」
「ん……なんだよ……朝からうるさいな……」
せっかく気持ちよく寝ていたというのに。
もう少しだけ寝かせてくれよ……。
「大多和が目の前まで来てるのよ!」
「……は?」
泣きそうな声で叫ぶ中西。
その言葉を聞いた瞬間、俺の眠気は一気に吹き飛んだ。
大多和だと!?
嘘だろ!?
俺は勢いよく跳ね起き、周囲を見渡した。もちろん、ここは俺たちが隠れている秘密の穴だ。外の様子などわかるはずもない。
「ちょ、ちょっと待て! どういうことだよ!」
「朝になって、少し外の様子を確認しようと思ったの。それで外に出た瞬間、大多和に襲われたのよ!」
「なっ……!」
「なんとか逃げてこられたけど、たぶんまだ近くにいるわ。あいつの【周辺察知】の範囲内にいる可能性も高い……」
最悪だ。
本来なら、今日の昼に俺たちから奇襲を仕掛ける予定だった。
俺が大多和の注意を引きつけ、その隙に中西が【絶剣】で決定打を与える。それが俺たちの作戦だったはずだ。
それなのに、まさか向こうから仕掛けてくるとは……。
「作戦では俺たちが奇襲を仕掛けるはずだったけど、先を越されたってわけか……」
「ごめんなさい……私が外に出たせいで……」
「いや、責めてるわけじゃない。今はそんなことを言ってる場合じゃないだろ」
俺は頭を抱えた。
それにしても、おかしい。
大多和はどうして、この隠れ場所を見つけたんだ?
ここは巨大な木に隠された穴だ。入り口だってツタで覆われている。偶然見つけられるような場所じゃない。
そもそも、俺たちがここにいると知っていなければ、わざわざ探そうともしないはずだ。
まさか……最初から俺たちの居場所を知っていたのか?
いや、考えたところで答えは出ない。
今は、それよりも重要なことがある。
「……おそらく、ここが見つかるのも時間の問題だ」
「ええ……」
「だったら、やるしかない」
俺は立ち上がり、剣を握りしめた。
奇襲は失敗した。敵の能力も、まだすべて把握できていない。
それでも、俺たちには勝ち筋がある。
中西の【絶剣】だ。
相手の防御力や防御系スキルを無視して攻撃できる、恐ろしいユニークスキル。あれなら、大多和の防御を突破できるかもしれない。
問題は、攻撃を当てられるかどうかだが……。
「中西、準備はいいか?」
「……ええ」
中西は一瞬だけ不安そうな表情を浮かべた。だが、すぐに顔を上げる。
その目には、もう迷いはなかった。
「絶対に、あいつを倒すわよ」
「ああ。行くぞ、中西!」
俺たちは穴の入り口を塞いでいたツタをどけ、外へと飛び出した。
「殺し合いの時間だ!」
……なんて、格好つけてみたものの。
正直、心臓はバクバクだった。
相手は大多和和成。クラスでも恐れられていた男だ。現実世界では、教師だろうと平気で逆らうような問題児だった。
そして今は、法律に縛られることもない異世界。そんな男が強力なスキルまで手に入れているのだ。
まともに戦って勝てる相手じゃない。
だからこそ、中西の【絶剣】に賭けるしかない。
「……って、あれ?」
外に出た俺は、思わず足を止めた。
誰もいない。
木々の間にも、草むらにも、人影は見当たらなかった。
「どこにいるんだ……?」
まさか、もう諦めて帰ったのか?
いや、そんなわけがない。
大多和が、わざわざ俺たちを探しに来ておいて、簡単に引き下がるとは思えない。
「正弘! 上よ!」
中西の叫び声が響いた。
「……っ!」
反射的に顔を上げる。
そこには――大剣を振りかぶった大多和がいた。
「お前はここで終わりだ! 正弘!」
「なっ……!」
いつの間に!?
考える暇もなかった。
大多和の巨体が、木の上から落下する勢いを乗せて大剣を振り下ろしてくる。
まずい。
避けろ!
頭では理解している。だが、体が動かなかった。
目の前に迫る巨大な刃。俺は完全に硬直していた。
くそっ……!
ここで終わりなのか?
せっかく異世界に来て、必死にスキルを集めて、ようやく生き残る方法を見つけたと思ったのに。
こんなところで、何もできずに終わるのかよ!
その瞬間だった。
「連奏・無限協奏曲!!」
中西の声が森に響き渡る。
次の瞬間、凄まじい連撃が大多和を襲った。
一撃、二撃、三撃――いや、何撃だ!?
目にも止まらぬ速さで剣が振るわれ、次々と斬撃が叩き込まれていく。
まるで、終わることのない演奏のようだった。
大多和の巨体が連撃に押され、地面へと叩き落とされる。
「ぐおおおおっ!」
土煙が舞い上がり、周囲の木々が揺れた。
す、すげえ……!
これが中西のユニークスキル【絶剣】。
相手の防御を無視した攻撃を、これほどの速さで叩き込めるのか。
「ありがとう、中西……! 助かった!」
俺が礼を言うと、中西は返事をしなかった。
それどころか、攻撃の手を緩めることもない。
「破音・不協和音!!」
再び、轟音が響き渡った。
先ほどとは比べものにならない衝撃が、周囲を揺るがす。地面がえぐれ、土煙が一気に広がった。
……いや、ちょっと待て。
これ、さすがにやりすぎじゃないか?
連撃のあとに、さらに追撃。しかも、どちらも必殺技みたいな名前をしている。
いや、格好いいけどさ!
俺たちの目的は大多和を倒すことであって、森を更地にすることじゃないんだぞ!?
「中西! もう十分じゃないか!?」
俺は思わず叫んだ。
しかし、中西は攻撃を止めない。
「まだよ! あいつは、こんなものじゃ倒れない!」
「えっ……?」
その言葉に、背筋が冷たくなった。
こんな攻撃を受けても、まだ倒れないっていうのか?
やがて、舞い上がった土煙がゆっくりと晴れていく。
その向こうに見えたものは――。
「……嘘だろ?」
大多和が立っていた。
無傷だった。
服に多少の汚れはあるものの、体には傷一つ見当たらない。血すら一滴も流れていなかった。
「は……?」
俺は言葉を失った。
あれだけの攻撃を受けて、どうして平然と立っていられるんだ?
中西も、これには驚きを隠せないようだった。
「そんな……【絶剣】が効かないなんて……」
「おいおい、もう終わりか?」
大多和は首を傾け、つまらなそうに笑った。
「期待してたんだけどなぁ。委員長サマの必殺技ってのも、大したことねえじゃねえか」
「くっ……!」
中西が歯を食いしばる。
まずい。
これは、想定していた状況とまるで違う。
【絶剣】は防御力や防御系スキルを無視するはずだ。それなのに、攻撃がまったく通じていない。
ということは――。
そもそも、あいつの能力は防御系スキルじゃないのか?
それとも、【絶剣】ですら突破できない、別の何かがあるのか?
考えろ、正弘。
何か手がかりがあるはずだ。
だが、答えを探すより先に、大多和が動いた。
「まあ、いいや。次はこっちの番だ」
大多和は大剣をゆっくりと持ち上げた。
「逃げろ、中西!」
俺が叫んだ、その瞬間。
大多和は俺たちに向かって剣を振り下ろした。
――いや、違う。
剣が斬ったのは、何もない空間だった。
「……は?」
思わず間の抜けた声が出た。
何もないところを斬って、いったい何をしているんだ?
「お前、何やって……」
言い終わる前だった。
ゴオオオオッ!!
凄まじい衝撃が、俺たちに襲いかかった。
「ぐあっ!?」
体が吹き飛ばされ、地面を転がる。
全身に痛みが走った。
くそっ……痛ぇ!
いったい、今のは何だ!?
剣は届いていない。それなのに、まるで見えない巨大な拳で殴られたような衝撃だった。
「正弘! 大丈夫!?」
中西の声が聞こえる。
「な、なんとかな……!」
俺は歯を食いしばりながら、どうにか体を起こした。
目の前では、大多和が大剣を肩に担ぎ、愉快そうに笑っていた。
「へへっ……いい反応じゃねえか。まだ立てるとは思わなかったぜ」
「お前……今のは何だ?」
俺は痛む体を押さえながら問いかける。
大多和はニヤリと笑った。
「教えてやるよ。せっかくだからな」
そして、大剣の切っ先をこちらに向ける。
「お前らが俺に勝てねえ理由をな」
……くそ。
こいつ、まだ何か隠してやがる。
俺たちは、ようやく気づき始めていた。
大多和との戦いは、まだ始まったばかりなのだと。
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